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6.王女は出迎える

 フローラが東屋に戻ると、すでに兄の姿はなかった。

 日が傾きかけた東屋の中、フローラは読みかけの恋愛小説のページをめくる。しかし、数行読んではそわそわと顔を上げ、東屋に続く小路に目を向けるので、いくらも読み進めてはいなかった。

 エルナによって淹れ直された紅茶は、ほとんど口をつけられないまま、すっかり冷めてしまっている。


「姫様、お茶を淹れ直しましょう。カモミールを使ったハーブティーなどいかがですか? 気持ちが落ち着かれますわ」

「……そうね、お願いするわ」

「かしこまりました」


 ぼんやりとした表情で答えるフローラに僅かな苦笑を浮かべ、エルナは給仕のために立ち上がった。

 そのとき、庭園の小路を踏みしめる足音が響き、フローラとエルナは揃って振り返った。

 小路の向こう、薔薇の茂みの陰から、背の高い黒髪の青年が姿を現す。フローラの顔がパッと輝いた。


「ユリウス!」


 フローラは東屋の入口に立ち、顔いっぱいに笑みを浮かべてユリウスを出迎えた。

 フローラの身長は、フェルベルクの成人女性の標準よりもやや低く、長身のユリウスの前に立つと、見上げるような格好になる。


「おかえりなさい、ユリウス」  

「ただいま戻りました、フローラ様」


 ユリウスの形の良い口元が、フローラの笑顔につられるようにわずかに綻んだ。しかし、その次の瞬間、冷たさを感じるほどに美しいアイスブルーの瞳が、すっと細められる。


「フローラ様、そのように肩を出すのは如何なものかと」


 フローラは笑顔を固まらせてパチクリと瞬くと、盛大に溜め息をついた。


「風邪を引くって言いたいんでしょう? もうっ、お兄様と同じことを言うんだから」

「……そもそも夜会でもないのにみだりに肌を晒すのが問題かと思いますが」

「今度はマナーの先生みたいなことを言うのね。そんなに肌出ていないと思うのだけど。それに、心配しなくても、ここにはユリウスとエルナしかいないわよ」

「いえ、衛兵がおります」

「えぇ?!」


 思ってもいなかった指摘に、フローラは思わず声を裏返す。

 確かに、東屋の入口には衛兵が1人立っている。フローラの位置からは見えないが、更に2、3人の衛兵が東屋の近くでフローラ達を警護しているはずだ。

 だが、王宮で生まれ育ったフローラにとって、衛兵は常に側にいるのが当たり前の存在である。普段は置物のように動かず、表情も変えない彼らの視線など、もはや全く気にならない。衛兵達だって、見慣れた王女の服装になど興味がないに違いない、と考えているフローラである。


「誰も気にしていないと思うけど……いいわ、ショールを羽織るわよ。それで文句はないでしょう?」


 不満は残るものの、こういうときのユリウスが簡単に引き下がらないことを知っているフローラは、溜め息混じりにエルナからショールを受け取る。

 それから、気持ちを切り替えるように再び笑顔を浮かべた。


「それはともかく、お茶にしましょ。エルナ、紅茶をお願いね」


 フローラは椅子に腰掛けながら、身振りでユリウスにも座るよう促す。

 ユリウスはフローラの向かいに座ると、鞄の中から包みを2つ取り出した。


「フローラ様、これを。アシャール王国の土産です」

「まぁ、お土産!」


 ニコニコとユリウスに笑顔を向けるフローラは、土産と聞いて更に顔を輝かせた。


「嬉しいわ、何かしら?」


 フローラはユリウスから2つの包みを受け取ると、さっそくリボンを解きにかかった。

 何かしらと言いつつ、中身は小説とお菓子だろうと察しをつけている。フローラが物語とお菓子を好むことを知るユリウスは、留学や仕事で他国に赴く度にいつも、その国の言葉で書かれた小説と、その国のお菓子を土産に選んで来るからだ。

 はたして、重たい方の包みの包装紙を丁寧に剥がすと、美しい装丁の本が現れた。三日月と白百合の花を背景に、祈りを捧げる少女の横顔が描かれた表紙は、いかにも若い娘が好みそうなデザインだ。

 フローラは、アシャール語で書かれた題名に指を沿わせる。


「ええと……『花の乙女と月影の騎士』で合っているわよね?」


 得意げにユリウスを見ると、ユリウスは僅かに目元を緩ませた。


「正解です。フローラ様のことですから、きっとアシャール語の勉強を始めておられるのだろうと思いまして」

「まぁ。こっそり勉強して驚かせようと思っていたのに。ユリウスにはお見通しというわけね」


 口調こそ残念そうだが、フローラはニコニコと笑顔のままだ。


「これは恋愛小説かしら?」

「ええ、アシャールで若い令嬢に人気だと聞きまして」

「ユリウスから恋愛小説を貰うなんて、初めてではないかしら?」

「そうでしたか?」

「そうよ。わたくしが子どものときは童話だったし、近頃は冒険ものや探偵ものが多かったわ。わたくし最近、恋愛小説も好きなのよ。ありがとう。読むのが楽しみだわ」


 フローラは美しい表紙を指先でそうっと撫でてから、本を両手でぎゅっと抱きしめた。

 フローラは冒険ものや探偵ものも嫌いなわけではない。どちらかというと男の子向けのジャンルだが、フローラは子どもの頃からずっと好んで読んでいるし、読書家のユリウスが選んでくれる小説はいつだって面白い。ユリウスが自分のために小説を選んでくれること自体も嬉しく感じている。

 けれど近頃は、男の子が好みそうな小説を贈られるたびに、ユリウスから女性として見られていないようで、少しばかり寂しい気持ちにもなっていたのだ。それだけに、ユリウスが初めて恋愛小説を選んでくれたことに、フローラの気持ちはふわふわと浮き立つようだった。


「こちらは何かしら」


 フローラはもう1つの包みに手を伸ばす。茶色いリボンをほどき、深緑色の包み紙を剥がすと、こちらも予想通り、箱の中には数種類の焼き菓子が並んでいた。バターの香りがふわりと鼻をくすぐり、思わず笑みがこぼれる。


「いい匂い。美味しそうね」

「アシャールでは菓子と言えば焼き菓子が定番のようです。クッキー1つ取ってみても、混ぜ込むものを変えたり、食感を変えたり、たくさんの種類がありました。今回は、我が国であまり見かけないクッキーを3種類選んで参りました」

「ありがとう、嬉しいわ。さっそくお茶と一緒に頂きましょ。アシャールのお話ももっと聞きたいわ。地理の先生の講義は退屈に感じるけど、ユリウスから外国のお話を聞くのはワクワクするのよね」

 

 フローラの言葉を待っていたかのように、タイミング良くエルナが紅茶のカップを2人の前に置く。

 しかし、ユリウスは紅茶には手を伸ばさず、僅かに顔をしかめた。

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