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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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64 良かったじゃないか


「――ということで今日からお世話になるロアベアさんっすよ。つい先ほどガレット様に解雇されちゃったんすけど、健気にやっていくので皆さまどうかよろしくっすー。アヒヒヒ……♪」


 やっと宿にたどり着くなり、ロアベアのやつはまたメイドらしいご挨拶をひらっと始めた。

 アンティーク調の角ばったカバンを床に置き、杖をその上に丁重に重ね、さらに丸テーブルの上に喋る生首を添えてのカーテーシーだ。

 今、眼前で首無しの身体がうやうやしく礼をして、分離した生首がにやついているという理解しがたい光景がある。


「なんで初対面の相手の前で首取り外すんだよバカかお前は!?」

「いやあ、だって後から「えっ首取れるの~?」とかなったらめんどいじゃないっすか~。だから早いうちに慣れてもらうっす!」

『せめて何か一言入れてから外そう!? なんで自然体でとっちゃうの!?』


 荷物を下ろしておもむろに自分の首を取り外した時点で、俺たちは止めるべきだったかもしれない。


「フハハ! 洒落のきく侍女だな、フランメリアらしくてよいではないか」

「さすがノル様~、話が分かるっす。初めて会う人、みんな首取れてびっくりするから困るんすよねえ」

「ミコ、フランメリアってやっぱおかしいのか……?」

『……ごめんね、もう何も言えないよ』


 肝が据わりすぎたノルベルトはこのメインカメラ着脱可能なメイドに気さくだが、問題は俺たち以外だ。


「ほ、ほんとうにクビになったのね……それは、お気の毒に……それ、手品か何かよね?」


 『ママ』は顔が引きつってるしなんだったら顔色も青い。ごめんよママ。

 その点ビーンは元々がそれだったせいか、さほど驚いてないみたいだ。

 相変わらず子供らしさのある大人の顔できょとんと生首を見つめている。


「ねえ、首どうしたの?」

「ごらんのとおりっす。残念なことにお仕事クビになっちゃったんすよー、いひひひ……♪」

「おねえちゃん、かわいそう……だいじょうぶ?」

「でもお給料はちゃんといただいたので円満なお別れでしたっす、あひひひ」

「おれ、ビーンっていうの。よろしくね?」

「私はここの『ママ』よ、メイドさん。気楽にママとでも呼ぶといいよ」

「よろしくっす、ビーン様にママさん……フヒヒ」


 純真な問いかけにメイドはにたにたと答えてるが、あれは果たして円満だったと言えるんだろうか。


「なんだ、お前も向こうの世界から来たやつか。本当にこの街は同郷の者が多いな」

「そこのエルフのお姉さんはヒロインの方っすか?」

「ヒロイン? どういうことだ? それと私はダークエルフだ、あんな色白と一緒にするな」

「なんでもないっすー、それにしてもいっぱい食うっすねあんた」


 ダークエルフに至っては当たり前のように接してる。しかもまだ何か食ってる。

 なんということでしょう、クソ客がいなくなった宿屋は魑魅魍魎(ばけもん)を押し込んだような魔境になってしまった。


「……おい、なんなんだこのやかましい生首は」


 その丁度ど真ん中で、目の前に置かれたメイドヘッドを不服そうにする奴が一人。

 哀れにも誰かにマスクを剥がされ、万物を面倒くさがるような顔を世界にさらす羽目になったお医者様がいた。

 クリューサは「何をやらかしたんだお前は」とこっちを見ている。


「また変なのが増えたなって顔してるな」

「どうやらお前は人の心が読める能力を持ってるみたいだな。なら、その続きも分かるな?」

「その感じからして『これ以上変なの連れてくるな』だったりする?」

「もう一つ追加しておけ、『騒がしくするな』もだ。なんなんだ、その世にも珍妙なメイドは……」

「拾ったというか押し付けられたというか」

『ちょっと買い物中にいろいろあったんです……』

「ミコ、お前らの言ういろいろというのはこんな死を告げる妖精みたいなのを拾ってくるほどのものなのか? それとも俺のリストに「メイドをもらってこい」とでも書いてあったのか? 何をしてきたんだ一体」

『いろいろありすぎて、説明できません……!』

「俺の頼んだおつかいはそんなに複雑なものだったのか? いやもういい、何も言うまい」


 お医者様はせっかく落ち着いていたのにクソ騒がしくなってかなり不愉快そうだ。

 そんな気持ちも汲みとらず、ロアベアは生首を抱っこして悩ましくしてるところにちょこちょこ寄って。


「お兄さん顔色悪いっすね~。なんか病気っすか? 大丈夫っすか?」

「…………おい。もしやこいつは俺を侮辱しているのか?」

「違うぞデュラハンのメイド、クリューサはもともとこんなかわいげのない顔だ。でも大丈夫だ、もっといっぱい飯を食わせて元気にしてやるぞ」

「お~、いっぱい食べて元気に育つっすよ。あひひひ……♪」

「お前も俺のことをバカにしているのかクラウディア」

「むーん、適度な運動もするべきだぞ医者よ。まずは体幹を鍛えると良い」

「お前らは揃いも揃って俺の堪忍袋の緒の耐久力でも調べているのか……!?」


 オーガとダークエルフも続いてクリューサを囲んでしまった、本人はただでさえ悪い顔色を更に濃くしている。

 まあ医者だし大丈夫だろう、自分のケアぐらいできるはずだ。


「ということでお使いは完了したぞ、これ頼まれた材料な」

「ということで、じゃない。お前のせいであれだけ静まっていた宿屋が騒がしいんだが、どうしてくれるんだ?」

「慣れてくれ、困ったらそのメイドさんに手伝ってもらえ」

「お困りのことがあったらうちに何なりと~……いひひひ……♪」

「死の予言をしに来たのか知らんがアイルランドに帰れ、ここはアリゾナだぞ」

「そんな~」


 俺は精神がガリガリ削られてるクリューサに頼まれた品を押し付けた。

 一仕事終えたし少し部屋で休むとしよう。



 今日は濃厚な一日だったなと思う。

 農場を発って、五十口径に着いて、街いっぱいの異種族を見て、いろいろな人と再会して、ようやくベッドに横たわれたわけだ。

 胡散臭さのあるこの街のことも気になるが、スティングに来て良かった。


『……わたし、安心しちゃった』


 ミコと一緒に思い思いに休んでいると、枕元から声がした。

 ずっと重い何かから解放されたような声に、思わず身体を起こしてしまった。


「……ロアベアのことか?」

『うん。本当は、いけないことかもしれないけれども……』

「まあな、お前以外にも誰かが巻き込まれたっていう証拠にもなる」

『……そうだね、でも、本当に良かったなって思ってるの。わたしひとりじゃなかったんだなって、ほっとしちゃってる』


 言われた通り、あのメイドがいるということは良くない証明だ。

 ミコ以外にも何も知らぬままこの世界に連れてこられてしまった犠牲者が一人、もしくはそれ以上いる可能性もある。

 皮肉なことにそんな事実がミコを安心させてしまった。

 だから「やった、仲間がいる」じゃ許されないのだ。


『……ダメだよね、こんなこと。考えちゃ、ダメだもんね。ごめんね』


 感覚のステータスが高まってるせいか、ミコの気持ちであろうものがいろいろと浮かんでくる。

 やっと仲間に会えた、境遇を分かちえる、でも喜んじゃいけない、よくないことだから。


 そのうえで、こいつは俺に気を使ってくれてるんだろう。

 俺のやらかしのおかげでまた被害者(なかま)と会えた――そういう風にもなるから。

 でもようやく同じヒロインに会えて嬉しいに違いない、この数か月ミコはずっとひとりで寂しかったはずだ。

 タチの悪いことに、それらすべてがストレンジャーによるものだ。相棒をこんな気持ちにさせた罪は重いぞ。


 でも単純なことだ。

 ずっとついてきてくれた相棒を、一体どうして俺のやらかしに付き合わせる必要があるのか。

 

「いいんだミコ、喜んでくれ」


 俺は物言う短剣を指でとんとんした。


『でも、そんなの駄目だよ。他人の不幸で喜んだことになっちゃうもん』

「いいんだ。お前は仲間に会えたことだけいっぱい喜んでくれ。悪いところは全部俺が引き受けるから」

『……だったら、なおさらだよ。そんなの絶対いやだよ』

「別にお前が向こうの人たちをこっちに引っ張ってきたわけじゃないだろ? 悪いところは全部俺のものってことさ。別に被害者同士仲良く……だとかは言わない、ただ、今は喜んでほしい」


 ミコは少しだけ黙ってしまった。

 部屋の隅にいたニクが「何かあったの?」と首を傾げにきた、撫でてあげた。


「覚えてるか? ブラックガンズでまた目覚めた時だ。あの時、お前にあんだけ心配されて死ぬほど申し訳なかったし、ぶっちゃけかなりへこんだよ。ついでに白状する、いろいろショックで正直泣きそうだった」


 静かになったミコに続けたものの、かすかに『うん』と聞こえた気がした。

 犬の頭をぽんぽんしてからまた寝転がった、これで相棒は目と鼻の先だ。


「でも、それと同じぐらいすごく嬉しかったよ。あんなにお前に心配されてさ、俺のことをよーく見てくれてたんだなって、やっと心の中で認められた。思えばあの時、また俺は変われたんだろうな」


 なんとなく、刀身の先に触れた。ミコの声が『――うん』と身近に聞こえる。

 思い返してみれば、こいつはいつも気を使っていた。

 きっと、もしかしたら、すごく共感力があるのかもしれない。


「ミコ、お前はずっと人の気持ちを共有してくれたんだよな。もしかしたら人の痛みも、そうやってずっと一緒に感じてくれてたのかもしれない。だから俺は助かったんだよ」

『……うん』

「この世界に来てから「自分は駄目だ」とか「俺のせいで!」とか何度も考えたことがあったけど、お前が繋がっててくれたおかげでご覧の有様だ。俺が悲しむとお前も悲しむから、意地でも悲しまないようにしたんだぞ? すごいだろ」


 そうだな、俺はもう一人じゃなかったか。

 確かに俺はここまでの道のりを歩んできて、いろいろなものを結んできたかもしれない。

 だがそれよりも根深くつながってるものがある。それはこの相棒だ。

 ウェイストランドに残した足跡は二人分だ、俺ひとりのものじゃない。


「だったら、お前がうれしいと俺もうれしいってわけだ。だから「やっと同じヒロインに会えた」って言っちゃってくれ。そしたら少しは、俺も救われた気分になるから」


 いうだけ言うと、相棒は少しだけ潤んだ声で「うん」と返して気がした。

 我ながらガラにもないことをいってしまった。くたっと転がった。


「……まあ、こんなこと言っちゃあれだろうけど、ロアベアの件は気にしなくていいと思ってる。ひどい目に遭ってるならともかく元気に愉快にやってたんだしな」


 天井に向かって「あのクソメイド」と余計な一言が出かけたが、それだけだ。

 するとしばらくしないうちに「ふふっ」と声が漏れた――笑い声?

 思わずミコの方を見ると。


「……今笑った? 気のせい?」

『ご、ごめんね……? あの、そういうのじゃなくて』


 別に悲しそうでもなく、むしろ楽しそうな、嬉しそうですらある声で詰まっている。

 「どういうのだ」と、言いよどむ相棒に答えを求めようとしたものの。


『……いちクンって、そんなこと言えるんだね。ふふっ、意外だなー♡」


 とてもくすぐったさそうな声で、けらっと返されてしまった。

 どうやら俺たちは本当に共有してるらしい、こっちもくすぐったくなった。


「そりゃまあ、甘えてもらいたくて必死だからな。がんばりすぎだお前は」


 この世界でたくさんの人を助けてくれた相棒をこつんと突いた。

 きっと、ノルベルトが書いてくれた通りの誰かがそこにいるなら――この世で一番穏やかに微笑んでるはずだ。


『……じゃあ、甘えていい?』

「ああ。待ってた」

『今夜は一緒に寝よ? いっぱい話して、寝落ちしたいなーって』

「いつもやってることだろ、それ」

『今日はもっと一緒にいたいの。……ダメかな?』

「喜んで。これからもずっと一緒にいてくれ、ミコ」

『……あの、それって……』

「なーんでもない」

『もー、いちクン』

「はっはっは、今朝のお返しだぁ」


 少し早いけど、今日はこいつと寝よう。

 そばでおっとりとした顔でいるニクに「おやすみ」と触れた。


『……ロアベアさんがいて、やっぱり少し安心しちゃった。わたしひとりだけなのかなって、ずっと不安だったよ』


 ほどなくして、耳元でそう聞こえた。

 ようやく言いたいことが言えたか、長かったな。


「よろしい。それじゃ世界の異変はこれから俺がどうにかしよう」

『ふふっ♡ ……いつもありがとね、いちクン?』

「こっちこそだよ。なあ、ニク?」

「ウォンッ」


 枕もとで横たわる十字架みたいな短剣に向き合ったまま、今夜は二人で過ごすことに――


『なにしてんすかー? いちゃいちゃっすか?』


 そしたらドアの向こうから聞き覚えのある声が容赦なく挟まって来やがった。

 またロアベアだ、畜生、お前はまたそんなことを!


「お前はアイルランドに帰れ!!」

『そんなー』

『……すっかりなじんでるね、ロアベアさん』

「俺あんなメイドやだ! あんなのメイドじゃねえよッ!」

『さすがにそれは失礼だよいちクン……』


 こんだけ言っとけばあるべき場所に帰るだろうと思った。

 が、一体どうして、部屋のドアがぎぎっと開いているんだろう。


「――ということで相部屋っすよ、お二方。あひひひ……♪」


 更に言おう、どうして荷物を持ったメイドが入ってきてるんだ。

 にへらっとした緑髪のメイドがさも当然のごとく足を踏み入れて、しかもその手には杖とカバンすらある。


「待て、部屋なら空いてるだろ。なんでお前――」

「チップがもったいないんでご一緒させてもらうことになったっす。ママさんから許可は貰ってあるんで問題ないっす」

『……ええ……』

「何考えてるんだよママ……!? あっちいけ! ノルベルトのとこいけ!」

「ノル様のところにもいったんすけど、そしたら「ならば俺様の寝床を使うがよい」っていってベッド丸ごと空けられて困ったっす」

「なるほど今度は俺が困る番ってわけか。チェンジで」


 ばたん。

 急いで起きてメイドを押し退け扉を閉めた。これで世に平穏が訪れただろう。


『またチェンジ言ってる……』


 扉の向こうから『そんな~』と聞こえてきたが、無視……と思ったが。


『……ほんとは、ミコ様と話がしたいんすよね。同じヒロインに会えるなんて久々っすから』


 いなくなったかと思った頃、実にちょうど良くそんな声もしてしまった。

 ロアベアらしくない声だ。きっと扉の向こうでしょんぼりとしてるだろう。


 俺たちは顔を見合わせた。ついでに犬も。

 さほど考える間もなく答えは「しょうがないか」とまとまった。

 そうだな、どうせならもう一人いてもいいだろう。


「じゃあ来い。ちょうど楽しく話してたところだ」

『わたしも、ロアベアさんのお話聞きたいな? ふふっ』

「よっしゃ~」


 こうしてロアベアも入ってきた。

 へらへらとした顔がいつにもなく嬉しそうで、彼女は部屋に入るなり。


「じゃあお邪魔するっす」


 荷物を置き、しゅるりとメイド服を解いて、脱ぎ始めやがった。

 何の躊躇いもなく、脱ぎおった……。

 この裏切者は一瞬で全裸になった挙句、当然のように割と豊満な身体を見せつけている。


「おいバカ! お前何……おい!」

「夜は裸で寝る派なんすよねえ、ふひひ……」

『ロアベアさん!? あの……!? 下着……』

「ぱんつとかめんどいからはいてないっす」

「……もうやだこいつ」


 俺はしばらくこいつと付き合わないといけないんだろうか。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶり! 待ってました [気になる点] やり取りみて二人も成長したんやな……と思いました
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