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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
世紀末世界のストレンジャー
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13 シエラについてけストレンジャー


 濡れた身体を乾かしながら、開封したシチュー缶を焚き火で温めていた。


「……またお前か」


 缶から剥がしたラベルを見た。

 己の存在意義とこの世の真実に気づいた牛は今日もニンジンを貪り続けている。


『この缶詰よく見るよね。っていうかこのイラストちょっと怖いよ……』

「こっちに来てからずっとついてきてるみたいだ。気味悪いなおい」

『どこまでついてくるんだろうね……』


 ラベルを火の中に放り込んだ。

 缶がぐつぐついいはじめたのでフタをつまんで引っ張ると。


「――ありがとうございます、レンジャー。おかげで皆殺しにされず済みましたが……」

「気にするな、あんたらを守るのが仕事だ。だが完全に守り切ることはできなかった、すまない」

「いいえ、いいえ! そんなことはありません! まさかやつらが来るなんて誰も想像していませんでしたし、それにあなたたちは命をかけて守ってくれたんですから!」

「しばらくやつらは来ないだろうが……ところはあんたは誰なんだ?」

「俺はデニスです、死んだ親父の代わりにこの街を仕切ることになって……」


 休息が終わったラムダ部隊の隊長に疲れ果てた顔の男が話しかけていた。

 ぼさっと跳ねた金髪に血と脂で汚れたツナギという小汚い格好だが、この街の新たなリーダーらしい。

 そんなを様子を眺めてると角刈りの男が横から近づいてきた。


「確認してきたが敵の損害のほうが上だ、あれじゃしばらく戦えそうにないな。おかげで落とし物がこんなにあるぜ」


 イェーガー軍曹は敵の死体から奪ってきた弾薬を抱えている。

 目の前の焚き火と交互に見て思わず「引火したらどうすんだよ」と言いかけたが、


「そりゃそうよ、レンジャーと民兵もどきじゃ雲泥の差ってやつでしょ?」

「まあ確かにな。ほらノーチス、308口径だ。無駄に使うなよ?」

「あらいっぱい、あいつらがまたきたらこの戦鋸(ウォーソウ)でぶった切ってやる」


 ノーチス伍長に向かってモスグリーンの弾薬箱が投げ渡される。

 彼女は熱源の近くで背中のパックに弾帯をじゃらじゃらねじり込み始めた。


「だが防衛に失敗したのは確かだ。ここの指導者がやられちまったんだからな」


 シエラ部隊のリーダーに至っては焚き火の前で弾倉に弾を込めている。

 そんな彼も「ほら、弾だ」とライフル弾を受け取った、直火の前で。


「でもよ、ごらんの通り代わりがいるんだろ? じゃ大丈夫だ、別に町が壊滅したわけじゃねえし満点だ満点」

「おいカーペンター、お前はトヴィンキーがもらえてさぞ満足してるだろうが周りをもっと見てから言ったらどうだ? このありさまのどこが満点だって?」

「うるせえよ、文句はアポなしでいきなり攻めてきた馬鹿どもに直接いえ」

「まあ俺たちが来るとは思ってもなかったらしいな。ほら、プラズマセルだ」


 ブロンド髪の方の伍長には角ばった棒状の何か――プラズマセルが渡された。

 そうして配り終えたと思ったら、イェーガー軍曹がこっちにやってきて。


「お前の分もあるぜ、ストレンジャー。散弾でいいか?」


 赤い散弾をくれた、けっこうな数だ。


「ありがとうイェーガー軍曹。どっちも合ってるから心配しないでくれ」

「おう。で、イージスとこの犬には……なに渡せばいいんだ?」

『あの、わたしのことはお気遣いなく……』

「ワゥン」

「そういやお前、背負ってるそいつはなんだ? ずいぶん古くせえ銃だな」


 人生でもっとも危険な弾薬補充が済むと、スナック菓子を喰いつくしてしまった方の伍長が尋ねてきた。


「これか? なんていうかその、形見だ。アルゴ神父って人の……」


 視線は俺が背負っているホルスターへと向けられている。

 興味がありそうな先輩に三連散弾銃を抜いて見せてみることにした。


「アルゴ神父ってーと……あの辺境の地にいた自称神父のじいさんのか?」

「……まさか知ってるのか?」

「まあな。あんまりいい思い出はねえけどよ、俺たちからすりゃ利害は一致するやつだったぜ? ちょっと見せてみろよ」


 あの人はシド・レンジャーズにも何かとかかわりがあったのか。

 安全装置をかけてからカーペンター伍長に手渡した。

 しばらく興味深そうに全体図を見たあと、


「……マジであのじいさんの秘蔵の品だなこりゃ。銃身は切り詰められて、ストックはそのまま……よし」



 そのまま返してくれると思いきや、急に銃身を折って弾を抜いた。

 次に何をするのかと思うといきなりその場で立ち上がって。


「ちょっと待ってやがれ、この『エンジニア』様が使いやすいように改造してやるよ。トヴィンキーの礼だ」

「えっちょっ」


 人様の散弾銃を握ったままどこかへ行ってしまった。


「ぶっ壊されることはないから大丈夫よ。性格はクソだけど工作の腕だけはウェイストランドで一番だから」


 シエラ部隊の面々に「どうしよう」と顔を向けていると、ノーチス伍長が人様の武器強奪事件を補ってくれた。

 この人が言うならまあ、信頼しても大丈夫かもしれない。心配だが。


「……了解、でも万が一無事に戻ってこなかったらシド・レンジャーズに損害賠償でもすればいいのか?」


 熱々のシチュー缶を引き寄せながら、もう一度周りに問いかけた。

 スプーンで中身をすくおうとしていると部隊長が言った。


「悪いがうちは戦闘行為以外の補償はしてねえからな、だが腕は確かだ。つまり信用しろ、ストレンジャー」

「了解、隊長」


 俺は祈る気持ちのままシチューを一口食べた。

 熱で柔らかくなった微妙に獣臭い牛肉と、とろとろになったにんじんにブラウンソースの複雑な味がしみ込んでいる。

 あの教会で食べたときと変わらない味だ。ついでにミコもぶっ刺した。


「……これ食べるの久しぶりだな」

『そうだね……ちょっと肉が匂うけど、もう慣れちゃった』

「ところで聞きてえことがある。お前はワケありの旅をしてるって噂だが」


 湯気を立てるそれを冷ましながら食べていると、ルキウス軍曹が尋ねてきた。


「……ああ、まあな。ちょっと複雑な事情があるんだ」


 そう控えめに答えて、缶の中をもう少し減らした。

 口で説明したとしてもこの複雑さは受け入れづらいと思う。


「そうか。で、行き先はどこだ?」

「南東のデイビッド・ダムってところだ。ワケあってそこに行かなくちゃならない」

「南東か、だったら都合がいいわけだ」

「都合がいいって?」

「明日、俺たちは任務で南のキッドという場所へ向かうことになってる。ついでにいうと誰かさんからお前の力になってやってくれと頼まれている。何がいいてえか分かるな?」


 中身が少し減った缶をかき混ぜていると、そんなことを言われてしまった。

 これはつまり「ついでだしついてこい」ということなんだろうか?


「……まさかあれか? 途中まで送ってくれるとかそういう意味か?」

「手伝ってくれた礼だ、少しばかり任務に付き合ってくれるなら乗せてやる」


 顔を上げるとシエラ部隊の隊長はまっすぐこっちを見ていた。

 ただ、なぜか表情にくもりを感じる。


「それに六人乗りだったのが四人になっちまったわけだしな」


 クラッカーを砕いて缶にぶち込むと、そんな言葉を耳にした。

 見ればほかのレンジャー隊員の顔もよろしくないものへと変わってる。


「六人だって?」

「ああ、六人だった。そこに並んでるのがそうだ」


 正面の男は自分の背後を親指で示した。

 目で追うとカバーをかけられた人型が二人分眠っている。


「俺たちは呪われてるのさ、ストレンジャー。補充兵がきて部隊が四人を超えるといつもそいつらがくたばるんだ」


 どう言葉を出せばいいか迷ってると、イェーガー軍曹が言葉を入れてきた。

 それが本当なら、そこにいる二人は呪いで死んだということになる。

 レンジャー隊員たちの顔色はうんざりしたものになっていた。


「……その、確かに気の毒だけど、仲間が呪いで死んだっていいたいのか?」

「そういうジンクスなのさ。でもツイてねえやつらだぜ、この戦いが終わったら温かい飯を食うんだっていったやつが50口径でズタズタ、もう一人が弾が出ねえとか取り乱してる間に頭をぶち抜かれやがった」


 もう一度あの死体袋を見た。

 中の人はきっと自分が死ぬとは思っていなかったはずだ。

 でも俺は知っている。殺された人間が皆恐怖に顔を引きつらせて死ぬわけじゃない。

 その大部分は「まさか自分が死ぬなんて」か「戦いの顔のまま」死ぬかのどちらかだ、さんざん見てきた。


「――なあ、短剣ちゃん。死んだやつを蘇らせるってのはできねえのか?」


 が、そこから嫌味も皮肉も込められそうな余裕もない、いたって真面目な声がきた。


 そんな質問がぽつりと出てシエラ部隊は、いや、誰もが黙ってしまった。

 数多の視線が一斉に俺――その腰にぶら下げた短剣に向けられる。

 ミコはそれにどうこたえれば(・・・・・)いいか迷っていたが、


『……ごめんなさい、カーペンターさん。蘇生の魔法は……ないんです』


 すぐにはっきりと答えた、今まで聞いたことのないような重々しい声だ。

 でも周囲はがっかりした様子もなく、仕方がないのだと受け入れてるようだ。


 一方で俺は内心、落胆している。

 そういえば死者を蘇らせる魔法もあるんじゃないかと期待したからだ。

 そんな便利なのがあるわけないか、でも、もしもあるならと思うと『なかったことにしたい』人たちがどうしても思い浮かぶ。


「……いや、気にすんなよ。妙な質問しちまって悪かったな、マジで」


 カーペンター伍長は濡れた髪をかき分けながら謝ってきた。

 なんともいえない気持ちになって、缶にタバスコを入れまくった。

 辛さこめかみの奥が痛むがお構いなしに食らおうとすると、


「つまり今日も明日も俺ら四人ってわけさ。いつもこうだぜ」


 きれいになった散弾銃を手にしたブロンド髪の方の伍長が戻ってくる。


「……それで、俺たちについてくるか? ストレンジャー」


 シチュー缶を食べ終わるとシエラ部隊のリーダーが尋ねてきた。


「ああ。少しの間だけどご一緒させてくれ」


 俺はだいぶ乾いてきた黒い犬の頭をぽふっと撫でて、答えた。


「決まりだな。それじゃ俺たちはここで後片付けやらをしてる、明日の朝に出発するからそれまで休んでろ」


 こうしてゲストとして次の街まで同行させてもらうことになった。

 新たな街の指導者に選ばれた男は「どうすればいいんだろう」と思い悩んでいたが、レンジャーたちを見て自分を奮い立たせていた。

 もう大丈夫だろう、俺たちにできることはもうないようだ。


死んだ一人の名前は恐らくカーマイン

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