53 スティングへ向かえ、ストレンジャーズ
二週間が経過した。
身体を動かし頭も使い、さらなる知恵と技術を得たストレンジャーは旅立たなければならない。
「今日でここともお別れか」
『……うん、居心地すごくよかったよね。でも、もう行かないと』
「ああ。これからここの飯が食えないと思うとちょっと憂鬱だ」
『あはは……けっこう舌が肥えちゃったね、私たち……』
今までお世話になったベッドをしっかり直してからPDAを見た。
湾曲した画面にスキル画面が表示されると、成果がすぐに浮かんでくる。
「……それにいっぱい学ばされたり気づかされたりしたからな」
スキル欄を見れば、今までの旅路とここでの訓練の成果があった。
【近接】はSLEV5まで上がって【罠】SLEV3だ。
だが戦闘系以外のスキルもかなり上がっている。
【製作】がSLEV5と【機械工作】がSLEV6になり、【生存術】はSLEV5、【隠密】はSLEV3まで成長して【料理】と【電子工作】がSLEV4に。
基礎ステータスの数値も妙な薬や『PERK』のおかげで強化されて。
【筋力8 耐久力7 感覚8 技量7 知力5 幸運5】
数値だけじゃ分からないが、かなり成長してるようだ。
だがこのストレンジャーの心には前より強い自分が宿り、頭には生き残るためのノウハウと希望が詰まってる。
「ワンッ!」
それと足元に頼れるシェパード犬もいる。
いつでもいけるみたいだ、長い舌をべろっと出してこっちを見てる。
俺は愛くるしい顔につられてにっこりしながら、
「よし……行けるな?」
「ワウン」
両手で頬を挟んでぐりぐり撫でてやった。気持ちよさそうだ。
そうやって犬と遊んでいると、部屋の扉が急に開いた。
「時間だぞ。客じゃなくなった今お前の次の使命は「さっさと出ていけ」だ」
そこからやってきた第一声はハーヴェスターのものだ。
見れば愛想のない顔と言葉をこっちに向けていたが、何か手にしている。
「そのつもりだ。いろいろ世話になったな」
『ハーヴェスターさん、ありがとうございました。いちクンを助けてくれたり、おいしいご飯を頂いたり……とっても感謝してます』
「礼はいらん、あのばあさんに頼まれたことをやっただけだ」
本人はミコから向けられた言葉に少し調子を崩されながらも、
「餞別だ。これをやる」
手に持ったそれを目の前にぶっきらぼうに放り投げてきた。
軍事規格のデザインをした頑丈なバックパックだ。角ばった形状をしている。
「いいのか?」
「使い古しだ。お前のその貧相なバックパックよりはいいはずだ」
足元にあるカーキ色のバックパックを見た、使い込まれてぼろぼろだった。
思えばこいつとは、ボルターの頃からけっこうな付き合いになったもんだ。
「……そうだな」
試しに持ってみると今まで使ってきたものより不思議と軽い。
それに頑丈そうで、手触りからしていかにも軍用と分かる堅牢な質感だ。
『そういえば、旅を始めてからずっと着けてたよね』
「ああ。こいつとは長い付き合いだった」
決めた。中身を全部移して、古いバックパックを『分解』した。
ミコと共にここまでやってきたもう一つの相棒を『資源』に変換、思い出はいつまでも俺の中に。
『って……分解しちゃうの!?』
「捨てるわけじゃないんだしいいだろ? リサイクルだリサイクル」
『ご、合理的だね……』
俺は新しいバックパックに腕を通した。着け心地も良くて軽く感じる。
背中に手を伸ばすと矢筒やホルスターにすんなり指が届く、かなりいい。
「ありがとう、こいつは大事にするよ」
「好きにしろ。ところで訓練前の約束は覚えてるな?」
「悪用するな、だろ?」
「覚えてるということは大丈夫そうだな。じゃあな、頑張れよ」
「ああ、ここでの恩は誰かに回すよ」
「だったらいい奴に回してこい、ストレンジャー」
そう感謝しつつ、部屋から出ていくことにした。
ハーヴェスターは背を向けたまま部屋の掃除を始めている。
ずいぶん素っ気ない態度だが、その真実を知る人間が廊下で待っていた。
「あんな態度だけどね、あなたたちが行っちゃうのがちょっと寂しいだけよ」
「かわいげのないおっさんだと思わねえか? そもそもそのバックパック、使い古しじゃなくて新品なんだぜ? わざわざ取り寄せやがってよお」
メディックとコルダイトだ。
今頃黙々と寝室を片付けている人物のことで困った笑い方をしている。
まあ、そんなことを教えられなくても分かってるが。
「知ってるさ。だってここはいい奴ばっかだから」
「ならよかった。短い間だったけどあなたが来てからにぎやかで楽しかったわ、おかげで戦前の治療薬の効力も確認できたし」
「おっさん、なんだか学校の先生やってる気分で最高だったぞ。お前らは覚えが良くて教えがいがあったぜ、ほんとはもっといろいろ教えたいことあったんだがなあ」
「ありがとう、二人とも。命を救ってくれたりいろいろ教えてくれたり、ほんとに感謝してる。毎日刺激的で俺もすげえ楽しかったよ」
『メディックさん、コルダイトさん、ありがとうございました。ここで学んだことは誰かのために生かそうと思います』
「堅苦しい挨拶なんていらないわ、ミコサン。それより彼氏と仲良くね?」
『えっかれっ……えっ!?』
「ニクもな、元気でやれよ? お前はいいシェパード犬だ」
「ワンッ!」
それぞれ挨拶を終えて食堂に出ると――また見慣れた顔があった。
とんがり帽子を被った女の子が、紙の束を黒人のおばちゃんに押し付けている。
「料理ギルドマスター直伝のレシピですわ! さあ、これをウェイストランドに広げるのです!」
「魔女の嬢ちゃん、もう行っちまうのかい? もう少し残ったっていいじゃないかい」
「そうはいきません、まだまだやるべきことがありますの! でもウォートホグ様と共にキッチンで肩を並べたことは一生忘れません、楽しかったですわ」
「ふっ、私もだよ。最初は呪いでもかけにきたのかと思ったけど……あんたはただの根っからの料理人だったみたいだね、元気でやんな」
リム様は食堂の人間と別れを告げていた。
二人はアメリカンに別れの挨拶をすると、こっちに気づいたようで。
「あんたらも行っちまうなんて寂しくなるじゃないか。元気でやるんだよ」
「毎日うまい飯をありがとう、おばちゃん。行って来るよ」
『ごはん、ごちそうさまでした。料理のこともいろいろ教えてくれてとっても楽しかったです』
「ここの味が寂しくなったらチップ握っていつでも戻ってきな」
ウォートホグのおばちゃんは俺たちにマグカップを三つ渡して来た。
表面には『BlackGunsCoffeeCompany』とある、持ってけってことらしい。
「こいつは?」
「戦前にこの農場にいた祖先が作ったマグカップさ。あんたとノルベルト坊主の分、それからミコ嬢ちゃんが『元の姿』とやらに戻った時のためだよ」
『……ウォートホグさん、ありがとうございます! 大事にします!』
「あっちの世界とかいう場所についたら、そいつでうまいコーヒーでも飲んでおくれ。メスキートじゃなく本物のね」
二週間もうまい食事を食わせてくれたおばちゃんは気持ちのいい笑顔だ。
俺はお礼をいって、リム様と一緒に食堂を後にした。
そうして晴れたウェイストランドへ足を踏み入れると、
「……来たか。準備はできたようだな!」
ノルベルトが待ち構えていた。太陽すら弾きそうな鋼の肉体と共に。
「みんなに挨拶したか?」
「無論だ、お前より早く起きて皆に別れの言葉を告げてきたぞ。ここは良きところだ、いつかまた来たいものだな」
「そうか。じゃあ……冒険といこうか」
「当然だ。また共に行こうではないか、このウェイストランドへ」
「今度はそう簡単にやられないぞ。まあ、ヤバくなったら頼むぞ」
「クリンの二の舞は踏まん。これからはもっと俺様を頼るが良い」
『……ノルベルト君、まだ気にしてたんだね……』
「お前もヤバくなったら俺を頼れよ、でっかい相棒」
互いに握った拳を突き出す。ごつっといい具合にぶつかった。
異世界のオーガもだいぶこの世界に慣れてきたようだ。
ウェイストランドはまだまだ過酷だが、今の俺たちならきっといける。
「――リム様も行くのか?」
揃ったところで、俺はリム様に顔を向けた。
「ええ、他に調べる場所がまだありますの。ちょっと前にいった『グレイブランド』にも向かおうと思ってますわ」
「前にじゃがいもがどうこう言ってたところか……ってことは東の方だろ? 途中まで一緒にどうだ?」
なんとなく尋ねたが、魔女はずっと東の地へ向かうらしい。
しかし俺たちが向かうところも東だ。それなら一緒にどうかと誘ったが。
「――いいえ、私にはやるべきことがありますの。本当は、イっちゃんたちと旅をしたいですけれど……」
リム様は一瞬の迷いを見せてから、首を横に振った。
『感覚』は相手が本当についてきたそうにしてるのを感じた。
だったら仕方ない。かわりに、バックパックを降ろして。
「……じゃあしゃーない。ほら、渡し忘れてたけど約束のブツだ」
今まで集めてきた料理本を取り出して、渡した。
残念がっていたが、数冊の本を手にするとすぐにっこり微笑んだ。
「まあ……! 覚えていてくれたのですね! さすがイっちゃん! 今すぐ身体で払い」
「無償でやるっていっただろ? 他にも探しとくよ」
「しゅ、出世払い……」
「頼むから無償でやらせてくれ」
リム様は不思議なカバンの中に本をねじり込んだ。
それから、赤い人外の瞳を細めてこっちに両手を広げてくる。
俺は前みたいに姿勢を低くして受け止めることにした。あったかい。
「……イっちゃん、もう無理しちゃだめよ? あんな姿で運び込まれたのを見て、私すごーく心配したんですから……」
「心配かけてごめん、リム様。次会う時はお互い元気でな」
「……ちょっとそこの物陰でスッキリしませんか♥」
「……はよいけ芋の化身」
『芋の化身!?』
小さな魔女を抱きしめた、額を何度も何度も撫でられた。
旅支度のできた魔女は満足すると、杖を放り投げてふわっと浮かべて。
「皆さま、どうかご無事で。それではちょっと東にいってきますわー!」
謎のガチョウと共に杖に腰かけて、空へ飛んで行った。
見上げていると――スカートの中身が見えてしま、おい、待てコラ。
「リム様ー! パンツはいといたほうがいいぞー!」
「魔女はパンツなどはきませんわー!」
『いきなり何言ってるのこの人たち!?』
仔細は伏せるが、俺は目の前の事実に対してそう伝えつつ見送った。
東の空へ旅立つ杖を見届けると、
「本当に飛んでる……魔女って実在したのね」
「……本物の魔女が現れるとは、この世も終わりかもしれんな」
ちょうどその様子を目の当たりにしたであろう、ファイアスターターとサンドマンがやってきた。
二人も別れの挨拶をしにきたようだ。
俺たちに近づくと、まずヒドラの妹が近づいてきて。
「はい、これ。ミスター・サンドマンやコルダイトのおっさんと作ったレシピ集よ。中は見てのお楽しみ」
メモリスティックを手渡してきた。どうやら『レシピ』入りのようだ。
ありがたく受け取った。ヒドラのやつもそうだが、妹もいいやつだ。
「ありがとう、ファイアスターター。すごく助かる」
「兄貴が世話になったお礼もあるからね。やっと彼女できたのね、あいつ」
「ヒドラのやつといいあんたといい兄妹揃って世話になったよ」
その隣でサンドマンは静かに自分が割り込む隙を待っていたようだ。
「……ストレンジャー、心を強く持て。またな」
それだけいって、彼はゆっくり目を瞑って――どこかに行ってしまった。
北の方から風が吹いてきた。巻き上げられた砂が南へ飛ばされていく。
ファイアスターターも「じゃあね」とガレージへ向かった、もう誰もいない。
「さあ、行くか――」
俺たちは南に歩き出した、ハイウェイに出て『スティング』へ向かおう。
そう思っていたのだが――
「こんにちはストレンジャー、指示によりあなたをスティングまで送るようになっております、乗りませんか? 楽ですよ?」
その行く手に軍用トラックがあって、運転席から機械の頭部がこっちを待ち構えていた。
たしか『イージー』だ、荷台のあたりに親指をくいくいしている。どうも乗れということらしい。
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