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1.プロローグ


 明るい初夏の日差しを浴びて、王宮内の庭園では今が盛りとばかりに色とりどりの薔薇が咲き誇っている。

 その庭園の隅に設えられた東屋で円卓を囲むのは、男が2人に女が2人。いずれも若く、高貴な身分と一目で知れる出で立ちだ。

 穏やかな歓談の中、年若い侍女が、香り高い紅茶が注がれたティーカップを1人1人に供していく。

 紅茶が全員に行き渡ったところで、誰からともなく静まり、皆の目が茶会の主催者である女に集まった。

 年の頃は15。東屋に集った者の中でも最も若く、女というより少女と呼ぶのが相応しい。

 きっちりと隙なく纏められた亜麻色の髪には艶があり、明るい翡翠色の瞳は長い睫毛に縁取られている。小ぶりな鼻は品があり、同じく小さめの唇はほんのりと色づいている。

 一度微笑めばそれだけで見た者を魅了するであろう愛らしい顔立ちを、少女はしていた。しかし今、少女の顔は固くこわばり、微笑みの欠片すらない。

 皆の視線を受けて、少女はゆっくりと口を開いた。


「本日は皆様に聞いて頂きたいことがありますの」


 和やかな茶会の開始を告げるには重苦しい声音と表情に、皆が怪訝な顔になる。

 少女は、何事かを決意するように唇を引き結ぶと、上体ごと、円卓で自身の右隣に座る男に顔を向けた。


「わたくし、フェルベルク王国第4王女フローラ・フェルベルクは、バルツァー公爵家嫡男ユリウス・バルツァー殿との婚約を破棄致します」


 抑揚なく発せられた少女の言葉に、その場にいる全員が凍りついた。円卓の3人はもちろん、侍女までが手を止め、唖然として少女を見つめる。

 時が止まったかのように誰一人身動きすらしない中、小鳥の囀りだけが、場違いなほど長閑に響く。

 いち早く我に返ったのは、少女の左隣に座る男だった。少女と同じ亜麻色の髪と翡翠の瞳を持つ青年は、その優美な顔に混乱と焦燥を浮かべ、ガタリと音を立てて立ち上がる。


「フローラ、自分が何を言っているか分かっているのか!?」


 フローラと呼ばれた少女は、青年には目を向けることなく頷いた。


「もちろん、わかっておりますわ」

「いいや、わかっていない。でなければこんな馬鹿なこと……」

「お兄様」


 青年の言葉を遮り、フローラはその瞳を初めて青年へと向けた。


「お兄様には、わたくしの婚約破棄の立会人になって頂きたいの。どうか何も仰らず、見守っていて下さらない?」

「いや、しかし……」

「お願い、お兄様」


 尚も言葉を重ねようとした青年だったが、妹の真っ直ぐな眼差しに気圧されたかのように口を噤むと、力なく椅子に腰を下ろした。

 フローラは兄に小さく頭を下げると、再び右隣の青年に向き直る。

 ユリウスと呼ばれた黒髪の青年は、感情の読めないアイスブルーの瞳で、フローラの視線を受け止めた。


「……理由をお聞かせ頂いても?」


 ユリウスの薄く形の良い唇から、低く掠れた声が漏れ出る。


「言わなければわからないかしら?」


 そう言って、フローラはユリウスの右隣に座る女を見やった。

 栗色の豊かな巻き髪に灰色の瞳の女は、フローラの視線を受けてビクリと肩を震わせた。その美しい顔が、みるみる青ざめていく。

 ユリウスは、ハッとしたように隣の女に目を向けた。切れ長の瞳が小さく揺らぐ。

 フローラは、そんな2人の様子を見て、「ああ、やっぱり」と確信する。目の前が真っ暗になり、心の中に最後まで残っていた温かい部分が、急速に冷えていくようだった。

 涙を見せぬよう必死で無表情を保ちながら、どうしてこんなことになったのだろう、とフローラは痺れた頭で考える。

 こんなことになるだなんて、わずか2週間前には思いもしなかった。

 2週間前、同じこの東屋で「婚約破棄してみようかしら」と口にしたのは、退屈しのぎのほんの戯れだったはずなのに。


(罰が下ったのだわ。あんな不謹慎なことを口にしたから……)


 頭をよぎるのは、この2週間の日々のこと。

 ユリウスが彼女を伴って3ヶ月間の留学から帰国したその日から、フローラを取り巻く環境は変わってしまったのだ――。

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