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第十七話 悪は暗い所がそんなに好きではない

 闇があった。

 どこまでも黒い暗い空間、瞳に映るのは虚無。

 ここは洞窟、地下深く。地上にあふれる光は届かない。

 奥深くにある暗闇の広間、天井のどこかから落ちる水滴がランダムなリズムを刻む。


「それでは魔王軍定例会議を行う」


 魔王軍四天王筆頭、終わらない黒き仕事のヒラの声がどこかから聞こえてくる。


「今回は魔王様が新しい四天王が任命されたので、その報告をしたい……自己紹介を」


 どこまでも続くような闇の中、何かがどこかで立ち上がった。多分。


「はじめまして皆さん。この度魔王様からご指名をいただいた、流転する水は蒼いイーラと申します」


 静かで落ち着いた、好青年を思わせる声。多分好青年。見えないので想像。

 漆黒が全てを塗りつぶしている部屋の中で、舌打ちの音が二つ。


「なんで普通の名前なんスかね」

「知らないわよ」


 誰かが椅子に座ったような音がした。

 闇の中からヒラの声がする。


「会議を始める。今日の議題は……」

「はいっ、提案があります!」


 黒く染まる空間で、四天王の紅一点、お尻から出る風は茶色いモンティノが元気良く発言する。

 手も上げているらしいが、暗くて見えない。


「発言を許可する」

「明かりつけよう!」

「何故だ」

「見えねーからだよ!」


 モンティノが多分立ち上がってテーブルを叩いたらしい気配がする。


「いや、ホントマジでヤバイッスよ。ここまで来るのに時間かかるし大変だし、新しい仲間がどんなのか全然わかんないッス」


 四天王の一人、ふんばる大地の大いなるベンが熱弁を奮って援護した。

 何らかのジェスチャーをしているらしいが、暗いので分からない。


「そもそもの話だけど、なんで明かりだめなの」

「魔王軍の会合は薄暗いのが雰囲気出ていい、と魔王様が仰せだからだ」

「それがなんで真っ暗闇になるの」

「経費削減も兼ねている」

「色々事故って何人か再起不能になってるのに何言ってるの! まず人を大事に!」

「尻の風の言には聞くべき価値がある」

「変な省略をするなあ!」


 尻の風がきれた。


「モンティノ先輩の言う通りッスよ、入れ替わり立ち代りでどんどん人が替わっていったら仕事しずらいッス」

「大便の言には聞くべき価値がある」

「省略にすらなってないッスーー!!」


 うんこはきれた。


「二人がそこまで言うのであれば、明かりをつけることもやぶさかではない……影はいるか」


 ヒラの指が軽快な音をたてた。


「……おそばに」

「明かりを用意せよ」

「……はっ」


 ヒラのそばにいた何かは足音も立てずにどこかへと移動する。

 その途中、見えないものに足を取られて回転しながら床へと突っ込む。

 どんがらがっしゃん、と面白い音がした。


「大丈夫ですか!」


 配下の者達がただならぬ気配というか音を聞いて真っ暗部屋の中に次々と足を踏み入れる。


「どこですか!」


 そんな事を言いながら愉快な音がした辺りを何度も往復。

 何かが踏まれたりすごい踏まれたりする音が暗闇に響き、影の声が闇にこだまする。


「使命がッ、使命があるのだッー! こんな所でッ!」


 なにかひときわ鈍い音がした。

 ヒラの影――再起不能(リタイヤ)


「私の影がやられたようだな」

「他人事みたいに言ってる場合じゃないでしょ!!」


 モンティノがテーブルをバンバンと叩く音がする。


「やっぱり明かりがいるッス!」

「我々は照明が導入されるまで仕事をしない!」


 ベンとモンティノの叫びが虚空をふるわせた。


「やむをえんな……影2はいるか」

「……おそばに」

「明かりを用意せよ」

「……はっ」

「すみませーん!! 明かりもってきてーー!!」


 モンティノが叫ぶと同時に影2がすっころんで以下略。




 大地の奥深く、ろうそくの淡い光が薄く濡れた壁を照らす。

 ここは洞窟、地下深く。光と闇が交差する部屋。


「見えるってのはいいわねー」


 モンティノが、目を細めながら笑顔で呟いた。


「これであちこちぶつけたり転んだりしなくてすむッス」


 ベンもほっとしたような顔をする。


「それでは会議の前に、改めて紹介しておこう」


 ヒラの顔が横にいる好青年の方を向く。

 ふわふわの髪に爽やかな笑顔、あっさり系の美男子がそこにいた。


「みなさん、よろしくお願いします」


 礼儀正しく立ち上がって一礼。

 その姿を表現するなら、均整の取れた上半身、衣服の取れた下半身。

 足の間で象さんが揺れていた。


「……ちょっとヒラ、なにあれ」

「アレ、とは?」

「なんで下に何も穿いてないの」

「きちんと下にも服を着ろと言ったのだが、それはパワハラと言われてな」

「パワハラ以前にセクハラなんだよ! どういうコンプライアンスなの!!」


 モンティノがきれた。

 イーラがなだめるように前に一歩出てくる。


「まあまあ僕の一発芸、挨拶でも見て落ち着いてください。こんにちは~、こんにちは~」


 象さんが上下した。


「するなあ!!」

「すげえッス……どういう神経してるんスか」

「これで駄目となると、むすんでひらいてしかありませんね」

「せんでいい!! ヒラ!!」

「発言を許可する」

「服を着せるか追い出すかして!!」

「当人の意思を尊重しながら話し合いで解決したい」

「悠長なことを言ってるんじゃない!!」


 モンティノの怒りが部屋に反響する。


「明らかなセクハラ! 今すぐに対処!!」


 モンティノが指差した先にはイーラとベンがいた。


「こうやってむすんだりひらいたり」

「意外と伸びるんスね……」

「なにをしとるかあ!!!」


 モンティノがきれた。


「ちょっとヒラ!」

「それでは会議を始める」

「うおおおおおい!」


 叫び声をあげるモンティノがすごい顔をして周囲をにらむ。


「馬鹿! 変態! 死ね! もう帰る!!」


 そういって暗い通路へと大股で歩いていくのであった。


「今日の議題は……勇者についてだ」


 何事もなかったかのようにヒラは言葉を続ける。


「勇者、とうとう出てきたッスか」

「僕のプロペラで吹き飛ばしてやりますよ」


 象さんがぶるんぶるんと回転した。


「まだ確認は取れていないが、トエマ山で目撃情報が」


 ヒラの言葉の途中で、部屋全体が振動した。

 ろうそくの炎がゆれ、壁の影もゆらりと傾く。

 天井からは破片が落下、ぱらぱらと乾いた音をたてた。


「くっ、勇者の攻撃ッスか」

「違うな」


 ヒラの声はどこまでも冷静沈着、何事にも動じないその姿勢は四天王筆頭にふさわしい威厳をもつ。


「違うんスか」

「ろうそくの明かりは経費がかかる……そこでここを吹き抜けにするべく削岩工事を」


 ヒラの言葉の途中で、ベンは立ち上がり走り出した。

 日ごろから鍛えていた脚力が今その真価を発揮する。

 四天王二人と部屋の光と影を置き去りにしてベンは走った。

 生き残るために。


「……というわけで、ここを吹き抜けにして照明を自然光にすれば、ろうそく分の経費削減になる」

「なるほど」


 体の一部を振り回しながらイーラが感心する。

 一見元気に見える彼だが、外気に晒され続けた下半身は体温の低下を招き、体温の低下は鼻腔に影響を与え――。


「ぶえっくしょん!」


 イーラのくしゃみにタイミングを合わせたかのように落盤事故発生。

 膨大な土砂や岩石が部屋を押しつぶした。

 周囲の大地は鈍く振動し、土ぼこりが視界をさえぎる。


「はあ、はあ……バカじゃないッスか……」


 ギリギリで難を逃れたベンの声が、周囲にあふれる光にかき消されていった。

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