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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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77 なんか肉食ったら治った

 あれから何があったか。

 気絶なんてしなかった、ただぼうっとした意識のままの時間を過ごした。

 けっこうな時間をかけて傷が塞がれて、適当な部屋に運ばれて、ベッドの上でただ待つだけ。

 周りに「傷があれこれ」「このままじゃどうこう」言われながらも施術は終わった。

 足も腹も綺麗に縫合されたが、あの雰囲気からしてよろしくないのは確かだ。


「ミコ、大丈夫か?」

『うん、もう大丈夫だよ。それより、いちクンの方が……』

「俺も大丈夫だ。俺もお前もだいぶ頑丈になったな」

『……そうだね。わたしも、ちょっとは強くなったのかな』


 あれから俺たちもさんざん泣きわめくわで大変だったが、出すもんも出し切った。

 もうこれくらいで落ち着けるんだから、お互い強く育ったなと思う。


「どうなってるんだろうな、今」

『傷の具合のこと?』

「いや、街のことだよ。みんなが来てくれたのは分かったけど、どんな状況なのか気になる」

『良くわからないんだけど、このあたり一帯は制圧したって言ってたよ。だから安全なんだと思う』

「あんだけウェイストランドのやべーのが集まってたらな。そりゃ取り返せるわ」

『……ふふっ、確かにそうだね』

「傷が治ったらみんなにご挨拶だな」


 幸いにも手足はまだ動く。

 腹がかなり痛むが命はとりとめてるんだ、そこまで酷くないのかもしれない。


『……あの、そのことなんだけど』


 と思ってたらミコが深刻そうに切り出してきた。

 どうせいい知らせじゃないだろう、聞いてやる。


「言っちゃってくれ。どうなんだ」

『あのね? 落ち着いて聞いてほしいんだけど、内臓の損傷がけっこう……』

「すまない、言いやすくしてくれ」

『……かなりひどいよ。それに、胃と、肝臓の一つが、もう、その……』


 聞くんじゃなかったな。話した途端、ミコが泣いてしまった。

 そこまでなんだろう。あの変態野郎め、良くも相棒を泣かせてくれたな。


「泣くなよ。自業自得だ」

『自業自得だなんて、そんなわけないでしょ!? あの時、わたしが行くなんて言わなかったら……!』

「そうしないとスティングから宿が一つ消えてた可能性だってあるんだぞ。そうじゃなくても関係ない奴がいっぱいくたばったかもしれない」

『……たしかに、いちクンの言う通りかもしれないけど……!?』

「むしろ、お前がそうやって自分で選択してくれて嬉しかったよ。やっぱりお前もちゃんと成長してるんだなって思った」


 ベッドに横たわったまま、枕元にある短剣の柄をとんとんした。

 今のミコは泣いてもすぐに立ち直るほど強くなってる。


『……してないもん』

「いいや、したね。少なくとも前より良く物言うようになってるんだからな。俺が余計なことしようとするといつもストップだ」

『だって、ちゃんと見てないと何するか分からないし……』

「その通りだ、俺にもいいストッパーができたもんだな。おかげで退屈してない」


 ここで会話は止まった。

 部屋はところどころ弾痕があるし窓は木材で塞がれてる。

 しかもたまに外から遠い銃声が聞こえてくる始末だ、すっかりここは戦場だ。


『ストレンジャー、面会しにきたぞ』


 それ以上どうしようもなくしていると、部屋の扉がどんどん叩かれた。

 強く構えた調子の声、イェーガー軍曹か。なんとなくもう一人気配もする。


「鍵なんてかけてないぞ、お好きなようにどうぞ」

「そう、じゃあ勝手に入らせてもらうわ」


 好きにしろと投げかけると、最初に入ってきたのは逞しい身体をしてらっしゃる黒人女性だった。

 ノーチス伍長がずかずか入ってくると、さっきの声の通りの人物もやって来る。


「……クゥン」


 ついでに黒いジャーマンシェパードを連れて。


「久しぶりだな、二人とも」

『お久しぶりです、イェーガーさん、ノーチスさん』

「もうちょっと明るい再会といきたかったんだがな、ほんとシエラ部隊は間が悪い」

「仕方ないじゃない、そういうものだと思って割り切りましょう? で、調子はどう?」

「すっきりしたところだ」

「そう、てっきり絶望してふさぎ込んでるのかと思ったんだけど」

「とはいえかなりの重症だぞ、スティムじゃどうにもならないんだからな」


 ニクの頬をわしわししながら聞く二人の話は、残念だがあんまり好ましい部類の言葉じゃなかった。

 このままじゃ人の怪我の具合を伝えに来ただけだ、もっと明るいニュースはないのかと思ったが。


「まあそれよりもだ、話しておきたいことがあるんだが」


 シャツ越しに傷跡をなぞってると、イェーガー軍曹が椅子を引っ張って来る。

 そして俺とちょうど同じ目線になるぐらいまで腰を落とす。本題はここからか。


「悪いニュースならまた今度にしてくれないか」

「お前にとってはいいやつさ。まあ、あのばあさんのことなんだが」


 いいニュースとやらを持ってきたらしい、ボスのことだ。

 あの場を立ち去っていく後ろ姿が蘇る。でも、何が何でもあの先を知りたい。


「ボスのことか」

「なんだか嫌そうだな、後にするか」

「いや、聞きたいんだ。逃げるつもりはない」

「そうか、立派な弟子を持ったもんだな、あのばあさんも」


 その立派な弟子とやらがどう絡んだ話なのか、相手の顔を見た。

 てっきり堅苦しい表情でもあると思ったけど全然違った、軽さと呆れだけだ。


「いいか、お前のボスは後ろめたくてあのことを黙ってたわけじゃないんだぞ」

「……あの人がシド・レンジャーズのメンバーだったことをか?」

「そう、あなたを傷つけないように気を使ってただけよ。あの人なりに思うところもあったんでしょうけど、まったく、あなたたち師弟揃って器用なんだか不器用なんだか……」

『おばあちゃんが、気遣ってくれた……?』

「確かにあのばあさんはお前を怨んだかもしれないけどな、それ以上に勝るものがあったんだと思うぜ」


 二人の口から告げられたのは意外なことだった。


 教会から命からがら逃げ始めた頃から続くアルゴ神父の件だ。

 馬鹿なことに、新兵は「仲のいいお隣さん」程度の仲だと思い込んでたわけだが、実際はかなり根深い絆で繋がっていた。

 それをあんな形で断ち切られたボスの怒りや恨みはどれほどだったんだ?


 しかもだ、俺は今日この日、こんな目に会うまでその事実を知らなかった。

 仮にボスがそのことを隠していたとしても、ストレンジャーにはそれを知る義務も権利もあったはずだ。

 ましてそれが命をかけてくれた恩人となれば、それがレンジャーの戦友だったとなれば――目を背けちゃいけなかったはずだ。

 なのに、気を使った? 顔をそらした新兵を見逃したのか?


「思い悩んでる様子だが単純な話だぜ、お前に気負わせたくなかったんだろうよ。そんな事しなくたっていい人間なんだと、あのばあさんは認めてたのさ」

「……俺が、あんな死に方させたのに、俺が? 本当のアルゴ神父のことを聞きもしなかったんだぞ?」

「だからいったでしょ、傷つけたくないって。あの人はね、あなたの心の痛みを分かってたのよ」


 そのすべての疑問の核たるものを今知れた。

 さぞ怨んだろう、さぞ怒ったろう、さぞ悲しんだりもしただろう。

 でも、それより勝ったのが俺なんかの痛みだっていうのか?

 だとしたら、だとしたらボスは大馬鹿野郎じゃないか。無残に死んだ戦友への気持ちより、俺なんかの同情心の方が強いっていうのか?


「確かにあのイカれた爺さんは死んだ。でもな、まだお前の中にいるんだよ。ボスの戦友がな」


 その答えは、イェーガー軍曹が指差してくれた。

 机の上に荷物が整えられていた。ずっと長い間携えていたそれがあった。

 すっかり手に馴染んだ三連散弾銃だ……!

 思わず手を伸ばしてしまった。その願いは叶わずとも、ノーチス伍長が持ってきた。


「お前はボスだけじゃない、アルゴ爺さんの力も受け継いでるんだろうな。そうか、通りでそんな強いわけだよ」


 ずっと共にしてきたそれをひったくると、ごつごつした手で急に頭を撫でられた。

 もう隠さない。見栄も張るもんか。俺は我慢できなくてとうとう泣いた。


「ったく、あのばあさんも、あのイカれた爺さんもひでえよな。こいつまだ二十一歳だって? それなのにとんでもねえ重荷背負わせやがって」

「あなたからみればまだガキだったわね。ほんと、子供には甘いんだから」


 「うるせえ」とイェーガー軍曹の手が離れた。


『ひとりじゃないって、そういう意味だったのかな……』


 そしてミコが重たくそう口にして、もう認めざるを得なくなった。

 そうか。アルゴ神父、あんたは今もまだ俺とつながってたんだな。

 思えばそうだったな、あの悪夢の中でも俺を救ってくれたじゃないか。

 ボスはそれが見えたんだろうか、感じたんだろうか。きっと――


「……ボス」

「あのばあさんがああなら、うちらの将軍だってそうだろうな。ストレンジャー、恩を返せだとか埋め合わせをしろだとか、そんなことをいうやつはいないぞ」

「……ああ」

「覚えてるよな。俺の目の前で親子を助けたよな? お前はシド・レンジャーズの誰よりも先に駆け抜けて、あの二人を助けたんだぞ?」

「ああ」

「忘れるもんかよ、あれがお前だ。何を見聞きしてそうなってるのか知らんが、恩人を見殺しにして生にしがみつくようなやつはここにはいないぞ。お前の生きざまはまだまだ理想のレンジャーだ」


 それだけいって、二人のレンジャーは立ち上がった。 


「戦場で待ってるからな。早く元気になって戦線復帰してこい」

「私たちは市内の制圧をしてくるわ。あなたがいれば心強いけど、無理強いはしないから」


 行ってしまった。ドアは「また来れるように」と半開きのままだ。

 また静けさに交じって遠い戦場からの銃声が聞こえた。

 「ワゥン」と見上げてくるニクを撫でてあげた、心配してくれている。


「……俺が生きてるのも、きっと死んだ誰かの思い出を生き長らえさせるためなのかもしれないな」

『……うん。いちクンが生きてる分、おじいちゃんも生きてるんだと思うよ』

「だったらくたばるわけにはいかないよな、もっといっぱい生きないと」


 でも、体が思うように動かない。

 内臓に酷いダメージも負ってるし、血も流し過ぎた。

 魔法があればすぐ直るかもしれないけど、あいにくそれができない体質だ。


 ――じゃあ、どうする?

 俺はPDAの画面を開いた、新しい【PERK】を習得できるみたいだ。

 その中で『とある効果』を持つ部分に目が入る……これだ、これしかない。


「ミコ、一生のお願いがある」

『……うん、どうしたの?』

「馬鹿なことするから付き合え」


 我ながら馬鹿なことを思いついたもんだ。

 いきなりの俺のカミングアウトに『えっ』とミコが戸惑いの様子を聞かせるが。


『任せて、まずいって思ったらすぐ止めるから!』


 いい加減信用してくれたみたいだ、許しが出た。

 【PERK】習得画面には、だいぶ遡ったところにこう書かれている。


『食べることすなわち生きること! 世紀末に馴染んだあなたの内臓は食物を極めて高い効率でエネルギーに変換するようになりました。食物の栄養素は直ちに体内組織に変換され、何かを食べると傷が治癒していきます。生活習慣病とは一生無縁になりますよ、いっぱい食べて大きくなろう!』


【ヨトゥン・パワー】というPERKらしい。一か八かだが、これしかない。

 習得。すると胃が広がっていくような感覚がした、というか急に腹減った。今の俺ならどこまでも食えそうだ。


「よし! ニク、クラウディア呼んで来い。大急ぎだ」

『……って言っても、何をするのかな?』

「物食ったら傷治るPERKにかけて食いまくる」

『待って!? 思いのほかまずいよそれ!? というか、そんな事始めたら、たぶんみんな止めに来ると思うよ!?』

「仕方ないだろ? クリューサがサジぶん投げるレベルならもうこれしかない」


 PERKを覚えると、「ワンッ!」とニクがドアをかき分けて外へ出て行った。

 しばらくしてワンワン聞こえた挙句、誰かが慌ただしく駆けつけてきたようだ。


「どうした!? わんこが私を呼んだようだが!?」


 無事クラウディアが釣れたみたいだ、また何か食ってる。


「クラウディア、飯だ」

「どうした急に、腹が減ったのか!」

「腹減ったから飯持ってきてくれ! どんな手段使ってもいいからかき集めてこい!」

「腹が減ったんだな! わかったぞ、ご飯をいっぱい持ってくる!」


 チップをぶん投げた、ついでに「好きなもん食え」とでも付け足して。

 すぐ理解したダークエルフは遠慮なく速やかに出て行った、これでよし。


 *30MinuTesLATER...*


 ウーバーエルフを頼んで少し経つが、まだ来ない。

 それに結構腹の具合が深刻になってきた。今だかつてなくぐうぐう鳴ってる。


『……いちクン、そんなにお腹減ってるの?』

「……なんかPERK覚えたらすっごい減ってきた」

『それ変だよね!? パッシブスキル覚えてお腹減るって絶対普通じゃない……!』


 二人で待ちぼうけを食らってると、さっきとは違うかなり慌ただしい足音がした。

 クラウディアがやっと来たと思えば、


「――おい! どういうことだお前は!?」


 はずれのほうのクリューサが来てしまった、どうしたんだろう。


「飯まだ?」

「飯まだ、じゃなくてだな!? お前何を考えてる!?」

「どうしたんだよそんなに怒鳴って」

「お前が言うからとクラウディアがとてつもない量の食糧を持ってきたんだが、何を考えてる!? その体は食事ができる状態じゃないんだぞ!?」


 お医者様がブチギレるぐらいすさまじいものを買って来たんだろうか。

 すぐにその正体は出てきた、不健康な怒り顔の後ろででっかい肉の塊がこっちを見ていた。

 あのいつぞや見た牛のモンスターのちょうど半身分ぐらいはあると思う。


「えっなにその肉……」

「賊どもが略奪していたのを分捕ってきたぞ! 見ろ、立派なクレイバッファローの半身だ!」

『まさか丸ごと持ってきたの……!?』

「まてお前たち。正気なのか!? とにかく傷を悪化させるような真似はよせ!」


 どうやらクラウディアがあの貧弱な声した牛もどきの肉を調達してきたらしい。

 問題は生肉は食いたくないってことだ。


「そりゃご苦労。で、素材の味をそのまま楽しめっていうのか?」

「心配するな今焼いてくる、焼き加減は任せろー! あっデザートもあるからな」

「おい、聞いてるのか――くそっ、もう知るか! ここで最後の晩餐を始めようが知ったことか! 勝手にしろ!」


 ……クリューサがブチギレてどっかいってしまった。肉塊も。

 どうせ説明しても止めるだろう医者はともかくご飯は届くのか心配になってきた。


『いちクン、クリューサさんにちゃんと事情を説明した方がいいと思うよ……』

「信じてくれないだろうしいいだろ、まあ飯待とうか。腹減った」

『ごめんねいちクン、やっぱりわたし心配だよ。まだ間に合うよ、やめよう?』

『そうだ、焼き加減はどうする!? わたしのおすすめはレアだぞ!』 

「良く焼いてー!」

『ねえ待って』


 *A FEW MOMENTS LATER...*


 心なしか部屋の外からものすごくいいにおいがする。

 上手に焼けた肉の匂いだ、炭火で焼いてるのかとても香ばしい。

 ほどなくしてようやく扉が開く――来た、ウーバーエルフだ!


「待たせたな。こっそり堂々と持ってきたぞ」

『……それってバレてますよね』

「細かいことは気にするな。さあ、ご飯だぞ」


 早速、クラウディアがトレイを運んできてくれた。

 皿の上でうまそうな湯気が立ってて、想像以上の分厚いステーキが鎮座していた。

 注文通り良く焼かれたおいしそうな肉だ、人間の顔が隠れるほどのボリュームでいやほんとにでかいなオイ。


「思ってたんと違うんだけど」

「私が食べると言って持ってきたからな、多すぎたらすまない」

『いつもどれだけ食べてるんですか!? 怪我人が食べれる量じゃないよ、これ……!?』


 しかしせっかく持ってくれたんだし『チェンジ』はなしでいこう。

 それに腹もかなり減った、今なら全部食いきる不確かな自信すらある。

 ダークエルフが軽々とテーブルを運んでくれて、目の前にはナイフとフォーク、そして付け合わせに炭焼きのじゃがいもだ。

 それから紙も添えてある、『俺に最後の晩餐を作らせるな』だとさ。

 なるほど、ハーヴェスターが焼いてくれたのか。


「じゃあいただきます」

『……わたしも食べるの?』


 俺はマイナイフとフォークでさっそく取り掛かった。

 良く焼いたくせにかなり柔らかい、それに肉汁がかなり出てくる。

 実際、先に味見となったミコは『すごく美味しい……』と感激してるぐらいだ。

 一切れバラして口に含んでみると、見た目通りの味がした。柔らかいし塩が効いてるし、濃い肉汁で口が潤う。


「どうだ、クレイバッファローはおいしいだろう。フランメリアだと脂身が多い方が喜ばれるんだが、私は赤身の方が食いごたえがあって好きだぞ」

「うん……うまい。確かに噛み応えはあるけどいつまでも噛んでられるな。この前ブラックガンズで食ったのよりも味が違う気がする」

『う、うん……たしかに違うけど、本当に食べて平気なの、いちクン……?』

「そうだろう。良く熟成されたやつだろうな、あっちでも中々お目にかかれない品だぞ」


 ……本当にうまい、良く噛まずにするっと飲めるぐらいには。

 最初は痺れるような痛さが腹にあったけれども、食えば食うほど痛みが治まる気がする。

 カットする、口に運ぶ、を何度か繰り返しているとあっという間に半分だ。


「おお、良く食べるな人間のくせに。クリューサの奴は全然食わなくて困るぐらいだ、お前ほど食えばもっといい男になるだろうに」

『……いちクン? ちょっと食べるの早すぎじゃないかな?』

「うまい!」

「それは良かったぞ、おかわりはいるか?」

「おかわりくれ」

「よしきた」


 この肉は本当にうまい、噛んでも変な弾力はないし炭の香りが移った焼き目がとてもいいアクセントになってる。

 残り三分の一を切ったところでニクがこっちを見てるのに気づく、よだれがだらだらだ。

 食べきろうと思ったが残りは全部パスした、ぱくっとキャッチしてくれた。


『ねえ、傷大丈夫……!?』


 ミコに言われて気づく、ちゃんと【PERK】の効果はあるんだろうか。

 シャツをめくって確認すると……心なしか、縫合された傷が縮まってるような。


「……効いてるんじゃないか?」

『そういう意味じゃないよ!? って、なんか傷が小さくなってる……!?』

「ウォフッ」


 食べ終えた。ちょうど肉をがつがつしてた犬と同じタイミングだ。

 付け合わせのジャガイモをも食いつくすと、


「おかわりっす~」


 ウーバーエルフ……じゃなくて見たことのあるメイドが皿を持ってきた。

 さっきと同じぐらいの量はあるが、まだまだ食えそうだ。


「ロアベアか、皿下げてくれ」

「うぇーい。……っていうかイチ様ぁ、傷の方は大丈夫なんすかー?」

「肉食ったらちょっと縮まった」

「わ~お」

『やっぱりおかしいよ!? 普通お肉食べても傷は治らないからね!?』


 第二ラウンドだ、食べることは生きること、つまり戦いだ。

 食器を下げてもらって二皿目に突入した、さっきと同じだ、柔らかくて美味しい。

 しかし不思議だ、今の俺はいくら食べても飽きが来ない。お腹痛くない。


「うまいなこれ!」

『いちクンいったんやめよう!? ちょっと変だよ!?』

「クゥン」


 心配する短剣と犬を無視してかっ食らった。

 ……そういえばなんだか内臓の痛みもなくなった気がする。


『いちクン!? めっ! やめなさいっ!』

「うまいなこれ!!」


 邪魔者が入る前に全部食べてしまおうと思ってると、案の定折り悪くドアが開く。


「おーい、なんか面白いことでもしてんのか? まったくよお、怪我人がステーキ食いたいだなんて……」


 楽しさを求める陽気な爆弾魔のおっさんがビール瓶片手に入ってきた。

 まあ、リクエストには応えられたみたいだ。肉を食らう俺に若干引いてる。


「いやほんとに食うのかよお前」

「うまいなこれ!!!」

『コルダイトさん、この人とめてください……』

「止めねえよ、ほっといてやれ。大体こんな傷で――」


 まあコルダイトのおっさんならいいだろう、黙って食う。

 ところが勝手にシャツをめくり上げてきて、しばし見つめてきた後にガチで引かれる。


「おっさんも歳取ったな、塞がってるように見え……いやマジで塞がってない?」

「うまいなこれ!!!!」

『あの、助けてください……』

「もう無理だ、完食しちまってるぞこいつ。二皿目食うとかマジかよ」


 クソでかいステーキ二枚目を完食した、すっかり元気だ。

 肉は素晴らしい、身体中に力が湧いてくる。

 さて胸を覗いてみると……ワーオ、縫合糸しか残ってない。傷が家出した。

 それどころかもう普通に歩けるレベルだ、せっかくだしおかわりしにいこう。


「よしおかわり行くか!」

『……ええ……』

「……おっさんも『ええ』だよ。おいおい冗談だろ……どこにお前、肉食ったら傷塞がるやついるんだよ」


 まだまだ食えそうだ、しかも前よりも味が細かく分かる気がする。

 トレイを持って部屋から出ると、ちょうどそのすぐ先に誰かがいた。

 壁に二人もたれかかっていて、その片方がクリューサだとすぐ理解した。

 ずっとこっちを見てたのもあるが、隣でダークエルフが肉をもぐもぐしてたからだ。


「んお、おふぁふぁりふぁ?」

「おい、お前どうして――」


 死人がゾンビになって蘇ったような反応をされてしまった。

 どう説明しようか悩んだので、


「肉食ったら治った」

『いちクン説明の仕方』


 シャツめくって傷跡を見せた、糸ぐらいしか残ってない。


「は?」

「肉食ったらなんか治った」

「……は?」

「おお、もう治ったようだぞ。流石、フランメリアの肉は滋養があるな」

「おかわりまだある?」

「あるぞ。私もおかわりするところだ、一緒に行こう」

「…………ミコ、どういうことだ」

『あの、ごめんなさいクリューサさん……もう説明できません……!』

「なんか飯食ったら治った!!」

「どういうことだ!?」


 とりあえずクリューサに治ったことだけは伝わったみたいだ。

 しばらくして「くそっ、プレッパーズは化け物しかいないのか」とどっか行った。


 まだこの前の戦いの名残がある廊下を抜けて階段を下りると、肉の煙が漂う空間にいろいろな顔ぶれがあった。

 そこにエンフォーサーだのホームガードだの自警団だのの面々も含めて混沌とごった返しており。


「……で、あいつの状態からしてまともに戦線復帰は難しいだろうな。なにせ体の内側がぐちゃぐちゃだ、血も流し過ぎてる。脳の傷の方がまだましだ」

「なんせ内臓の一つがダメになるレベルだからね、他が無事でも二足で立つことは難しいだろうさ。ちゃんとした医療機器やらがあればどうにかできるかもしれないが」

「言っておくがキッドタウンは精密機器だとかはともかく、専門的な医療はお手上げだぞ。ずっと北まで行けば最新の医療が受けられるんだがな、そこまで行く手段すらなしだ」

「本人も相当気が滅入ってるんだろうな、あの胃じゃもうまともに飯も食えないのにおかわりなんて要求しやがって。馬鹿が」


 カウンターの方ですさまじいお葬式ムードが横一列に繰り広げられていた。

 ボスとツーショット、オチキス隊長が調理中のハーヴェスターと何やら深刻に話し合ってるところだ。


「……うわあ、おかわりしづらい空気だ」

『そういう問題かな!? どうするのこれ!? 今絶対本人が割って入っちゃダメな感じだよね!?』

「案ずるな、私がついていってやろう」

「じゃ、じゃあついてきてくれる……?」

『……誰かこの人たち止めて……』


 さすがにここまでくると視線が集まってくる。

 事情を知ってるだろう連中がざわめくのを感じながら、そっとカウンターに近づくと。


「あのメドゥーサの奴もなんやかんやで情に厚い奴だな。知らん、だとかここまで聞こえる声で言ってずっとあそこで――」


 ちょうど肉を焼いてるハーヴェスターと目が合ってしまった、二度見された挙句、咥えタバコを落としてる。

 どうしよう。とりあえず凄まじく申し訳なさそうな顔してトレイを構えた。


「お、おかわり……」


 強面な顔は明らかに混乱してる、肉を焦がして周りに助けを求めるレベルだ。

 やがて異変に気付いたんだろう、ツーショットにもバレた。

 

「……あの皆さん、そいつのことなんだがな? そこで二足歩行してないか?」

「……はぁ!?」


 続いてオチキス隊長も気づいたみたいだ、バケモンでも見るような形相で振り向いてきた。

 それでもおかわりを待ち続けていると――


「なんだい、こんな時に変な冗談は」

「あ、どうも……お、おかわり……?」


 ボスがこっちを見た直後「ぶふっ!?」と口にしてたビールを戻してしまった。


ステーキ久々に食ったらうまかったので

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