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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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46 NewSkill(1)

 気づけばもう最初の朝だった。

 ベッドから離れると、先に起きてた犬がこっちを見ていた。


「ワンッ」

「おはよう」


 撫でてやった。それから、机の上においてある短剣に触れた。


『あっ……おはよう、よく眠れた?』

「ああ、よく眠れた」


 部屋の隅っこにある鏡を見た。

 そこには知らない自分がそこにいる。

 顔つきがけっこう変わった茶髪の青年が、いつのまにか迷彩柄のズボンとシャツを着こんでいた。


(……これからは自分を大切にするよ)


 小さな声で誰かにそう伝えて、俺は着替えることにした。

 服を脱いでジャンプスーツを着た。おかえりストレンジャー。

 左腕にP-DIY2000を装着、ブーツを履いていつものように物いう短剣つきの鞘を取り付けようとしたものの。


「……やっぱこっちだな」


 鏡を見ながら悩んで、肩に取り付けた。

 本来なら銃剣があった場所だ、でも今日からは違う。


『……いちクン、どうしたの? 付ける場所間違えてるよ?』

「いや、これであってる」


 いつもよりミコの声を間近に感じる。

 最後に銃剣の鞘を左太もものあたりにくくって完了。

 これで今日からミセリコルデという短剣の視線は変わった。


「今日から同じ視線だ。またよろしくな」


 鏡に映るミコに向かってにっこりした。

 今やこのストレンジャーは、今までとは違って表情も豊かだ。


『……うん!』

「これからはフェアにいこう。さて、飯でも食いに行くか!」


 肩の鞘を指でとんとんしてから部屋を出た。

 ちょうど出たばかりの朝日で照らされていて、起きるのが少し早すぎたように感じた。

 そのまま昨晩チキンヌードルスープを味わった食堂にたどり着くと。


「……もう起きたのか。お前たち、そんなに訓練が楽しみなのか?」


 厨房から黒髪の白人――ハーヴェスターがあきれてこっちを見ていた。

 もし席につこうものなら「飯はまだだぞ」といやいや言われそうな雰囲気だ。

 それにしてもこの食堂はいい匂いがする、ニルソンの厨房を思い出す。


「おはよう、ニルソンじゃ早起きさせられてなかったか?」

『おはようございます、ハーヴェスターさん』

「おはよう二人とも。ここじゃ朝飯は七時から、九時までだらだらしてそれから仕事。昼飯を挟んで夕方には切り上げ、あとは自由だ」

「あっちとはずいぶん違うな、天国みたいだ」

『……そういえばわたしたち、朝起きたらすぐに訓練だったよね』

「ここは俺たちの農場だからな。共通点は攻め込んで来る馬鹿は火力でお出迎えするってところだ」


 ボスのところとは違うゆるさになんだか拍子抜けしていると、


「イっちゃん! 起きとったんかいワレ!」


 厨房の奥からとても聞きなれた声もやってきた。

 見ればひょこっとエプロン姿のサキュバスな魔女が姿を現している。


「……ちなみにこの魔女様とやらが来てからここの厨房はすっかり乗っ取られてる。勝手に仕込みはするわ、レシピ開発はしているわ、好き放題やってやがる」

「ふっ……料理ギルドマスターですから! いずれウェイストランド・クッキング・マニュアルをつづりますの!」

「こんな調子だ。どこのどいつだ、こんなクセの強いガキを連れてきたのは」

「ごめん俺だ」

「よし、こいつを元いた場所に返してこい。きっとそれがお前の使命だ」


 ハーヴェスターは我が道をゆく異世界の魔女に困ってるようだ。

 すると厨房の奥からがっしりとした黒人のおばちゃんが出てきて。


「いいじゃないかい、坊主。この子のおかげでここのレパートリーは無限大だよ」


 そういってソーセージまみれの深型トレイをどんとカウンターの上に置いた。

 いつぞや見たシエラ部隊の女性より幅は広いが、彼女なら素手でもレイダーを殴り殺せそうだ。

 そんなおばちゃんは俺の存在を知ると、


「おや、あんた――」


 親しみのある笑顔で顔を覗きこんできた。

 しばらく俺の目のあたりをじっと見てから。


「……なんだかここに運ばれてきたときより顔つきが変わってないかい? こんなに柔らかい表情だった?」

「いっ」


 いきなりこっちの頬を引っ張ってきた。けっこう力加減に容赦がない。

 痛みが耐えられなくなる前に指は離れたが、とにかくおばちゃんは満足したように豪快に笑って。


「まあ無事に治ってよかったじゃないか。ご飯はまだだから外で光合成でもしておいで!」


 外に行くように背中を押されてしまった。

 相変わらずこういうおばちゃんが苦手だ、いや、嫌いというわけじゃなく。

 強そうな黒人の女性が戻っていくのを見届けていると、


「彼女はウォートホグ、ここでメシを作ってるベテランだ。少し強引なババァだが見ての通り悪い奴じゃないから安心しろ」


 ハーヴェスターがその姿について教えてくれた。


「あたしがぶちのめすのは家族に手を出すクソ野郎だけさ、安心しな!」

「だそうだ、飯ができるまで外の空気でも吸ってるといい」

「もう少しでごはんができますわ、待っててねイっちゃん!」

「リム嬢ちゃん、あんた彼とどういう関係なんだい?」

「ママみたいなもんですわ!」

「ワオ、そういうプレイなのかい?」

「こんなママいやだぁ……」


 俺はいわれた通りに外に出ることにした。

 食堂には両開きの扉があって、そこを開けると――


「……おお」


 少なくとも俺がそう驚くぐらい、豊かな農場の姿があった。

 柵の中で育ついろいろな作物、幾つもある倉庫、本当に飼われている数匹の牛のモンスター。

 すでに農作業をしている人間もいるようで。


「なあお前、ここのスタッフにならないか? その馬鹿力はここで生かしたほうがいいぞ」

「フーッハッハッハ! オーガの力は伊達ではないからな! だが俺様には帰らねばならない場所がある、よって無理な話だ!」


 はち切れんばかりに張った袋をどっさり担いだノルベルトもいた。

 こんなところでも活躍しているオーガはすぐに俺に気づいて。


「おお、おはよう二人とも! 早起きとは熱心だな!」

『おはよう、ノルベルトくん』

「おはよう! こんな朝から働いてるのか?」

「うむ。働かざるものなんとやら、だ!」


 彼は倉庫の中へ向かっていった。

 作業効率の良さからして、ここにうまくなじんでるみたいだ。


「……俺が眠ってる間、みんなどうだった?」


 そんな朝の光景を見てから、肩に問いかけた。


『えっと、ノルベルトくんは最初は怖がられてたけどすぐに受け入れられてたし、わたしは魔法で治療とかしてて、りむサマはいつもどおり?』

「ワンッ」

『あ、わんこはみんなに可愛がられてたよ』


 みんな元気だったようだ。俺はマスコットになった黒い犬をよく撫でた。

 グッドボーイは背骨まで撫でてあげると喜んでくれる。


「そうか。うまくやってたんだな」


 なんだか安心してしまって、また頬がゆるんだ。

 しばらくそのまま、ウェイストランドで太陽の光を浴びていると。


『……いちクン。なんだか、顔が柔らかくなってる』


 耳元におっとりした声が流れた。

 思わずさっき引っ張られた頬をふにっとつまんだ。


「……そんなに違うか?」

『うん、とっても』


 自分じゃ分からないが、他の人が言うならそうなんだろう。

 いつみても変わらないこの世界の空を見上げた。


「変な話だけどさ、夢の中で自分を助けたんだ」

『自分を……?』


 顔に太陽の光が当たる、やけに気持ちがいい。


「今までの俺は自分を押し殺してたんだ。元の世界じゃよく顔が硬いとかぎこちないとかさんざん言われてきたけど、きっと嫌な記憶と一緒に自分を忘れていたんだろうな」


 こんな奇妙な形で訪れた新たな人生は俺を解き放ってくれた。

 最初はろくでもない地獄かと思ってたが、いまじゃそうでもないようだ。


「でもようやく、思い出せた。もちろん俺一人の力じゃない、いろいろな人が助けてくれて、押してくれた。だからすごく身に染みてるんだ、アルゴ神父の言ってたことが」


 目の前に広がる農園を見ていると、風が吹いてきた。

 北の方からだ。ぼさっとした茶髪がはげしく震える。


『……一人じゃ大変だし、さびしいもんね』

「ああ。人間は一人でも歩けるけど、道は自分だけで探らなきゃいけない。でも俺は往くべき道を教えてもらった」


 いろいろな人間との出会いから生まれた道は、封じ込めていた過去と、そこに囚われていた自分を救った。

 そして生まれたのだ、この新しいストレンジャーは。


「だから……ありがとう、ミコ。あの時からずっと、お前のおかげで寂しくなかった。俺じゃ助けられない人を代わりに助けてくれて、本当にありがとう」


 どうして自分がこんな体質なのかもなんとなくわかる。

 俺は痛みを伴う真実だからだ。

 このストレンジャーが何か問題に直面したとき、魔法でさくっと解決、なんてさせたくないんだろう。

 でも大丈夫、肩には自分と正反対の相棒がいる。


『……そういってくれてすごくうれしいや。これからも、よろしくね?』

「ああ、これからも一緒だ」

『……えへへ。わたし、ずっと一緒でもいいよ?』

「ワーオ、そんなこと言われるの俺はじめて」


 ミコは潤んだ声で笑ってくれた。

 視線を落とすと、目のあたりまで伸びた茶髪ときょとんとしたニクが重なった。

 決めた。イメチェンしよう。


「そういうわけだ。さっぱりしよう」

『えっ?』


 俺は銃剣を抜いた、向かう先は――この茶髪だ。

 ぼさっとした髪を掴んで、頑丈で切れ味抜群のブレードでざっくり切った。

 感覚を信じてそれっぽく、間違っても根元をそらないように、かつレイダーみたいにならない程度にそぎ落とす。


「もうこんな髪型はやめだ。もっと短くする」

『……いちクン、バランスよくやったほうがいいと思うよ……?』

「あれ……偏ってたか?」

『あ、横の方は髪をつねって斜めにして……』

「……こんな感じでどうだ?」

『後ろは少しずつボリューム落としたほうが……』

「もうちょっと前もやったほうがいいのかこれ?」


 ……苦戦したがミコのアドバイスを聞きながらまあどうにかなった。

 全体的に削ったところで髪をわしゃわしゃはたき落として、両手で横に上に整えて完了。

 念のためミコにチェックしてもらおう。


「……どうよ?」

『うん、大丈夫。イメージだいぶ変わっちゃったけどわたしは好きだよ』

「じゃあこれでいこう」


 念には念を入れて犬にも見せた、満足そうに見上げている。

 軽くなった頭のまま食堂に戻ることにした。


「ちょうどよかったな、間もなく飯だ、ちょっと手伝え――」

 

 切り落とした髪を捨てて戻ると、カウンターの向こうにいたハーヴェスターはびっくりしていた。


「……お前、その髪はどうした?」

「切りすぎたか? ちょうどイメチェンしたんだ」


 しばらく呆気に取られていたものの、すぐに受け入れられたようだ。


「いや、悪くない。すっかり別人だ」

「そりゃよかった、自分で切るのは初めてだけどうまくいったみたいだな」

「イっちゃん、どうしたんですの!? 陰キャ風味が薄れて爽やか男子になってますわよ!?」

「んもーこの人ほんと一言余計……」


 こうして新しい一日が始まった。



 訓練初日。

 朝の九時まで時間をつぶしたあと、コルダイトのおっさんの授業が待っていた。

 初っ端からかなり変なやつをあてられたなと思ってたが、実際変だった。


「――いいか? 敵をぶっ飛ばしたいときに必要なものは火薬と雷管、それから悪戯心と愛情だ」


 幾つもある倉庫のうちの一つは武器庫になっていた。

 中では武装した車両が整備されており、そのすぐ傍らで武器庫庫や室内射撃場が作られたとんでもない空間だった。

 そんな場所でたくさんの物騒なものに囲まれながの刺激的な授業だ。


「なあ、ご機嫌なところ口挟んで悪いけどいいか? 退院したばっかのやつにこんなことやらせる?」


 そして俺は作業台に置かれたいろいろなものに対して文句を申した。

 工具に部品取り用のトランシーバー、ノートPC、スマホ。

 釘やボルト、そして粘土みたいなものに平たい金属製のケース。

 さらにその隣には『"CRY"MORE』と名付けられた設計図がある、読み解けばどう見ても爆発物になる。


「身体を動かさないものっていえばやっぱこれだろ? 爆弾作りだ」

『……あの、それってすごく危ないですよね!?』

「んなこたーないさ、ミコサン。爆弾ってのはちゃんと爆発する理由があるんだ、それさえ理解すればビビる必要なんてない」


 またミコが怯える原因ができた、それはこの作業である。

 手元にあるのは地雷のケース、粘土みたいなのは爆薬、そして目の前の電子機器も全部その材料だ。


「あーそれからちょっとワイヤーの仕組みとか電子工作系のスキルも必要だな。なに心配すんな、新たな体験は最初は怖いが慣れちまえばこっちのもんさ」

「そうか。で、俺はいま何に慣れさせられてるんだ?」

「クレイモア地雷って知ってるか? 指向性地雷のことだ、まあでっかい散弾銃と思ってくれ。お前はいまそのえげつない兵器を作ってる」

「そのえげつないのがここで爆発したらどうなる?」

「ちゃんとケースで閉じ込めときゃ散弾が前にすっ飛んでくだけだ。ちなみにそいつの後ろにいても十五メートルは離れないと大怪我するぜ」

「てことはどのみち失敗したらやばいってことか、マジ最高だなあんた」


 初日でもうやめたくなった。

 とにかくそういうわけで、ホームメイド指向性地雷というとんでもないものを作らされていた。

 簡単に説明するとこうだ、コントロールした爆風で一定の方向に散弾を飛ばす――要するにでっかい散弾銃、以上説明終わり。


「いいか、そいつは手作りのクレイモアだ。作り方なんて材料さえありゃ簡単さ、頑丈で薄いケースを用意する、信管用の穴もあける。次に一定の形状と厚さの爆薬を塗りたくる、その上に弾となるもの――散弾とか、ボルトとか釘でもいい、しこたまはりつけろ。樹脂で固めてもいいぞ」

「もう一度聞くけど爆発しないよな?」

「しないしない、爆発にはちゃんとしたきっかけがあるんだぜ。おっと、ケースにフタをしたらしっかり固定しろよ。なんだったらテープとか針金でガチガチに固めるのもいい」


 薄いケースに粘土みたいな爆薬を入れて、ヘラで設計図どおりにならして、そこに弾となる金属部品をびっしり押し付けた。

 『FRONT!』と書かれたフタをはめるとモスグリーンの金属ケースに爆発物を詰め込んだ危険物が完成。

 この世界にきて一番あぶなっかしいものができてしまった。


「で、こいつはどうやって使うんだ?」

「信管は分かるよな?」

「ヒドラショックから教わった、起爆するための安全な部品、だったか?」

「じゃあ簡単な話だ。きっかけをつなげてやるんだ、直接紐を引いてどかんっていうのもいいし、タイマーで爆破、遠隔操作で起爆、モーションセンサーをつけて条約違反ってのもいいぞ」

「えーと、つまり……」

「150年前の遺物をばらして使うのさ、テレビのリモコンですらこいつのきっかけ(・・・・)になるぞ。扱い方が分かれば途端にお宝に見えてくるぜ?」

「こいつらをバラしてみろってことか、めんどくせぇ」

「そういうこった、まあ教えてやるから分解してみろよ。ミコサンは見学な」

『こ、これ全部分解するんですか……?』


 そして次に目の前にある戦前の品々の解体が始まる。

 ドライバーでネジを外す程度ならまだいいが、その中にある部品を壊さないように一つ一つ取っていくなんて大変な作業だ。


「こうしてみると"カンガン"は単純な仕組みだったんだな」

「カンガン? あのレイダーどもが作った馬鹿な使い捨て散弾銃か?」

「ああ、車のボンネットにそいつが紐と一緒に仕込んであった」

「へえ、カンガンにトリップワイヤね。いいこと聞いちまった」

「ちなみにそいつに一度ぶっ殺された」

「そりゃやばいな、食らってみてどうだった?」

「加熱したおろし金で全身すりつぶされる気分」

「うわぁ、ひっでえ。良く生きてたなお前」


 こうして最初の訓練はひたすら電子機器を分解したり、バラした部品の説明を受けたりして終わった。

 覚えることは山のように積みあがっているが、おかげで【電子工作】のSlev(スキルレベル)が2に上がった。


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