表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/28

1.パーティ追放



「ロキ、あんたに話があるわ。酒場に来なさい。今すぐよ」


 宿の扉を荒々しく開かれて、錬金術師のロキ・フェイズは、顔をあげた。

 ロキは十六歳の少年だ。

 顔にはまだあどけなさが残るが、少し伸び気味の茶髪は乱れていて、どこか冴えない雰囲気がある。

 服装は、大きめの茶色のシャツに、だぼっとした緑のズボン。その上に、錬金術師らしいフード付きの白衣を羽織っていた。

 視線の先には、ロキが所属しているパーティのリーダ―である、Sランクの女冒険者のルーラ・ラプツェルがいる。ルーラは両腕を組み、不機嫌そうに腕を組んで、床に座っているロキを見下ろしていた。

 ロキは、ルーラの不機嫌な態度に気づきつつも、明るく笑った。

 

「あ、ルーラおかえり! ちょうどよかった。今、新しい回復薬(ポーション)ができたところなんだけど」


「……あんたの耳は節穴なのかしら? 話があると言ったでしょう。早く立ちなさい」


 そっけなく言われ、調合中の手を止めて、仕方なく立ち上がった。


 一体何だろうと、胸がざわついた。

 ルーラが自分に冷たいのはいつものことだ。嫌われている自覚もあった。それでも今まで、何とかうまくやってきたが、今回は嫌な予感がした。

 ルーラの薄紫色の長い髪は、いつものように高価な宝石の髪留めで、一つに結ばれている。

 歩くたびに、髪がさらりと左右に揺れて、時折振り返っては、髪と同じ色の瞳が鋭くロキを睨んだ。

 性格はともかく、とても綺麗な人だと思う。

 その綺麗な後姿を見つめながら、ロキは黙ってルーラの後を着いていく。


 五分ほど歩き、見慣れた看板が見えた。

 『酒場――豚の乱切り亭』

 所属するパーティがミーティングに、よく使っている酒場だ。ロキたちだけでなく、様々な冒険者たちが同じように酒場を利用している。

 まだ夕方前だというのに、店はもう満席に近かった。 

 

 ルーラは黙ったまま、真っ直ぐに奥へ入っていく。

 そこには、同じパーティのメンバーがすでに座っており、ビールやエールを飲みながら、つまみを食べていた。


(……どこに行ったのかと思ってたら、同じパーティなのに、僕だけ外して呑んでいたのか)


 ロキはそう気が付いて、少し悲しい気持ちになる。

 しかしそれは仕方がないことだと、自分に言い聞かせた。

 何しろ、自分以外はみんな、若い女性なのだ。

 

 長い黒髪をツインテールにしている剣士(けんし)――ヒストリア・リーツ

 薄いピンク色のボブの魔道師(エンハンサー)――スノー・オプティ

 ふわふわの金髪の白魔道師(ヒーラー)――レイス・フリー

 

 三人共、ロキの贔屓目(ひいきめ)を抜いても、かなりの美少女だ。

 しかもただ可愛いだけでなく、とても強い。

 全員がこの世界では珍しい、Sランクのスキルを所持していた。


 そして、リーダーである、Sランク冒険者のルーラ・ラプツェル。そして、Bランク錬金術師のロキ。

 この五人でパーティを組んでいた。


「あ、ルーラちゃぁん! おかえりぃ」


 すでに出来上がっているらしい、ピンク髪のスノーが、机にもたれたまま、ひらひらと手を振った。


「ただいま! スノー! それにみんな!」


 ルーラは、途端にだらしなく笑って、浮かれるようにスキップでテーブルに近づいていく。


 これは、いつもの光景だ。

 というのも、ルーラは可愛い女の子が大好きだった。

 そのせいで、男であるロキにだけ異様に冷たく、ロキは居心地の悪さをいつも感じていた。


 ロキはふと、同じテーブルに、見知らぬ女の子がいることに気がついた。

 セミロングの水色の髪をおでこから編みこみしている、浮世絵離れした美少女。少女は、大きなグラスを両手で持ち、オレンジジュースらしきものを飲んでいる。

 ロキは、とてつもなく嫌な予感がした。

 

「ルーラ、あの……この女の子は……?」


「よく気がついたわね、ロキ。話というのは、この子に関係することよ。ハッキリ言うわ。今をもって、あんたにはこのパーティを抜けてもらう!」


 パーティを抜けてもらう?

 ルーラの言葉が頭の中で何度も反芻して、固まってしまう。

 ロキははっとして、首を振った。


「ど、どどど、どうして……!?」


「あんたの代わりが見つかったの。それがこの子、メアリー・レイルちゃんよ。年齢は十三歳。すっごく可愛いでしょ?」


「たしかに可愛いけど、まさかそれだけで……?」


「それだけで、ですって? もちろんそれだけよ、可愛いは正義! ……と言いたいところだけど、それだけじゃないわ。メアリーちゃんはね、あんたと同じ錬金術のスキル持ちで、しかもあんたより上のAランクなの」


 そう言われ、ロキは目を見開いて驚き、まじまじとメアリーを見た。


「この小さな女の子が……Aランクの錬金術師だって……?」


「そうよ。薄々気が付いていたと思うけど、私はあんたの存在がすごく邪魔なの。あんたが可愛い女の子じゃないからよ。だけど、錬金術と鑑定のスキル持ちはめずらしいから、仕方なくあんたを入れていたの。でも、こうして錬金スキルAランクのメアリーちゃんが、パーティに入ってくれることになった。もうあんたを入れておく意味がないってわけ。まぁ、鑑定スキルに関しては目をつむるわ。お金を払って、ギルドに常駐しているSランク鑑定師に見てもらえばいいだけだし」


「ちょ、ちょっと待ってよっ!」


 ロキはパーティに近づいて、テーブルを少し強く叩く。

 温和な性格ではあったが、あまりの急な話に動揺を隠せなかった。

 そもそもパーティをクビにされること自体が、めずらしい話なのだ。よほどパーティを危険にさらす行為や裏切りが発覚しない限り、クビにしたりはしない。

 

 テーブルを叩いたロキを見て、ルーラはまるで汚いものを見るかのような視線を向けた。

 その直後、素早くロキの足を払い、床に倒す。

 派手な音が響いて、賑やかだった酒場が一瞬で、静まりかえった。


 倒れたロキを見下ろしている、ルーラの薄紫の瞳には、嫌悪がありありと感じられた。

 

「――乱暴はやめなさい。汚らわしいわね。だから男って嫌いなのよ」


「ご、ごめん、ルーラ。でも、僕はこのパーティを抜けたら、収入がなくなってしまうんだ。このままじゃ生きていけないよ。だってルーラは、今まででさえ、まともな分け前を僕にくれなかったよね……?」


「当然でしょ? あんたみたいな冴えない男が、こんな華やかなパーティにいられた。それが収入よ」


「む、無茶苦茶だよ! 今まではそれでも、衣食住や錬金術に使う道具、素材の心配はなかったから生きていけたけど、全くお金がないんだから、こんな急にクビだなんて、困るよ!」


 ロキの悲痛な言い分を聞いてか、ルーラは、わざとらしくため息を吐いた。


「……ずうずうしい男。仕方ないわね。あっ、レイスちゃん、銅貨の袋を一つ取ってくれる? ごめんね」


「はいなのです!」


 ルーラに言われて、金髪の白魔道師――レイスは、銅貨が入っている袋を一つ、ルーラに手渡した。

 それは、銅貨が500枚ほど入った、布袋だった。

 それをどうするのかと思ったら、ルーラはその袋を逆さまに向けた。

 じゃらじゃら、と音を立てて銅貨が床にこぼれていく。


 驚いたロキの顔を見て、ルーラは馬鹿にするように、笑った。


「退職金をあげるわ。拾いなさい」


 そう言われて、温和なロキもさすがにかちんときた。

 言い返しはしなかったが、すぐに立ち上がり、踵を返して酒場を出て行こうとする。

 しかし、外に出る寸前でロキは思いとどまった。

 このままでは自分は一文無しだ。今日食べるものにも困ってしまう。

 

 ロキは耐えるように、両手をぎゅっと強く握って、もう一度ルーラの元へ戻る。

 散らばった銅貨を一枚ずつ、拾い始めた。

 それを見て、ルーラはまた、馬鹿にするように笑った。

 やりとりに注目していた酒場にいる人々も、ロキを見て、ゲラゲラと大声で笑いはじめる。


 ……何て、みじめなんだろう。


 ロキは涙が出そうだった。

 すべてをかき集めて、逃げるように酒場を出る。

 

 宿に戻り、数少ない自分の荷物をまとめて、すぐに宿を出た。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ