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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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76 新兵は死なないし、死ねない

 荷台に横たわって待つ先にあるのは、もう何度も目にした宿の姿だった。

 だけど最悪の結果を具現化したような有様じゃないようだ。


「ったく、この街マジでどうなってやがる!? ハロウィンはまだだぞ!?」

「そういえばお化けが怖い中年がここにいたわね、誰だったかしら?」

「うるせェ! 大体なんだそこの首無しメイドは!? なんでデュラハンがアリゾナにいやがるんだ!?」

「アヒヒー。なんでこの人怖がってるんすか? うちそんなに怖いっすか?」

「こいつ理系のくせしてお化けとか苦手なのよ。許してやって」

「うち幽霊じゃないっすよ~」

「桶いっぱいの血とかぶっかけるなよ!? まして俺の名前を呼ぶんじゃないぞ! いいな!?」


 こんな目に会う前から姿一つ変えない宿屋の前で、見慣れた奴らがいた。

 ごついアーマーに無骨な銃を手にしたブロンド髪と黒人女性――カーペンター伍長とノーチス伍長か。

 シエラ部隊の奴らも来てるのか。首を抱えたメイドに付きまとわれて大変そうだ。


「っておい、お帰りみてぇだぞ――いや待て、やべェことになってる! なんでお前んなもん腹から生やしてんだ、クソッ!?」


 ロアベアに嫌がってた方の伍長が俺に気づいたみたいだ、こっちに駆け寄ってくる。

 そんな様子を見てると、宿の玄関近くに黒い犬がずっと佇んでたことに気づく。


「ワンッ! ワンッ!」


 ニクだ。そうか、俺が帰ってくるまでそこにいてくれたのか。


「みんな、ご覧の通り急患だよ! 早く手貸して!」

「腹にナイフが刺さってるぞ、かなり深い! 急いで処置しろ!」


 荷台の二人に支えてもらいながら、俺はどうにか立とうとした。

 でも本格的に力が入らなくなってきた。忘れてた痛みが喉奥を潰しにかかる。


「イチ! ミコ! 無事なのか!?」


 そこにオーガの太い腕がやってきた。

 この大声は間違いなくノルベルトだ。顔を向けるとあいつらしからぬ深刻そうな顔をしてた。

 担ぎ上げに手が伸びてくるが、腹に刺さった相棒を見てしまったようだ。

 あの得意げな顔が二度と拝めなくなるんじゃないか、っていうぐらいに曇った。


「いったろ? 俺の命は俺のもんだって。死ななかったから許してくれ」


 俺にできる返し方は、根拠なく笑って軽口をたたくことだ。

 これ以上口が動かなくなったノルベルトの頭に触れた。結んだ金髪は汗で濡れていた。

 その後ろで――派手に破壊されたり、ひっくり返された諸々の車両が見えた。

 何かあったからどうにかしてくれたんだな、誰もお前を責めるもんか。


『……あんな事頼んじゃってごめんね、ノルベルト君。あなたは悪くないよ、だから、どうか自分を責めないで』


 腹の相棒も同じ気持ちだ。オーガは「ああ」とだけ言って俺たちを持ち上げた。


「俺にしちゃ頑張った方だろ? まあ、ひどくやられたけど」

「運ぶぞ、しっかり捕まっていろ」

「優しく頼む」


 荷台からスティングの地面にようやく移れた。お姫様抱っこだが。

 腹に短剣ぶっ刺さった上に大男に抱きかかえられるという姿は中々ないだろう

 宿に運ばれていくと「イチ様~、ミコ様~」と声が続いてきた。


「心配してたっす。なんなんすかこれ、誰にこんなことされたんすか?」

「クゥン」


 首ありメイドに戻ったロアベアがニクと一緒に心配しに来てくれたみたいだ。

 特に腹の惨状についてご不満のようだ。怒りすら覚えてくれてる。


「後で話す。仕返しは自分でやるから心配するな」


 メイドの姿を見送ると、温かい宿の空気を感じた。

 明るい空間にいろいろな奴がいる――ママに、ビーンに、クリューサ、クラウディア、エンフォーサーやホームガードの兵士に、コルダイトたちもだ。

 ただまあ、俺を見た第一声は「うわ」だの「ひどい」だのと引くようなものだ。

 一番心に響いたのは「くそっ!」というクリューサの声だった、相当ヤバいか。


「おいおいどういう状況だこりゃ、こんなにひでえの初めてだぞおっさん」

「感心してる場合か、そこに寝かせろ! 今すぐ処置に取り掛かる! ミコ、こんな質問したくはないがどういう状態だ!」

『あ、あのっ……わたしで、何度も刺されたんです……、かなり、深くて……』

「お医者さんよお、お前なんて質問してやがる。こいつの気持ちも考えたらどうだ?」


 コルダイトのおっさんもまさしく「うわっ」な表情を煮詰めたようなやつだ。

 そんな顔を押し退けて医者の手が近づいてくる、鋏みたいなものが握られてた。


「黙れ爆弾魔、こいつの気持ちに構えないほど重篤なんだ。どうなんだ」

『…………内臓に二つ、です……』

「どこまでとはいわなくていい、もう十分だ分かった。この二つ分の注射痕はなんだ?」

「はいはい一本は僕が打ちました! もう一本はたぶん他の誰かが打ったと思うよ! 早くどうにかしてよお医者さん!」

「大声で話すなやかましい! 足も撃たれてるな、弾は残ってる――クラウディア、部屋から鞄を持ってこい!」


 腹の声でどれだけ重症なのか遺憾なく分かったところで、ジャンプスーツがじょきじょき切られる。

 血まみれの布が取り除かれると、丸裸の患部がまた痛み出す。

 気が緩んだせいかまた痛みがひどくなり始めた、息が苦しい……。


「何か手伝えないかしら?」

「ママ。塩はないか? 水もだ」

「ええ、あるわ。でも何に使うの?」

「輸血だ、それも緊急のな。俺の言う通りに塩水を作ってくれ」


 意識がもうろうとしてきた。

 だけど不思議なもんだ、ステータスが上がってるせいか、中々気が遠くならない。

 空気が喉を通らなくなるほど苦しいのに、無理やり生かされ続けてるようだ。


「この辺り一帯は制圧したぞ。今どうなってやがる?」

「おい、ルキウス! 見ろよ、ストレンジャーが……」


 どうにかこうにか息を整えようとしていると別の声も――ルキウスとイェーガーも来たか。

 何かの注射が打たれた。少し楽になったが、全身から力が抜けてくる。

 意識だって濁ってきた。皮肉にも、そのおかげで痛みが和らいだが。


「――貴公! 気を強くもて!」


 のしのしと誰かが寄ってくるのも感じた、オークの強い顔が俺を見ている。

 今まで知った顔がどうしてこんなにも集まってるんだろう、これは夢なのか?

 そうか、そうだったな、お前が怖かったのはこれなのか?

 お前が擲弾兵を恐れたのは、きっと。


『――は? ――クンは』

「――りだ。だが――」

「――かい。――やがって、おい」


 傷口を弄繰り回されるような感触がした。

 視界にふと、白髪の女性があった気すらした。

 そこにいるのは大きな銃を担いだ老人――ああ、ボスだ、ボスがいる。

 いつにもなく戦場向けの格好をしたあの人が、呆れのある顔で俺を見ている。


「大丈夫だストレンジャー。もう大丈夫だ、しっかりするんだよ」

「ボス……」

『おばあちゃん……!』


 ウェイストランドで一番頼もしい人がそばにいる。

 ぼやけた意識でその人を見ていると、あの力強い手が差し出された。

 つかんだ。懐かしい感触がする、あの時と何も変わっちゃいないな。


「――言ってましたよね、ひとりじゃないって」

「ああそうさ、そう言ったじゃないか。ちゃんと覚えたんだね」

「まだまだみたいです。このざまです、タグ、とられました……」


 そうだ、タグがないんだ。

 情けない、遠く離れても俺たちを繋いでいた唯一のモノを取られるなんて。

 腹の方から「畜生!」とクリューサのあらぶった声が聞こえた、刺さった短剣はいつの間にか抜けている。


「みんな、いますね」

「ああ、いるさ。みんなで駆け付けたんだ」

「よかった」

「ああ、安心しただろう?」


 唯一はっきりとしているのは、ボスが優しい顔で俺を見ていることだ。

 不意に浮かんだ、こんなに力強く、優しく、頼もしい顔をもう一つ知っている。

 どうにか思い出そうと目の前の顔に手を伸ばす。べたべたする、真っ赤だ。

 血だ。血でいっぱいだ。そうだ、こんなにいっぱい血を流したのは――


「……そうだ、アルゴ神父――」


 思い出した、あの神父だ。アルゴ神父が撃たれて、あの時見せてくれた顔だ。

 あんな状況でも強い信念で俺に道を示してくれたのは、そうだったのか、ボスと同じだったんだな。

 二人は戦友だったんだ、俺が思ってる以上に硬い絆で結ばれていたに違いない。

 ああ、そうだ、そうだよ、俺はそれを。

 

「……錯乱してるね。メドゥーサの、後は任せたよ。私は――」

「ボス、まって……」


 ボスがどこかに行きそうになって、引き留めた。

 もうどこをどう掴んだのかもわからないが、ボスがこっちを向いた。


「なんだい? 今は軽口ならよしな、安静にするんだ。いいね?」

「ボス……俺、あなたの大切な人を、殺しちゃったんでしょうか……?」


 そこに問いかけた。

 あんな奴の言うことだ、どうせ嘘かもしれない。頼む、そうであってくれ。

 でも願っていた通りにはならなかったみたいだ、ボスは顔色を硬くして、


「……何いってんだい、あんたは!?」


 胸倉を掴まれた、どこからか「落ち着け、婆さん!」とルキウス軍曹の声が届く。

 周りが騒がしい、ツーショットたちが急いで駆け寄ってくる。


「聞いたんです、アルゴ神父は……戦友だったって、シド・レンジャーズの一員だったって……」

「何してんだよボス!? イチ、お前もいい加減黙っとけ!」


 ボスはすぐには答えなかった。

 腹のあたりに何かが突っ込まれ始めると、深く落としていた目線を向けてきて。


「……その話、あいつに言われたのかい」


 ようやく共有できるようになったあの男のことを尋ねられた。

 事実だったんだな。やっぱり俺が、あんたの戦友を奪ったんだな。


「そうです、お、俺……ボスの仲間を、殺したのかなって……シド将軍の友達を見殺しにしたのかって……あんたらに」

「……もういい、黙りな」

「知った時、あきらめたんだ……もういいやって、もうだめだって……嫌になって、今を投げ捨てようとしたんだ……」

「黙れ、新兵。それ以上喋らなくていい」

「捨てたんだ……恩人になにも、かえすどころか……奪ってたなんて……」


 変な薬でも打たれたんだろう、意識も視界もぐちゃぐちゃだ。

 目と鼻の奥がひどく痛む、せっかくそこに居てくれるあの人がもう見えない。

 起き上がろうとした、誰かが数人がかりで抑え込んできて立てなかった。


「俺……やくたたずで……どうしようもなくて……ごめんなさい……」


 あきらめた。きっと俺はみっともない顔を晒してるんだろう、だから腕で隠した。

 そのまま行ってほしかった。けれども誰かの手がそっと頭に触れて。


「もういい、いいんだよイチ」


 今の俺には辛いだけの、そんな優しい声がかけられた。

 それだけだ。すぐにボスの身体が遠ざかっていくのを感じた。


「…………妙に静かだ、少し見張りをしてくる。後は任せたよメドゥーサの」

「クリューサだ。治療の邪魔だから早く離れろ、タバコは離れたところで吸え」


 ほんの少しの間をおいて、騒がしかった宿が急に静まり返ってしまう。

 人の気配はするし視線も感じる、治療も続いてる、あるのは深い沈黙だけだ。


「泣くと体力を消耗するぞ。我慢しろとはいわないが、なるべく抑えておけ」


 ……今はお医者様に従おう。

 

 ◇


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