47 NewSkill(2)
最初の訓練が終わって、いろいろなことを知った。
信管の扱い方や電子部品を使った起爆装置の作り方を学んで、軽く農作業を手伝って、あっという間に夕食だ。
厳しい訓練とはいっていたが、正直ニルソンの十倍は楽に感じる。
こうして初日にすべきことを終えて待ち構えているのは食事だ。
ここでは仕事が終わるとさっさと休んで翌日に備えるのがルールらしい。
農場の大きなログハウスはスタッフの食堂となっていて、一仕事終えた肉体労働者たちでごった返していた。
「――まあなんだ、キッチンタイマーですらトリガーになるってわけさ。カットした鉄パイプに火薬を詰めて密封してコードとつなげてやるだけで立派な爆弾だ、電子工作のすばらしさが分かっただろ?」
「起爆の仕組みって難しそうだけど実際触ってみるとけっこう楽勝だったな、複雑そうに見えて単純っていうか」
「そういうことさストレンジャー、すぐ覚えてくれるからお前は最高だぜ。物覚えが良すぎるんじゃないか?」
「それか爆弾魔の才能があったかのどっちかだな」
「おっさんはどっちも歓迎するぜ。明日は罠の作り方だ」
『……いちクンがまた物騒な方向にいっちゃってるよ……』
初日のやるべきことが終わって、俺はコルダイトと一緒に食堂に来ていた。
トレイを手に、元気でイカれたおっさんと仲良く一緒にカウンターに向かうと。
「ほらよ、訓練終わりの病人食だ」
愛想のないエプロン姿のハーヴェスターがトレイに料理をどんと乗せてきた。
しかし見る限りこの世界の病人というのはどうもたくましいようだ。
分厚いリブ・ステーキとフライドポテト、茹でた野菜とたっぷりのマカロニチーズのセットは果たして病人食なんだろうか。
マカロニチーズは幾らあろうが嬉しいが、ステーキは例えそのまま丸かじりしても簡単に減ってくれそうにないボリュームだ。
「……なあ、どこが病人食なんだ?」
「なんだ、足りなかったか?」
「ちがう、そうじゃない。なんていうかその……ウェイストランドでいう病人って力強いんだなって思わせるボリュームだ」
「お前が今までの人生で何を食ってきたかは知らないし興味もないが、これを食って早く元気になれってことだ。良く噛んで食えよ」
「元の世界じゃ無縁なほど豪華に感じるよ、いや皮肉じゃなく本当に」
「ここじゃ食うのも訓練だ。デザートもあるから覚悟しておけよ」
……食いすぎて病気になりそうだ。
とにかくトレイいっぱいの肉と付け合わせを連れて席についた。
「……まさか二週間もこの調子なのか?」
『……すごいボリュームだね……食べきれる?』
「お前にも手伝ってもらうからな。量は減らないだろうけど」
覚悟を決めて料理の解体作業に取り掛かった。
右手でフォーク、左手で物いう短剣を使ってステーキを口に運ぶと。
「……ああうん、元の世界じゃ絶対食えないだろうな」
一口食って分かった、かなりうまい。
柔らかくて食べ応えのあるおいしい牛肉だ、たぶんあの牛のモンスターだろう。
あのカニバリズムどものことなんて忘れるほどガツンと来る肉の味は、たしかに病人に力をつけてくれるかもしれない。
『現実世界のこと?』
「あっちじゃ人工食品がじわじわ普及してたからな。ウナギとかエビとか完全に人工モノに置き換わってた」
『あっ、それ……AIだったころにニュースで見たことあるよ。たしかその次はもうすぐ牛肉も人工肉になる話だったような気がするよ』
「そりゃひどい話だ。ここに来る前にタカアキが人工エビ入りの焼きそば作ってくれたんだよな」
『食べたことあるんだ……人工エビってどんな味なの?』
「完璧なエビだ。完璧すぎて普通のエビよりうまい、そのせいでエビの養殖業がかなりやばいことになってた」
『なんだかすごい状態だったんだね、元の世界。完璧なエビってどんな味なんだろう……』
「本当に完璧なエビなんだ。食感も味も理想のエビで、しかも安いんだからみんなそればっか買ってたぞ」
『……完璧なエビ、ちょっと食べてみたいなあ』
よくよく考えてみればこっちに来てからずっと、元の世界より有意義で恵まれた食生活をしている気がしてきた。
あっちの世界は確かにウェイストランドよりは安全だが、少なくともこんなにデカいステーキを食べようものなら財布の中身がいくらぶっ飛ぶことだろう。
「ワンッ」
足元を見れば、ニクが骨つきの肉をばりばり食らっていた。
こいつは農場の作物を狙うウサギを狩る仕事についているらしい、今日で撃墜数が二十に達したとか。
「元の世界よりこっちのほうが豊かかもな。そういえばそっちの世界の方はどうなんだ? やっぱり魔法世界だし食べ物に困らないか?」
手作り感のあるバターとチーズを遠慮なく効かせたマカロニをかっこんでから、俺はふとミコに質問してみた。
『食べるものには困らないかな? おいしい食べ物が安く手に入るし、料理上手な人が多いし、すごくいいところだよ』
一緒に肉の味を共有した短剣は、少し肉の味を楽しんでから答えてくれた。
「……そりゃウェイストランドでもうまいメシが食えるわけだ」
俺はたまたまこの世界に迷い込んできた牛モンスターの肉をほおばった。
どう食ってもうまい、意識の高そうな店で食べれそうなほどには。
「そこはリーリム殿も深く関わっているだろうな。なにせあのお方は料理ギルドのマスターだ、きっとこのウェイストランドのような荒れた土地のために作物の種を備えておられたに違いない」
好物のマカロニと肉を交互に食らってると、隣にずしっとノルベルトが座った。
普通のものより一回り大きなトレイに相応の料理が載せられてある。
「それなんだけどな……どうも俺の親友がこの世界のためにリム様に種持たせたらしい」
「なんと……イチの友がか?」
「まあ持ってきてくれたのはリム様だけどな。あれがなかったら俺たち飢えてたかも」
「その友とやらは何者だ? この世界のことを知っていたのか?」
「大体は知ってる。そっちいったら今度会わせてやるよ」
タカアキは今頃麻婆豆腐でも作ってるんだろうか、いやあいつのことだし店とか開いてもやってけるはず。
トレイの上をどんどん片付けていると、ふと隣のオーガの動きが目に入った。
オーガだから食事もさぞ豪快にと思ったが……想像とは違う慎ましさがある。
「フハハ! では楽しみにしておこう、きっとお前のように良き人間なのだろうな」
そのご本人はものすごくお行儀よく食べていた。
ナイフで静かに切り分けて、一口一口を味わいながらきれいに片づけている。
テーブルマナーが良くできているというか、いや一応は貴族の息子だったか。
「まあ……ちょっとやべーやつだけどな」
「どういうことだ?」
「一つ目の子を見ると興奮する」
「キュクロプスが好きなのか? 内向的だが勤勉な種族だ、良いではないか」
「野郎でもいけるっていってたぞ」
「なに、我らオーガも同じことよ。強ければ男でも構わないぞ?」
「……今のは聞かなかったことにしてやる、それと俺は好きな男のタイプが背が高くて年下で褐色の男子だ、残念だけどオーガは入らないぞ」
『えっ……!? おと……えっ!? アレクくん……!?』
こうして『ブラックガンズ』の夕食を楽しく過ごすことができた。
デザートはリム様特製のにんじんケーキだった。
◇
どうにか食べ物を胃に詰め込んでから、俺たちはしばらく食堂に残っていた。
初日で分かった。食うのも訓練だこれ。
しこたま食わされるのだ、ここの飯は。つまり食い終わるまでが訓練ってことだ。
ともあれ、翌朝までなにしようが自由なので、せっかくだしおしゃべりとでも思ったのだが。
「――そういえばなのだが、ミコの本来の姿はどのようなものなのだ?」
真っ先にきた話題というのが、オーガの巨体から放たれたその一言だった。
正直残った自由時間はすべてそれに対する疑問に変わってしまった。
『わ、わたし!? えっと、本当の姿っていうと……』
「うむ、この世界で精霊が戻れないということは聞いたが、元の姿はどうなのかとふと疑問に思ってな」
「なんだって? 元の姿? どういうこった?」
「なに? その子、姿変えてるっていうの? 面白そうな話じゃないの」
そんな疑問はここにいる他のスタッフの興味も引いてしまったようだ。
その証拠にビール片手にコルダイトとメディックがやってきた、興味津々な様子で。
「いろいろ事情があるんだよ。ちょっと訳あって今はこんな姿になってるっていうか」
『この世界に魔力がきてないから戻れないんです……』
「へえ、いろいろ大変なんだなあ。ちなみに俺もどんな姿か興味ある」
「興味深い話ね。魔力というのも気になるけど、本当の姿って単語が一番そそったわ」
テーブルの上に置いたミコをみんなで囲んでいると、厨房の方からとんがり帽子がみょんみょん揺れながらこっちに来た。
「ミコちゃんはすっごくかわいいですわ! ふわとろ系女子でエロいです!」
『えろ……待ってりむサマ!? 説明の仕方考えて!?』
「お前ミコをどんな目で見てるんだよ」
最悪な言葉と共に。
とにかくひどいワードが出てきたが、確かに俺も気になる。
「まあでもどんな顔かは気になるな。ミコの見た目」
『えっ……えっと、本当の姿は薄い桃色の長い髪で、良くみんなからおっとりしてるっていわれてるんだけど……』
「ふっ、ならば私の出番ですわね! 描いてあげますわ! でもうろ覚えだからどんな外見か教えてくださいまし!」
『うろ覚え……!?』
またしてもリム様が飛び出てきた、どこからか取り出した紙とペンを手に。
料理上手な彼女のことだしそれはもう絵もうまいんだろう。
そんな声を受けて、ミコは嬉しそうに頼んできた。
『……じゃ、じゃあお願いします!』
「任せなさい、ではミコちゃん顔の特徴を一つずつ……」
『えーっと……まず顔はちょっと緩い感じで……』
こうしてミセリコルデの言葉をもとに本当の顔を描き始めたわけだが。
*10 Minutes LATER…*
リム様は驚くべきスピードで絵を完成させたようだ。
「できましたわ! かわいいかわいいミコちゃんです!」
「もうできたのか。どれどれ、これがミコの――」
俺はさっそく完成品を見せてもらった、が。
そこにあったのは、なんと、いえば、いいんだろうか。
真っ白な紙の上には化け物が映っていた、それもこの世に存在しちゃいけない部類の。
それは一体なんなんだろう?
黒くて柔らかく、丸い球体の上に白い顔があった。
線と丸を組み合わせたような顔が、かろうじて生物であることを示してるのは分かる。
しかし問題はそのパーツだ、手足が、多すぎるのだ。
なんかしらないけどあらぬ方向から黒くて太い手や足が飛び出て、もし動こうものならうじゃうじゃと奇抜な動きをして這いずり回りそうで。
『イチクンダイスキダヨタベサセテ♥』
狂気を感じるフォントで恐ろしい文字が斜めに書かれていた。
どう見ても……ミコじゃない。
「……妖怪……?」
『なにこれ!? 怖いよ!? りむサマこれってわたしじゃないよね!?』
「あー、なんだこの麻薬中毒者の末期レベルなやつが書いたみたいな絵は? マジでこんな姿なのかミコサン」
「これは……ちょっと画力以前の問題ね、絵には描いた人の精神状態も反映されるとはいうけど、つまりこれは作者がイカれてるってことになるわ」
「ふふん、私なりに今のミコちゃんを反映させてみましたわ。素晴らしいでしょう?」
めちゃくちゃである。
枕元に置こうものなら夢に出てきそうな恐ろしい絵を裏返してなかったことにしたが。
「フッ……俺様の出番のようだな」
唯一ノーリアクションだったノルベルトが突如として名乗り上げた。
そっちもそっちでその身体つきから恐ろしい芸術でも生みそうで怖いが、強気な顔にはいつも以上の自信がある。
「……ノルベルト、お前、絵かけるのか?」
「まあ見せてみろ。さあミコよ、特徴を言うのだ」
『……変なのかいちゃだめだよ?』
奇妙なミコモドキの裏で、鉛筆を手に取ったオーガは絵を描き始める――
*5 Minutes LATER…*
結果として、リム様より早く書き終えたようだ。
しゃりしゃりと手早く何かを書き込むと、それを裏返してこっちに向けて。
「できたぞ。ミコの顔はこんな感じか?」
本当の姿とやらを見せてくれた。
そこには鉛筆で書かれたモノクロの女の子の顔があった。
長い髪があって、輪郭は柔らかく、優しくてかわいいお姉さんといってしまえば片が付くようなきれいな女の子がいる。
少し微笑み気味な顔は本当におっとりしていた、きっとそれは何でも受け入れてくれそうな穏やかな目つきのせいかもしれない。
まあ、いわゆるエルフみたいに耳が尖ってるが。
『すっ……すごい! このまんまだよノルベルトくん!?』
ミコの驚きようから本当にあってるらしい。
というかノルベルト、お前はこんな才能があったんだな……。
「ほー、こんな見た目なのか……美人じゃないか。っていうかデカブツ、お前絵がうまかったんだな」
「俺様の特技よ! にしても、このような見た目だったとはな、良き女性の顔ではないか」
「っていうか押しに弱そうな女性の顔ね。ストレンジャー、変な男がこないように守って上げなさい」
「あっ! ミコちゃん! ミコちゃん!! こんな感じですわ!」
ここにいる連中の評価もかなりいい、というか――
「……あー、こんな見た目だったのか」
『う、うん……どうかな……?』
「……かわいいと思う」
『……ほ、ほんと?』
「二度は言わないからな」
『……ふふ、そっか』
いつも聞いている声と一致する上に、正直好みだ。
正直言って守って上げたくなる部類の顔だ、つまり、タイプというか。
「――よろしい、ではこちらのミコちゃんもご一緒にいかがでしょう?」
そこへリム様の指先で紙が裏返された。
恐ろしい異形のミコだ、こんなのいたら世界は滅んでしまう。
「……妖怪……?」
『だから違うよ!?』
◇




