1.パーティ追放
「ロキ、あんたに話があるわ。酒場に来なさい。今すぐよ」
宿の扉を荒々しく開かれて、錬金術師のロキ・フェイズは、顔をあげた。
ロキは十六歳の少年だ。
顔にはまだあどけなさが残るが、少し伸び気味の茶髪は乱れていて、どこか冴えない雰囲気がある。
服装は、大きめの茶色のシャツに、だぼっとした緑のズボン。その上に、錬金術師らしいフード付きの白衣を羽織っていた。
視線の先には、ロキが所属しているパーティのリーダ―である、Sランクの女冒険者のルーラ・ラプツェルがいる。ルーラは両腕を組み、不機嫌そうに腕を組んで、床に座っているロキを見下ろしていた。
ロキは、ルーラの不機嫌な態度に気づきつつも、明るく笑った。
「あ、ルーラおかえり! ちょうどよかった。今、新しい回復薬ができたところなんだけど」
「……あんたの耳は節穴なのかしら? 話があると言ったでしょう。早く立ちなさい」
そっけなく言われ、調合中の手を止めて、仕方なく立ち上がった。
一体何だろうと、胸がざわついた。
ルーラが自分に冷たいのはいつものことだ。嫌われている自覚もあった。それでも今まで、何とかうまくやってきたが、今回は嫌な予感がした。
ルーラの薄紫色の長い髪は、いつものように高価な宝石の髪留めで、一つに結ばれている。
歩くたびに、髪がさらりと左右に揺れて、時折振り返っては、髪と同じ色の瞳が鋭くロキを睨んだ。
性格はともかく、とても綺麗な人だと思う。
その綺麗な後姿を見つめながら、ロキは黙ってルーラの後を着いていく。
五分ほど歩き、見慣れた看板が見えた。
『酒場――豚の乱切り亭』
所属するパーティがミーティングに、よく使っている酒場だ。ロキたちだけでなく、様々な冒険者たちが同じように酒場を利用している。
まだ夕方前だというのに、店はもう満席に近かった。
ルーラは黙ったまま、真っ直ぐに奥へ入っていく。
そこには、同じパーティのメンバーがすでに座っており、ビールやエールを飲みながら、つまみを食べていた。
(……どこに行ったのかと思ってたら、同じパーティなのに、僕だけ外して呑んでいたのか)
ロキはそう気が付いて、少し悲しい気持ちになる。
しかしそれは仕方がないことだと、自分に言い聞かせた。
何しろ、自分以外はみんな、若い女性なのだ。
長い黒髪をツインテールにしている剣士――ヒストリア・リーツ
薄いピンク色のボブの魔道師――スノー・オプティ
ふわふわの金髪の白魔道師――レイス・フリー
三人共、ロキの贔屓目を抜いても、かなりの美少女だ。
しかもただ可愛いだけでなく、とても強い。
全員がこの世界では珍しい、Sランクのスキルを所持していた。
そして、リーダーである、Sランク冒険者のルーラ・ラプツェル。そして、Bランク錬金術師のロキ。
この五人でパーティを組んでいた。
「あ、ルーラちゃぁん! おかえりぃ」
すでに出来上がっているらしい、ピンク髪のスノーが、机にもたれたまま、ひらひらと手を振った。
「ただいま! スノー! それにみんな!」
ルーラは、途端にだらしなく笑って、浮かれるようにスキップでテーブルに近づいていく。
これは、いつもの光景だ。
というのも、ルーラは可愛い女の子が大好きだった。
そのせいで、男であるロキにだけ異様に冷たく、ロキは居心地の悪さをいつも感じていた。
ロキはふと、同じテーブルに、見知らぬ女の子がいることに気がついた。
セミロングの水色の髪をおでこから編みこみしている、浮世絵離れした美少女。少女は、大きなグラスを両手で持ち、オレンジジュースらしきものを飲んでいる。
ロキは、とてつもなく嫌な予感がした。
「ルーラ、あの……この女の子は……?」
「よく気がついたわね、ロキ。話というのは、この子に関係することよ。ハッキリ言うわ。今をもって、あんたにはこのパーティを抜けてもらう!」
パーティを抜けてもらう?
ルーラの言葉が頭の中で何度も反芻して、固まってしまう。
ロキははっとして、首を振った。
「ど、どどど、どうして……!?」
「あんたの代わりが見つかったの。それがこの子、メアリー・レイルちゃんよ。年齢は十三歳。すっごく可愛いでしょ?」
「たしかに可愛いけど、まさかそれだけで……?」
「それだけで、ですって? もちろんそれだけよ、可愛いは正義! ……と言いたいところだけど、それだけじゃないわ。メアリーちゃんはね、あんたと同じ錬金術のスキル持ちで、しかもあんたより上のAランクなの」
そう言われ、ロキは目を見開いて驚き、まじまじとメアリーを見た。
「この小さな女の子が……Aランクの錬金術師だって……?」
「そうよ。薄々気が付いていたと思うけど、私はあんたの存在がすごく邪魔なの。あんたが可愛い女の子じゃないからよ。だけど、錬金術と鑑定のスキル持ちはめずらしいから、仕方なくあんたを入れていたの。でも、こうして錬金スキルAランクのメアリーちゃんが、パーティに入ってくれることになった。もうあんたを入れておく意味がないってわけ。まぁ、鑑定スキルに関しては目をつむるわ。お金を払って、ギルドに常駐しているSランク鑑定師に見てもらえばいいだけだし」
「ちょ、ちょっと待ってよっ!」
ロキはパーティに近づいて、テーブルを少し強く叩く。
温和な性格ではあったが、あまりの急な話に動揺を隠せなかった。
そもそもパーティをクビにされること自体が、めずらしい話なのだ。よほどパーティを危険にさらす行為や裏切りが発覚しない限り、クビにしたりはしない。
テーブルを叩いたロキを見て、ルーラはまるで汚いものを見るかのような視線を向けた。
その直後、素早くロキの足を払い、床に倒す。
派手な音が響いて、賑やかだった酒場が一瞬で、静まりかえった。
倒れたロキを見下ろしている、ルーラの薄紫の瞳には、嫌悪がありありと感じられた。
「――乱暴はやめなさい。汚らわしいわね。だから男って嫌いなのよ」
「ご、ごめん、ルーラ。でも、僕はこのパーティを抜けたら、収入がなくなってしまうんだ。このままじゃ生きていけないよ。だってルーラは、今まででさえ、まともな分け前を僕にくれなかったよね……?」
「当然でしょ? あんたみたいな冴えない男が、こんな華やかなパーティにいられた。それが収入よ」
「む、無茶苦茶だよ! 今まではそれでも、衣食住や錬金術に使う道具、素材の心配はなかったから生きていけたけど、全くお金がないんだから、こんな急にクビだなんて、困るよ!」
ロキの悲痛な言い分を聞いてか、ルーラは、わざとらしくため息を吐いた。
「……ずうずうしい男。仕方ないわね。あっ、レイスちゃん、銅貨の袋を一つ取ってくれる? ごめんね」
「はいなのです!」
ルーラに言われて、金髪の白魔道師――レイスは、銅貨が入っている袋を一つ、ルーラに手渡した。
それは、銅貨が500枚ほど入った、布袋だった。
それをどうするのかと思ったら、ルーラはその袋を逆さまに向けた。
じゃらじゃら、と音を立てて銅貨が床にこぼれていく。
驚いたロキの顔を見て、ルーラは馬鹿にするように、笑った。
「退職金をあげるわ。拾いなさい」
そう言われて、温和なロキもさすがにかちんときた。
言い返しはしなかったが、すぐに立ち上がり、踵を返して酒場を出て行こうとする。
しかし、外に出る寸前でロキは思いとどまった。
このままでは自分は一文無しだ。今日食べるものにも困ってしまう。
ロキは耐えるように、両手をぎゅっと強く握って、もう一度ルーラの元へ戻る。
散らばった銅貨を一枚ずつ、拾い始めた。
それを見て、ルーラはまた、馬鹿にするように笑った。
やりとりに注目していた酒場にいる人々も、ロキを見て、ゲラゲラと大声で笑いはじめる。
……何て、みじめなんだろう。
ロキは涙が出そうだった。
すべてをかき集めて、逃げるように酒場を出る。
宿に戻り、数少ない自分の荷物をまとめて、すぐに宿を出た。