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5.王女は呟く

 途端に、フローラは悪戯が見付かった子どものように肩をすくめた。


「あ、あれはほんの冗談よ。ただ……」

「なに? ユリウスとの婚約に何か不満があるの? もしや恋愛結婚に憧れてるとか?」


 フローラの傍らの恋愛小説に目をやり、ルーカスが尋ねる。


「憧れがないと言ったら嘘になるけれど……王族の結婚がどういうものかは、わたくしだって理解しているつもりよ。不満があるわけではないの。ただ、ユリウスはこれでいいのかしらって、時々ふと思うのよ……」


 2人の婚約が結ばれたのは、フローラが5歳、ユリウスが10歳のとき。

 末娘を溺愛する国王夫妻が、フローラの嫁ぎ先は是が非でも国外ではなく国内の貴族にと強く希望し、家柄、年齢等の兼ね合いからバルツァー公爵家の後継者であるユリウスに白羽の矢が立ったというわけだ。

 当時5歳だったフローラは、婚約が結ばれたときのことなどもちろん覚えていない。幼い日のフローラにとってユリウスは、「よくお城に遊びに来る、お兄様のお友達」であり、兄と3人でかくれんぼをして遊んだのがユリウスとの1番古い記憶だ。


「ユリウスはわたくしにとってお兄様のような存在よ。ユリウスだって、わたくしを妹のように思っているわ……」


 フローラはわずかに目を伏せ、独り言のように呟いた。

 ルーカスとエルナは、無言で視線を交わす。

 ルーカスは「ふぅん」と首を傾げた。


「フローラがそんな風に考えているとは意外だったな……。まぁ、フローラの兄として、ユリウスの親友として、余計なことは言わないでおくけれど、とにかく2人でよく話すことだね」


 兄からポンポンと頭を撫でられ、フローラは、知らぬ間に強張っていた肩の力が抜けるのを感じた。それを確認するように頷いてから、ルーカスはにっこりと笑みを浮かべた。


「それはそうと、あれ、ユリウスじゃない?」


 ルーカスの目線の先、庭園の向こうの廊下に、フローラは見慣れた黒髪を見つける。その瞬間、反射的に立ち上がった。


「本当だわ! ありがとう、お兄様! あぁ、でもわたくしが1番に見つけたかったわ!」


 フローラは肩に掛けていたショールを押し付けるようにエルナに手渡し、兄への礼もそこそこに東屋を駆け出した。エルナが足早にその後を追う。そんな2人を見送り、ルーカスは小さく微笑んで紅茶に口をつけた。





 

 普段は静かな王宮の廊下に、フローラの靴音が軽やかに響く。

 ドレスの裾を両手で摘み、かろうじて走っていないと言い張れる早歩きで廊下を進む。その姿は到底お淑やかとは言えないが、すれ違う文官や衛兵達は、慣れた様子でそれを見送った。

 勢いよく角を曲がったところで、廊下の先に探していた黒髪の後ろ姿を見つけ、フローラは顔を綻ばせた。少し遠いが、呼びかければ届く距離だ。


「ユリ……」


 しかし、婚約者の名を呼びかけたフローラは、途中で口を噤み、足を止めた。ユリウスが1人ではなく、同行者を3人伴っていることに気付いたからだった。

 その内の1人は、フローラもよく知る人物、ユリウスの父、バルツァー公爵である。しかし、バルツァー公爵と並んで歩く壮年の男性には見覚えがない。

 そしてもう1人、見知らぬ若い女性がユリウスの隣を歩いていた。栗色の豊かな髪をハーフアップに結い上げた女性が、背の高いユリウスを見上げ、何事かを口にする。ユリウスもまた彼女に顔を向け、言葉を返す。その口元には笑みが浮かんでいる。久しぶりに見るユリウスの笑顔だった。

 その装いから、女性が上流階級に属していることは明らかだ。そして、女性が着こなしている洗練されたドレスのデザインと、ちらりと見えた美しい横顔は、どことなくフェルベルクの者とは異なる雰囲気を纏っているようだった。

 一行は、フローラには気付かないまま、謁見の間へと歩を進めていく。フローラはユリウス達の姿が見えなくなるまで、ぼんやりとその後ろ姿を見送った。


「……お綺麗な方。どなただったのかしら……」


 ユリウスの消えた先を見つめたまま、誰にともなくフローラが呟く。それに答えるように、いつの間にか背後に控えていたエルナが、フローラの肩にそっとショールを掛けた。


「……姫様、東屋にお戻りになられますか?」


 フローラは無言で頷くと、ゆっくりと踵を返した。

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