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17.王女は宣言する

「わたくし、フェルベルク王国第4王女フローラ・フェルベルクは、バルツァー公爵家嫡男ユリウス・バルツァー殿との婚約を破棄致します」


 フローラの宣言と共に、婚約破棄の舞台の幕は上がった。

 主役である王女の出で立ちは、装飾に真珠があしらわれた薄紫色のドレス。

 普段は緩く結い上げている亜麻色の髪は、きっちりと隙なく纏められ、こちらもシンプルな真珠の髪飾りが添えられている。

 一晩泣きはらした瞼は、さすがに半日で元通りとはいかなかったが、侍女達が施した化粧により、違和感がない程度にはなっていた。けれど、もちろんルーカスは気付いているだろう。顔を合わせてからずっと気遣わしげな視線を投げかけていたから。

 王太子と侍女、2人の観客が静かに見守る中、フローラは、真っ直ぐに婚約者とその想い人を見据える。 

 その視線の先で、ロズリーヌは青ざめ、ユリウスはアイスブルーの瞳を揺らしていた。


「フローラ様……」


 ユリウスが掠れた声で何かを言いかけたが、フローラはそれを遮った。


「申し開きを聞くつもりはないわ。ただ貴方は頷けばいいのよ。両陛下にはわたくしから報告します。ユリウスのことが嫌いになった、婚約を破棄したい、と。わたくしが望めば反対はなさらないはずよ」


 早口に言い切ると、フローラはこの日初めて目を伏せた。

 目を逸らさないと決めていたはずなのに、動揺した視線を交わすユリウスとロズリーヌを視界に収め続けるのは、もはや限界だったのだ。

 言うべきことは言った。後はユリウスの「諾」の返答を受けるだけだ。


「さあ、返事を」


 早くユリウスの返事が欲しい。そして一刻も早くこの舞台から退きたかった。

 伏せた視界の端で、ユリウスが動くのが分かった。

 ゆっくりとフローラの目の前まで歩く。そして、その場に片膝をつき、頭を垂れた。


「申し訳、ございません……」


 苦しげに発せられた謝罪の言葉に、フローラの胸がドクリと嫌な音を立てる。


「何からお詫びすればいいのか……。私が至らなかったがために、フローラ様にこのようなことをさせてしまった……」


 俯けた視線のすぐ先、手を伸ばせば触れられるほど近くに、頭を垂れたユリウスの黒髪がある。けれどもう、その黒髪に触れることはないのだろう。

 謝罪も弁解もこれ以上聞きたくない。そう思うのに、フローラは声を出せずにいた。今声を出せば、涙まで零れてしまいそうで。


「……全て私が悪いのです。それについては申し開きのしようもありません。ですが」


 不意に、ユリウスが顔を上げた。

 アイスブルーの瞳が、真っ直ぐにフローラを見上げる。


「どうか一つだけ、弁解することをお許し下さい。私とロズリーヌ嬢との間には、何もやましいことはありません」


 フローラの翡翠の瞳が大きく見開かれ、そして揺れた。


「嘘よ……。どうして。どうしてそんな嘘をつくの……」

「本当です。そもそも私は、ロズリーヌ嬢を恋愛対象として見たことすらありません」

「そんなこと、信じられるわけがないわ! だって、ロズリーヌさんはこんなにお美しくて……」

「ロズリーヌ嬢が美しいかどうかはともかく……少なくとも私は、他の男を熱烈に追いかけ回している女性を恋愛対象として見ようとは思いません」

「他の……って、いったい何を言っているの? だって、ロズリーヌさんは、ユリウスのことが好きなのでしょう?」


 同意を求めるようにロズリーヌに目を向けると、ロズリーヌは血の気の引いた唇をわなわなと震わせた。


「お、恐れながら申し上げます。わたくしがお慕いしているのは、ユリウス様ではございません……」

「え?」


 フローラは目を瞬いてロズリーヌに向き直る。


「だって、相手は年上の外交官なのでしょう?」

「は、はい、我がアシャール王国の外交官でございます。年はわたくしより10歳上で……」

「色々と障害のある相手って……」

「年が離れていることに加えて、結婚歴もある方で、亡くなられた奥様との間に子どももおりまして、さらに爵位も子爵位とあって、わたくしの父がなかなか認めてくれないのです……」

「……」


 しばし呆気に取られた顔でロズリーヌを見つめていたフローラだったが、あることを思い出し、表情を引き締め直した。


「では、アクアマリンのネックレスのことはどう説明するつもりなの? 留学中にユリウスから貰ったと、ロズリーヌさんは言ったわ。好きでもない女性にアクセサリーを贈ったりするものかしら? それも自分の瞳と同じ色の石を!」


 挑むようにユリウスを見れば、ユリウスは怪訝な顔で首を傾げた。


「……アクアマリンのネックレス……? あれは、私からロズリーヌ嬢へではなく、バルツァー公爵家からサヴォア侯爵家へ贈ったものです。留学中、世話になる礼に、と。選んだのも私ではなく父です。確かに手渡したのは私ですが……」


 ユリウスから恨めしげな目を向けられたロズリーヌは、慌ててコクコクと肯く。


「あ、あの、ユリウス様の仰ったとおりでございます。わたくしが夜会で身に着けておりましたのも、アシャールでフェルベルク産のアクアマリンを喧伝するためであったり、両国の友好を示す目的で……」


 もはや涙目のロズリーヌと跪いたままのユリウスにゆらゆらと視線を彷徨わせながら、フローラは激しく混乱していた。

 2人が嘘をついているようには見えない。

 話の筋も一応通っている。

 ならば、2人が想い合っているという事実はないのだろう。


(……全てわたくしの勘違いだったというの……? もしそうだったらどんなにいいか……。けれど……)


 けれど、フローラにはどうしても引っ掛かかっていることがあった。

 これまでは気にもしていなかったこと。

 気付いてしまった小さな染みのようなそれは、急速に広がり、フローラの心を暗く染め上げようとしている。見ないふりをすることは、できなかった。


「でも……ユリウスは、わたくしには笑いかけてくれないわ……」


 ぽろりと1粒、翡翠の瞳から雫が零れ落ちた。

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