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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
123/580

35 レミンとニコ


「……あいつら(・・・・)の部屋か」


 心臓手術チャレンジに失敗した男から目を離した。

 ここはどうやらサトゥルとルヌスの部屋みたいだ。


 ちょうど二人が仲良く過ごせそうな室内を見わたしてみる。

 ダブルベッドのシーツはまるで今朝あたり激しく使ったように乱れたままで、しかもアダルトなグッズが散らばっている。


 コンドームにピンク色のマッサージ器に、女性を男へ変える棒状のものがついた固定具――見るんじゃなかった。

 極めつけに棚には撮影者不明の『サトゥル&ルヌス兄妹のツーショット』がいっぱい飾ってある。もういいやめよう。


「カニバリズムな上にド変態かよ……」

『……どうしたの、いちクン……また何かあったの……?』

「簡単にいえばここは地獄だってことだ。もう少し我慢してくれ」


 疲れ果てた様子のミコに見せないようにしっつう、じっくり眺める。

 他には五つのゆりかご、それから悲痛にあえぐ人間の顔つきの本だ。

 部屋の壁に沿って並べられた五人分のそれを見てみるが。


「……待て、なんだこれ」


 揺りかごには代理人のテディベアがそれぞれ乗せられていて、それぞれ名札がつけられていた。

 『クルート仕立て』『フリカッセ』『ケバブ』『コンフィ』『ステーキパイ』と書かれていて、その下には写真がいろいろ貼ってある。

 元気に育った子供の姿と、真っ白な皿に盛られたおいしそうな肉料理の姿だ。

 

「――なあ冗談だよな?」


 ……ここまで来てしまった俺はすぐに意味を理解した。

 虚しさを埋めるために置かれている熊の人形はノーコメントだった。


 気になるものはあともう一つ、机の上にある人皮で作られた本だ。

 近くにはエナジードリンクの空き缶がいっぱい転がっている。


「最高だなあいつら、余すことなく使ってやがる」

『……聞かないほうがいいんだろうけど、どうしたの?』

「どうやら人間は本になれるらしい、表紙は死ぬ間際の顔になるけどな」

『……最低』


 俺は人間のパーツを余すことなく使われた表情つきの本を開いた。

 最初に飛び込んだページの内容は――


【わたしの愛する日記へ。お父さんが亡くなった、今日からはわたしと妹がここの主だ。お父さん、あなたの双子はこの屋敷を大切にします。あなたの顔は本にします。どうか安らかに】


 色褪せた紙にふにゃっと曲がった文字でそう書いてある。

 日記はまだ続いている。文字の形が少し大人びた感じになってきた。


【わたしの愛する日記へ。ルヌスが妊娠した、わたしとの愛の結晶だ。かわいいかわいい我が子だ、生まれたら健やかに育てよう。ウェイストランドは乾ききった過酷な世界だが、この豊かなシェルターと愛しいルヌスと我が子と共にある限り、わたしはいつまでも生きていられる】


 近親相姦報告が書いてあった、何かが狂い始めた感じがする。

 日記はまだまだ続く。文字が硬く引き締まってきた。


【わたしの愛する日記へ。幸せな家庭を築いている、だが夢を見た。我が子に殺される夢だ。我が子がわたしを噛み千切り、引き裂き、はらわたを引きずり出すというものだ。わたしは五日に渡ってこの悪夢に悩まされ続けた。薬をもっと増やそう】


 文面がかなり不穏になってきた。

 最悪なことに日記はまだある。文字は鋭くなってきた。


【わたしは泣きながらルヌスに悪夢のことを話した。意外なことに彼女も同じ夢を見ていたという。それもそうだ、二人で一つだ、感じることも、することも、この双子で共有しているのだから。そうとなれば――】


 狂った文章が続く。文字はホームガードスピアより鋭い。


【殺すだけじゃだめだ。育つ前に腹の中に収めないと。死から逃れるためだ。成長する前に食べないと。我が子に殺されてたまるか。わたしたちの邪魔はさせない】


 ……そこから先は何ページ分も紙が引きちぎられている。

 かなり間を置いてから日記が再開していた。


【五人目を食べ終わった。やっと解放されたのだ。しかし気づいてしまった、不毛な世界だが食べるものがたくさんあることにだ。晴れて自由を手に入れたわたしたちは決意した、豊かな人生のためにもっと肉を食べよう。そのためにはまずこのクリンを発展させなければ】


 文章はかなり不穏になっている。カニバリズム文化誕生の瞬間が今ここに。


【わたしたちは旅人が立ち寄るようにこの土地を整えることにした。開拓者を募るとグスタボというどんくさい男がのこのこやってきた。食べてしまおうと思ったが彼には不思議と人望がある、利用しよう】


 クリンはどうやらひどいスタートから生まれたみたいだ。

 またしばらく間が空いてから日記が再開する。


【屋敷には同志を一杯集めた、町の有力者もわたしと同じだ。家族も簡単に手に入る、ウェイストランドにはめぐまれない捨て子など山ほどいるのだから。彼らと共に楽園を作ろう、そして知らしめよう、人間は余すことなく使える最高の素材なのだと】


 最悪の日記はまたかなりのスペースを置いてから始まった。


【――やつらが物資を求めてこの町にやってきた。ここにもやつらが押し寄せてきたが、目ざとくこのシェルターに気づくとすぐに気を良くしてくれた。わたしたちは腕によりをかけた料理で歓迎した。彼らは巡礼をしているようで、ライヒランドだとかいうやつらの思想のすばらしさを語っていた。やはり人喰い同志(・・)気が合うものだな。彼らの旅路を祈る】


 ……アルテリーのことも書いてある。

 さらにめくると、


【親愛なる日記へ。近頃ブラックガンズの農場が急に大量の作物を作るようになって、豊かな食糧がウェイストランドに出回り始めている。おまけにこの土地、いや、この世界の様子がおかしい。見たことのないミュータントが野を駆け、大地には緑が戻り、枯れた水脈が戻っているのだ。だがすることは変わらない。むしろチャンスだ、この豊かなクリンにやってくる旅人が増えたのだから】


 日記はそう書かれたまま終わっている。

 本を閉じた。とりあえずこいつは持って帰って町長につきつけよう。

 ついでに部屋の中を漁ると本棚に『自給自足のやり方、家畜解体編』という本があった、スキルブックだ。


「……ワンッ!」


 さて出ようと、と思っていると急にニクが吠えだす。

 まさか敵か――いや、もしそうならもっと攻撃的な声のはずだ。


「どうした? 敵か?」

「ワンッ!」


 残った即席ナイフを抜いて黒い犬を見た、通路に出てこっちを見ている。

 いつでも刃物をお見舞いできるように構えて部屋の外に出ると。


「……あ、あのっ……!」


 十代ぐらいの小さな子供がいた。

 金髪の女の子だ。ぼろぼろで血まみれの服を着てこっちを見上げている。

 一瞬「まさか人食いか?」と思ったもののすぐ分かった、こいつの目は正常だ、それにかなり怯えている。


『子供……? この人たちの仲間……じゃないよね?』

「いや、そんな感じじゃないな。こんな格好してるってことは――」

「ワゥン」


 そんな子供と目が合うと、ニクは尻尾を振りながら女の子にすり寄った。

 安全サインと見た、ナイフを降ろして尋ねようとするが、


「お兄ちゃん……たすけて! ママが……!」


 かすれてつぶれそうな声で必死に訴え始めてきた。

 よく見ると目は真っ赤に腫れている、泣き続けたときにできる目だ。

 俺はいろいろ問い詰めたくなったが――やめだ、この子の頼みを聞こう。


「……オーケー、ママがどうした? それからお前の名前は?」


 ナイフを降ろすと女の子は通路の奥、食堂の方向に指を向けた。


「わたしは……ニコ! ママがくるしそうなの! 助けて!」

『ニコ……? ねえ、もしかしてこの子って……あの人が探してた子?』

「だろうな。分かった、どこにいるか案内してくれ」


 ニコ。そうか、あのおっさんが探してた子供のことだ。

 少なくともカニバリズムに目覚めた部類の人間じゃないのは確かだ。

 子供はニクに付き添われながらよろよろと走り始めた。

 念のためいつでもナイフをぶん投げられるように警戒しながら進むと。


「……おい、ここって……」


 すぐにたどり着いた、さっきの『食肉保管庫』だ。

 よく見るとコンテナは開いていて、中からひんやりとした空気と腐臭が漂っていた。


「お願い! ママが死んじゃいそうなの! ずっと、ごめんねって…」


 とても嫌なものを感じるが、女の子は必死に引っ張ってきた。


「後はお兄ちゃんに任せろ。ミコ、いくぞ」

『……うん、早く助けよう!』

「ニク、その子を守ってくれ。頼むぞ」


 俺はニクに子供を任せてから中に入った。

 コンテナの中は……くそっ、最悪の中の最悪だ。

 フックに吊るされた『食肉』が並んでいる、しかもご丁重に食べれる部位だけを取り寄せた熟成肉だ。


「……ごめんね、ニコ……」


 冷たい肉をかき分けながら進むとすぐに声がした。

 正体も判明した。奥で毛布にくるまった女性が倒れている。

 近くにはどこかから拝借した缶詰やお菓子の袋が――そういうことか。


「おい、助けに来たぞ」


 慌てて近寄ると最初に『感覚』が女性から何かを感じ取った。

 ひどい匂いだ、金髪は血で固まって、毛布は血でにじんでいる。特に腹のあたりが。

 まさかと思って布をめくると、そこには解剖された――畜生が。


「……ミコ、手短に言うと腹がやばいことになってる。いけるか?」


 俺は二度と忘れられないであろうもをそっと隠してから、状況を伝えた。

 あんまりな姿に怒りすら覚えるが、それでもミコはすぐに動いてくれた。

 いきなり女性にむけて『キュア!』と叫んだ、身体があの光に包まれる。

 解毒魔法を受けて一瞬だけ身体が苦しそうに震えるが、


『聞こえますか? もう大丈夫です、しっかりしてください。ヒール!』


 間もなくヒールが発動した。

 マナの消散、治癒が始まると金髪の女性は「痛い……!」と声を漏らした。


「……ニコ、ニコはどこ……?」


 しばらく様子を見ているとやがて顔色が健康的になってきた。

 少し息苦しそうにもがきながら子供の名前を何度か口にした後、思い出したようにむくっと起きて。


「――ニコッ!? どこなの!?」


 さっきまで死にかけていたとは思えない勢いで立ち上がってしまった。

 俺のことなんて眼中にないようだ。

 女性は吊るされた肉を必死にかきわけて出ていくと。


「――ママ!」

「ニコ! 良かった……無事だったのね……!」


 やつれた二人はひどい姿のまま抱き合っていた。

 一応、親子の再開はできたようだ。



「……そう、あなたが助けてくれたのね」

「まあな、ついでにここも片付けておいた」


 金髪の親子を助けてすぐに俺は事情を話した。

 向こうの事情も話してくれた、どうやら行方不明になってた宿の奥さんらしい。


 この二人が言うにはこうだ。

 親子で散歩をしていたらルヌスに『新鮮なレモンはいかが?』と持ち掛けられる。

 二人でレモンをもぎ取っていると今度は『お菓子でもいかが?』だ。

 最後はダストシュートに放り込まれるわけだが、驚くことに二人は逃げ出したらしい。


「で、そっちは……生きたまま腹捌かれたってことか?」

「そうよ、麻酔なしでね。あのソニーっていうクソ野郎がやったのよ」

「ひでえ話だ」


 それだけならまだしも、愉快な人食いどもに拷問された挙句、生きたまま腹を開かれたそうだ。

 ところが暴れてどうにか逃げ出して、ずっとあの食肉保管庫に隠れたらしい。

 二人はここの物資を盗みながら生きていたわけだ、この惨状を何度も目にしながら。


「それで……このありさまはどうしたの?」


 気付け代わりのエナジードリンクを渡すと、金髪の女性から質問された。

 足元に転がっている惨殺死体についてだ。


「あんたと同じだ、拷問されたから暴れた。このありさまだ」

「……あのソニーっていう電動ドリル男は? 腹を刺しても元気だったけど」

「穴増やしたら死んだ」

「……アナンっていうサイコパス女は? あいつにニコを痛めつけられたの」

「肥料にした」

「じゃあ、下品で最低なグロスマン……」

「頭吹っ飛ばした」

「拷問が大好きなクソガキのジェフは」

「首曲がりすぎて死んだ」

「じゃ、じゃあ牛のマスクをかぶった化け物は……」

「放してやった」

「……サトゥルとルヌスは?」

「サトゥルの方は手術失敗してくたばった、見に行くか?」


 一通り答えた。女性は化け物を見るような目でドン引きしている。

 でも目の前に広がる死体を見て本当だと信じてくれたみたいだ。


「……まさか、あの恐ろしい化け物たちを一人でやったっていうの?」


 それから相手はエナジードリンクを飲み干すと、力のこもった目で尋ねてきた。


「よく殺したから生き返ることはないだろうな。それよりあんたの旦那さんが寂しさのあまり自殺するところだったぞ」

「ねえ、こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、貴方のほうがよっぽど化け物だと思うわ」

「化け物には化け物が一番って誰かが言ってたな。まあとにかくここから出るぞ」

 

 俺は女の子に抱きしめられてるニクに「いくぞ」と声をかけた。

 すると金髪のお母さんは足元に落ちていた散弾銃を拾って、


「……ちょっと時間をくれる?」


 フォアエンドを引いて残弾を確認しながら声をかけてきた。

 「お好きなように」とうなずくと、彼女は急に通路の奥へ行ってしまう。


「あー、おい、何をして――」


 追いかけようとするとばたっとドアを開ける音がした、それも蹴破るほうの。

 何が始まるのかと思いきや、


『ひっ……!? な、なんだお前ッ!?』

『こいつ……あのときの家畜だ! どこにいやがったんだ!?』

『ま、まて! 撃たないでくれ! 俺たちはもう何も』

『お返しよ、受け取りな』


 男たちの悲鳴、それとばぁん、と聞きなれた散弾の音が三発分聞こえた。

 じゃきっと排莢する音がかすかに響いたかと思うと。


「お待たせ、それじゃ帰りましょう」


 逞しいお母さんはすっきりした表情で戻ってきた。掃除完了だ。


「仕返しは済んだか?」

「ええ、できればこの手で全員ぶっ殺したかったけども」

「悪いな奥さん、一人で盛り上がって」


 ことを済ませた俺たちは出口へ向かった。

 ちょうど食肉加工場の裏に地上へと続くエレベーターがあった。


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