23 ガーデン(3)
最初に口から出たのは「すまない」という言葉だ。
人ならざる三人に俺は話した。
二つの世界が混じった原因、そしてアバタールと同じ何かを持っていること。
話すにはかなり勇気が必要だったが、けれども義務があった。
異世界の住人がたとえこの世でたくましく生きていようが、けっきょくは望まぬままつられてこられた犠牲者だ。
だから不運な事故でやってきたゲストから怒られ、失望され、ぶん殴られるぐらいの覚悟で伝えた。
どうにか一通りのことをすべて吐き出したあと、待っていたのは。
「なんだ、では貴公がもう死ななければいいという単純な話ではないか」
複雑な気持ちの俺とは裏腹に、さっぱりとした戦豚の一言だった。
思わず見上げると当の本人は「そうだったのか」程度の表情である。
「……チャールトン少佐、俺が何を言ったのか分かってるのか?」
「うむ、良く理解した。して、それがどうしたというのだ?」
まさか「だからどうした」といわれるとは思わなかった。
呆気にとられていると異世界の戦豚は続けて口にした。
「たかだか世界の転移のきっかけが不運にも貴公に押し付けられ、こうなってしまっただけであろう? たいしたことではないではないか」
「待ってくれ、こいつは俺のせいなんだぞ? たいしたことじゃないって?」
どうしてそんなことを言われるのか理解できなく、思わず問い詰めるが。
「まだいうか、ではいわせてもらおうか」
戦豚は仕方がなさそうに息をついたあと、こっちをまっすぐ見て。
「これは我々の不幸ではない。イチ、これは貴公の不幸なのだぞ。それを一体どうして蔑み、笑い、憎むことができようか?」
そういわれてしまった。
こんなことを言われるなんて想像もしていなかった。
しかも相手はけっして同情だとか憐みだとかそういったものはない表情だった。
「たしかに、貴公がもたらしたものはこの世の理を崩すものかもしれぬ。しかし気にはならぬか?」
相手は誰よりも真面目な顔でこっちを見ている。
「……なにが気になるっていうんだ?」
俺は相手を見上げながら尋ねた。
「果たして悪い結果だけを招いたかどうかだ。貴公はどうしてそう決めたのだ?」
質問に質問で返されてしまったが、向こうのほうが強かった。
つまりこの少佐は「まだ決めるのは早い」といってるんだろうか。
たしかにストレンジャーはこの狂った物語を少ししか歩いていない。
「それは……まだわからない」
「そうだ。して、貴公はそれを知るためにあちらに赴くわけだ。真実はまだ遠い遠い向こうにあるのだ、これからだろう?」
見ればチャールトン少佐はよく理解してくれたような表情だった。
同情なんてものは一切ない、むしろこれからを期待するようなものだ。
「すべきことは「どうすればよかった」と悔やむことではない、ただ「これからどうするか」と前に向けるのみである、吾輩からの言葉はそれだけだ」
そこまで言われてしまったらもう返す言葉もなかった。
異世界から来たエルフも、オーガも、似たような顔つきだ。
黙って了解しようとしていると、ウォークの大きな手が肩を叩いてきた。
「さぞ口にし辛い話だったろう。だがよくぞ面と向かって話してくれた、若き*ぐれねーだー*よ。貴公はいま、目の前の運命から逃げずに戦っているのだぞ」
顔を覗きこまれた。強者の面構えは俺を賞賛してくれている。
「……わたしも気にしておりません。それに、あなたはあの子と同じ運命を背負っているように見えますもの。どうか答えを見つけてください」
異世界からやってきたエルフも懐かしむように笑んでいる。
せめて、アバタールのために背筋を伸ばして向き合った。
「……分かった。必ず見つけてくる」
俺は約束した。
「もしもあちらでクラングルという街に訪れる機会があれば、あの子の墓前に足を運んでいただけませんか?」
相手はうなずくと、穏やかにお願いをしてきた。
「アバタールの墓、だな」
「ええ。場所は……あなたなら必ず分かります、そしてこう伝えてほしいのです。「先生はまだまだ元気です」って」
「分かった、そう伝えてくるよ」
伝言も受け取った、これでますます向こうへ行く理由ができた。
すると「俺様も同じだぞ」とオーガもやってきた。
「オーガなどもはや今の世には必要とされぬ存在だと、死んだものと思っていたが、それは間違いだったのだな。ただ眠っていただけなのだ」
あっちの世界から来たオーガはきれいに締まった笑顔をしている。
「これは本来喜ぶべき事態ではないのかもしれないが、お前のおかげで己を知るチャンスと巡り合うことができたのだ。オーガは果たして死んだのかどうか、俺様も答えを見つけねばならん」
あの巨体が少し屈んで、俺と同じ目線にあわせてきた。
「お前はきっと計り知れないほど大きなものを背にしているのだろうが、それでも戦鬼の心を救ってくれたのだ。本心から言わせてもらうぞ、ありがとう」
それから礼を言われた。心の底から出すような爽やかな声でだ。
「だとしたら吾輩も貴公に礼を言わねばならんな」
どういたしましてと言おうか悩んだが、そこに戦豚の巨体も加わってきた。
「戦乱の時代は去り、戦いだけが取り柄だった我はあのまま老い木のような人生が残っていただけだが、こうしてまた輝かしい日々が始まったのだ。気分はまるでそう……墓から蘇った死者、というやつか?」
「フハハハ、それではアンデッドではないか。チャールトン殿はまだ死んではなかろう?」
「なに、こうして再び剣を握ることになるまでは死んでいたのだ。墓から叩き起こされてしまったわ」
それどころか屈強すぎる二人はこの状況を思いきり楽しんでいるみたいだ。
「盛り上がってるところ悪いけど、まさか揃いもそろって気を使ってくれてるのか?」
幸いなことに誰もこのストレンジャーを恨んではいないようだが、それでも不安でおそるおそる尋ねた。
「わたしは気にしてなどおりません。もともと隠居の身ですし、あのままひっそりと残った人生を過ごすつもりでしたから」
「吾輩を戦場に呼び戻してくれたのだろう? むしろ感謝している、身も心も戦いの時代まで遡ってしまったわ」
「俺様はまったく気にしていないぞ、むしろ血が騒ぐわ!」
……気遣いなんてしていないとばかりの勢いだ。まあお元気なことで。
しかしチャールトン少佐は「だが」とオーガに向けて切り出した。
「若きオーガよ、貴公は元の世界に帰るべきだ。ご家族が心配しておられるぞ」
「……あの窮屈な世界へ戻れというのか、チャールトン殿?」
「貴公の身の上には同情する、だが親というものは我が子がかわいいものよ。いつまでもここに残らずあちらに戻るがよい」
いきなりそういわれたオーガはかなり困ってる。
まるで家出した子供をたしなめるような言いぶりに対して何も言えない様子だ、まあ実際そうだが。
「貴公のご両親は懐深いお方だ。きっと姿をくらませた息子のことをずっと心配しておられるぞ、お二方の愛情をここで無下にしてはならん」
何一つ返せないでいると、ウォークの貫禄のある声が続いた。
落ち着いた声でそういわれて、オーガが無言で悩ましそうに視線を落とす。
「……承知した。チャールトン郷、貴方のご助言に感謝する」
だがようやく決断したらしい。引き締まった真面目な顔を上げて言った。
「決断をしたのは貴公の心、礼など不要だ。まあそれまでいっぱい戦士としての徳を積むのだぞ、ここには良き獲物――ああいや戦士たちが星の数だけいるのだからな! この経験は良き土産になるだろう!」
「ふっ、もちろんよ。あちらに帰るまでたくさんの首をとろうではないか!」
……とんでもない形で締めくくられてしまった。
フランメリアはこういうのばっかりなんだろうか?
「なんて締め方してんだこいつら」
『……物騒すぎるよこの人たち』
まだまだこれからも暴れそうな二人を見ていると、
「……まあなんだ、擲弾兵」
置いてけぼりにされていたベーカー将軍がさりげなく接してきた。
「アルテリーの件と言い、向こうの世界のことといい、境遇は複雑なものらしいが――それでも我々にとっては良き隣人だ。ホームガードは君たちを歓迎するよ」
相手は握手をされた時と変わらない態度だ。
「ありがとう。俺はイチ、この犬がニクだ。よろしく」
そこでようやく自分の名前を名乗ることにした。
『あっ、わたしはミセリコルデです。よろしくお願いします』
「ワンッ」
「……あちらの世界では短剣も喋るのか。まあとにかく、ここは観光向けの施設は少ないが安全は保障するよ。良ければ案内してあげよう」
◇
こうして無事に迎え入れられたので少しばかり『ガーデン』に滞在することにした。
ベーカー将軍は退屈だったんだろうか、町のことをいろいろと教えてくれた。
結論から言うとここはある意味プレッパータウンと似たようなものだ。
ここはイギリス系移民の血が流れる街で、『ホームガード』という民兵たちが何十年も守り続けている。
どうみたって基地だが、ちゃんと外部の人間を迎え入れる準備はできている。
もちろん歓迎されない部類の来客者は住民の武力をもって対応されるが。
「物資が必要ならそこの武器庫に行け、将軍の紹介で来たと言えばいい」
「ありがとう、将軍。なんていうか……本当に基地って感じだな、がちがちの」
「住民一人一人が訓練を受けているからな、有事の際には誰もが武器を手に戦うことができるぞ。まあ、ニルソンほどではないと思うがね」
「……ところで一つ聞いていいか? みんなユニークなヘルメット被ってるよな。どうしてあんなデザインなんだ?」
『いちクン!? それ直接聞いちゃうの!?』
「ここだけの話にしてほしいのだが、私にも謎なのだよ。気づいたら伝統ということで続いているのだがどうしてこんなものを被ってるのか理解に苦しむ」
『……将軍サンが言っていいことなのかな、それ……』
「ファクトリーの連中は二度の世界大戦で使われたものと同じだといっていたな。まあ防御力は折り紙つきだ、安心したまえ短剣くん」
「ここにきて謎かよ……」
洗面器の謎は深まるばかりで、しかもこれからも使い続けることが判明した。
そんなこんなで町の案内が終わると。
「しかし擲弾兵をまた目にする日が来るとはな」
立ち止まったベーカー将軍はジャンプスーツを見てしんみりと口にした。
俺を見て懐かしがっているようだ。擲弾兵はこことつながりがあるんだろうか。
「その擲弾兵もいまじゃ絶滅危惧種だ。絶滅前の動物ってこんな気分なんだな」
「昔は我々も世話になったものだ。共に肩を並べて戦ったことが何度もあった」
「ホームガードと擲弾兵が? いったいどういう関係なんだ?」
「そうだな、君はライヒランドというのを知っているか?」
話していてふと、聞き覚えのある単語が耳に当たる。
そういえば『ライヒランド』といえば。名前だけだが、あの人食いカルトのボスが口にしていた言葉だ。
きっと一つのコミュニティなんだろう、まあ人食いとつるむ時点で想像はつく。
「名前だけは知ってる、確かアルテリーの教祖様が口にしてたからな。てことはあんまり良いところじゃなさそうだな」
「待て――あの人食いどもが? ライヒランドの名を?」
「ああ、同志だのウェイストランドを一つにだの死ぬ前に悠長に語ってたぞ」
信号拳銃で焼け死んだやつを思い出していると、将軍は急に考え込んでしまった。
どうしたんだろうか? ちょうど頭に嫌な考えが過ったような顔をしてる。
「……このタイミングでライヒランドか。怪しくなってきたな」
「なんかあったのか? っていうか、ライヒランドってなんだ?」
「ずっと南東にある強大な組織だ。その実態は過激な思想を掲げる好戦的な集団なのだが。古くからこの地を自分たちの物だと思って、たびたび各地で好き放題に振舞ってきた。それに――」
「それに?」
「自分たち以外は食糧としかみなせない。意味は分かるな? だから奴らはどこよりも栄えてきたし、数えきれないほどの人々を狩って恐れられてる。つまり、君に分かりやすく伝えるならクソ迷惑な連中だ」
なるほど話を聞いて理解した、アルテリーよりタチが悪いってことだ。
しかしそんな目立ちそうなやつらの話なんてここに来るまで届かなかったわけだ、どういうことだろう?
『……嫌すぎるよ、そんなところ』
「そんなやばいのがいたのか? でも初耳だぞ、聞いたことなかった」
「それはそうさ、ずっと昔にシド・レンジャーズがどうにかしたからな」
「あいつらが?」
「ああ、大軍を率いてとある街に攻め込んできたのだが、それはもう激しい戦いだった。おかげであいつらは南東に引っ込んだままだったが……近頃になってまた動き出した可能性がある。君たちはこの頃のウェイストランドに何か違和感を感じないかね?」
違和感、と言われると。
そのライヒランド云々はともかく確かに引っかかるものがある。
近頃攻撃が激しいことだ、ここまで二つの街を訪れたがどちらも襲われていた。
『……そういえば。ここに来るまで二つの街に寄ったんですけど、どっちも襲われてたような……』
「俺も思った。シド・レンジャーズの奴らも違和感を感じてたみたいだ。どっちもミリティアが絡んでたな」
「そういうことさ。ミリティアはライヒランドと仲良しなものでね、あちらもここ最近は大人しかったんだがこの頃どうも活発だ。ただの人食いカルトが騒ぎ出したせいだと思っていたが、ここまでつながると――」
そんなひどい連中について口にしつつ、将軍は悩ましそうに町の中を見ていた。
向こうではチャールトン少佐や兵士たちがニクと遊んでいる。
「何かとんでもないことが起きる、って言いたそうだな」
俺が言葉の続きをなんとなくつなげると、悩ましそうにため息をつかれた。
「その通りだ、擲弾兵。だから私は近々、近隣のコミュニティにかけあってその件について協議しようと思っている。ちょうど君がサーチタウンとキッドタウンをここまで繋げてくれたからな」
すると将軍は遠くを向いた。そこには俺たちが通ってきた道がある。
ここまでつけてきた道のりは、確かにここまで繋ぎ止めてくれているんだろう。
「厳密にいえば"君たち"だろうな。おっかない先輩だらけのシエラ部隊で職場体験させてもらいながらここまで来た」
「シエラの連中と? 良くもあんな歩く兵器みたいな連中とつるめたものだな」
「いい経験になったよ。レンジャーに入らないかって言われたぞ」
「はは、シエラの面々にそこまで言われるのなら君は大した奴なのだろうな。で、入ったのかい?」
「いや、断った。ニルソンの任務でウェイストランドの哨戒任務中なんだ」
「それはご苦労だ。引き続きこの世界を良くしてくれ」
――将軍は一通り話せて満足したように息を吐いた。
「君たち擲弾兵は、ライヒランドや西の脅威が迫ってきた際に共に戦った戦友だったよ。彼らが衰えてから顔をあわせる機会はなかったが、こうしてまた君のような兵士に会えて嬉しい限りだ」
「……残念だけど最後のひとりだ。それに、あっちに行かなくちゃいけない」
「君が生きているだけでも立派なことだ。その命、大切にしてくれ」
少なくとも、もう死ぬわけにはいかない理由が自分にはある。
俺はハーバー・シェルターのある北の方を見た、良く晴れた空と荒野しかない。
「あそこから逃げるとき、行くべき道を作ってくれた恩人が『うまくやれよ』っていってたんだ。そう簡単に死ぬつもりはないさ」
「その人も満足しているだろう、現に君は強く生きている」
「……そうだといいな」
胸にできた傷が痛んだ。
「将軍、質問だ。デイビッド・ダムへ行くにはどうすればいい?」
ジャンプスーツ越しに押さえつけながら、今度は東の方を見た。
「デイビッド・ダムへ? ここから東にあるあそこか?」
「ああ、行かなくちゃならないんだ」
この『ガーデン』の東側には、どうやら山の方へと続くハイウェイがある。
戦前に作られた看板が立てられていて、ちゃんとした道の証拠になっていた。
ベーカー将軍はそんな道に指を向ける、のだが。
「あの道が使えればすぐなんだがな。ここからひたすら南下して迂回するしかない」
「……使えないって? あそこをまっすぐ進めばダムにつくんだろ?」
いうには、今見えている道を進めばすぐらしい。
しかし使えない、とは一体――そう思っていると、俺の左腕に向けて。
「そのPDAにガイガーカウンターはついているかい?」
「あるぞ? どういう意味だ?」
「そのまんまさ。適切な装備がなければ君はあっという間にやられてしまうだろうな」
『……まさか、放射能ってことですか?』
「まあ、そういうことになる。あそこはずっと昔に核が投下された場所だ」
よく分かった、放射能で汚染されてるということらしい。
どうにか迂回できないかと向こうの山々を見るが、あんな過酷な山を登る技術も物資も俺にはない。
「……ちくしょう、誰だあんなトコに核落としたクソ野郎は」
「恨むなら旧人類に向けてくれ。どちらにせよ君が向かう先は南の長い道だ、ここでよく休んで旅路に備えるといい」
目的地は遠ざかった気はするが道がないわけじゃない、まあ仕方ない。
仕方がなく次の旅路への準備でもしようとするが。
「――そうだ。実をいうと一つ悩ましい事があってな」
そう声をかけられた。
呼び止めてきた本人に顔を向けると、
「近頃、ここからずっと南東に向かうと"飛空艇"というものの残骸が放置されているんだ。少佐が言うにはあちらの世界のものなんだが、どうもそこに野盗が住み着いてしまって困っている」
まるで手を貸してほしい、といった具合にこちらを見ていた。
しかもあっちの世界も絡んでいるようで、思わず腰の短剣を見てしまった。
「……飛空艇ってなんだ?」
『MGOにある乗り物だよ! まだ未実装で、乗ったことはないんだけど……』
断る理由がなくなってきた。
俺が呼び寄せたっていうなら行かなくちゃいけない、見てみたいのもあるが。
「本来なら外部の人間にこのようなことを頼むことはないのだが、君にはいろいろと縁がありそうだからな。良ければ力を貸してくれないか? もちろん相応の報酬は支払うつもりだ」
「いつ出撃するんだ?」
「明日だ。なんだったら作戦終了時にはそのまま南へ向かってもいい」
「ちょうどいいタイミングで来たわけだ。飛び入り参加させてくれ」
返事はすぐに決まった。
その答えがうれしかったのか、将軍はチップを取り出して手渡してきた。
「そう答えてくれると思っていたよ。準備金だ、翌朝まで準備を整えておいてくれ」
こんなに前金をくれるってことは厄介な相手に違いない。
1000チップを受け取って意思表示をした。
「上等だ。擲弾兵の力を見せてやるよ、期待しててくれ」
「その返事を聞きたかった。ではよろしく頼むぞ、イチ」
「了解、将軍」
俺は力いっぱい敬礼した。
◇




