50 NewSkill(5)
【賞味期限切れと思われた戦前の筋肉増強血清により、あなたの筋肉はより引き締まりました! いまからすべきことは単純です、その優れたパフォーマンスと持久性を生かして戦場に突っ込みましょう! 心臓もちょっと成長してしまいましたが……。耐久力を永続的に1上昇させます】
翌朝、PDAのステータス画面を見るとそんな『PERK』があった。
確かに『耐久力』も7まで上がってる。心臓のくだりが心配だが。
「どうも昨日のお薬はちゃんと機能してくれたっぽいな」
『説明文が不穏だよ……もうあんなの打っちゃだめだからね?』
「ああ、何がなんだろうと断固拒否してやる」
俺はトレイに盛られたリム様特製の朝ごはんに手をつけた。
エッグベネディクトとフライドポテトとフルーツ交じりのサラダがアホみたいに盛ってある。
黄色味の強いソースまみれのマフィンを短剣でぶったぎると、中から卵黄の洪水があふれてしまった。
「……それより朝飯の方が深刻だと思わないか? ハイカロリーなものしか食ってないぞ俺たち」
皿の上が悲惨なことになってるが一口ずつ切って食べた。
濃いソースと黄身と自家製のベーコンの味はそれはもう最高なものの。
『わたし、短剣の姿で良かったと思う。すごくおいしいんだけど……』
「お前は実質ゼロカロリーだからな。ここにきて豊かすぎる食事は不健康だってよく分かった」
料理ギルドマスター渾身のエッグベネディクトはあと三つもある。
だが悲しいことに、食堂でのストレンジャーの任務は出された朝食を食べきることだと誰かが言っていた。
今の俺の身体は運動を求めている、ここの朝飯はそれくらいハードなのだ。
「なら喜べ、今日から身体を動かしてもらうぞ」
攻撃力の化身みたいな朝食を食らっていると、黒髪の白人が隣に座ってきた。
言葉を聞く限りやっと運動が許可されたようだ、逆に嬉しい知らせだ。
「嬉しいお知らせありがとうハーヴェスター。もう座ったままの授業はないよな?」
「安心しろ、ここでの仕事は山みたいにある」
「リム様に構ってやれ以外だったら何でもやるぞ」
「残念だがそれも含まれてる」
「それ聞いて一気に不安になった」
料理を半分ほど減らしたところで、メディックもトレイを手にやってきた。
俺は手を振って招いた。近づいてくると控えめに盛られた朝食が見える。
「メディック、朝のいいニュースだ。あの薬はちゃんと作用してたらしい」
「あら、それは嬉しい知らせね。問題はどうしてそう思ったかなんだけど」
「PDAがそう教えてくれた」
朝の疑問の答えとして左腕のP-DIY2000の画面をちらつかせた。
俺より健康的な朝食を持つ彼女にはステータス画面が見えているはずだ。
「着用者のコンディションが表示されるタイプ……ということは軍用規格?」
「そうらしい。こいつはP-DIY2000っていうモデルだ」
「へえ……ちゃんと筋力や持久力も数値化してるのね。でも運なんてどうやって計ってるのかしら?」
「さあ? 日ごろの行いから見てるんじゃないか?」
「だとしたらあなたの行いはそこそこね。たったの5よ?」
「これでも頑張ってここまで上げたんだぞ」
「なにそれ、努力で運なんて上がるの? とにかくあの薬にまだ効力が残ってたことが分かったんだし、また一つ大きな発見ができたわ。ありがとう」
「どういたしまして。このあと俺に「もう一本いっとく?」とか言うなよ」
◇
ファイアスターターのガレージでの授業がまた始まる。
眼前の机を見ると、白紙の上でクリーム色の火薬が小さな山を作っていた。
「さて――ストレンジャー、万能火薬っていうのは知ってる?」
ブロンド髪の気の強そうな女の子は指で火薬をさらっとつまんだ。
記憶が正しければ、爆発クナイを作るときに見たのと同じものだと思う。
いつぞやぶん投げたサーモス爆弾にもこいつが使われてるらしいが。
「名前だけは聞いたことある。問題はどんなもんか知らないってことだ」
「そう、じゃあこれ見て」
返答をいうと、相手はものぐさな感じで新聞の切り抜きを差し出してきた。
説明するより早いから見ろってことか? 内容はこうだ。
【2030年ごろに姿を現した完全植物由来の"万能火薬"と金属資源節約計画により国内の軍需企業は改革を強いられ、軍事規格の弾薬製造が優先されたために38口径をはじめとするさまざまな実包が製造中止となって5年が経った。だがそういった『計画的製造』を外れた実包は国民の間でいまだ根強く需要があり、各地でリロード用機材が飛ぶように売れているようだ】
――と書かれてるが、その火薬には国を動かすほどの力があったんだろうか。
「万能火薬について書かれた記事なんだけど、読んでどう思った?」
150年前の情報を読み終えると、ファイアスターターは感想を求めてくる。
「どう思ったって……俺個人の感覚でいうなら影響力がめちゃくちゃあった、としか言えないな」
「正解、かなり影響を与えた代物なの」
いちおう正解だったようだ、ただものじゃないらしい。
眼前にあるクリーム色をつまんでみたが、火薬とは思えないほどさらさらだ。
「じゃあこいつの何がすごいのか教えてくれるのか?」
「もちろん。この万能火薬はね、なんにでも使えるから万能なの。でも何より驚くのはその製造法にあるわけ」
火薬をいじっていると相手は俺の左腕に指を向けてきた。
どう見ても狙いは装着してあるPDAだ、こいつに何か絡んでるってことか?
「こいつがどうした? まさかこいつが絡んでるとか?」
「その通り。そのPDAと同じメーカーが作った『コンストラクター』っていう大掛かりな機材で作れるのよ。材料はなんでもいいから純粋な植物繊維、それこそ木材でもそこらへんの草からとった繊維をぶち込んだだけで火薬になるのよ? すごくない?」
「……植物繊維がそのまま火薬になるってのか?」
「そういうことよ。たとえば無煙火薬の作り方は知ってる?」
「あんたとコルダイトのおっさんから教わったからな。黒色火薬と違ってかなり複雑な工程が必要だってのは分かる」
「その複雑な火薬の代わりになったのよ。それだけじゃなくちょっと加工すれば割となんにでもなった、文字通り万能にね」
「それって結構やばくない?」
「やばいわよ」
つまりこうだ、謎の機材で簡単に火薬がぽんぽん作れるわけだ。
そんなことを聞いて最初に浮かんだのは元の世界のエビだ。
あのエビだって、人工的においしくたくさん作れるんだからクソみたいに作られて、結果的に漁業に大ダメージを与えた。
そう考えると――ロクでもないことがあったんだろうな、と思ったが。
「この火薬のせいで軍需産業はめちゃくちゃになったし、民間用弾薬の問題や当時の情勢から銃や弾薬の密造が盛んになって犯罪率が跳ね上がったらしいわ。今のウェイストランドを形作るぐらいにはね」
「150年前の連中ってどんだけ物騒だったんだ」
「そう考えると私たちのやってることなんてかわいい方でしょ?」
ファイアスターターは背後の壁に貼られた新聞の切り抜きをちらっと見た。
そこには『食料暴動で大規模な銃撃戦』とか『暴徒による軍への襲撃相次ぐ』とか当時のひどい情勢ばかりが集められている。
「世界が終わりに近づいてくると、戦前の人は食べ物の為にこの火薬で戦い続けたわけ。ある意味アメリカを滅ぼした原因かもね」
「文明が崩壊した後の方が豊かなんて皮肉な話だなあって思う」
「それにいけないことも許されるしね。さあ、授業始めちゃう?」
「今日もよろしく、ファイアスターター先生」
俺は年下の先生から講義を受けることにした。
「さて、この『万能火薬』はちょっと加工すればなんにでも化けるの。雷管、低威力炸薬、推進薬、これ1つでどうにかなるぐらいにはね」
「こいつだけで? 火薬っていうのはものによって感度とか燃焼量とか決まってて『できる仕事』が定められてるって教わったぞ」
これは教わったばかりのことだが、火薬には役割がある。
銃弾の発射が得意なやつがいれば、他の爆薬を叩き起こすための足掛かりになるやつ、周りを吹っ飛ばすことだけに長けたやつだっている。
俺たちと同じように得意不得意があるってわけで、これらをうまく組み合わせて確実な仕事をさせるのだ。
万能火薬が単独ですべて解決するっていうのなら話は別だが。
「そうね、じゃあ例えばだけど……これよ」
その疑問を解決すべく、相手は足元からプラスチック製の容器を取り出す。
目の前に置かれたそれには『酢』とラベルに書いてある。
「酢だな」
「自家製の酢よ。なんだったらレモンとかでも問題なし」
「残念だけどレモンにはいい思い出がないんだ」
「そういえばお隣さんのところで人食い族がレモン育ててたんだっけ?」
「しかも肥料に人間使ってな」
「その人食いレモンを喜んで食べてたやつがここにいるんだけど。あなたが皆殺しにしてくれなかったら町ごと焼き払いに行ってたかも」
そういって相手はガラスの器に火薬を流して、同量の酢をゆっくり注いだ。
……しゅわしゅわ泡立ち始めた。クリーム色の火薬が白い液体に変わる。
「ほら見て、しゅわしゅわいってるでしょ?」
「色も変わってないか? なんか色が薄くなってるぞ」
「正常な反応よ。こうすると性質と見た目、それから――」
しばらくして泡がおさまった。白濁した液体が残っている。
あんまり触りたくない部類の怪しげな薬品に成り下がってしまったようだが、ヒドラの妹は遠慮なく指を突っ込んで。
「味も変わるわ。そのままだとほんのり甘いけど、酸性の液体をなんでもいいから入れると強烈な塩気と酸味になる」
指についたそれを舌先でぺろっと舐めた。
彼女は酸っぱそうな顔を作って、火薬と酢のミックスをこっちに渡してきた。
原材料が繊維だけだろうがこんなの舐めるの絶対にごめんだ。
「うわっマジで舐めやがったこいつ」
「歯につけて思いきり噛まなきゃ大丈夫よ。舌にのせてね」
「……やればいいんだろ?」
けっきょく、いつまでも危険物を突き出してくるので俺も味わうことにした。
指先につけて舌の奥に触れると――しょっぱい。梅干しみたいな味がする。
「おっふ……」
「しょっぱいでしょ?」
「梅干しみたいな味がする……」
「ウメボシ?」
「故郷の食べ物だ、ご飯にあう」
なんとか酸味を飲み込むと、ファイアスターターは別の容器を持ってきた。
プラスチック製の小さなケースに真っ白な粉が入っている。
「これを乾燥させたものがこちら。これは衝撃に弱くなってて――」
俺にそう説明しつつその粉をほんの少しだけテープで包んでから。
「こうなるわけよ」
近くにあったハンマーで軽く叩いた、すると――
*pam!*
小さな発砲音と共にテープごと弾けてしまった。ぱーんと。
「……なるほど、酢加えただけで雷管の材料になるわけか」
「面白いでしょ? 他には、これをアルコールと植物油と一緒に加熱すると樹脂みたいになるんだけど……」
万能火薬の恐ろしい使い方はまだまだ出てくる。
お次は灰色の粘土の塊みたいなのを持ってきた。すごく酒臭い。
「言いたいことはなんとなくわかる、こいつも万能火薬なんだな?」
「もちろん、これで感度が低いちょっとした炸薬になって――」
その隣に『112』と書かれた缶が置かれる。
昨日誰かさんが三つの材料から生み出した爆発する白い粉が入っていた。
「これと混ぜるともう完全に軍用爆薬の代用品になるわ」
「……こんなこといったらあれだけど、ヒドラより過激な妹さんだな」
「お褒めの言葉ありがとう。それじゃ作りましょうか」
十五歳ほどのおっかない教師は木製のボウルをこっちに渡してくる。
さっそく混ぜてみろということらしい。
ここ最近危ないことばっかだな、と思いながらマスクとゴム手袋を身に着けた。
◇
午前の訓練が終わって、昼飯を食べて、少し休憩を挟めば次の訓練だ。
やっと身体を動かせると知った俺は喜んで外の空気を吸っていた。
『ねえいちクン。ファイアスターターさんの訓練だけど……』
「このまま元の世界に戻ったら警察にマークされそう」
『……あっちの世界についたら変なことしちゃだめだよ?』
「もう十分変なことになってるだろ、俺たち……」
『うん、そうだったね……』
今日もウェイストランドの空気は乾いている。
遠くを見れば、農園の方から見慣れた黒い犬がこっちに走ってきた。
両手を広げて「おいで」と招こうとしたが、
「ウォンッ!」
ニクが茶色く大きなウサギをくわえてこっちにやってきた。
そして「すごいでしょ?」とばかりに見せつけられた。
数々の敵を屠ってきた牙で野菜泥棒をしっかり捕まえてくれてるようだ。
「あー……うん、偉いぞ」
『う、うさぎさん……』
「ワゥンッ」
俺は働き者の頭を撫でてやった。グッドボーイは自信に満ちた顔だ。
死んだウサギと共にやってきたニクをどうしようかと考えていると、
「そのアタックドッグは優秀だな。今日で撃墜数が三十を超えたんだ、おかげで仕事がはかどってるよ」
銃を手にしたブラックガンズのスタッフが賞賛しにきてくれた。
「うちの犬があんたらの役に立ってて光栄だ。撃墜したウサギの行方は?」
「こいつが仕留めたウサギはスモークジャーキーに加工してあるぞ」
ニクがここでうまくやってるようで安心した。
農場を警備してる男はニクの頭を撫で始めて。
「そいつは食ってよし。よくやったぞヴェアヴォルフ」
「ワンッ!」
――シェパード犬はウサギを頭ごとばりばり食べ始めた。
動物の生き様に文句はいわないがグロい。
「……クリン思い出した」
『……う゛っ……』
俺たちは目をそらした。これが自然の理か。
そんな毛皮も骨も食らう愛犬から少し距離を置こうとしたとき。
「ストレンジャー」
背後からいきなり呼び声が聞こえた。
控えめな男性のもので、この農場ではほとんど聞いたことのないやつだ。
でも何かを感じ取った。腹の底から出すような調子で、親切さと一緒に厳しさが混じった、ボスに一番近いものを。
「……誰だ?」
「ハーヴェスターにお前の訓練を任された誰かだ」
振り返ると、そこにいたのはけっこう年を食った男性だった。
コルダイトのおっさんよりずっと年齢はあるだろう、それでいて顔立ちはたくましくて髭も髪もない。
しかしズボンにタンクトップという格好の内側には戦うための筋肉と骨格が作られており、そこから静かな攻撃性が冷気のように伝わってくる。
『あっ……こんにちは、サンドマンさん」
「こんにちは、ミコ。さて……今から何をするか分かるか?」
『えっと……訓練、ですよね?』
「そういうことだ」
ミコは知っているようだ。
そういえば食堂でチキンヌードルスープを食ってた時に名乗ってた気がする。
「次の訓練はあんたが?」
「そうだ。私は長々と話すのは嫌いだ、だから説明はこれだけとする」
そんな相手に顔をあわせると、感じ取ったものが正解だと気づいた。
良くも悪くも人を殺したことのある目だ。それもたくさん。
「より実戦的で、より効率的な近接格闘術を教える。仕方がなくだが」
「……嫌々やらなくてもいいっていったら失礼か?」
「ここの連中に恩があるから断れないだけだ」
そういってスキンヘッドのおっさんは静かにナイフを渡してくる。
といっても本物じゃない、硬いゴムでできた偽物のそれだが。
手を伸ばすとくるりと器用に回して柄の方から差し出してきた。
「訓練はこれを受け取った瞬間に始まる。いいのか?」
「あんたの目を信じるよ」
「勝手にしろ」
柄に触れた。たぶんルールは単純だ、相手を打ち倒せばいい。
掴んだ。そっと引き抜いて構えようとすると、
「倒す気で来い。いやなら投げ出してもいいぞ」
「やってから考える」
――抜けない。
それもそうか、そう簡単に差し出す馬鹿なんて……いるわけないか!
「……意地悪な先生だなっ!」
俺は地面を滑らせるように短く相手の足を蹴った。柄は握ったままに。
ブーツの横側に骨がぶつかる感触、間違いなく決まったみたいだ。
「……むっ」
サンドマンと呼ばれる男がぐらっとよろめく。
手も緩んだ。ゴムナイフを奪って手のひらで反転、膝を落として懐に突っ込んで相手の首に叩きこもうとするのだが。
「初動はいいがごり押しはやめろ」
一言耳に届いたかと思えば、男の手のひらに手首をばしっと押されてしまう。
逆手に持ったナイフごと半身が横に持ってかれる――が、得物を手放した。
続けざまに相手に握った拳を素早く突き出す、ものの。
「くっ、そっ!」
「遅い」
それは最悪の選択肢だったみたいだ。
苦し紛れのストレートなんて簡単にそらされる。
挙句に引っ張られて前のめりになってしまった。
どうにか立ち直ろうとした矢先、ゆらっと動いたサンドマンは拳を握って。
「大ぶりの攻撃は禁止だ」
どすっとそれが背中に叩きつけられるのを感じた、心臓と背骨に衝撃が走った。
たいして力はいれてないはず、しかし骨の間を貫く刺激に喉奥が詰まる。
相手は十分な隙を見せてくれたストレンジャーの背をまた叩いて。
「ぐへっ」
それだけでバランスが抜けてしまい、乾いた土にキスをした。情けない声を添えて。
「……思った以上に動きが硬くて無駄ばかりなんだが、そんなのでどうやって生き延びてきたんだ?」
すぐにサンドマンの呆れ果てた声もやってくる。
「……お、お手柔らかにお願いします……」
「……まあいい、立つんだ。今度はゆっくり教えてやる」
――こうして午後の時間を丸ごと使って、近接戦闘のスキルを叩き込まれた。
◇




