54 商品を守れストレンジャー(2)
「敵か?」
「だろうな。俺様もなんだか感じるものがあるのだが、この犬の様子を見て確信した」
「……だとさ、農場の皆さん。どうすんだ?」
敵が近いらしい。見渡しても見えないがとりあえず報告した。
すると真下から二人分の返事が返ってきた。
「こういう時に「いるわけないだろ」とか「気にしすぎ」というのは口にしないのがセオリーです。迎え撃ちましょう」
「敵がいるって? そりゃツイてるな、倒せば手当てがもらえるからな」
農場スタッフたちはやる気満々だ。
助手席の男が窓から合図を送ったようだ、前を走るバギーがふらふら動いて承諾を表現している。
いつでも50口径をぶっ放せる状態で待ち構えると――
「ふっ、これを準備した甲斐があったな」
オーガが荷台の隅に積んでいた何かを手にした。
それは……先を叩いてとがらせた鉄パイプだ。それも何本もある。
「まさか投げるのかそれ」
『か、完全に投げるつもりだよねそれ……』
「こいつは銃より強力だぞ。良ければお前もどうだ?」
「悪いけど今日はこいつだ」
俺も『ピアシングスロウ』でぶん投げたっていいが、五十口径の本体を得意げにこんこん叩いてみせた。
さて、肝心の敵は一体どこにいるのやら。
『……ヒャッハー!』
――と思っていたらどこからかいかにもな声がした。
トラックの側面からだ。道路を見たが何も走っちゃいない。
しかし発生源はすぐに見つかった、それは地べたを走っているんじゃなく空を飛んでいたのだから。
「ヒャッハァー! その荷物は届けさせねえからなァ!!」
……荒野の方から変なのが飛んで来た。
単座式で、車体後部に大きなエンジンを積んだごついバイクみたいなものが宙に浮いている。
車輪のないそれは環境に悪そうな煙を吐きながら爆走していて。
「てめーらブラックガンズの食糧は俺たちが有効利用してやるぜェ!」
革製のアーマーに身を包んだレイダーがまたがったまま、こっちに銃を向けてきた。
水平二連の散弾銃だ。空中を飛びながらこっちに幅寄せしてくるが――
「近づきすぎだ、馬鹿野郎」
迷わず背中から散弾銃を抜いて、そいつの顔面目掛けてトリガを引く。
散弾はディーゼルパンクな乗り物にまたがったレイダーの頭を削った。
空飛ぶ乗り物は真上にぐいっと傾いて、死んだ運転手もろとも天国めがけてすっ飛んでいった。
「もしもしお二人さん! なんか飛んで来たけどありゃ敵だよな!?」
「ストレンジャー、いまのはレイダーです! 応戦準備を!」
「くそっ、ホバースキーだ! 賊の分際でなんであんなのもってやがる!?」
「なら良かった、やるぞてめーら!」
『そ、空飛んでるよ……なんなのあの乗り物!?』
足元にいるスタッフ二名からして敵なのは間違いないようだ。
俺は肩の鞘をきつく締めてから、さっそく50口径のトリガに指をやった。
すると道路の外から敵が流れ込んできた、砂漠色のホバースキーとやらが何体も。
「おおっ! なんだ今の空飛ぶ馬は!? いやホウキなのか!?」
そんな光景を見てノルベルトは興味津々だ、もっとも相手は。
「早く積み荷をぶっ壊せ! 街へ届けさせるな!」
「見ろよ! ミュータントを乗せてやがるぜ!」
「いいからぶっ殺せ! 挟撃タイムだァ!」
殺意満々でこっちに得物を向けてきている。
中には二人乗りでデカい銃を向けてくるやつまで――本気だ。
「驚いてる場合じゃないぞ! 迎撃するぞノルベルト!」
レイダーたちが乗っているそれは食料で一杯のトラックより機動力はあるみたいだ。
きっと荒野で身を潜めていたんだろうか、一ダース以上はある空飛ぶ何かは俺たちを左右から挟み込み始めた。
てっきり陸路で来ると思いきやまさか空から来るとは、なんて乗り物だ。
「ストレンジャー! 片方に火力を集中しろ!」
助手席から怒声、それから仲間からの銃声も聞こえ始めた。
いわれなくともやってやる、側面から接近してくるやつに銃身を向けて。
「ブラックガンズ直送の12.7mmだ! 召し上がれ!」
頼もしい五十口径の押し金を思いきり押し込んだ。
*Dododododododododododododododom!*
車体が震えるほど強烈なフルオートが始まった。
反動でブルブル震える指先の向こうで、五十口径弾に煽られた乗り物ごと人をぶち抜く。
大口径の銃撃に慌てて引っ込んでいくやつらも見えたが、
「ヒャッハー! 人間爆撃機だぜェ!」
機敏に動く相手に銃口が間に合わず、一台に接近されてしまう。
そいつはハンドルを握ったまま、こっちに何か――ずいぶん大きな単発式の拳銃みたいなのを構えていて。
「――グレネードランチャー! 避けろ!」
当たったらヤバい、手で天井をガンガン叩くとイージーはすぐ理解したようだ、アクセルを一気に踏み込んで急加速。
*Pom!*
その直後、聞き覚えのある発射音。
40㎜弾が狙いを外ずし、そばの荒野で炸裂するのが見えた。
「くそっ! 40㎜とか卑怯だろ!」
「文句はあちらへどうぞ。重火器を優先して狙ってください」
今度は運転席から連続した自動拳銃の発砲音、イージーだ。
どどどどどっ、とさながら短機関銃みたいに連射が決まると――車体の側面でレイダーが道路に投げ出されるのが見えた。
「面妖な乗り物だが大したことはないではない――なっ!」
ノルベルトが鉄パイプを投げ槍のごとくぶん投げた。
機関銃持ちと二人乗り中だったそれは横から串刺しにされて、そのまま道を外れてしまった。永遠に。
機銃のトリガに指をかけようとすると、前を走ってたバギーが合わせてきた。
「ストレンジャー! 積み荷を守れ! できれば無傷で!」
と、銃座に座ったスタッフが無理難題を申し上げられてしまった。
そういいつつ銃座の308口径をお見舞いしている、一両撃破、道路に突っ込んだ。
「食い物と俺たちどっちが大事だ!?」
「他人に無理難題を吹っ掛けるのは嫌いなんだが、両方だ!」
「無理じゃないさ! 任せろ!」
俺は自分たちの命と食料の両方を守ることにした。
並走するバギーの後ろから敵が飛んでくる、火炎瓶持ちだ。
慌ててそっちに機銃を向けようとするが、
「人間BBQだァ! イヤァッハァァ!」
「ウォンッ!」
お……ニクがオーガを踏んでジャンプ、迫りくるレイダーに飛び掛かった。
そいつが瓶を放り込もうとしていたところに、車体に飛び乗ったシェパード犬は無防備な首に迫って。
「ガァゥッ!」
「ぎぁっ!? な、なんだこっ、いぬっ、はなっせっぐぇぁっ!?」
……アイツ何してやがるんだ!?
人の心配などいざしらず、ニクは喉元に噛みついてぐりぐり引っ張りまわした。
レイダーがハンドルも火炎瓶も投げ出してもがく、急に操作されなくなった途端に地面へ真っ逆さま――まずい。
「おま……なにやってんだニク!? ミコ! うちのわんこ回収しろ!」
『わんこが……! ショートコーリング!』
でもこういう時のミコだ、引き寄せ魔法でニクが戻ってくる。
犬が消えるとすぐ立て直そうとしたが、けっきょくバイクごとアスファルトの上で激しく転がっていく。
「無茶するな! でもよくやった!」
「ワンッ!」
荷台と銃座の間に落ちてきたニクは誇らしげだ。
頭を撫でて食料の方に戻らせると、上空から影が。
「仲間をやりやがったな! 食らいやがれーッ!」
別のバイクだ。ほぼ真上を飛んでいる。
そこから向けられた短機関銃がぱぱぱぱぱぱっ、とすさまじいペースでこっちに弾を吐き出す。
車体に弾が叩きつけられる音が次々響く、頭のすぐ上を掠めたが問題ない。
「うるせえ! 地獄で再会してろ!」
「ふん、下ががら空きだ! 愚か者がッ!」
五十口径を思いきり上に向けて連射、同時にノルベルトの鉄パイプが迎撃しにすっ飛んで行った。
大口径の弾と金属棒は運転席を貫いたようだ。
「なっ、あっちょっとまっ……あああああぁぁぁ!?」
レイダーは無事だったようだが、空飛ぶバイクは制御を失ったまま猛スピードで前進。
カーゴトラックを追い越すと、やがて失速して地面に叩きつけられてしまった。
だがイージーの操縦が華麗に回避、そこへ背後からエンジン音が複数。
「こうなりゃヤケだ! てめえら、カミカゼだ!」
――手榴弾を手にしたやつらが真後ろから突っ込んでくる。
数は四台、移動を先読みして五十口径で弾幕を貼った。
*Dodododododododododom!*
押し金を目いっぱい引くと、弾丸が当たったのか低空で突っ込んでくるやつが失速、墜落した。
しかし途中でがちっと重々しい銃声が停止、まさか弾切れか。
散弾銃を抜いたが間に合わない、このままだと荷台にどんどん敵が――
「……ノルベルト、そいつら叩き落とせ!」
ならばアイツに任せてしまえ!
思い切って頼み込むと、オーガは待ってたとばかりに身構え。
「――よかろう! 行くぞォッ!」
まっすぐ突っ込んでくるホバースキーを――両手で捕まえてしまった。
それはあまりにも単純で、イカれた考えだったに違いない。
「……は、はぁ!? なんだ、このミュータント!? 離しやが」
そんな受け止められたバイクから振り落とされまいとレイダーが必死にしがみついているが。
「おお、これは失礼した! では……望み通り離してやろうか!」
ノルベルトにはそんなことなんてどうでもいいんだろう。
運転席に抱き着く賊ごと、後続の列にめがけてぶん投げてしまった。
「っぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!?」
オーガの太い腕で放り投げられた乗り物は別のやつにクリーンヒット。
その近くの仲間も連鎖的に巻き込んで、三台仲良くこの世から脱線してしまう。
「どうだ、すべて叩き落としたぞ!」
派手に地面にぶちまけられたやつらを後ろに、ノルベルトは恐れ知らずの笑みを向けてきた。
完璧だった。もう空飛ぶヒャッハーはいない。
「文句なしだ。でも次見かけたら無傷で捕まえてくれ、乗ってみたい」
『乗るつもりなのいちクン!?』
横に並んで走るバギーを見ると「やるじゃねえか!」と称賛の声が向けられた。俺じゃなくオーガへ。
これで一安心と思っていると。
「……やべえぞ! なんかすげえのが来やがった!?」
助手席の男がいきなり悲鳴を上げた。
弾切れの機銃を手にどこだと探るが、道路脇の荒れ地から何かが爆走しているのが見えた。
「ストレンジャー、気を付けてください! まるで戦車のようです!」
イージーのその言葉の通りだった。
前面を戦車みたいに装甲版で固めた――クソでかいトレーラーだ。
こっちのトラックみたいにキャビンに銃座があるが、荷台は特にすごいことになっている。
銃座が幾つも取り付けられ、中央には自動式のグレネードランチャーが構えられているのだ。
「……なあ、あんたらって配達するといつもこうなのか!?」
「んなわけあるか! くそっ! 一体どうなってんだァ!?」
信じられないものが走ってくる姿に思わず尋ねるが、助手席からは悲鳴が返ってくるだけだった。
そうしてる間にも道路に乗り上げたようだ、グレネード弾がぽんぽんぶっ放される。
『――セイクリッドプロテクション!』
ミコが並走するバギーの銃座に魔法を唱えた。
小規模の爆発に煽られるが、三枚の青いシールドは破片と爆風をどうにか防いだようだ。
だが今度は一斉射撃が始まろうと、トレーラーの銃座が一斉にこっちを向く。
「なら――!」
すかさずベルトのスモーク・クナイを抜く。
安全装置を抜いて起爆、接近してくるトレーラーめがけて構えて。
「――シッ!」
全力を込めてぶん投げた。
『ピアシングスロウ』だ、狙いは銃座のついたキャビンだ。
貫通力を得た白テープ付きのクナイが運転席の上にうまく刺さって、そこから真っ白な煙を吐き出すのが見えた。
「次は――」
そこへ向こうから銃撃、当てずっぽうとはいえ近くを弾がひゅんひゅん横切る。
だが煙でグレネードの視界が潰されてるようだ、トレーラーがふらふら動いて狙いが定まっていない。
やるなら今だ、俺はHE・クナイのリングを引っ張った。
「まるで走る要塞のようだな……だがやりがいがあるではないか!」
同じタイミングでノルベルトが鉄パイプをぶん投げる。
たいていの装甲ならぶち抜いてくれそうだが、あいにくその先にあった運転席は錆びた装甲でごてごてに守られていた。
もちろんオーガの投げ槍は突き刺さる、だが貫通はせず余計な飾りを増やすだけだった。
「……3、2……」
対して俺のすることはもっとスマートだ。
信管を起動してあともう少しで爆発、というところで――グレネードランチャーめがけてやや上に放り投げる。
びゅぉん、と鈍い音を立てて飛んでいき、クナイの姿が追跡者の方へ吸い込まれ。
*Baaaaam!*
煙でむせるレイダーの頭上で炸裂、爆発を浴びて二度とグレネードを打てなくなった。
ところが煙の中から応射が始まる。荷台に着弾、じゃがいもがはじけ飛ぶ。
さてどうする……とりあえず身を低くして散弾銃を構える。
「おい! 予備の弾あるか!? それかもっと強いのないのか!?」
「待ってろ! あと残念だがあるのはそいつぐらいだ!」
「くそっ! ロケットランチャーぐらい積めよ!」
運転席に一発発射、だが敵のトレーラーはこっち以上の勢いでどんどん迫りくる。
隣のバギーも銃撃するが効いちゃいない、タイヤや操縦席にいくら打ち込んでも勢いが止まらない。
どうする――『ピアシングスロウ』はクールタイム中だ。
特別なクナイはもう品切れだ。くそっ、こんなことになるならもっと作ればよかった。
「いーじーとやら、スピードをこのままにしろ! ミコ、引き寄せの呪文を頼むぞ!」
もうすぐぶつかる、といったところで急にノルベルトが立ち上がった。
その大声にトラックは現在のスピードを維持したまま走り続けるのだが。
「おい、何するつもりだお前!?」
『ノルベルト君!? 引き寄せるって、まさか――』
「フーッハッハッハ! 威勢の良い獲物がきたものだ! ならばオーガの巨体はいかがかな!?」
ノルベルトは一切ためらうことなく、要塞のようなトレーラーへと飛んでしまった。
向こうもさすがにオーガが飛び込んでくるとは思わなかったようだ。
ガチガチの筋肉の塊は巨大な砲弾となって着弾、補強されたボンネットがべきべき砕かれ潰される音がした。
『ずいぶん面白いものに乗っているが――中身は大したことがないようだな、人間よ!』
「な、なんだこいつはァァ!? 早く振り落とせェェ!」
「こ、こいつ……ミュータントじゃねえか! くそっ!」
さすがの武装トレーラーも阿鼻叫喚となっている。
いきなりの訪問に手持ちの火器が発射されるが何一つ効いてないようだ。
豆鉄砲を受けながら、オーガの籠手付きの手がべきゃっと運転席にねじ込まれ。
「ぐげっ……! がっ……!」
「なんだってんだこのミュータントは! くそっ離れろ! 離れろォ!」
「ふん、こんなものか! ミコ、回収を頼むぞ!」
中を文字通りぐちゃぐちゃにかき回したあと、何かを引っこ抜きながらこっちに振り返った。
『ショート・コーリング!』
すぐにミコの魔法が発動、ノルベルトが引き寄せられて帰ってきた。
よく見ると引っこ抜いてきたハンドルが見える。
運転手に操縦桿すら失ったトレーラーは急にぐらぐら不安定に走り出し。
「おかえり、どうだった」
「将を射んと欲すれば将を得るのが一番だな!」
「ついでにハンドルもな。てことは――」
荒れ狂う荷台にどうにかすがる乗員ごと、道路をはみ出てすっ飛んでいく。
そしてトラックが道の脇で派手に横転。
逃げる間もなくどこからか火の手が広がり――大爆発を起こした。あーあ。
「事故ったな、気の毒に」
「む、これを抜いてしまったからか?」
「そういうことになる、そいつは手綱みたいなもんだ」
「ではこれは記念に持ち帰るとしよう。ちょうど土産が欲しかったのだ」
「お見事です、二人とも。なんというか皆さまは人外じみておられますね、おかげで敵は皆殺しという結果に落ち着きましたが」
「……俺たちだけで倒しちまったよ、どうなってんだお前ら」
そんな光景に二人のスタッフはドン引きしている。
悲惨な末路がこっちまで砂煙を飛ばしてきたが、食料で一杯のトラックは構わずスティングに向けて走りつづけていく。
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