6 割と最悪なスタート(5)
「どうすればいいんだ?」と鋼の外骨格をまとった頼れる男を見た。
むき出しの頭には「こいつは最悪だ」といった表情が形作られている。
「へっへっへっへっへ……みーーーーつけた!」
「おいお坊ちゃんたち、一体どこへ行こうってんだぁ?」
馬鹿かこいつら、ここが吹っ飛ぶっていうのにそんなことお構いなしの様子だ。
「……おい、じきにここは跡形もなく吹っ飛ぶみたいだぞ! 命が惜しけりゃさっさと帰ったらどうだ!」
そんなやつらにフィーニスさんが言う。外骨格で小さく見える散弾銃の銃口を添えて。
「おい、シェルター育ちども。貴様らにいいこと教えてやろう」
ところが槍を投げた狂人がずんずん迫ってきた。
おかげでよくわかった、そいつらの目は完全にイってやがった。
「ハノートス様は聖なる力に目覚められた。人を癒す奇跡の力だ。あのお方はこの世界を救済してくださるのだ」
『リアクター爆破まで残り三分』
わお、頭の中も相当にアレだったみたいだ。
「マジですげぇぜ! なんか唱えるだけであっという間に傷を治してくれたんだ!」
「それに金も女もアホみてぇにくれるんだ! 慈悲深い方だぜ、ハノートス様は!」
「……そうか、それはすごいな。それでそのご立派な聖人君子さまは一体どうして俺たちを皆殺しにきたんだ?」
「それは最初に貴様らが我々の同胞を殺したからだ。挙句の果てに親善のために送った者たちも殺したな、野蛮人どもめ」
「親善だって? ここの住人の生首を手土産に脅しに来ただけだろ? こうなりたくなけりゃクソみたいなカルト集団に加われってな!」
「ふん、奇跡を信じられないのなら死ね! ハノートス様の糧となれ!」
「ヒャッハァー! 俺たちは不死身だぜぇ!」
狂人、いや、狂信者たちがさらに迫る。
ジャンプスーツ姿の集団が後ずさりをする。
フィーニスさんは一歩も動かないまま獲物を構えていて、
「――なら本当に不死身かどうか試してやるよ。こいつでな!」
偉そうに語っていた槍持ちへ散弾銃をいきなりぶっ放した。
散弾の洗礼を受けたそいつがはじけ飛んで、狂った男たちの列に突っ込んだ。
「走れ、お前ら! 最後のチャンスだ!」
俺たちはその隙を見逃さなかった。
進まなきゃ死ぬ、それだけの理由があったからかもしれない。
ひとかたまりになって、大きく崩れたそこに向かって飛び込んだ。
「なっ……こ、こいつらをぶっ殺せェェェ!」
釘付きの角材が行く手を阻んだ、近くにいた誰かに突き刺さる。
ジャンプスーツを着た女性が半裸の狂人どもに押し倒された。
どこからか弓が放たれて、目の前の人の首に矢じりが貫通する。
「逃がすかァ! てめえを食い殺して俺も――がっ!?」
そこへまた銃声。俺につかみかかってきたやつが見事に転んだ。
すぐ隣の男が二人がかりで首に噛みつかれて悲鳴を上げた。
脇腹の痛みや熱さなんてもう分からない、ひたすら、死に物狂いで逃げた。
狂ったやつらの列を突破した。
背後で悲鳴と銃声がごちゃ混ぜになっている。
走りながら振り向くとガスマスクのやつだけがどうにかついてきていた。
けれども見てしまった。
あの人が、フィーニスさんが取り囲まれている。
配線を千切られ外骨格の装甲を剥がされる。
むき出しの関節にナタが叩き込まれた。
組み付かれて背中に何度もナイフを刺しこまれる。
それでも一歩も動くことなく、鋼のフレームに身を包んだ男が戦っていた。
「……じゃあな新兵! あっちでうまくやれよ!」
この世界で漠然としていた俺にそんな言葉が届いた。
次の瞬間槍が、ナタが、銃剣が、一斉に突き立てられ――目を背けた。
「ぶっ殺したぞォォォォーーーッ!」
「新鮮な供物だァァー!」
「二人逃げたぞ! 早く追え!」
後ろから追手がやってくる。
とにかく走る。途方もなく大きなトンネルのような場所に踏み込んだ。
長い道路が果てしなく続いていて、はるか遠くに小さな光がある。
『リアクター爆破まで残り二分』
ファック、二分で辿りつけられるもんか。
いや、向こうに小さな車みたいなものが何台も停められている。
四輪バギーだ、動くかどうか分からないし無免許だがあれしかない。
「うひゃははははははははは逃がさないぜーッ!」
「がっ!?」
そこへ背後から絶叫、振り向いたとたんに手ぶらの半裸男に押しつぶされる。
「てめえは俺の獲物だっ! ハノートス様への捧げものになりやがれェェッ!」
太い腕が首に絡みついて締め上げられる、体重も乗って身動きが取れない。
重い喉が潰れて首が曲げられ息ができない苦しいちくしょう、や、ば……
「……うっ……ああああああああああああああああッ!」
「おごふっ」
背後で叫び声と変な声、それから小さな衝撃。
腕がほどけて身体が動く。立ち上がろうとすると誰かに手を掴まれて。
「たっ……立てよ! 早く!」
ガスマスクの男に叩き起こされた。
半裸野郎の後頭部にナイフが思いっきり突き刺さっている。
「死んでたまるか……! お、おれは絶対、生き延びてやる!」
そいつは柄まで刺さった凶器をそのままに先へといってしまった。
礼を言ってる暇はない。俺はまた他人の背中を追いかけた。
『リアクター爆破まで一分』
四輪バギーはすぐ目の前だ。
鍵は? 運転の仕方は? 分かるわけないがもうやるしかない。
ガスマスクの男が一番乗りでバギーに乗っかるのを見て俺も――
*ダンッ!*
後ろの方から銃声が聞こえた。当たるわけがないと思った。
でも急に背中のあたりから痛みが走った、というか、胸が熱い。
この感触は覚えがある。そう、ちょうど脇腹を打たれた時のそれだ。
「……がひゅっ」
呼吸ができなくなった。
身体が思い出したようにショックを受けて、体から完全に力が抜ける。
熱くてかゆい。自分の胸元を見てみると胸のど真ん中に血の泡が。
『リアクター爆破まで30秒』
倒れた、だが諦めない、這いつくばった。
胸の痛みが一気に重くなる。口の中が鉄臭くてしょっぱい。
すぐ近くでエンジンのかかる音がした。ガスマスク男のATVだ。
そうだ、乗せてくれ、一緒に連れてってくれ。
「の、乗せ……てく……」
手を伸ばした。また起こしてくれると期待した。
ところが俺を見て少し迷って。
「……の、乗せないぞ! おれが、おれが本物なんだ! くたばっちまえ!」
そういって訳の分からないことを口走りながらスロットルを絞った。
四輪バギーはぶるっとエンジン音を響かせ、ふらつきながら逃げていく。
『10……9……8……7……6……5……』
「ハノートス様万歳!」
「俺たちは不死身だっ! 奇跡を信じろ!」
「てめえの血と肉をよこせぇぇぇっ!」
背中にクソ野郎どもが迫ってきた。
押しつぶされた。視界がぐにゃぐにゃしてもう駄目だ、おしまいだ。
『4……3……2……1』
「死にたく、ない」
世界の終わりを告げるような重々しい響きがした。
実にいいタイミングで意識がすっと消えていく。
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