29 人並みの幸せ
「やあ、また会ったな。助けに来たぞ」
『……この牛さんとも長い付き合いだね』
散らかった床の上に横たわるシチュー缶に目がいった。
ラベルの上にあの牛がいた。皆殺しにされたレイダーたちを目の当たりにしても平然とニンジンを食らっている。
「むーん……俺様はよく『みゅーたんと』と呼ばれるのだが、どういう意味なのだ?」
空っぽの缶を『分解』しているとノルベルトが首を傾げた。
ウェイストランドじゃ変異した生き物のことをミュータントと呼ぶ風習がある。
こっちの人間はチャールトン少佐といい、ノルベルトといい、人間と重ねられない部分があれば気楽にミュータント呼ばわりするのだ。
「生物学的にいうと化け物って意味だ。つまりお前は化け物だな」
『いちクン、言い方……』
俺は死体から装備やらをはぎ取りながら答えた。
ちょうど、さっきのやつらは「化け物でも見たような顔」で死んでる。
「人に化け物などと呼ばれるとは名誉なことではないか! そうか、この世界ではまだ人ならざるものが受け入れられていないのだな!」
するとオーガは――とっても嬉しそうだ。本当に心から喜んでしまってる。
『……ノルベルト君、ポジティブだね』
「前向きっていうか価値観の違いとかじゃないのか?」
「オーガにとって『化け物』とは賞賛を意味する言葉なのだが、今やあちらでは人外のものを化け物と呼ぶのはタブーとされているからな。いつか言われてみたいと願っていたのだ」
……こんな17歳の戦闘民族がいるあっちの世界は大丈夫なんだろうか。
最近、魔法の世界はウェイストランドより物騒なんじゃないかって思う。
とにかくノルベルトはまた一つ夢がかなったようだ、良かったな。
「そりゃおめでとう。とりあえず一休みしないか?」
「うむ。ドクターソーダもいっぱい手に入ったしな」
「ついでに死体からはぎ取っておいてくれ、片づけとく」
ひとまず周囲を片付けることにした。
銃から弾を抜いて分解、ひん剥いた服も分解、室内のゴミも分解。
死体は奥に押し込んで、空薬莢と血痕が残ったぐらいのこざっぱりした部屋が完成した。
「今日は調子が良くて歩きすぎたな……。今日の昼飯は省力型MREだな」
『ガーデンで買ったやつだよね? 何が入ってるんだろう?』
「ワンッ」
「……そういえばイチ、お前は時々そうやって近くにあるものを消しているが……なにをしているのだ?」
部屋の隅に集めた装備品を『分解』してるとノルベルトが尋ねてきた。
タカアキからのメッセージを見て以来、俺は隙あらばいろいろと分解している。
奪った装備、放置されたが楽て、その時生じたゴミまで全部だ。
おかげでだいぶ『資源』ゲージが溜まったが、まだこのシステムは使いきれてない。せいぜい投げナイフを作るぐらいだ。
「リサイクルだ」
俺は手元でまとめて風化、消滅させてリソースに変えながら答える。
その言葉の意味はきっと伝わらなかったんだろう、ノルベルトは「?」だ。
「りさいくる?」
「要はこの世からゴミは消えるし俺は資源を得られる、フェアな取引だ」
「そうか、世のためにゴミを消しているのだな。良きことだ」
「お前の理解力大好き」
「それもまたオーガの強さの秘訣だ」
たった今伝わったみたいだ。こいつのいいところはすぐ意思が通じるところだ。
部屋の中が一通り片付くと、やっと腰を下ろすことができた。
思えば今日はずっと休みを挟んでなかった。体の動きが止まると急に下半身が疲れていたんだと感じた。
「……さて、ちょっと遅いけど昼飯だぞ」
「ワンッ」
椅子に腰かけて、じっとこっちを見上げるニクの顎を撫でた。
それからバックパックから取り出した白いMREのパックを取り出す。
柔らかい包装を千切ると中から――――
「…………あの店のやつ、ドッグフード入ってるって言ってたけどさあ」
『あの、これ……ドッグフードだよね……』
「マジで入ってやがる。何考えてんだ戦前のやつら」
まずドッグフードの缶詰が出てきた。
……たまに入ってるとか言ってた気がするがマジで入ってるとは。
しかし幸いなことに、出てきたそれをお行儀よく見つめる犬がいる。
「良かったなニク、150年前の人間に感謝しろよ」
「ウォンッ!」
戦前に切羽詰まってこんなモン作る羽目になった人類に感謝しつつ、皿に盛って差し出した。
ニクは手にすり寄ってきてから、茶色い肉塊をがつがつ食べ始めた。
『ふふっ、でも良かったね。おいしそうに食べてるよ』
「おお、良く食べるではないか。たくさん食べて強く育つのだぞ』
「昔の人類はまともに品質管理もできなかったみたいだな、まあおかげでこうしてうちの犬は幸せだ」
他は――大き目の缶詰がいろいろ詰まってる。
チキンと根菜の北アフリカ風煮込み、羊肉と野菜のカレー、豆と根菜のシチュー、野菜とベーコンのシチュー、メインディッシュばかりだ。
おまけにクラッカーもついてる、いつぞやのMREより豪華じゃないか?
「……これ、俺の知ってるMREと違うぞ」
『なんかいっぱい出てきたね、どれもおいしそう……』
犬のご飯までついて800チップか、いい買い物だ。
これの何がいいって、少なくともあの地獄絵図の縮図みたいな料理がないことだ。
もし開封してあの死んだミミズみたいなスパゲッティが出てきたら、俺は来た道戻って売りつけた奴をぶん殴りに行くと思う。
「ノルベルト、お前も食うよな? 煮込み料理ばっかだけど二つやるよ」
俺は机に広げた缶詰を抱えてノルベルトに尋ねた。
「俺様もか?」というような顔をされたが、構わず缶を突き出した。
「よいのか?」
「当たり前だ。で、どっちにする? 野菜と肉、カレーにシチューもあるぞ」
「では野菜と肉、バランスよく貰おうか」
「オーケー、チキン煮込みとベーコンのシチューはお前にやるよ」
こうして二人で半分こ……とその前に、
「ついでだ、あっためてから食おう」
持ち主不在のホットプレートを使うことにした。動力はプラズマセルだ。
ついでに遺品の飯盒も拝借、戦利品にあったボトル入りの水をぶち込んで加熱。
しばらくするとぐつぐつと沸騰し始めた。
「む? その魔道具はなんだ? 魔法もなしに火を起こすのか?」
「まあ、魔法みたいなもんか? 温まるまでちょっと待ってろよ」
大き目の飯盒の中に缶詰をぶっこんだ、熱々になるまで時間を潰すか。
飛空艇の戦いでレベルも上がったことだし左腕のPDAを立ち上げた。
ようこそレベル8へ、今やストレンジャーはそこそこ育っている。
「ワンッ」
おなか一杯になったニクは俺たちに一声かけてきた、行儀のいいやつだ。
さて、今のうちにステータスを確認しよう。
PDAからスキル画面を開いてみたが、Slevが上昇してるものは一つもない。
しかしスキル経験値はけっこう溜まっている。この調子でいけば【小火器】が次のレベルに上がりそうなぐらいか。
「今度は何をしているのだ?」
「成長してる」
ドクターソーダを飲み干したオーガにPDAを見せて【PERK】画面を開く。
前回運を上昇させるときに選んだ【ステータス・タグ】をもう一度選んで。
【もっと自分を磨きたい? まだまだご安心ください! PERK一回分を犠牲にあなたのステータスポイントを恒久的に上昇させることができます、最大値が10という点をお忘れなく。残り二回】
運を5まで上げた。これで人並みの幸せは得られたと思う。
これでステータス配分が終わった、あとは――
「今のうちにこいつでも調べるか」
もらった『アーツアーカイブ』と『スペルピース』を机に広げた。
前者はともかく、後者の方は初めて見る形だ。
透き通った深い青色をしたひし形はまるで宝石で、とてもこれが魔法を覚えるためのものにはみえない。
『そういえばスペルピースもらったよね? どんな魔法なんだろう?』
試しに手に取ると文字だけが浮かんだ。
【キュア】と【セイクリッドウェーブ】だ、ただし習得するコマンドが出ない。
「ダメだ、やっぱり習得できないな」
『……マナを使うものは駄目なのかなあ?』
「キュアとセイクリッドウェーブだとさ。どんな効果なんだ?」
『えっと、毒とか感染症を治す魔法と……マナの光でアンデッドを怯ませる魔法だよ。わたしならスキル値は大丈夫だと思うけど』
ミコが言うには回復系と攻撃系ということらしい。
もしかして使えるんだろうか?
「じゃあ……こいつを覚えたら使えるか?」
『うん、たぶん使えると思うよ。良かったら使ってほしいな』
「そうか。それならいってみるか? 使い方分からないけどな」
『アーツアーカイブと同じだよ。って……この姿でどうすればいいんだろう』
それならさっそく覚えさせてやろうとしたものの肝心なことを忘れてた。
いまのこいつは短剣だ。手も使えないのに一体どうすればいいのか。
「簡単なことよ、突き立てればよかろう!」
『えっ!?』
二人でどうしようか悩んでいると、オーガが威勢よく声を挟んできた。
つまりこの宝石にミコをぶっ刺せというらしい。
いろいろ考えてみたが――
「じゃあ刺すかー!!!」
『いちクン待って!? わたし、絶対に刺さらないと思うよ!?』
【キュア】のピースに物いう短剣を抜いて刺してみることにした。
本人の抗議もあるので軽く表面に切っ先を当ててみるものの。
『…………って、あれっ……?』
硬いひし形の表面にそっとあてがった直後、妙な手触りがした。
手で触ったときとは明らかに違う感触。すっと入っていくというのか。
ミコの刀身はすんなり埋まってしまって、そのまま手を止めると。
『……覚えちゃった』
ミコの周りから青い石がすっと消えてしまった。
本人が呆気にとられてるが消えたということは覚えたんだろう。
「なんだ、使い方はあってたんだな」
『うん、なんだかわたしの中に入っていったような感じがしたんだけど……ほんとに覚えられたのかなあ……?』
「とりあえずもう一個いっとく?」
『お、お願いします……』
もう一つの【セイクリッド・ウェーブ】も覚えさせることにした。
「おいしい」とかいいながら習得したようだ。これで手札が二枚増えた。
さて、次は俺の方だ。
「それじゃ今日のアーツだ。二枚あるぞ」
二枚のプレートに手を触れると名前が表示された。
【ラピッドスロウ】とある――やったぞ、投擲80だ。
「ラピッドスロウ……投擲80だってさ」
『投擲80……あっちの世界じゃ使える人がいないと思うよ、投擲って上げづらいし』
「だったら俺が人類初の使用者になるわけだ」
『いいなあ……』
しかし俺ならいける、よって迷わず覚えた。
【卓越した技術により短時間の間、前方にいる対象複数に連続で投擲します。投擲一回につき投擲用アイテムを一つ消費します。必要投擲スキル80】
PDAのアーツ説明画面にはそう書かれている。
二枚目は【ゲイルブレイド】だ、残念ながらすでに持ってる。
『もう一枚はどうだったかな?』
「ゲイルブレイドだ、またダブりやがった」
『……エルさんがあんなに欲しがってたのに二枚もあるよ……』
「じゃあ二枚渡してびっくりさせようぜ、どんな反応するんだろうな」
習得も終えて、俺はいい感じに加熱された缶詰を取り出して配った。
フタを開けるとMREとは思えないうまそうな香りが漂う。地獄のスパゲティとはえらい違いだ。
「そういえばノルベルト、お前もアーツアーカイブとか使ってるのか?」
「それは使用者に強引に技術を植え付ける道具だろう? そんなものを使わずともこの肉体に戦いの技術はしみこんでいるのだからな、不要だ!」
『……無理やり覚えさせるアイテムだったんだ』
「そりゃ頼もしい、ほら飯だ」
ついでにアーツアーカイブについてノルベルトに聞いてみたが、そんなの邪道だとばかりに返されてしまった。
まあこいつなら必要はないだろう。この世界にオーガは十分すぎるほど強い
ともあれ飯だ。カレーを一口運ぶと缶詰とは思えないほどうまい、ただしよく知ってるカレーとは全然違うが。
「うまいではないか。魔法もないのにこのような保存食が作れるとは……」
オーガも一口運んで、納得したようにうなずいている。
「そういえばお前貴族の息子だったよな。いつも何食ってたんだ? 毎日ご馳走だった?」
「母上が甘やかすものでな、体に良く美味なものを毎日のように食わされていたのだ。だが堅苦しく退屈なものよ、今ここで皆と食べる食事のほうがずっとうまいに決まっている」
「そうか。ほら、クラッカーも食えよ」
『……缶詰なのに本格的な味……!』
短剣もカレーの中に突っ込んでやると、俺はクラッカーを砕いて。
「飯食い終わったら少し長めに休憩、そのあと移動するぞ。ここから南に『クリン』って町があるらしい」
シチューの中にぶち込みながら、左腕にマップ画面を立ち上げた。
このまま進めば途中に町があり、そこからさらに南下すると東部への道が伸びている。
「町か。あの街のように賊どもに攻め込まれてなければいいのだが」
「その時は俺たちでぶちのめすだけだよな?」
「ふっ、もちろんよ。して、そこからはどう進むのだ?」
「ああ、もっと南へいくと道路が東側に伸びてる。そこを辿ると――」
地図上の道路を辿った先では、今まで見た中でかなり大きな街があるみたいだ。
名前は『スティング』、東エリアで最初に待ち構える場所である。
「スティングっていうところにつく。ひとまずがそこが目標だ、距離は結構ある」
「むーん、長い旅路になりそうだな」
「俺たちならいけるさ。オーガに擲弾兵、それに犬と短剣だ」
クラッカーをぱりぱり噛みつぶした。
この食事が終わったら、東の地へ向かってどんどん進んでいくだけだ。
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