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『綺麗』と言われたい王女と『可愛い』と言いたい婚約者(1)

本編から約2ヶ月後を描いた後日譚。全3回の予定です。

「エルモソーラの第三王子殿下がフェルブルクに?」


 フローラはティーカップを手にしたまま翡翠の目を瞬いた。

 お気に入りの東屋の中、向かい合う席には黒髪の婚約者ユリウスの姿がある。今日は週に一度行われているユリウスとのお茶会の日だ。

 

「夏の間、避暑を兼ねて北方の国々へ外遊に向かわれるそうで、その途中に我が国にも立ち寄られるとのことです」

「エルモソーラの夏は暑いと聞くものね」


 エルモソーラ王国は、フェルベルク王国の南に隣接する国である。外海に面し、温暖な気候で知られる。山が多く夏場でも比較的涼しいフェルベルクと異なり、エルモソーラの夏は日差しが厳しいことで有名だ。

 フェルブルクとエルモソーラとは長年にわたり友好関係を築いており、四年前にはフェルブルクの第三王女アリーナがエルモソーラの第一王子に輿入れしていた。


「エルモソーラの第三王子殿下というと……カミロ様とおっしゃったかしら。確か、わたくしより一つ下の十四歳でいらっしゃったわよね?」


 王女として、また、将来外交官の妻になる身として、周辺国の王族の知識は一通り頭に入れているフローラである。

 おっしゃるとおりですとうなずき、ユリウスは目元をわずかに和らげた。


「お越しになるのは二週間後。滞在されると言っても、昼頃に到着されて、翌日の昼前にはフェルブルクを発たれるご予定です」

「まあ。ずいぶん慌ただしいのね」

「なんでも、当初はご予定になかったものを、急遽我が国に立ち寄ることにされたそうで……。当日はちょうど王宮で夕涼みの夜会が開かれますので、カミロ殿下にもご参加頂く予定です。カミロ殿下のお相手は主にルーカス殿下がなさる予定ですが、フローラ様にもお手伝い頂くことがあるかもしれません」

「わかったわ、任せておいて!」


 フローラは目を輝かせて意気込む。

 他国から賓客が訪れた際にもてなすのは、王族の務めの一つである。とはいえ、今年十五歳を迎えたばかりのフローラには、これまでそのような機会はほとんどなかった。自分より年下のお客様を迎えるのも稀なことである。


「カミロ殿下ってどんな方なのかしら? いつだったかアリーナお姉様から頂いたお手紙には、社交的で人懐っこい方だと書いてあった覚えがあるけれど……」


 エルモソーラに嫁いだ姉からの手紙を思い出しながら、フローラは首を傾げる。


「ユリウスはカミロ殿下にお会いしたことがある?」


 留学や仕事で何度かエルモソーラ王国に出向いたことがあるユリウスに問えば、ユリウスも思い出す風に小さく首を傾げた。


「そうですね……五年ほど前に一度。ご挨拶をさせて頂いた程度ですが、明るい性格の方という印象です。当時はまだ幼くていらっしゃったので、今はまた様子が変わっておられるかもしれませんが」

「そうなのね。エルモソーラには陽気な方が多いと聞くし、お話しやすい方だと嬉しいわ。ふふ、アリーナお姉様にとって義弟なのだから、わたくしにとっても弟みたいなものよね! 仲良くなれると嬉しいわね!」


 お姉さんらしくフェルベルクのことをご案内して差し上げたいわ、とフローラは目を輝かせるのだった。



***



「フローラ姫、あなたにお目にかかるのを楽しみにしていました。お会いできて光栄です」


 ちゅっと手の甲に挨拶の口付けを落とされ、上目遣いに微笑みかけられて、フローラは内心でたじろいだ。

 褐色の肌に、緩やかに波打つ白金の髪。わずかに垂れた夕焼け色の瞳が、甘さを含んでフローラを見つめている。


(な、なんだか思っていたのと違うわ……!)


 東屋でのユリウスとの会話から二週間後、フローラは王宮の応接間にて、エルモソーラの第三王子カミロを出迎えていた。

 国王、王妃、王太子に続いて挨拶を受けたフローラは、目の前のカミロの様子に密かに戸惑っていた。

 カミロは噂どおり社交的な性格らしく、ユリウスの案内で応接間に現れた瞬間から笑みを絶やさない。

 そこまでは想定どおりだったのだが、間近に立ったカミロはフローラよりも頭半分ほど背が高い。考えてみれば年下と言っても一つしか違わず、性別も男の子なのだから何も不思議なことはないのだが、自分より小さな男の子を勝手に想像していたフローラは面食らってしまったのだった。

 フローラの手を取って口付ける仕草も板についており、その上、唇を離した瞬間に上目遣いに甘く微笑みかけるオマケ付きだ。その笑顔はあどけなくも色っぽくも見えるもので、不意打ちをくらったフローラは思わずドギマギしてしまう。「弟みたいなものよね!」などという考えは瞬く間に砕け散った。


(え、カミロ殿下ってまだ十四歳だったわよね!? 十四歳ってこんなに色気があるものだったかしら……!?)


 自分が十四歳だったときのことを思い出そうとして、フローラは即座に考えるのをやめた。考えるまでもなく、十五歳の今だって残念ながら色気などないという自覚がある。

 内心動揺しつつもそれを表には出さず、フローラは表情筋を総動員して王女らしい微笑みを取り繕った。


「わたくしの方こそ、カミロ殿下にお目にかかれて嬉しいですわ。我が国での滞在は明日までとお聞きしていますが、どうぞフェルブルクを楽しんでいって下さいね」

「ありがとうございます」


 フローラの手を取ったまま、カミロは屈託のない笑顔を浮かべた。


「フローラ姫、もしよろしければ夜会の時間まで王宮の中をご案内頂けませんか?」

「え? えぇと、ご案内は……」


 この後はルーカスが王宮内を案内する予定だと聞いている。

 どうしたものかと隣に立つ兄を見上げれば、ルーカスはにこりと微笑んだ。


「いいんじゃない? 僕とユリウスとでご案内する予定だったけれど、フローラもご一緒しては。夜会の準備を始めるまでにはまだ時間があるんだろう?」

「それは大丈夫だけど……」

「嬉しいです! よろしくお願いしますね、フローラ姫」

「ええ、はい……」

 

 勢いに押されるようにうなずくと、カミロがあどけなさを感じさせる笑顔で、ぎゅっとフローラの手を握った。

 ドギマギしつつ、脇に控えるユリウスにちらりと目をやれば、ユリウスは仕事用の澄ました表情の中、アイスブルーの瞳をじっとフローラ達に向けていた。





 案内役のユリウスを先頭に、フローラはルーカスと共にカミロを案内して回った。最後尾にはフローラの侍女であるエルナも付き従っている。

 カミロはユリウスやルーカスの説明ににこにこと耳を傾ける間も、べったりとフローラの隣を陣取って離れない。ちょっとした段差があればすかさずフローラの手を取ってエスコートする紳士っぷりで、フローラの戸惑いは増すばかりだ。


(えぇと……そういえばわたくしにも、エスコートを受けるのが無性に嬉しい時期があったような気がするわ。カミロ殿下も、エスコートするのが嬉しくて仕方がないお年頃、とか……?)


 十五歳の今でもそうだが、十四歳といえば大人ぶりたい年頃のはずだ。同年代の他国の王女と接するということで、カミロは張り切っているのかもしれない。

 そう考えれば微笑ましい気もしてくるのだが、フローラの手を取るたびに向けられる流し目が妙に色っぽいので困ってしまう。

 困るたびにユリウスにちらりと目を向けるが、ユリウスは何とも思っていないのか、口を挟むことも表情を変えることもなかった。


(べ、別に焼きもちをやいて欲しいというわけではないけれど……)


 ちょっぴり複雑なフローラなのだった。

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