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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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38 東へ曲がれストレンジャーズ

 遺体回収が終わると、ラムダ部隊は俺を車の中へ案内した。

 タバコと火薬の匂いが充満する実戦的な空間には無線が積んである。


「……ちょっと待っててくれ、今通信をつなぐ」


 レンジャーの一人が無線装置を軽く操作すると立ち上がったようだ。

 なにやら少し話し合ったあと、こっちにヘッドセットが手渡されて。


【ストレンジャー、こちらアヴィベース。応答せよ】


 聞き取りやすい男の声が気持ちよく耳に届いた。感覚はどことなく、ボスに近いものをイメージしてくれた。

 浮かぶのは銃弾飛び交う戦場でも堂々と歩き渡る戦い慣れした人間の姿だ。

 そんな声に対して第一声にどう答えればいいのか分からず、


「……ど、どうもこんにちは将軍、ストレンジャーです」


 俺はぎこちない返事をしてしまったが、すぐ笑い声が返ってきた。


【そう硬くならなくてもいいぞ、知っている通り我々は正規の軍隊ではないのだから。はじめまして、ストレンジャー】

「あー、じゃあ気楽にやらせてもらう、初めましてシド将軍。レンジャーのやつらにはいろいろ世話になったよ」

【こちらこそお前には世話になっているようだ。シエラ部隊の手助けをしてくれて、しかもクリンの真実を暴いて行方不明だったレンジャーの遺体も見つけてくれた。よくやってくれた】

「どういたしまして。この町のことだけどあとはあんたらに任せてもいいんだな?」

【ああ、そこは我々の管轄内だ。あとはこちらに任せてくれ、ところで】


 無線越しに話していると少し間を置いてから、


【お前のことはヴァージニアからよく聞いている、プレッパータウンから期待の新人が哨戒任務に出たと聞いたが予想以上の活躍をしているそうだな。東部のこちらまでお前の噂が届いているぞ】


 シド・レンジャーズのお偉いさんは上機嫌に話してくれた。

 なんてこった、このストレンジャーの噂はもうあっちに届いたのか。


「噂のほうが俺たちより先についたみたいだな。いま東に向かってるんだ」

【ならば気を付けてくれ、近頃ライヒランドと呼ばれる連中の動きが活発になっている。ミリティアとの動きと照らし合わせるにきな臭いものを感じるが、けっして南東方面には近づくな】

「心配するな、俺たちの行く先は北東のデイビッド・ダムだ。向こうから来ない限りはそうそう当たらないさ」

【そうか。では最後に一つ君たちへ伝えたい言葉がある】

「なんだ? 「大変だろうけど頑張ってね」とかか?」

【ただの感謝の言葉だ。ストレンジャー、イージス、ヴェアヴォルフ、君たちの活躍に感謝する。引き続き哨戒任務にあたってくれ。以上だ】


 そうして無線は終わった。

 また『ライヒランド』か。東へ進むにつれて良く耳にするようになってるな。


「……だとさ。うちの将軍と話した感想はどうだ?」


 尋ねてきたレンジャーにヘッドセットを返した。


「人を良くほめるタイプの人間だと思う。違うか?」

「ご名答だ。まあなんだ、気を付けて旅をするんだぞ」


 車両から降りると屋敷の方からぞろぞろレンジャーたちがやってきた。

 遺体の入った袋を担いでいる――残念だが話す余裕もなさそうだ。

 その場から離れた。途中で部隊長とすれ違って、


「本当にありがとう、ストレンジャー。こいつには家族がいたんだ、これでやっと家に帰らせることができる」


 そういわれた。仲間が人食い共に殺されるなんて、俺だったら発狂するだろう。

 それでもこの人は堪えてるのだ。本当に強い人間だ、レンジャーっていうのは。

 運ぶのを手伝ってやろうとしたが首を横に振って拒否された。


「……仇は討ったからな、じゃあな」

『……お悔やみ、申し上げます』

「……ああ。またな、二人とも」


 せめてそれだけでも言うとレンジャーたちは車の中に戻っていった。

 やがて彼らはどこかへ向かった、死体を運んで。


「今の者たちは誰なのだ?」


 少しまともになってきた町中からオーガが戻ってきた。


「シド・レンジャーズだ。前にあったやつとは違う隊のやつだけどな」


 さて、明日になったらまた旅に出るか。というか早く出ていきたい。

 まずはこの服の匂いをどうにかしようと思っていたら。


「おお、おお、皆さま! こんなところにいましたか!」


 グスタボさんがのしのし歩いてきた。かなりやつれているが。

 手にはどう見てもチップが入ってるとしか思えない袋がある。


「よおグスタボさん、だいぶ落ち着いたか?」

「ええ、ええ、皆さまのおかげでようやく! 人食いどもの処刑の段取りも決まりましたので、あなたがたに報酬を支払おうかと!」


 汗だくになりながらも本人はその報酬とやらを差し出して来た。

 けっこうな額が入っていそうだ。試しに袋を少し開けると――


「……五千、一万、一万五千……三万チップ?」

「はい、はい、行方不明になっていたお二人を見つけてくれただけではなく、この町の真実を暴き忌まわしき殺人鬼どもを皆殺しにしてくれたお礼です!」


 5000と書かれたピンク色のチップが6枚も入ってる。

 しかしうっすら臭う、鼻の奥にまとわりつくような塩辛い死の匂いだ。


「このチップ……まさかシェルターにあったやつか?」


 一応どこから出てきたチップなのか質問することにした。


「ええ、ええ。あのおぞましい地下に大量に保管されていたものです。大部分は補償などに使いましたが、あなたの働きへの感謝として――」


 指で挟んだプラスチックをちらつかせると、相手は深くうなずいた。

 しかし隙あらばまた助けてくれとか言われそうな感じの目つきだ。


「悪いけど返す。そいつはもっと有意義なことに使ってくれ」


 俺はいい思い出のない腐臭が残るチップを返した。

 すると相手はノルベルトにも渡そうとしたが、


「俺様もいらん。この街のために使うのだな」

「で、ではそこの喋る短剣さんにも……」

『……わたしもです』


 さっぱり断られてしまって、けっきょく太った老人の手元に戻った。


「そうですか……」

「その代わりといっちゃなんだけど屋敷のシャワーとかはまだ使えるんだよな?」

「ええ、ええ、使えますが……」

「じゃあ使わせてくれ。きれいになったらさっさとこっから出てく。以上」


 ことが済んで、すっかり疲れた俺たちはこぞって屋敷へと向かった。

 道の途中で見えたはずのレモン畑はことごとく焼き払われて、酸っぱさの混じった焦げた香りが漂っていた。



 熱いシャワーで腐った匂いをどうにかこそげ落としたあと。

 俺は濡れたジャンプスーツを抱えて親父さんのいる宿で一晩を明かした。


 部屋に着くなり死んだように眠った。

 いや、死んでいたかもしれない。眠ったというより脳も心も機能停止して、暗闇の中でじっと過ごしていた気分だ。

 食欲なんてわくはずもない。いやでもあの光景と匂いが蘇るのだから。

 その点、オーガと黒い犬は元気に飯を食ってた。脆弱なたんぱく質の塊である人間なんて所詮はこの程度か。


 しかし人間というのは不思議だ。

 あんだけ嫌なものを見て体中傷だらけだったっていうのに、一晩眠ればだいたいはスッキリしてしまう。

 ただし頭の痛みだけは続いていたが。くそ、脳みそがずきずきする。


「……頭が痛い」


 部屋で目覚めて最初の一言がこれだ。

 本当に痛いんだ。時々背骨がぴりっと痛むし、頭に鈍い刺激が何度も走ってる。

 俺は綺麗に整えられていたベッドからどうにか起き上がった。


『だ、大丈夫……だよね? いちクン、顔色、すごく悪いよ……?』

「そりゃ、拷問されたからな。何度も頭殴られたからだと思う」

『ど、どうしよう……お医者さんに診てもらった方が……』


 ミコが心配するってことは間違いなくやばいんだろう。

 だがこの世界にまともな医者なんているわけない。人殺しのスキルがあるやつはたくさんいても、そういったスペシャリストはごくわずかだ。

 つまり――ヤバイってことだな。


「医者なんているわけないだろ……。それともニルソンに戻ってドクに診てもらうか?」

『……お医者さん、探そう? でないと――』

「……分かった。後で探そう」


 いつもなら何かしら返して「No」といえただろうが、このありさまだ。見栄も張れないし強がりも出てこない。


「クゥン」


 どうにかベッドに腰をかけると、ニクが心配そうに見上げていた。

 そんな死にそうなやつを見る目をするな、そう簡単に死ぬもんか。

 あんまりこういうことはやりたくないが仕方ない、注射器を取り出した。


『ねえ、それスティムだよね……? 何をするつもりなの?』

「治療だ。気休め程度だけどな」


 いつぞや「頭に打てばいいだろう」なんていったが、さすがにそれはなしだ。

 首筋にスティムをぶすっと刺す、そして押し込む――冷たいものが流れ込んでくる感じがして、少しだけ痛みが治まった気がする。


『……ほんとに打っちゃった』

「大丈夫だ、ちゃんと効いてるっぽい。よし……」


 正しい用法とかはともかく、少し体が楽になった。

 立ち上がる。犬を撫でてから部屋を出ることにした。

 幸い食欲も少しある、今のうちに食っとかないと体力が持たないだろう。

 スティムが効くなら飯食って休めば治るはずだ。たぶん、きっと。


「……っ、医者がいてもサジぶん投げそうだな」


 廊下に出て歩いてすぐ、足のつま先から腰のあたりの感覚がふっと消える。

 よろめいた。なんとか壁に寄りかかったが気を抜くと倒れそうだ。


『いちクン……。あの、こんなことしか、言えないんだけど』

「なんだ」

『……無理、しないでね。あなたが傷ついてるのを見てると、私も痛いよ』

「……ごめん」


 旅の相棒がこんなにも心配してるのに、口から自然に出てくるのが謝罪の一言だけだ、

 いつもの俺だったらどうしてたことやら。軽口ぐらいさっと出ただろうが、舌も肺も鉛のように重くてそれどころじゃない。


「おにいちゃん、どうしたの?」


 宿の壁に少し身を預けてると、近くの空き部屋からひょこっと誰かが顔を出す。

 金髪の子供――ニコか。あんなにやつれてたのに顔色は良くなってるし、すっかり綺麗な身なりだ。

 なんとなく、こっちを見て少し怯えてるように見える。


「……腹が減りすぎて倒れそうなんだ」


 バカなことに、口で強がってしまった。

 というか、実を云うと俺は子供とどう付き合えば分からないのだ。

 ……あれ? どうしてだっけ?


 そうだ、確か、あれはまだガキの頃だったか?

 その時は同じ境遇の人間が周りにいなかったんだ、正しくは「会わせてくれなかった」というべきかもしれない。

 幼少期に相手にしてきたのは大人ばかりだ、穢れるからとか言われて子供とは遊ばせてくれなかったな。

 代わりに、そうだ、宗教の勧誘とかも行かされたよな。

 神の子にするんだっていって、毎日叩かれたよな。 

 いや、違う、馬鹿か俺は、何を考えてるんだ? しっかりしろ。


『――クン! いちクン!?』


 ぐらぐらとした意識が元の位置に戻る。

 危うくどこかに生きそうだったがミコの声で戻ってこれた。


『大丈夫なの……? 今、意識が……』

「すまん、ちょっと思い出してた」

『……思い出したって、何を?』

「……知らない方がいいさ」


 一瞬意識が変になったが帰ってこれた、肝心のニコは……引いてる。

 こんな俺とミコの様子にたじたじだったものの。


「おにいちゃん、どこか痛いの?」


 少しだけ、勇気を振り絞ってくれたのか。小さな手を貸してくれた。

 温かい……いや、俺の手が冷たいんだろう。妙に頼もしく感じる。

 だけど妙に体が強張る。こんな小さな女の子だというのに、腕が痛くなるぐらい緊張している。

 けっしてそういう趣味(・・・・・・)じゃないのは確かだ。今ここで白状しよう、俺は子供が苦手なんだ。


「手、つめたい……風邪かな?」

「冷え性なんだ、運動すればすぐに温まるさ」


 現にこうしてお堅い強がりしか出ないのだから、相当なもんだろう。

 そんな俺を見てこの子は不思議そうというか、どう続ければいいか困ってる。

 元の世界にいるときもこうだったな。俺は、子供が分からない。

 その理由(原因)は――あのクソみたいな両親にあった、この子みたいに良い父親と母親に恵まれてれば、きっと俺も今頃。


 馬鹿野郎。俺は頭を振って無理やり払った。

 呼吸が変になる。額のあたりからべっとりと汗が出る。まずい、トラウマ(・・・・)が。


『ひどい汗だよ……! 誰か呼んでもらって――』


 視界が更に歪んだ、子供から目を背けようとするが膝が折れる。

 駄目だ、思い出すな、忘れろ、俺はもう違うんだ!

 ぐちゃぐちゃと崩れていく頭の中をどうにか保って部屋の中に戻ろうとすると。


「……もうだいじょうぶだよ」


 急に頭を撫でられてしまった。

 変な感覚がする、ぴりっと頭皮が痛むような、骨がくすぐったいような。

 けれどもいいところをさすってくれたんだろう、心が落ち着いた。痛みも引いてきた。

 金髪の子供は「どう?」と少し得意げで。


「つらいときは甘えていいのよ、って、いつもこんなふうにパパやママに撫でてもらってるの。よくなったでしょ?」


 親譲りの顔でにっこりと笑った。

 情けないけど、助けられたな、この子に。

 ついでに犬も撫でられて気持ちよさそうに舌を出している。


「……すごいな、ニコは。おかげで助かった」


 また強がりが出かけたが、やめた。

 その言葉は今度こそ伝わってくれたに違いない、ニコは微笑んで。


「うん、だってパパとママの子だもん」


 あの二人から本当に大切にされてる証拠を教えてくれた。

 確かにストレンジャーはカルトの教祖様から戦車まで幅広くぶっ壊してきたが、この子には絶対敵わないだろう。


「それなら納得だ。どうりでこんなに強いわけだ」


 少しだけ、子供が苦手じゃなくなった気がした。

 せめてものお礼だ。熱心な宿のスタッフに『チップ』を渡した。

 といっても、さすがにこんな子供に一万チップポンとくれてやるほど無神経じゃない。数百チップをこっそりだ。


「……これ、いいの?」

「ほんの少しだけど俺の気持ち(チップ)だ。パパとママを大切にするんだぞ」

「……うん! もうだいじょうぶ? 手、貸したほうがいい?」

「ちょっと不安だ、側にいてくれると助かる」


 俺は子供と犬に導かれながら、ゆっくりと階段を下りていった。



「――おはよう、良く眠れたかい?」

「あら、おはようみなさん。まだ眠そうな顔してるわね」


 階段を降りるとこじんまりした空間で料理している二人の姿があった。

 チェスターさんとレミンさんだ。この宿を二人仲良く切り盛りしてる。

 カウンターの裏からは何とも言えないおいしそうな匂いがする。


「おはよう、二度寝したいぐらい快適だった」

『おはようございます』

「ワンッ」


 ぞろぞろと降り立つとテーブルの上に食器が並べてあった。

 それから足元に骨付きの肉が入った犬皿も。

 既にノルベルトはそこで大皿いっぱいの何かをスプーンですくいあげており。


「おお、起きたか。先にいただいていたぞ! いやこの鹿肉のシチューは実にうまい、丁重な仕事がそのまま味になったような奥深さがある!」

「はは、ここまで事細かに味わってくれるのはあんたが初めてだよ。おかわりはまだあるからな、 命の恩人さん」


 宿の親父さんに進められるまま、一口一口を感極まって味わっていた。

 ついこの前まで店先で絶望していた姿は、今やカウンターの向こうで元気に仕事をしているようだ。

 見てるとこっちも腹が減ってくる。あの食人族の大惨事を忘れるほどに。


「もう行くんでしょ? だったらちゃんとご飯を食べないとダメよ」


 そう思ってると奥さんがパンのようなものが乗った皿を持ってきてくれた。

 少し考えて、完全に空腹が蘇った。


「それじゃいただこうかな、お代は?」

「いいニュースよ、タダ飯。その代わり旦那に感想を言ってあげてね」

「食レポは苦手だけど善処するよ」

『……わたしはお肉以外でお願いします……』


 結果、俺たちは丸いテーブルを囲んだ 

 きれいな水の入ったコップが置かれて、黄色いパンとハッシュドブラウンの乗った皿がやってくる。

 それから――深い皿に盛られた、ブラウン色のシチューだ。

 柔らかそうな肉の塊と豆がいっぱい入ってる。それからなぜか茹でたじゃがいもが軽く潰された状態でぶち込んである。


「当店自慢のシカ肉のシチューとコーンブレッドだ。いっぱい食べてくれよ?」

「シカ肉か……いただきます」


 試しにスプーンですくってみると、シカ肉の塊はとろっと崩れた。

 豆と一緒に口に運ぶとかなり柔らかくて、それでいて複雑な味がする。

 甘みと塩味と酸味と苦みがうまい具合に混ざった上で、スパイスの効いたシカ肉の味ががつんときた。

 正直いってかなりうまい。先日の惨劇を忘れるほどには。

 食べるのに必死でうなずいていると、


「どうだい? シカは妻が狩ってきて、調理は俺が担当だ。うまいもんだろ?」

「わたしもてつだってるよ!」

「――だとさ、うちの娘の愛情入りだな!」


 カウンターの向こうで親父さんが子供と一緒に得意げになっていた。

 ノルベルトも感極まって黙って食ってる、それだけうまいってことだ。


「じゃあ辛口で答えさせてもらうぞ」


 声のトーンを厳しく整えて感想を告げようとすると、一瞬相手は緊張したが。


「こんなにうまいのを食べるのは久々だ、ありがとう親父さん」


 俺はどうにか一旦手を止めてからそう伝えた。

 いやほんとに手がとまらなくなる味だ、豪快だけど味は繊細で満足感がある。


「そうか、じゃあもっと食うといいさ! おかわりはたくさんあるんだ、他の客の分まで全部食ったっていいぞ?」

『…………わたしも食べたくなっちゃった』

「そうか、じゃあ行くか」

『うん、お願い』


 親父さんがすっかり上機嫌になったころ、腰の短剣も復活したようだ。

 俺はもぐもぐしながらミコを鹿肉のシチューに突っ込んだ。


『……あっ、おいしい。シカ肉の味が強くて、豆にも味が染みてて……』

「……おいおい、短剣なのに味が分かるのかい?」

「なんだか不思議な光景ね。ご飯を食べる短剣って」

「いろいろわけありなんだよ。でもいいだろ? 短剣がおいしいっていうほどここのシチューはうまいってことだ」

「そりゃそうか、じゃあ今のセリフはここの謳い文句にしておこうか? ははっ」


 物言う短剣も納得のうまさだったみたいだ。もう一皿、おかわりしとくか。

 ここで食べた料理は俺たちの血肉となって、また旅を続けるだけの力になるだろう。



 食事をとったらさっさと町を出ることにした。

 医者は見つからなかったし、心得すら持ってるやつしかいなかったが、まあうまいもの食って歩けるんだから大丈夫だろう。


 それにしても皮肉なことに、町の周りに吊るされていた人食いどもの死体はあの屋敷と同じ匂いを漂わせていた。


「――この、悪魔め!」


 南への出口へ向かった途中、声が挟まる。

 見れば道の傍らでさらし台(・・・・)と合体させられた人食いがいた。

 名前なんて知らないが、もう何年も町に潜んでいたやつらしい。


「それってもしかして俺のことか?」

「そうだ、お前だ! お前があんなことをしなければ、いやお前がここに来なければ、我々はひっそりと慎ましく暮らしてたというのに!」


 まあどうだっていい。

 俺は途中の店で買ったスナック菓子――トルティーヤチップスを開いた。


「で、その悪魔はこれからどうすればいい? 悪魔らしくお前が処刑されるのをトルティーヤチップス食いながら眺めてればいいのか? ジンジャーエールもあるぞ」


 それからこれ見よがしに目の前でバリバリ食って尋ねた。

 すると人食いは首を突き出したまま恨めしそうにこっちを見てきた。


「……くそっ! どっかに行っちまえ!」

「分かった、じゃあな。先に地獄で待っててくれ」

「地獄、だと!? 我々が地獄へ落ちるといいたいのか!?」

「心配すんな、俺もお前らみたいにいずれ地獄に落ちる予定だ」


 スナック菓子をかじりながら俺は進んだ。

 後ろからやがて「助けてくれ」という声が聞こえた。

 知ったことか、文句はあとでいくらでも聞いてやる。地獄でな。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 鹿肉と豆のシチューで思い出したのですが、旧作のサーチの町のライトさんも、亡くなった妻子との思い出の料理でしたね・・・ 今回は妻子共に無事で良かったです。 parkはデメリット無しのパッシ…
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