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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
130/580

42 WH17E P4PER(4)

 あの夢の中にいた。


 そこはぐちゃぐちゃに散らかったリビングだった。

 すっかり成長した茶髪の少年がひどく怯えている。

 そいつの目の前にはかろうじてヒトの形をした二匹の黒い化け物がいた。


『いい加減にしろ、どうしてお前は人のいうことを聞かないんだ? そんなに嫌なら家から出てけ、ゴミクズ! 言っとくが家のルールを守れないなら社会に出たって誰の役にも立てないぞ!』

『ねえ、あなたには信仰が足りないの! いまならまだ間に合うから! お母さんと一緒に神様を信じましょう!?』

『今俺が話してるんだ、お前は口を挟むな! お前がそんなくだらない宗教のためにこいつを巻き込むからロクでもない育ち方をしたんだろうが!』

『なんですって!? この××××××!』

『そんなに楽園にいきたきゃこの役立たずと一緒に自殺したらどうだ!』

『黙れアル中の分際で! お前がお金を渡してくれないから私の地位もだだ下がりじゃねーか! 黙って金渡してくれりゃいいんだよ!』

『どうせお前たちは親子そろって人に感謝もできないろくでなしだ! さっさとくたばっちまえ!』


 怪物たちは醜く争っている。

 俺はホルスターから散弾銃を抜いた。ついでに茶髪の子供を引っ張った。

 そうこうしているうちに、女性的なシンボルのある化け物はどこからかナイフを取り出して。


『××××××!』


 きっと俺たちには到底分からない神の名を叫びながら、同じ化け物の腹にそれを突き立てた。

 今ならよく分かる。肝臓に一突き、さぞ激痛が走るだろう。


『××××××!』


 もう一体の化け物は奇声を上げながらつかみかかる。

 両手で相手の首を掴むと、真っ白な床に押し倒してぎりぎり締め始めた。


『××××××!』

『××××××!』


 結果はよく知っている。二匹の化け物は相討ちになった。

 片や首を絞められ泡をぶくぶく吹いたまま。

 片や身体を何度も刺されて血を吐いたまま。

 理想と理想がぶつかり合う末路が、今俺たちの目の前にある。


『……俺を助けろ、最後ぐらい役に立って見せろ』

『助けて……一人で地獄に落ちたくないでしょ……?』


 死に際の言葉はそれだけだ。

 けっきょく、茶髪の少年はどちらの言葉も受け入れないまま逃げた。

 くだらない死にざまはほっといて、彼を追いかけることにした。


『はははは、はははははは! どうせお前は俺と同じだ! いずれ俺みたいになるんだ! 逃げられると思うなよ!』

『神はいつだってわたしたちを見ているの。どこへいったって無駄よ、向き合うしか道は残されてないのよ』


 後ろからそんな言葉が浴びせられた。

 構わず追いかけると子供の部屋にたどり着いた、ひどく散らかっている。


「……どうすればいいんだ?」


 ぐちゃっとしたベッドの上でそいつは尋ねてきた。

 ぼさっとした茶髪で、見るものすべてを呪うようにきつく作り上げられた目つきをしている。

 けれども生気はない。滅茶苦茶にされた人生を取り返そうにも手遅れだ。


「その質問はなしだ。逆に聞くぞ、これからどうしたい?」


 三連散弾銃のセーフティを外しながら問いかけた。

 返答はすぐにやってくる。


「どうすればいいか分からないんだ。だっておれは白紙だから」

「白紙だって?」

「そうだ、真っ白な紙だ。良く親父に言われてたんだ、何にも書いてない白紙みたいなやつだとか。エンジンのない車だとか。OSのないPCだとか。ずっとそういわれ続けてたんだ」

「人はものじゃないんだぞ、お前は人間だ」

「あいつらはおれをもの扱いしただろ? 人の人生を自分のノートみたいにしやがった、そのくせ自分の思ったどおりの筋書きにしろと毎日怒鳴るんだ」

「じゃあどうしてあいつらのご機嫌を取らなかったんだ?」


 ふとした疑問をぶつけると、相手は黙ってしまった。

 沈黙のあと、茶髪の少年は弱々しく頭を上げて。


「このページは誰のものでもない、おれの大切なものだからだ。でも、もう手遅れなんだ。あいつらの文字でべっとり汚れてる」


 彼はやっと上着をめくった。

 胸のあたりがインクを落としたみたいに黒くぐにゃりと汚れている。

 そのうちほっとけば、彼もまたあの化け物みたいになるだろう。


「頼む、殺してくれ」


 それから一言、俺に頼み込んできた。


「言っただろ? おれが生きてると周りのみんなが不幸になるんだ。いずれあの化け物みたいになって、周りの人たちを苦しめるんだ」

「だったらもう一度質問してやるよ。いったい誰が、いつ、そう決めた?」

「父さんと母さん……それから、おれが」


 死ぬ準備ができたそいつは後ろでうごめく化け物に指を向けた。

 二匹は怨嗟の声を続けながら俺たちを待っている。


「それでいいのか?」


 いつでも撃てるようにしたまま尋ねた。

 茶髪の少年は悩むことなくうなずいて『YES』と表現した。


「あんなのでもおれの親なんだ。許してやらないと」

「親だから許さないといけないルールなんて誰が作った?」

「あいつらだよ」

「知ってるさ。だって――」


 俺はこいつをよく知っている。

 あの狂人どもに、心を好き放題に弄繰り回された人間だ。

 どこかにずっと閉じ込められていたんだろう、でも何かの拍子でとうとう外に出てしまった。


 同時にどれだけ救いようがないかもよく理解している。

 そこには吐き気を催すようなひどい物語が長々と書かれているのだから。


 その内容もよく覚えている、なぜなら――


「お前は俺だからだ」


 目の前にいる化け物になりかけたそれは、間違いなく俺なのだ。

 そうだ、やっと思い出した。

 夢を見ていたんだ、ずっと閉じ込めていた記憶の跡を。


「……やっと思い出してくれたんだな」


 待ち望んでいたように言われて、銃を降ろした。

 そして思った、どうしてこんな夢を見たんだろうか。

 脳にダメージが入ったから? それともあの子に助けられたから?

 どちらにせよ蘇ったものは仕方ない。現に、目の前の俺は黒く塗りつぶされ始めているのだから。


「殺してくれるか? お前の手が必要なんだ」


 俺が白紙の理由はすべてそこにあった。

 自分というものがなかったのだ、昔から、いや、今もなお。


「久々に会って殺してくれっていうのはひどい話じゃないか?」

「そうかも。でも、もういいんだ」


 その白紙を生み出したのは恐ろしい化け物だ。

 触れるものすべてを石炭のような黒色に変える二匹の化け物なのだ。

 化け物たちはその贈り物が破滅を呼ぶものだと分かっていた、黒色に変える力を嫌悪しながら他人の幸せを憎んでいた。

 全ては単純な話だった。同じ黒に染まらない白紙を二匹は憎んでいたのだから。


「過去を殺せばいいんだな?」

「おれごとやってくれ」


 なんの面白みのない真っ白な人間だったのは、ある意味で生きていた証拠だったに違いない。

 自分を変えようとした化け物たちに抗い続けて*勝利*した、いつまでも残る呪われた黒色を書き込まれて。

 だが、まだ間に合う。


「ああ、もちろんだ。でも死ぬのはお前じゃない」


 おかしな世界で作られたおかしな人生は、単純明快な答えを導きだした。

 本当の自分を得るにはこれしかない。

 相手を手放すんじゃない、まず今までの自分を手放す、それが答えだ。


「何をしてるんだ?」

「変わるんだ。俺もお前も」


 だから――散弾銃の銃身を掴んで、顎の下に押し付けた。

 ひんやりとした金属の冷たさと、銃口に残った火薬の臭いが妙にリアルだ。


「そんなことしたらお前は死ぬんじゃないか?」

「心配するな、俺は死なない。生き返るだけだ」

「そうか」


 相手を見て自信たっぷりに笑った。

 自分は少し戸惑いながらも笑い返した。


「――必ず迎えに戻ってくる。そこで待ってろ」

「――ああ、待ってるよ」


 俺たちは握った拳をごつっと合わせた。

 それから腕を伸ばしてトリガに接触、指が何かにかちっと触れた。


『いいのか、お前さん? ここで少しぐらい休んでもいいではないか』


 いつものように絞ろうとしたところで、また背後から低い声がやってくる。

 振り向こうと思ったがやめた。その代わり落ち着いて答えることにした。


「ごめん、行かないといけないんだ」

『そうか。ところで良き隣人は見つかったかな?』

「いっぱいな。そしてこれからもっと見つけるつもりだ」

『よし、それでこそお前さんだ』


 誰かが俺の後ろで笑っている。満足そうに。

 

『――約束を守ってくれてありがとう、良き旅路を』

「……礼を言うのは俺の方さ、またな」


 ありがとう。

 果たしてそう伝えられたかどうか怪しいが、ともあれ12ゲージの散弾はあっけなく頭をぶち破った。

 でも不思議と痛くなかった、何もかもが軽くなっていく――――



 背中にびりっと何かが流れる。

 目が勝手に開く。ちゃんと腹に力が入る。鉛みたいに重い身体を起こす。

 まだ手足がしびれて思うように動かないが、全身に力が循環している感じがする。


「……おおマジか」


 どうにか上半身だけでも起こすと、眼前にガチムチなおっさんがいた。

 椅子に座ったままこっちを見てる。そんなに驚いちゃいないが。

 目が合うとライトブラウンの髪をふにゃっと整えて、きっと笑顔の似合うイカれた強面をこっちに向けて。


「もう起きたのか、早いなあ、まだ三日しか経ってないんだぜ? やっぱ若い奴は違うな」


 ものすごくフレンドリーに声をかけてきた。

 少しぼやけた視界で見回すと、木造りの床や壁が見える。


「おっさん誰? 地獄からお迎えにあがったやつ?」


 気を抜けばまた眠ってしまいそうな意識のまま、俺は尋ねた。


「おっさんはコルダイトだ。あーちょっと待ってろ、みんな呼んでくる」


 いかついおっさんはそれだけいって移動した。

 目で追いかけるとドアを開けてこの空間から急いで出て行くが、


「あ、ちなみにお前がいつ起きるかで賭けてたとかいったら怒る?」


 一旦戻ってひょこっと顔だけ出しながら尋ねてきた、いい表情で。

 「知ったことか」と手を上げた、自分の手は少し痩せているように見えた。



「まーた賭けてるよ……で、結果は?」

「今こうして話してるほうだ、ありがとよ」

「そりゃ良かったな、おめでとう。分け前ちゃんとくれるんだよな」

「完治したらな、こちらこそおめでとう」


 一体どうしてみんな俺で賭けをするのか理解に苦しむ。

 ともあれおっさんは出て行った、ドアを開けっぱなしにしたまま。

 立ち上がろうとするが足にうまく力がこもらない、まだまだらしい。


「……ワゥンッ!」


 おとなしくこれからの出来事を待ち構えていると犬の声がした。

 悲しそうな甲高いものが混じったやつだ。いうまでもなくニクだ。

 しばらくすると部屋の外からかつかつ音がして、


「ウォンッ!」


 黒いシェパード犬が飛び込んで来た。

 どうやら一番乗りはニクだったらしい。

 目覚めたストレンジャーに気づくと、グッドボーイは詰まった声と一緒にこっちに乗り上げてきた。


「また心配かけたな、ただいま」

 

 黒い犬は声を我慢しながら顔にすり寄ってきた。

 よく見ると目が潤んでいた。そうか、犬も泣くんだな。

 頭を撫でて抱きしめてやるとずんずん歩く音も聞こえてきて、


「うっ、おっ、おっ……」


 二メートル以上ある巨体が入口を潜り抜けて、長い金髪と角の生えた頭をねじり込むのが見えた。

 ノルベルトだ。俺を一目見るなりかなり驚いた様子で。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっ! イチよ! 生きていたのだな! 心配していたのだぞ!?」


 ……部屋の窓を粉砕しかねないほどのシャウトをぶちかました。

 ぎんっ、と脳に響いた。熱のある痛みを少し感じながら手で「やめろ」と制止して。


「よく分かったから頭に響く系の行為は控えてくれ」

「む、すまん」

「あとハグもだめ、お預け」


 代わりに抱き着こうとしてきた巨体もどうにか抑え込んだ。

 見上げた。あいつらしくない心配そうな顔を浮かべている。

 俺は自然と、少しだけ笑った。ついでに親指を自分のこめかみに向けて。


「で、どうだ。ちゃんと生き残ったぞ」

「……良くぞ生き延びた、イチよ。もう三日も寝たきりだったのだぞ?」

「三日も寝てたのか」

「寝てたというよりは死んでいたようなものだ」


 自分の手をもう一度見た。

 指先から腕までどう見ても細くなってる、不健康な形で。

 人は三日でここまで変われるのか。いやあの薬のせいかもしれないが。


「そうだな、俺は死んでた」


 すり寄るニクの頭を撫でてやってから天井を見た。

 シェルターの壁とは違う自然由来の健康的な色だ、木の香りがする。

 軽くなった手で額のあたりに触れるとまだ少し痛んだ。


「――イっちゃん! イっちゃん!?」


 さらに向こうからどたばた聞こえてくる。

 見れば小さな悪魔みたいな見てくれの魔女が、見知らぬ顔ぶれと物いわない短剣をつれて入ってきた。

 リム様だ。見ていると不思議と料理のことが思い浮かんで腹が減った。


「おはよう。腹減った」

「イっちゃん! ああ、よかった! 生きてましたのね!? あれからずっと何しても起きなくて……」

「変なことしてなかった?」

「するはずありませんわ! ずっと心配だったんですから!」


 美食の魔女様はちょっとだけ涙ぐんで、小さな手で頭を撫でてきた。

 髪の生え際がくすぐったい。でも少し痛みが引いていく。


「ミコは?」


 後ろにいる知らない連中のことは置いといて、何も言わないミコについて聞くことにした。


「……泣き疲れてますわ」

「……そうか」


 リム様が「お願いします」とばかりに無言の短剣を渡して来た。

 大きな十字架みたいなそれを受け取ると、


「おい。お前はストレンジャー、だったか」


 人の群れからエプロンを着た黒髪の白人が飛び出てきた。

 軍人のような鋭い顔――ボスに近いものを感じた。

 おまけに体つきはどう考えても「お前ジャングルで暴れたほうが似合うぞ」というぐらい引き締まってる。


「どうした?」

「細かい話は省くがこいつを飲め、栄養食だ」


 そいつは手にしていたトレイから何かを掴んだ。

 けっこう大きなグラスの中に――雨が上がった後の泥水みたいなのが注いである。その上でそれを飲めと。


「なにそれお薬? 量多すぎないか?」

「ソイレンズだ。メディックの考えた完全栄養食だそうだ」

「俺が知りたいのはそいつの生い立ちじゃなくてこう……味とか成分とかだ。もっといえば飲んでも死なないか教えてくれないか?」


 いきなり突き出されたそれを見て迷っていると、見覚えがある白人の姉ちゃんも出てきた。


「生還おめでとう、ストレンジャー。早く治りすぎて正直ドン引きしてるわ」

「治してくれてありがとう。このウェルカムドリンクは飲んでも大丈夫なのか?」

「それは植物由来の素材で作られたクリーンな完全栄養食よ。ビタミンやエネルギー源を偏らせないでバランスよく織り込んだおいしい飲み物、っていったら飲んでくれる?」

「味も教えてくれるんだよな?」

「ミルクセーキみたいな感じよ、飲みやすいようにチョコレート風味にしてあるわ。もちろん飲んでも嘔吐しないから安心してくれる?」

「そりゃうれしいね。で、誰が作った?」


 目の前にあるそれを受取ろうか悩んでいると、ぐいっと突き出された。

 その上で黒髪の白人はこういうのだ。


「俺だ。このエプロンを見て察してくれないか?」

「あーうん、お料理が上手なようで」


 このワンマンアーミーが似合いそうなおっさんが作ってくれたらしい。

 リム様じゃないのが残念だが、とりあえず受け取って。


「じゃあいただきます」


 とろみのある泥水みたいなそれに口をつけた。

 最初はよほどひどい味がするんじゃないか思ったがそうでもない。

 けっこう甘い、舌触りはしっとりしていて結構すんなり飲める。


「……んふっ」


 むせた。なぜか飲めば飲むほど濃くなってく。

 しかしうまいかどうか言われたら迷わずうまいと答える。

 けっきょく俺は一気に飲み干してしまい。


「……ごちそうさまでした」

「おいもう飲んだのか? メディック、一気飲みしても大丈夫なんだろうな」

「大丈夫よ、こんな頑丈な人なら心配ないでしょ」

「ならいいんだが」


 空になったグラスを戻した。

 すると喉が裏からじわじわ熱くなってくる、正常な反応じゃない具合に。


「あー問題発生。なんか喉が熱い、ひょっとしてなんか毒でも盛られた?」

「だったら問題ないわ。それはソイレンズを初めて飲んだ時の反応よ、少しだるくなるけどもう免疫がついたと思うから安心して」

「なあ……あんた俺で実験かなんかしてない?」

「良く気づいたわね。まあギブアンドテイクだと思ってあきらめてくれる?」

「フェアじゃないもんな、いいぞ。でも患者は大切にしてくれ」

「そう、良かった。あなたのそういう潔さは嫌いじゃないわ」

「俺の取り柄なんだ」


 栄養食を飲み干すと腹に力が沸いてくるのを感じた。

 けれどもすぐに力が抜けてきた。あるいは眠くなってきたというのか。


「……悪いみんな、もう一度行って来る」


 見知らぬ人たちの前でごろっと横たわった。

 心配してくれたリム様がぎゅっと手を掴んでくれたのを感じる。

 ニクがひんひん鼻を鳴らすのも聞こえた。みんなが気にかけてくれている。


「もう一度? どういうことだ」


 またあっちの世界に行こうとすると、エプロン姿のおっさんが尋ねてくる。

 睡魔がやってきた、意識が少しずつ削り取られていく。


「事情はあとで話す。起こさないでくれよ」

「誰が起こすもんか。ゆっくり休めよ」

「たぶん次に起きるころは立ち上がれると思う。それまで飯でも用意しといてくれないか?」

「どうしてそう言い切れる?」

「きっと俺が勝つからだ」

「そうか、まあ頑張りな」


 まぶたが重くなってくる。

 喉の奥から這い出てきた睡魔が、この弱ったストレンジャーから脳の信号を刈り取るのは簡単だった。

 いざ眠ろうとした瞬間、


『……いちクン』


 と聞きなれた言葉を耳にうっすら感じた。

 声は続いて。


『……がんばって』


 弱々しい調子でそう伝えてくれた。


「ああ、ちょっとかたをつけてくる。すぐ戻るからな相棒(・・)


 どうにかそれだけ返して、今までで一番深い黒色の中へと飛び込んでいった。


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― 新着の感想 ―
[一言] いちくんの家庭環境、中々荒れてますね・・・ 現実世界でも、この手の境遇で育ってきた子供って珍しくないのがやるせないですよね。
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