R4ND0M ENC0UN7ER5
ランダムエンカウント、しいては小ネタ
キッドタウンから『ガーデン』を目指して南へ。
この日も良く晴れていて、相変わらず暑くて空気は乾燥している。
「そういえば俺たち、ボルターを出てすぐのころは痛い目見たよな」
俺は熱のこもったアスファルトを歩きながらミコへ問いかけた。
『うん、すごく覚えてる。思った以上に過酷だったもんね』
「外の景色にはしゃいでたのに、すぐ『戻りたい』とか言い出したよな俺」
『ふふっ、言ってたなあ。でも仕方ないよ、追われる身だったし……』
「もう人食いカルトに尻を狙われる心配はないからな。追ってくるのあのシチュー缶の牛ぐらいだ」
『あのニンジンを食べてる牛さんのイラスト、また現れそうだよね……』
「……そういわれるとあっちの世界までついてきそうで怖いな」
『……わたしもなんだかそんな気がしてきたよ』
微妙に緑が戻りつつある荒野に挟まれながら、さらに進んだ。
「歩き慣れるとこんなに快適なんだな、ウェイストランドっていうのは」
ついでにバックパックからジンジャーエールの瓶を出して、開けた。
一口飲むとぬるくて甘さが引き立ってしまっていたが、これはこれでうまい。
またもう一口、といったところで。
『ねっ、いちクン……? その、ジンジャーエールってどんな味なのかな?』
急に腰から質問が来た。今飲んでる緑色のかかった瓶の中身についてだ。
「炭酸が強いけどすごくうまいぞ。飲んでみるか?」
『う、うん。あっちだと、こういうのってなかったから飲んでみたいな……?』
「なんて世界だ。いくぞ、ミコ投下!」
『い、いくぞー!』
俺は物いう短剣を瓶の中にずぼっと差し込んだ。
きっと『おいしい』とかいってくれるかと期待していたものの。
『ぐえ゛え゛え゛……』
もだえ苦しむさまがガラスの内側から聞こえてきてすぐ引っこ抜いた。
それはもう、いつものミコからは想像できない低い音だった。
「ど、どうした!? なんだそのきったない声!?」
『か、かりゃい……』
しまった、辛口だったことを忘れていた。
水筒を開けて刀身に水をぶっかけて浄化した。
ひーひーいっていた短剣は綺麗になってしばらくすると、
『……ご、ごめんね。わたし、舌がびんかんだから……』
申し訳なさそうに謝ってきた。
こっちも謝ることにした。
「いや、俺も悪かった。辛口だってことを言うの忘れてた」
『こんなに辛かったんだね……ジンジャーエールって。最初は生姜みたいな風味がしたと思ったらいきなり後から辛くなってきて……』
「今度はドクターソーダで試そう。あれなら辛くない」
『うん……。いちクン、こんな辛いのよく飲めるね……?』
「むかし、タカアキのやつが輸入食品店で馬鹿みたいに買ってきて押し付けてきたんだよ。で、飲んでるうちにハマった」
もう一口飲もうとしたところで、今度はすぐ隣にいるニクに向けてみた。
黒い犬は瓶の先を何度か嗅いだ後、申し訳なさそうに引いてしまった。
仕方がないので一気に飲み干して。
「……今はすっかり好物だ。ゴミの処理も簡単だしな」
空になった瓶を『分解』してリソースに変換した。
この世界に来て良かったと思うことの一つは、ゴミをポイ捨てせずに済むことだ。
水分補給ができたところでまだまだ先にあるゴールの方向に向き直ると。
【電波を受信しました……】
視界の中にそう文字が浮かんだ。
また何かイベントでも起きるのかと思って左腕のPDAを立ち上げた。
ラジオ画面に【スカベンジャーズの無線】とある、姿が変わっても勝手に傍受する癖はやめられないらしい。
「まーたなんか傍受したぞこいつ」
『もしかして誰かが助けを求めてるとか……?』
「まあ聞くだけ聞いてみようか」
画面を指で小突くと、以前よりはっきりとした音質で無線が流れ始めた。
【こちらスカベンジャーチーム、聖域の発掘作業は順調だ】
【了解した、現場に何か異常はないか?】
【いいや、大丈夫だ。だが妙に掘りやすい、まるで以前にも誰かが掘ったような――なんてこった! マジで出てきたぞ!】
【どうした、何か発見したのか!?】
【コンテナを発見した! 保存状態もかなりいい、こいつはもしかしたらあたりかもしれないぞ!】
【でかしたぞ! よし、気を付けて中を確認しろ】
【――なんだこれは? 何かのカートリッジだ、大量にある】
【カートリッジだと? なんて書いてある?】
【T.E……待て、こいつは何かのゲームソフトだ】
【なんてこった! それ全部戦前のクソゲーだぞ! 早く埋め直せ!】
そんなやり取りを残して通信は途切れてしまった。
「なんだ今の」
『……さあ?』
また誰かが襲われてる、とかいうものじゃないだけマシか。
俺たちはどこまでも続く道路をまた進み始めた。
◇
そのまま進み続けると道の途中に建物があることに気づく。
荒野のど真ん中には【ビジターセンターへようこそ!】と看板がある。
道路はその中へと分岐していて、レンガ模様の建物が待ち構えていた。
「なんかあるぞ、戦前の施設っぽいな」
『けっこうきれいな形で残ってるよね、何かあるかな?』
「ちょっと寄り道してみるか」
遠目に見る限りは特におかしなところはなさそうだ。
周りにはこの枯れた大地がどれだけ素晴らしいのかを説く案内板がある。
その中には『ガーデンまであと2マイル!』という表示もあった。
どうやら目的地まであとわずか、といったところのようだ。
「あともう少しでガーデンか。せっかくだしここで休んで――」
中央にある建物に近づこうとした直後、『感覚』が反応した。
それだけじゃなくニクも「ワンッ」と小さく警戒を促してくる。
すぐに隠れられる場所へと移動、カバーに入った。
『……どうしたの、いちクン? まさか――』
「ああ、何か妙だ。敵かもしれないな」
『集中』してせっかくの休憩を台無しにしてくれた原因を探った。
まず匂いがした。建物の方から炭が焼ける臭いが漂ってくる。
少しだけ距離を詰めると、研ぎ澄ませた意識の中に声が届いてきた。
『なんなんだこのハクチョウ? どっから来たんだ?』
『知るかよ、気がついたらいたぞ。つーかアヒルだろ?』
『お前ら馬鹿だろ、こいつはガチョウだぜ? 首とか良く見てみろ』
荒っぽい声が聞こえてきた、これは恐らくレイダーだ。
俺は背中からリカーブボウを手に取った。
「誰かいる、たぶん敵だ。接近するぞ」
『うん、静かにするね』
「ワンッ」
遮蔽物から次の遮蔽物へ、レンガ色の石壁を伝うように接近していく。
犬と一緒に建物のすぐ近くまでやってくると、やがて声がはっきりしてきた。
壁から身を出して発生源を辿る。
「――で、ちょうど腹が減ってるわけだ。ここんところ人狩りもできねえしよ」
「ああ、ちょうどうまそうなアヒルがいるわけだ」
「馬鹿、ガチョウだっていってんだろ。まあどちらにせよ――」
廃材と皮とタイヤ片を世紀末風に着こなす日焼けした男たちがうじゃうじゃといた。
どいつもこいつも決して穏やかではない格好だが、さらに言えば。
「Honk!」
その中にものすごく見覚えのあるカモ目カモ科ガン亜科の生命体がいた。
リム様の使い魔だ。確かアイペスだったか。
謎のガチョウは羽を広げて優位性をアピールしている。
「こんなうまそうな鶏肉は久々だ、焼いて食っちまおうぜ」
ところが、屈強なウェイストランドの賊たちは容赦がない。
すぐに一人が錆びだらけのナタを手に食肉加工を始めようとする。
「おう、そうだな。久々にまともな肉が食えるみてえだ」
「ところでこの、ガチョウっていうのはうまいのか?」
「ああ、マジでうまいぜ。肉、卵、肝臓、何もかもだ」
周りにいるレイダーたちも迫って、逃げ場がなくなっていく。
まずい、このままだと食われる――そう思って矢をつがえるが。
「新鮮なガチョウ肉だ……おっ――とぉ!?」
ナタを持った男がいきなり転んでしまった。
そいつは不幸にもガチョウの背後にいる仲間へともつれ転がり。
「はっはっは! 何ころんでやがふぶ……っ!?」
転んだ仲間を見て笑っていた顔にナタが叩き込まれる。
どちらも何があったのか理解できないまま、一人死んだ。
「ばっ……馬鹿野郎! お前なにしてやがる!」
「わ、悪かったよ! 転んだだけなんだ! いまのは仕方ねえだろ!」
「うひゃひゃひゃ! 誤爆してんじゃねえよへたくそ、今度は俺が――」
別のレイダーがガチョウに斧を振り上げる。
白いガチョウは羽を閉じて見上げるが、
「死ねぇぇぇぇぇあっ」
汗で滑ったのか手から柄がすっぽ抜けてしまう。
その先にいた別のやつの頭が不運にも二つに叩き裂かれてしまった。
「お前ふざけんなよ!? なんてことしてやがる!」
「もういい! 俺がやる! てめえら下がってろ!」
レイダーたちは言い争いながら白い鳥から距離を置いたようだ。
今度は別の誰かが二連式の散弾銃を向けて、トリガを引くが。
「……あれ……? た、弾が出ねえぞ!?」
かちっという音だけが響いた。不発だ。
そいつは空に銃口を向けながら何度かトリガを絞ってみるものの。
*Paaaam!*
直後、はじけるような音が響いた。
銃が爆ぜて熱々の発射ガスと火をまき散らしてしまい、持ち主を火だるまにした。
「あ、ぁああああっ! あああぁぁぁっ!? 熱い熱い熱いィィ!?」
「ば、馬鹿野郎こっちくんなっ! てめえ一人で焼け死んでろ!」
火だるまレイダーは助けを求めるが、それを拒んだ仲間が小銃を発砲。
別の誰かに当たったようだ、焚き火を見張っていた無関係なやつの頭が弾ける。
「味方を殺すなクソ野郎! 武器を降ろせ!」
今度は短機関銃を持っていたやつが制止に入る、ぱぱぱぱっ、と銃が暴発。
銃口の先にいたレイダーたちがなぎ倒される、ガチョウを除いて。
「なんてことしやがるんだこの仲間殺しめ! ふざけんなよ!?」
「ち、ちがう! 銃が暴発して――」
「何か変だぞ!? は、はやくそのガチョウを殺せ!」
阿鼻叫喚と化したその場で、ようやく異変に気づいた誰かが拳銃を向けて発砲。
「Honk!」と威嚇するように羽を広げるそれに弾が当たることはなかった。
ちゅんっ、と近くの壁を何かが弾くような音のあと。
「ガチョウがなんだってんだ!? お前ら落ち着け、いったんぶきっ」
武器を降ろした別のレイダーの首をぶち抜いて、一人始末された。
意図的ではないとはいえいきなり仲間を殺してしまった拳銃持ちは。
「……も、もう知るかこんなの! 俺は抜けさせてもらうぞクソが!」
銃を手にしたまま背を向けて、荒野へめがけて走り出す。
しかし途中で仲間の死体にでもつまずいたのか、ずるっと転んで。
「あっ、しまっ」
ぱんっ、と発砲音がした。
持ち方が悪かったのか、転んだ拍子に自分の頭をぶち抜いてしまった。
これで残り一人、ガチョウが一匹だ、どうなってんだこれは。
「Honk!」
死体だらけの中、ガチョウは最後の一人へ羽を広げてぺたぺた走り出す。
「…………う、うわっ、く、くるな! 来るんじゃねえこの化け物!」
立て続く不運の中、かろうじて無事な男がこっちに向かって走ってくる。
その後ろをガチョウが攻撃的に「Honk!」と鳴きながら追いかける。
異様な光景だ、だがそのやり取りは間違いなく目前まで迫ってきて。
「………っ!? な、なんだお前……!?」
「あ……どうも。ガチョウと仲がよろしいようで」
惨状を眺めていたらとうとうそいつとあいまみえた。
正直呆気にとられていただけだが、相手にはどう映ったんだろうか。
「ひっ……あ、悪魔! 悪魔だ! そうか分かった! 悪魔だったんだ! こいつらは悪魔悪魔悪魔――」
「誰が悪魔だこの野郎! ぶっ殺すぞ!?」
『いちクン、そんなこと言ってる場合なの!? なにかおかしいよ!?』
いきなり悪魔言われてぶん殴ってやろうと思ったが、男はいうだけいうと。
「こ、こないでくれ! 悪魔が! 悪魔が俺をっ!」
手にしていた拳銃を咥えてトリガをぎゅっと絞った。
くぐもった破裂音の後、そいつはあおむけに倒れた。
こうして訳も分からず名も知れぬレイダーどもが全滅したのだが。
「……一体どうなってんだ? ガチョウの呪いか?」
『……気を付けて、そのガチョウ……絶対おかしいよ』
「Honk!」
件のガチョウは死体を邪魔そうに踏みにじりながら焚き火の方へ向かう。
注意して後を追うと、地面に落ちていた塩のボトルをぱくっとくわえた。
「なあ、リム様はどうしたんだ? まさか置いてったのかあの芋」
しゃがんで目線をあわせてガチョウに尋ねてみた。
するとリム様の使い魔のそれは――
「Honk-Honk-Honk-Honk-Honk-Honk!」
こっちを見下すように鳴いたあと、水かきのある足で地面を擦り始めた。
何かの仕草なんだろうかと思った。だがすぐに正体はつかめた。
ガチョウの足は最初に大きな丸を、次に複雑な形状の陣を、最後に線で結んで。
『……この子、魔法陣描いてるよ……?』
ミコのいう通りいわゆる魔術的なアートを生み出していた。
ところが仕上げとばかりに円の中を踏むと、急に線が赤く発光し始める。
「……あー、その扱い方も良く心得られてらっしゃるようで」
『待って!? ガチョウが魔法使ってるよ!?』
ガチョウはボトルを咥えたまま魔法陣の中に入っていく。
それから「Honk!」と一瞥してすっと消えてしまった。塩もろとも。
「…………ガチョウって育てると魔法も使えるんだな、すげーや」
『絶対、違うと思う……』
まあ、すごいものを目の当たりにしてしまったがここは安全になった。
ちょうど焚き火も残っていることだし、しばらく足を休めることにした。
◇




