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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
154/580

65 インポッシブルアイアンマン、略してイン

区切るところおかしかったので再調整しました

 部屋はまあそこそこ綺麗で、ロアベアがどこからか持ってきたオイルランタンで明るく照らされている。

 シャツに着替えて、枕に頭を預けて、目の前に短剣と女性の生首を置いたまま、しばらくあれこれ話していた。

 相当現実離れした(シュールな)光景だが、今の俺はもう受け入れた。


「つまりイチ様のせいでこうなってるってことっすか~?」

「まあ、そういうことになるな」

『ロアベアさんもみなかった? 私たちのいた世界のものがウェイストランドにあったり……』

「なーんか見たっすねえ。うち、東から来たんすけど道すがら遺跡っぽいのが立ってたっす。なんか寺院みたいで……」

『寺院……そういえば、そういうダンジョンなかった?』

「あ~、なんかあったっすね……すごーく長い階段があって」

『やっぱり……。そこって忘れられた地下寺院だと思う』

「そういえばそういうダンジョンあったっす、でも地上に出ちゃってるんすよねえ、いひひ……」

『まだ人工知能だったころだけど、他のクランと合同で攻略しに行ったりしたよ。あの時はエルさんが大活躍だったなぁ』

「あの刀剣使いのエルさんっすよね? ミセリコルディアの切り込み隊長っていわれてる……」

『うん。わたしたちの中で一番強くて、頼もしくて、いつもみんなをまとめてくれたすごい人なんだ。……元気かなぁ、エルさん』

「こっちよりイージーな世界っすからねえ、大丈夫っすよきっと。アヒヒ♪」

『でも、みんなごはんとかどうしてるんだろう……いつもわたしが作ってたんだけど、ちゃんと三食食べてるかな……?』

「あっちって食べ物だけはやたらと豊かっすから心配いらないっすよ。うちも良く買い食いしてましたし、クラングルの揚げじゃがとか大好物っす」

『揚げじゃが……そういえばそんなのあったね。ゆでたジャガイモを丸ごと揚げた――みんなちゃんと野菜とか食べてるかな……!? わたしがいないからって好きなものばかり食べてそうだよ……!』

「セアリさんとか肉食動物っすからねえ、絶対野菜とか食べないっすよあの人」

『うん……あの人、お肉とか骨ごとばりばりしちゃうから……』

「わ~お、わいるど」


 すぐそばで物言う短剣とメイドの生首は長々と話してた。

 こんなに良く喋るミコなんて初めてだ。正直、こうして間近に見てびっくりだ。

 ……ちなみにロアベアの首からしては俺のすぐ真後ろにいる。

 さっきからこう、なにか柔らかいものがぐにぐにむにむに背中に当たってる。


「で、ここに来る途中ノルテレイヤって女神様を知ったんだ。お前なら聞いたことあるよな?」


 俺は枕の横で、さらっとした長い髪を広げた生首に問いかけた。

 目は相変わらずぐるっとしているが、白肌が作る柔らかくにやけた顔は「お~、そういえば」と思い出してた。


「ノルテレイヤ社っていったら、うちらのゲームに組み込まれるはずだった人工知能っすよね。耳に届いた時、知能学習と運営を同時でやるとか無茶苦茶なことするな~って思ったっす」

「どうも俺はそのノルテレイヤとどうも何か縁があるらしい。それにあっちの世界のアバタールってやつとの関係性も深いんだ。俺が転移の原因どころか世界を作った創造主説すら出てきそうなぐらいにな」

「お~、じゃあイチ様は創造主様だったんすね」

「もし俺がほんとにそうだったらもっとイージーにしてるだろうな」

「では創造主様、どうかこの哀れなメイドにエナジードリンクおごってくださいっす」

「メイドロアベアよ、お給料もらったんだから自分で買いなさい」

「人のお金で飲むエナジードリンクのうまさをご存じないんすか? あひひ……♪」

「ミコ、やっぱり俺こんなメイドさんいやだ……。なんか思ってたんと違う」

『わたしも、メイドさんってもうちょっとお淑やかだと思ってたよ……?』

「アヒヒー♪ こんなヒロインもいるんすよお二方ー、お認めになってくださいっすー」


 まあ、かくいう自分もこんなに話すのも久々だ。

 確かにロアベアは一癖二癖では言い表せないぐらい濃いやつだけど、今こうしてにぎやかにしてくれるんだからいい奴だ。

 ミコの隣でひとりでに楽し気に話すにやけた顔をずっと見ていると、段々と眠気もやってくる。

 どうやら俺が先に寝落ちしてしまいそうだ、まあ、今日は頑張ったし……。

 と思ってると 「ところでイチ様~?」と疑問形が挟まり込んできた。


「もしかしてインポっすか?」


 …………。

 とんでもない言葉が突き刺さってきた。


「イン!?」

『イン……!?』

「インポっすか?」

「なんで二度も言った?」

「インポじゃないんすか?」

「三度も確実にしなくていいから!!!」

『ロアベアさん!? なっなんてこと言ってるの!?』


 とんでもねえことを投げかけてくれたご本人は微笑んだようなにやっと顔で「ちがうんすか?」と無垢そうだ。

 その割には背中のあたりが騒がしい。重たくて柔らかいものが何度も何度もこすりつけられている。

 ……だけどこいつの言ってることはある意味的を得てる。

 そうだとも、こいつは俺の抱える秘密に最初に気づいてしまった奴なのかもしれない。


「どうせ三人だけのパジャマパーティーなんすからここはみんなの秘めたる思いを開放して共有するべきっす!」

「会って一日も経ってない上にここで話すことじゃないだろ修学旅行気分かこの生首」

『……パジャマパーティーだったの?』

「誰一人パジャマ着てないんだよな……」

「なんでパジャマ着ないんすかイチ様」

「じゃあお前はなんで脱いでるんだよ」

「気持ちいいからっす。あ、寒いんでちゃんとニーソはつけてるっす」

「――ミコ!!」

『いちクン、わたしにいってもどうにもならないよこれ……』


 あの屋敷の持ち主も、こんな苦労をしたんだろうか。

 絶対にこの世界にそぐわない類の言動と性格に正直もう、いろいろ限界だ。

 しかも目の前でにへらっと笑んでおきつつ、肝心のボディはさっきからしつこーくセクハラしてくる。

 こっちが反応しないのをいいことに、とうとう抱き着いてきた。無視してやる。 


「なんなんだいきなり! 寝てるやつにいきなりインポとか言いやがって!」

「えー、だって さっきからずっと胸押し付けてるのに反応しないんすよね」

『何やってるのロアベアさん!?』

「ぜったい面白い反応してくれると思ったのになー、えいえいっ♡」

「んもーほんとこのメイドいやだ……」


 そうしてるうちに横向きになった身体に足すら絡んできた。

 むちっとした太ももが足に重なってきて、上も下も柔らかいもので押さえつけられるという暑苦しい状態に。


 ――しかし、なのに、俺には興奮できなかった。

 それにはとても深い事情があるのだけど、まああるべき生首が目の前にあって、首無しボディが背中に抱き着く状態は別にどうってことない。

 このメイドは確かに美少女だ、認めよう。

 さっきから後ろからいい匂いはするし、そばにある頭の人懐っこい表情は確かにかわいいと思うし、ぐるぐるの紫色の目が親し気に向けられて好意もすごく感じる。

 これでもかと背中に「あれ」が押し付けられて、柔らかい脚が絡んでからかってくるのも、確かに"良いシチュエーション"なのかもしれない。

 でも、でも――


「うちがこんだけからかってるのになーんにも反応しないんすよ、けっこうスタイルには自信があるのに~……」

「そもそもお前パーツ分離してるくせによくそんなこと言えるな」

「会社の意向でこうなったんすよー、こういうのが好きな方もいるんすよねーアヒヒヒ……♡」

「どんな奴だ……!?」

「ミコさんの太もも具合もそういう事情があったんすよきっと~、いひひひ♡」

『太ももの話はやめようね? ふふっ』

「あっはいごめんなさい」


 あ、ミコがガチの声だ。

 ロアベアが一瞬素に戻ったように見えたが、そうじゃない、


「でもでも~、ミコ様も気にならないんすか?」

『き、気になるって……!』

「この人、びっくりするぐらいこういうことに無関心なんすよねえ。ひょっとして男のほうがいいとか、そういう気でもあるんすかー?」

「……まあ、それも多少ある」

「わ~お」

『あるの……!?』

「ただその、これはかなり事情があって……」


 どうしよう、俺はこの場の空気に流されて伝えるべきなのか?

 というか、ミコも段々と乗り気になってしまってるぞ。

 このクビメイドめ、とんでもない核地雷かなんかだったとは……。

 俺が言葉と頭の流れに詰まっていると、ロアベアにまた一段とにやつかれて。


「ミコ様~、こういうのはちゃんと知っておくべきじゃないっすか?」

『えっ……えっ?』

「男の人の気持ちとかちゃんと知っておかないと、あとあと傷つけちゃうかもしれないっすよ? 困りますよねー? アヒヒ♪」

『……、確かに、そうかも……!』


 おーい勘弁してくれ……。

 ミコがとんでもないことを言い出した。いや、これから言うんだろう。


「じゃあじゃあ~、イチ様って前からこうなんすかー?」

『う、うん……女性の人の裸を見ちゃったり、えっと、さ、触られたり、抱き着かれたりしてるのに……無反応、っていえばいいのかな。全然、ドキドキしてないよね……?』

「いや、あれは……しかるべき手順を踏んでないからなんにも感じてないわけで。そういうのは、ちゃんとお付き合いから……」

『そういう感じじゃなくて、本当に無関心そうだったもん。だっ、だって! いちクン、サンディさんに、む、胸とか押し当てられたり……リム様に抱き着かれたり、しても……! 全然興奮、してないよね……!?』

「だから心の問題であって」

『もしかして、ほんとに女の人に興味が……ないのかな?』

「………………」


 最後にミコから、とてつもなく心配そうな、というより不安でぎっしりの質問がきてしまった。

 この際俺の趣味嗜好についてはここで語るべきじゃないとして、だ。

 これはもう、流れに乗じて暴露するしかないのか?

 いや、この場を収めるにはそれしかないんだろう。分かった。


「……実は俺」

『……うん』

「なんなんすか、教えて教えて~」

「………………たたないんだ」


 言った。

 終わった。

 ミコを見た。

 最初は「え?」とか言ってたのに、すぐ事の重大さに気づいて「え゛」とか声を絞り出しやがった。


「ほんとにイン」

「……かもしれない。あの、これには昔いろいろあって」

『……昔って』


 仕方がなく、昔のことを想いだした。

 ミコはこの手の事情をよく知ってるからすぐに切り替わってくれたようだ。

 毒親人生のことだ。それを知っていれば大体察しはついたんだろうか。


「過去になんかおありなんすか?」

『……あのね、ロアベアさん。いちクン、ちょっとご両親と……』

「あ、もしかして毒親問題とかそういうのっすか?」


 言いづれえよと思ってたら、まさかの「毒親」という単語が放たれた。

 まさに的を得てるわけだけど、いやむしろ少し気楽になった、その通りだ。


「大正解。その通りだロアベア」

「まあ毒親って2030年も珍しくないどころかごく当たり前の問題でしたからね~。ごめんなさい、イチ様。お気にしてた事ならこれは大変なご無礼を――」

「いや、いいんだ。むしろ説明が省けて助かったよ。まさにその毒親にいろいろされてな」


 とてもいやーなことを思い返してると、枕横の生首が真面目な顔つきになって少しびっくりした。

 気にすんな、と頭に手を置いた。すぐににへらっとしてくれたようだが。


「なにされたんすか、ご両親に」


 興味か、それとも義憤なのかは分からないが、ロアベアは知りたがってた。

 ミコは無言だけど、話に聞き入ろうとしているようだ。

 わかった、話すよ。経験上分かったが、話せば俺も少しは気が晴れるはず。


「だいぶ略して言うけど、俺はひどい両親に育てられたんだ。ミコは知ってると思うけどカルトな母親とクソアル中の親父だ。特に母親側がひどかった、不幸になるからと友達も作らせてくれなかったし、幸せになれないからって遊ばせてもくれなかったんだけど。まあ俺の不幸自慢は頭の片隅にでも入れといてくれ」


 まずはそれだけ話した、今はそこそこ大丈夫だし、鼻で笑える話だ。

 だけど意外だった。ロアベアはいつもは緩んでる唇をきゅっと閉めて聞き入ってる。

 もちろん驚いたけれども、ちょっと意外なのはきゅっと黙れば紫色の目をしたただの美人だってことだ。


「んで、どうもあのクソ親は女の子が欲しかったみたいなんだ、男じゃなくて可愛げのある女の子が良かったらしくて」

「でもイチ様、立派な男の子じゃないっすか」

「当り前だ。そしてこうだ。母親いわく「神に選ばれし子」になってほしいから俺を女の子にしようとしたわけだ」

『女の子にしようとしたって……どういうこと?』


 二人の言葉は十分受けた、だから俺は腕を突き出した。

 ストレンジャーの片腕だ。実践向きの筋肉が程よくついているが、その表面は良く見るとおかしい。

 二十歳を超えてもなお、つるつるだ。体毛が一切ない。

 それどころか俺はないんだ。いわゆるムダ毛とかいうやつが。上も下もつるつるってことだ、ははっ馬鹿じゃねーのクソが。


「ガキの頃から脱毛させられたり、女性ホルモンだとかいうの勝手にやらされた。後でタカアキと調べたらさ、そりゃまあ違法なこともけっこうやりまくってたみたいで」

『……まだ子供なのに、そんなことされたの?』

「うん」


 少しだけ思い出しながら、俺はミコに答えた。

 ひどい話かもしれないがこれも真実だ。


「女性の声が出せるようにするとか言い出して変なボイトレさせられたり、喉の手術させられそうになったり、おまけに整形するって話も浮かんできたぐらいでさ」

『……ひどいよ、あんまりすぎるよ』

「しかもさ、親父がまたひどいんだ。酔っぱらって……その、セクハラされた。その次は母親にもな。女の子にさせてやるとかなんとか」


 ……少し吐き気がしてきた。

 いや、俺はもうストレンジャーだ、こんなクソみたいな過去に負けるもんか。

 とはいえ、本当に無駄な過去だったと思う。

 そして皮肉にもそうして歩んできた人生がここまで強くしてくれたわけだ。


「結局こんな中途半端になったのさ。おかげさまで親離れしたときはストレスでやばいぐらい太ったりしたな。慌てて軌道修正しようとしても手遅れで、結局こんなやつになった。女性の裸見たぐらいじゃ全然何も感じなくてさ」


 一通り過去語りをすると、後ろからぎゅっと抱きしめられた気がした。

 前を見ればロアベアは口を閉じたまま聞き入ってる――そうか。

 こいつは喧しい奴だけど、人の痛みも分かるぐらいの度量はあったのか。


「俺がこっちでどんなに強い男を演じても、結局そういうことだよ。元ある自分とうまく付き合わないといけないんだ、これからもな」


 話をここでやめることにした。

 喧しい唇をきれいに閉じたままのロアベアの頭につい手が伸びた。

 「ご清聴ありがとう」と緑髪をぽんぽんした。とてもサラサラしている。


「……まあ、別にその、そういう機能がないわけじゃないんだ。ただ、すごくたちづらいというか。よっぽどじゃないとちょっと……」


 最後にそんな言葉で強引に締めた。

 そう、つまり俺は――ものすごく困難(インポッシブル)なんだ。

 確かにミコの言う通り、何度も女性と接触したし、それ以上のことも目の当たりしたけれども、全部素通りしてしまうわけだ。

 普通の男だったら胸の内側からドキドキするような何かが、俺には背中の表面を削るような不愉快なものだったのだ。

 ……いや別に性欲がないわけじゃない、むしろ溜まってる、でも諸々のタイミングやらがあわないだけであって。


「元気ないんすか~? フヒヒ……♡」


 一通り聞き終えたロアベアはくすくすしながら問いかけて来た。目で下の方を見ながら。


「――顔見て言えよせめて!!!」

「いえ、ご本人に直接お伺いするのがよろしいかと思ったっす」

「ご本人こっち! そっちもう別人!! いいな!?」

『え……? でも、いちクン――』


 とんでもないことをまたしでかしてくれたダメイドを制すると、今度はミコが言葉を詰まらせにきた。


『あっ、ううん……な、なんでもないよ?』


 今度はなんだと視線が向かうと、引っ込んだ。一体何が――


「どうしたんすかミコ様ー、なんか心当たりでも?」

『えあっ!? な、なななななんでもないです……!』

「いやあ、それはなんでもないような反応じゃないっすよー♡ 教えてほしいっす!」


 ……二人のやり取りを見て、とても最悪なことに『感覚』が働く。

 不意に思い出してしまった。俺が、そう、頭に弾を喰らった時のことだ。

 こうして俺は元気なわけだが、その時俺は何をされた?

 確か精子のチェックとかいってリム様に…………おいまて、まさか。

 あのとんでもない芋魔女のことをようやく思い出した瞬間、ミコが「り」と言いかけ始めて。


『…………りむサマに、え、え、え、え……あ、あんなことされてたよね……?』


 ものすごく恥ずかしそうに、それでいてどこかからかうものすら感じる調子で言われてしまった。

 …………。

 あのイモがぁ!!!!!!!!!!!!


「違うミコ、あれは事故なんだ」

「えー、じゃあ元気だったんすか?」

「もうやめてみんな!!!! 無意識なら仕方ないだろ!?」

『…………そんなこと言う割には、元気だったもん』

「朝勃〇とかなら別腹じゃないんすかね」

「言い方」


 きっと、ストレンジャーがこんなひどい有様だと知ったらボスはどう思うだろう。

 どうしてこうなってしまったんだろう、俺の旅路は。

 というかミコ、どうしてお前そんな不機嫌なんだ……?

 もう部屋から逃げ出してノルベルトのところに避難きめようかと考えていると。


「……良かったっす」


 ひとしきり話して、ロアベアがクスクスしはじめた。

 俺も、たぶんミコも「何が?」と口にしようとする前に。


「お二人って面白いっすね。特にイチ様、最初は「うわーレイダーだー」って思ったんすけど、中身はかわいい殿方で」

「かわいい……?」

「うち、こんなに楽しく話したの久々っす。ありがとうっす」


 あれほどニヤニヤと作られてた顔が、そうじゃない自然な形で笑顔を作った気がする。

 本当に一瞬で、だけど確かに幸せそうに柔らかい表情だった。

 そんなものがすぐ目の前から向けられて、ちょっとドキっとした。まあ、すぐに何時もの顔に戻ったけれども。


『わたしもだよ、ロアベアさん。良かったら明日もいっぱい話そう?』

「もちろんっす! あ、ところで――」


 ぞんぶんにヒロイン同士のお話を堪能した二人から視線を外した時だった。

 不意に背中に抱き着いていた首無しの方のロアベアが「えいっ」と……シャツを思い切りめくり上げてきた。


「……へっ?」


 完全に油断していて、自分のシャツが思いっきり首上まで引き上げられるまで反応が遅れてしまう。

 別に、傷だらけなことは覚悟してたし、男のヌードなんて誰かに見られてもさしたる問題はない、はずだが。


『あっ……』


 ちょうど目の前にはミコがいた。

 横たわってるとはいえ結構近い、そんな距離から良く見えてしまうだろうけど。 


「お~……ほんとにすべすべ」


 そんなむき出しになった半身に急に指がしゅるっと触れて、ひくっと身震いしてしまう。

 これくらいごく当たり前の反応だ。でも、ミコが目の前にいるとなると、ちょっと。


「……ちょっ……! なにしてんだ!?」

「ん? セクハラっす」

「いやなにお前そんな笑顔で……ぉっ……!」


 流石に抗議の一言をかけようとしたが、またしゅるりと指でなぞられた。

 しかも脇腹にくすぐったさが走る。自分らしからぬ変な声が漏れた。

 思わず相棒にそんな声が届いてしまってないか気が気が仕方ないものの、ロアベアはお構いなしで。


「だってー、いじってくださいって顔してたんすから……あひひひ♡」


 ミコの目の前でまたなぞられた。

 あんまり触れたくないところも、だ。胸の傷跡とか、切り傷だらけの下腹部とか、そういうところを優しく撫でてくる。

 別に、それくらいなら、いい。

 でも物言う短剣の目前でそんなことをされたら……かなり、恥ずかしい。


「あ、あ、あのさ……傷だらけ…………だし、やめてほしい」


 さすがに、今までみたいに強いストレンジャーを演じる余裕がないというか。

 下腹部をさすってくる手ごとロアベアを引きはがそうとするも――なんだ、この力強さ。

 全然動かない。どころか全身の動きが全部吸収されていて。


「うちは全然そんなに気にしないっす。ていうか、筋肉質に見えてけっこう柔らかいんすねー。お肌も綺麗だし……」


 たぶん、あらゆる自分のコンプレックスがつまっているであろう半身をすりすり撫でられる。それもミコに特別良く見えるように

 嫌悪感から打って変わって、くすぐったいような、気持ちいいような甘い痺れが走る。


「……あれえ? さっきまであんなに気強くふるまってたのに、こういうことされると弱いんすか? フヒヒヒ……♡」

「あっ……」


 どうにか、口を押えた。

 今までずっと忘れていた恥ずかしさが顔に集まってくるのを感じて、思わずミコたちから視線を外してしまう。


『…………♡』

 

 ところが、枕元から、そんな少し色のこもった息遣いみたいなものが――

 間違いであってほしかった、まさかミコが、静止の声もいれずに黙ってみてることになるからだ。

 ていうか、死ぬほど恥ずかしい、一体どうしたんだ俺。


「うわ……♡ イチ様、心臓ばっくばっくいってるっす……♡」


 目と鼻の先で、ロアベアの表情がいたずらに目を細めていた。

 そこでやっと気づけた、心臓がいつもの何倍も速く働いている。

 最悪なことに、後ろから押し当たる重くて柔らかい輪郭にそのペースをすべて飲み込まれてるわけで……。


『……いちクン? 顔、真っ赤だよ?』


 そしてこんな空気に飲まれてるのか、ミコがおっとりとした声で尋ねてくる。

 心配する類の問いじゃない、恥ずかしがってる誰かを笑うようなそれだ。


 ここでようやく理解できた、してしまった。

 こうまでされて、ここまでやられて、俺はやっと異性を認識してしまった。

 そう、よりにもよって、短剣の姿をしているミコにだ。


「ひょっとして、見られて興奮してるんすか?♡」

「……ち、ちがう。俺は――」

「今まで全然反応しなかったのに、ミコ様意識した瞬間に急に変わってるんすよねえ……♡ 体が正直すぎて……あひひひ♡」


 今まで自分でも「氷でも詰まってるんだろう」と思うほど静かだった心臓が、痛いぐらい跳ねている。

 ロアベアがにまりと笑って、その胴体が命令通りに身体を抱き上げてくる。

 一体どれほどの力の差があるのか、俺は簡単に持ち上げられてしまう。

 いわゆる「お姫様抱っこ」のような形で、横たわった姿からベッドに着席させられ。


「……違うっていうなら、ほんとうにそうじゃないか確かめるっす♡ ……ということでミコ様~」


 首無しメイドの身体は本当にそれらしく、ちょこちょこと動いて脱いでいたメイド服を着なおして、部屋の隅にあったテーブルを軽々運んできた。

 俺の足先からやや離れたあたりにごとん、と足を置くと。


「では失礼するっす。アヒヒ……♪」


 仕事姿になったメイドの形が、にやけた顔と短剣をテーブルの上に運んでいく。

 こうしてちょうど、真正面にこちらを見つめる生首と短剣が並ぶことになるわけだが。

 対面する形になったロアベアの顔がにまっ……♡と笑い。

 

「よーいしょ♡ っす♡」


 一仕事終えたメイドの身体がベッドにやってきて、回り込んでくる。

 そして、背中から圧し掛かられた。

 グニッ……とさっきよりも鮮明に、重たさも強く感じる感触がした。


「……だんまりっすか? フヒヒ……♡」


 また、ぺろっとシャツをめくられた。

 さっきに比べてよく見えるであろう位置から、何も言わぬミコが興奮気味な吐息を吐くのがよく伝わった。


『……わたしで、興奮してるの?』


 しかも、面と向かってそういわれてしまう。

 自分でも嫌でも分かるほど、口元がきゅっと引き締まって、顔が赤く厚くなっていくのを感じた。

 それだけで十分だったんだろう、ミコは。


『……ふーん……♡ そっかー……♡』


 何か、スイッチが入ったみたいだった。

 意識が完全に、いつもそばにいてくれる頼もしい相棒のことでいっぱいになる。

 そんな相棒に、こんなみっともない姿を、しかも恥ずかしがってるところを見せているなんて――


「……ご、ごめん……。あの……もう、いい……? すごく、恥ずかしいんだけど……」


 ストレンジャーは恐らくその歴史上、もっとも情けない声を漏らしてしまった。

 ボスに鍛えられた人間としてではなく、ずっと隠していた一人としてだ。

 つまり、うん、死ぬほど恥ずかしい、死にたい。


『……かわいい反応するんだね、いちクン……ふふっ♡』

「……こっちが素なんすねー……♡ じゃあミコ様~、これからお仕事に入るっすよ……フヒヒ♡」


 おい、ちょっと、まって。

 後ろからメイドの手が回り込んできて、胸元に触れる。

 首のあたりに柔らかい重さを伝えながらの、白くてすべすべとした指が身体をまさぐってきて――


死ねえええええええええええええええええええええええええええええい!

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[一言] こいつホント逆レイプしかされないな
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