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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
146/580

57 WE1C0ME T0 ST1NG(3)

 スティングのがらくた市場には三つのルールがあるようだ。

 一つはロックがかかった電子機器や、詳細が分からない薬品類にはたいした価値がつけられないこと。

 二つは市場でのトラブルはあくまで当事者同士でどうにかすること。

 三つは人肉の取引は硬く禁じられてることだ。殺されるほどには。


 設けられたルールに従いさえすれば、ここにはあらゆるものが揃っていた。


 食糧、武器弾薬、薬物、戦前のテクノロジー。

 ボルターでもがいていたころ死ぬほど欲しかったものが、ここに山ほどある。

 ただし有料で、だが。ようこそがらくた市場へ!


「おい、銃弾はどうだ? 9mmに45ACP、12ゲージや40㎜グレネード、50㎜ロケット弾だってある。買取もやってるぞ」

「戦前の技術が欲しけりゃ来い! 工具からデバイスまでいろいろあるぜ!」

「防具を格安で販売中! 再生鋼を使ったアーマーなんてどうだ!」

「一杯いかが? 自家製の蒸留酒だ。味の決め手は万能火薬!」


 混みあった倉庫の中は騒がしいが、この世界で一番のにぎやかさがある。

 まあ気も財布も緩めないほうが良さそうだが。


「さっき貰った給料は……3000チップだ。一人1000チップってところか?」

「むーん、俺様はすでに山ほど持っているぞ。イチ、お前が使うと良い」

「お前の初給料(・・・)だろ? そいつで好きなもの買えよ」

『あ、わたしのは使っていいからね? できればマナポーションとか買って欲しいけど……』


 手持ちはけっこうある。今まで拾ったりもらったりしたからかか、あるいはそんなに使うことがなかったせいか。

 なんにせよここで必要なものは買って、不要なものを売ることにした。


 まずは近くにあった弾薬まみれの露店に近づいてみた。

 すごい店だ、机の上に小口径からロケット弾まで幅広く並んでいる。

 【銃弾買い取ります!】の看板の隣には弾帯でミイラみたいになった男がいて。


「おお? うちで買い物か? そりゃいい判断だ、うちのは高品質の弾しか置いてないから」


 その身を張って商品を売り込むそいつはさっそく商売モードになった。

 そういえば使わない弾とかも結構あった気がする、ここで売ってしまおうか。


「あんたがすごい格好だから見に来たよ。ついでに荷物の整理がしたくてな」

「荷物の整理だって? てことはなんだ、弾を持て余してるのか?」

「そういうことになる」

「せっかくあるのに使わないなんて損してるぜ兄ちゃん。売りたい弾を見せな」


 弾帯まみれの男にいわれてバックパックから弾を取り出す。

 袋や箱に詰めた余分な45ACPや散弾や5.56㎜を適当に地面に並べると――小さな山ができてしまった。

 向こうに負けないほどの量に、相手は呆れてるというか怪訝というか。


「っておい、なんだその量は。どっかで戦争でも始めるつもりだったのか?」

「まあご覧の通りだ。俺一人じゃ使いきれなくてな」

「だったらツイてるな、うちはちょうどいい買い取り先なわけだ」


 男は弾薬を取って調べ始める、雑にだが。

 つまんだり眺めたりすると、どっさり置かれた弾を目の前に。


「2000チップでどうだ? なんだったら一発あたりの値段も納得できるように説明してやるが」


 弾の重量とあんまり釣り合わなさそうな値段を提示されてしまった。

 一瞬ためらったが、軽くなったバックパックの快適さと比べてしまえばそこそこ妥協できるレベルだ。


「……じゃあ質問。そんなもんと思って受け入れるのと、もっと出せるだろってねだるのどっちがいい?」

「前者の方をすすめるぜ、特にうちと取引するときはな」

「分かった、そんなもんか」

「そんなもんさ。言っとくが、うちじゃドブに捨てるよりマシな程度のレートで買ってるんだ。気に食わなくても悪く思うなよ」

「まあ、使わずじまいで腐らせるよりずっとマシか」

「そりゃそうだ、受け取りな」


 こうして2000チップを受け取った、これで良しとしよう。

 用も済んだので次の店に映ろうとしたが。


「その代わり気前のいい兄ちゃんにいい知らせだ。こいつを見てくれ」


 弾帯男は露店の奥から何かを取り出して来た。

 散弾だ。ただし薬莢の口は切られて、中に半透明の物体が詰め込んである。

 手渡しに来たので受け取ると、けっこうずっしりときた。意外と重い。


「なんだこれ? どこがいい知らせなんだ?」

「こいつはな、スラグ弾だ。分かるか?」

「スラグ弾っていうとデカくて重い単発の弾だったか?」

「そのとおり。でもただのスラグ弾じゃない、自家製のワックス・スラグだ」


 ワックス・スラグ弾を調べてると、男はにやついていた。興奮気味に

 ついでに手元には手書きのレシピが掴まれている。ただしすごく雑な内容だ。

 『散弾を切る、中身を熱したワックスと混ぜる、注ぎ直す』と。


「この街の名前にちなんで『スティンガー』って呼んでる。こいつはすげえぞ、こじあけるんだ。んで中をズタズタにする。カッコいいだろ?」

「あんたが興奮するぐらいすごいんだな?」

「そうさ、兄ちゃんのそのイカした散弾銃が化け物になるぜ。作り方も簡単だ、散弾の口をカットしてワックスと混ぜるんだ。ほら、これやるからさ!」


 どうやらこの男は背中にある散弾銃に目をつけてたようだ。

 雑な作り方を押し付けられた。それから手作りスラグ弾も数発。

 しかしその途中で左腕に取り付けたPDAに気づいたようだ。


「って……お前、そのPDA……シェルター居住者か?」


 店を後にしようとすると物珍しそうに尋ねられてしまった。

 俺は全てを物語るP-DIY2000を突き出した。答えはすべてここにある。


「ああ、そうなんだ。数か月前爆破したほうのな」


 そうすると弾薬屋の顔は嬉しさと驚きが程よく混ざった形になってしまった。


「なんてこった、てことは最後の擲弾兵かよ!」

「最後の擲弾兵だって?」

「そうだ! ハーバー・シェルターの生き残りが復讐を誓って、ウェイストランドの悪者を無慈悲に、徹底的に粛清してるってな! お前がそうなのか!?」

「否定できないな。で、誰だそんなカッコいいストーリー作ってくれたやつ」

「そうかそうかお前がか! 他にもいろいろ噂は耳にしてたんだぜ? 南の人食いカルトの軍勢をたった一人で皆殺しにしたり、生身でミリティアの戦車部隊を壊滅させたり……とにかくいろいろだ、いろいろ!」


 知らぬ間に有名になってしまったようだ、それも話に尾びれがついて。


「で、どうなんだ? ほんとにあいつらをぶち殺して来たのか? ちなみに俺は信じてたぜ、周りは作り話だとか言ってたけど俺は違う、ウェイストランドに本物のヒーローが現れたってな!」


 その上で、男は問いかけてくる。

 ものすごく目が輝いてる。夢見る男の表情だ。

 俺は肩の短剣に視線を合わせたあと、仕方がなく答えを導きだした。


「そうだな……俺を見てくれ、どう見える?」

「ほんとに皆殺しにしたような雰囲気を感じるぜ!」

「だったらそういうことにしてくれ、じゃあな」

「ハッハァー! おっかないな! また来いよ、擲弾兵!」


 興奮する男のいる店を後にした。こんな形でヒーローだ言われても嬉しくない。

 次の店はどこにしようかと物色していたところ、


『……こんなところまで広がってたんだね、いちクンのこと』


 と、ミコが声を漏らした。長い付き合いの戦友は良く見てくれている。

 自分の噂がこうして流れてるのはちょっとうれしいが、それにしたって本人を置き去りにしてここまで大げさにならなくてもいいだろう。


「これ以上誇張されないでほしい気分だよ俺は。そのうち素手でドッグマン殺したとか、一人でレイダー一個大隊壊滅させたとか余計な話と一緒に耳に届いてきそうだな」

『これからもっと話盛られちゃうそうだよね……でも、いちクンだいぶ派手にやってきたから仕方ないと思うよ……?』

「そんなにやったか?」

『……ミリティアに迫撃砲打ち込んだり、戦車に手榴弾投げたり、クリンで暴れたり……十分過ぎるよ』

「よし、次からはもっとこっそりやろう」

『そういう問題じゃなくてね? いちクン?』


 それからニクを見た。

 眠そうな目だが信頼性のある顔でこっちを見上げている。


「そうだ、お前も何か欲しいものはないか?」

「ワゥン?」

「ないのか? まあ欲しかったら遠慮なく言えよ」

「ワンッ!」

『……わんこと喋ってる……』


 ここまで旅を一緒にすると感覚でなんとなく意思の疎通ができるようになった……気がする。

 真っ黒なシェパード犬の頬をたっぷり撫でてから先へ進むと。


「待たせたな、良い買い物をしてきたぞ!」


 人ごみの中からノルベルトが戻ってきた。

 大きなバックパックを背負っている、全品フリーサイズの店で買ったんだろうか。


「おかえり。ずいぶんデカいバックパックだな」

「どうもここは俺様のような亜人向けの装備品が売られていてな。ちょうどよいサイズがあったものだから買ってしまったのだ」


 縮こまった子供を放り込んで拉致できそうなほどのサイズだ。

 オーガは買ったばかりのそれを俺たちに一通り披露して、


「――ついでに燃料(・・)もな」


 そういって中身を見せてくれた。ドクターソーダがいっぱいだ。

 もうお前冷蔵庫でも担いだ方がいいんじゃないかとか思った。


「大人買いしやがって、初めての給料でのお買い物は楽しいだろ?」

「いや、元の世界にいたころは自分で買い物などしたことがなくてな。いけないことをしているようでたまらん」

「じゃあ俺もいけないことするかー! ジンジャーエール買いまくろう!」

『ちゃんと考えて使おうね』

「はい」



 あれから俺たちは人外交じりの市場をしばらく回った。

 いろいろ欲しいものはあったが、あくまで必要なものだけ買いそろえた。


 工作に使うはんだごてやマルチツール、軍事規格の単眼鏡、部品剥ぎ取り用の壊れた電子機器や携帯ホットプレート。

 他にも欲しいものなんていくらでも思いつくが後のことを考えて我慢だ。

 ついでに不要なものも売り飛ばした、手元にはまだ二万チップほど残ってる。


「けっきょくいろいろ買っちゃったな、俺たち」


 ひとまず買い物を終えて、俺たちはある場所に来ていた。

 クロラド川の跡地が見える場所、すなわち街の北側だ。

 しかし北へ進めば進むほど、人や活気は目に見えて分かるほどに減っていく。


「うむ。だがあのような場所で買い物をするなど生まれてはじめてよ、おかげで良き経験になった」

「ドクターソーダもな」

「ああ、ドクターソーダもだ! こんなに手に入るとは感無量だぞ!」


 そんな北への道のりを二人で飲み物片手に進めば、やがてそれは見えてきた。

 『スティング』の北部を走る川――だったものと、その上に作られた橋だ。

 残念だが干上がった大きな溝が残るだけで、橋はむなしく向こう岸への道のりを構えている。


「……で、この橋の向こうがデイビッド・ダムに続くわけだ」


 ジンジャーエールを片手に、俺は橋の向こう側を見た。

 北に向かう道がある。つまり目的地である『デイビッド・ダム』への道だ。

 地図を見る限りはこの橋を越えて、道なりに進み続ければゴールである。


「ふーむ、この向こうへ行くのか?」

「この道をまっすぐ北に辿ればつく、ってことらしい」


 干上がった川の上にある橋を見た、異常はない。

 しかしなんだろう――違和感を感じる。あまりに人気がなさすぎるというか。


『……ねえ、なにかおかしいよ。なんでこんなに静かなんだろう?』


 ミコもそう思っていたらしい。実際、確かに静かすぎる。


「確かにそうだな。なんか北に向かえば向かうほど寂れてるっていうか」

「むーん、言われてみればそのようだな。先ほどまではあれほど人がいたというのに、この辺りは妙に静かだ」

『というか……荒れ果ててるよね、それなのに誰も手をつけてないし』


 クロラド川の跡地に近いこの地域は、なぜか人がいる気配がしない。

 でも建物は綺麗に残ってる、その気になれば住み着くことができそうだが――


「何かわけありだったりしてな」


 試しに向こう側の景色を調べることにした、この買ったばかりの単眼鏡で。

 手のひらほどのサイズで頑丈なそれを目に押し当てると、少しの調節のあとに向こうの景色がはっきり見えてきた。


 ……ガチの廃墟だ。橋の向こうには寂れまくりのもう一つの市街地があった。

 150年前から手付かずの車両が路上に大量に置き捨てられ、広大な土地の上に無数の建物が忘れられていた。

 他には川沿いに建てられた家で、優雅に日光浴したまま白骨化した誰かがいるぐらいだ。


「……どうだ、イチよ。何か見えたか?」

「街が見える、けどなんか変だな。誰もいない」


 じっくり眺めたが妙だ、この街には略奪された形跡がない。

 それどころか橋の向こうに行ってはいけない理由を感じる――


「使ってみろ、よーく見えるぞ」


 俺はノルベルトに単眼鏡を手渡した。

 「おお、よーく見える」と声が聞こえて、しばらくすると。


「……うむ、確かに妙だ。まるで人々に忘れ去られているようだな」


 やはりきな臭さを感じたようだ。

 オーガの感想の通り、あそこは忘れられた街だ。完全なる廃墟だ。


「一体どうしたんだろうな? ちょっと見てみるか?」


 単眼鏡を返してもらいながらちょっとだけ、橋の向こうへ進もうとした。

 その時だった、急にカリカリ、という音が聞こえたのは。


「……ん?」


 音の発生源は左腕だった。

 もっと進むと、耳の奥をひっかくようなギチギチという音にかわった。


「……ウォンッ!」


 ニクが目の前で急に声をあげた、警戒を促す感じのやつだ。

 もうちょっとだけ踏み込むと、その異音は途端にもっとひどくなる。

 PDAから急かすようにガリガリという音が――


「……やべえ全員下がれ! こいつはシャレにならないぞ!」

『この音もしかして……!? みんな早く下がって!』

「ワンッ!」

「おお? どうしたのだ? 敵でもいたのか?」


 本能に「やべえ」と訴えかけるような音の正体をようやく理解した。

 異世界のオーガだけは分かっちゃいないようだが、無理やり引っ張った。

 この不愉快の音を発せられる原因はこの世に一つしかない。放射能だ!


「一番やべえやつだよ、くそっ! そりゃ近寄らないわけだ!」

『いちクン、確かそのPDAって……』

「ああそうだ、ガイガーカウンター付きだ。これでよーく分かった、橋の向こうは死ぬほどヤバイってな」

『橋に踏み込んだだけですごい音が鳴ったよね、ということはあの奥って――』

「放射線で即死するだろうな、内部からこんがりだ」


 つまりそういうことだ、橋の向こうは死の世界が広がってる。

 ここから先へ進んだところで待ち構えているのは放射能の恐怖だ。

 150年前のまま放置されたあの街は、きっと恐ろしい量の放射線が人類に牙をむき続けているのかもしれない。


「ほうしゃせん、とはなんだ? 毒のようなものか?」


 ノルベルトは平気そう、というか深刻さを理解してないようだ。


「毒よりヤバいっていったら信じてくれるか?」

「オーガに並大抵の毒など効かんぞ。よく分からんが俺様なら大丈夫だ」

「そういう問題じゃないんだ、ノルベルト。こいつは万物に対して平等にヤバいんだよ」


 俺だってこの世界に来て教わってようやく理解したが、放射線というのは毒なんかじゃない。

 火だ。それも人の内側に入って、そこから膨れてじわじわ焼き溶かしていく。

 人類は火と仲良くなって急速に進化したらしいが、こいつとはどう付き合おうが友達にはなれないだろう。


『ノルベルト君、聞いて! 放射線っていうのは魔法でどうにかできないぐらい大変なものなの! だから絶対に近づいちゃだめ!』


 今にも向こうへゴリ押ししてしまいそうなオーガに、物言う短剣が強めに言った。

 するとさすがに効いたのか、


「……むーん、そうか。ミコまでそう言うのならば気をつけよう、俺様も毒ならともかく、呪いだとかそう言う類のものは苦手だからな」


 ようやく引いてくれた。

 こいつに放射能への耐性があるかどうかしらないが、少なくとも太陽光と違って浴びると不健康になるのは確かだ。


「それでいい。あっちで放射能浴びてスーパーオーガに変異したくないだろ?」

「何、スーパーオーガだと!? ということは放射線とやらを浴びれば強くなれるのか!?」

「ああなれるだろうな、あの世で! とにかく橋の向こうはなしだ、いいな!」


 俺たちは来た道を戻ることにした。

 このまま北上できないとなると、デイビッド・ダムにどう向かうか――これから考えないといけないみたいだ。


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