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銷夏  作者: ひとひら
11/37

 明くる日。

 

「その方、臨時廻り同心、磯貝三郎殿を所持していた短刀似て殺害したことを認めるか?」


 拷問蔵へ引っ立てられた太助は、はりつけにされ牢屋奉行である石出帯刀いしでたてわきに詰問される。


「お奉行様! あっしは、何もしてはおりません!」


 どうでもいいからさっさと頷けと云わんばかりの石出が、打役の同心に指先で合図を送り、ここから生かさず殺さずの拷問が始まった――


「さっさと吐かぬか!」


「――ぐっ!」


 幾度目だろう。

 また、背中に鞭が飛ぶ。


「おらぁ、何もやっちゃいません……」


 手放してしまいそうになる意識の中、太助は言葉を絞り出していた。

 なんとか己の無実を信じて欲しい。只その一念で踏ん張っていた。


「お前が磯貝様の後を付けて行くのを、岡っ引きの佐吉が見ておるのだぞ!」


「!?」


 その言葉を聞いた太助は、うな垂れる頭を持ち上げ打役を見据えて口にする。


「聞いてくだせぃ! 磯貝様は今際いまわの際【さき】と仰いました! きっとあっしに【佐吉】と伝えたかったんだと思いやす!」


 石出に目を向けて「本当です! 信じてくだせぃ!」と、必死で訴えかけ身をよじり懇願する。

 けれどその様子を眠たげに見ていた石出は、「そうか」と、冷ややかに口にし打役に続けるよう合図を送った。


「ほ、本当でございます! ……どうか、どうか信じてくだせぃ!」


 また、鞭が飛ぶ――


「……(笑)」


 そしてこの光景を石出の傍に控える牢屋医者が、恍惚とした表情で眺めていた――


『佐吉……』


 その日のお取調べを終えて牢舎された太助は、傷だらけの体を横たえ懸命に考えていた。

 ……佐吉の事は、よく知っている。

 洟垂はなたれの時分には、一緒につるんでた仲間の内の一人だ。

『岡っ引きなんて名乗っていやがるが、とんでもねえわるだ』

 知り合ったばかりの頃は一緒になって虫なんかを捕まえては、引き千切ったり火炙りにしたりして遊んでいた。

 けれど佐吉の興味を持つ対象が変わっていき、野良犬や猫を片っ端からとっ捕まえては、鼻の中に勢いよく串を刺したり、脚を一本ずつ切り落としたり、腹を掻っ捌いたりして叫び声や死んで逝く様を眺めて悦に入っていくようになり、終いには、その矛先を人に向けようとしていた。 

 そして太助は、この頃になってようやく佐吉の目付きが尋常では無いことに気がつく。


【――魔物】


 太助は、そう映った。

 そしていつしか仲間内からも敬遠され距離を置かれるようになっていき、気付けば佐吉の方からその輪から外れ去って行った。

 そしてそれからの佐吉とは関わり合いが無くなっていたのであったが、通りで見かけるぐらいのことは大人になってからも稀にあった。

 それでも互いに言葉を交わすことも無く、ただ通り過ぎるだけの間柄を貫いていたものの、ふと擦れ違った時の佐吉の目は、あの頃と一つも変わっていないことに薄ら寒いものを覚えたりもしていた。


『――もしかすると、お美代と腹ん中の赤ん坊が危ねぇ!』


 佐吉がこれぐらいで満足するような輩ではないだろうと考えると、激しい焦燥感に襲われ、なんとかここから抜け出す方法を必死で考えるのであった。


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