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あれ?とても身軽 ~『異国で慈しみ中です』より~


 異世界で暮らす事になったある女性のお話をしましょうか?

 彼女は異世界先で、ある国の『守護女神』と呼ばれるような、後世に名を残す王妃となりました。

 今日は、彼女が異世界へやって来た時の事を少しお話しましょう。

 主人公の名前は雪音。

 雪が音を静かに包むように、周囲を慈しみの心で包むような女性になる彼女のお話です。


-♢-♢-♢-


 カランコロ……


 どこからか聞こえる鐘の音で目覚めたけれど…。


 これは、どういう事?

 目を開けたら、自室ではなく屋外で。

 サワサワと風に揺れている草だらけ。

 まだ睡眠中なのかな?

 夢だと確認したいけれど、頭の中で「現実だよ~」って言葉が響いている。

 何でここに?!

 私の家はどこ?

 私のもふもふ毛布、どこ?

 毛布の肌心地が良くて、下着のままで寝ていたのに。

 野原に下着姿って…。

 ギリギリお尻が隠れる長さのキャミソールを着てて良かった。

 しかも透けない黒色でなお良かった。

 ブラしてないから…。

 本当、ここどこよ~。

 ここに私を連れて来た人、いるなら出てこ~い。

 ……ぐすっ。

 四十代に入ってから私、泣きやすくなっているんだからね。

 

 太陽が射しているうちに何か羽織る物を探さないと。

 夜になると寒くなるかもしれないもの。

 早く家に帰らなきゃ。

 それにしても一体、誰が私をここに置いて行ったの?

 弟が珍しく旅行の土産としてお酒をくれて、それを飲んで寝たはず。

 弟がやった?

 お酒に睡眠薬でも入れて?

 私、怒らせるような事した?

 とにかくこの辺り、歩いてみよう。

 誰か、私を助けてくれる人と出会わないかなぁ?

 まずは、傷つかないよう素足を葉と茎で包もう。

 ふふふふっ。

 何かだんだんと、日常とは違ったこの出来事にワクワクしてきた。

 泣きたい気分がさっぱり消えたわ。


 自然の中に下着姿で立ち、言いようがない解放感を味わっている雪音は、ようやく顔を上げます。


 まずは、歩こう!


-♢-♢-

 

 これまで雪音は、家族や知人の為に尽くしてばかりの人生を送って来ました。

 幼い頃から、雪音は両親の自分への接し方が、他の弟妹と違う事を知っています。

 母親は彼女にことある事に理由をつけては暴言と暴力を与え、「何か言いたい事があるなら言え」と言われた彼女が窺うように見上げると「その目は何だ」とますます激高する母。

 父親はそんな母の態度を見て見ぬふりをし、「私達を困らせるな。大体、お前のその暗さはなんだ」と娘の存在をいまいましく眉を寄せるばかり。

 雪音が楽しそうに笑えば睨まられ、感情を控めにすれば気にくわないと疎まれた結果、明朗さが隠れ、内気で消極的な子になってしまいました。

 両親から可愛がられている雪音の弟妹も成長するにつれ、彼女を姉として敬う事は一切なくなり、何か頼み事がある時だけ接して来るようになりました。

 唯一、彼等が彼女に対して機嫌が良くなるのは、家族の為に手伝いや何かをしてあげる時で、態度が一時的に軟化するのです。

 そんな環境の中で、「機嫌良くなって貰える行動しなければ」という精神が彼女に芽生えていきました。

「役に立てたら、私はこの家族の中にいてもいいよね。私の存在を否定しないで、少しでも認めてくれるよね?」と。

 自分がそこに存在している事を長年不安に思っていたのです。

 見目良い彼女は、同性からの嫉妬で誤解されてのいじめや、外見で寄って来た異性を振るといやがらせをされたりと友人関係にも恵まれていませんでした。

 彼女が四十代になった時、とうとう周りの人達のせいで職も貯金も失なってしまいます。

 一番大金を払ったのは、弟と妹の結婚式費用なのですが、彼等の「後で必ず返す」という約束はまだ守られていません。

 家庭を持ったそんな弟妹達が、次に「両親との家族旅行費を少し負担してくれ」と、雪音の失業保険を奪っていきました。

 今回も、雪音だけがその家族旅行に誘われる事はありません。

 四十代後半になると職探しも難しく、仕事が見つかるまでと家事をしている彼女に母親は言います。


「あんたさ、私達がいないからご飯作る必要なくて、暇だよね。私の友達も用事あって家を数日空けるんだけど、施設から一時帰っている母親が独りでいる事になるんだって。行って、面倒見てきなよ。あんた一人でこの家にいても、光熱費とかもったいないじゃない。あんたが早く良い人みつけて、この家から出って行ってくれたら助かるんだけどね」


 母の言い方に目頭が熱くなる雪音。

 旅費を出した彼女に誰も感謝せず、邪魔者扱い。

 あんまりな態度に、それでも雪音は頷く事しか出来ません。


 家族が旅行へ行った翌日、雪音は母の知人の家へ向かいます。

 その家で待っていた老女は、雪音を歓迎してくれました。

 お土産に持ってきた羊羹を二人で食べていると、しみじみと老女は雪音の顔を眺めるのです。


「本当に貴女、佐奈ちゃんよりも姉の紗央ちゃんの方に似ているね」


 佐奈とは、雪音の母の名前です。


「私は数年前まで、貴女のお母さんの実家の近所に住んでいたの。紗央ちゃんは近所でも有名な美人さんでね。色々と問題を起こす子としても有名だったの。彼女の家族は、散々迷惑掛けられたみたい。人の恋人や夫を奪う事や詐欺めいた事もして、佐奈ちゃんも大変だったみたいよ」

「そんなに私は似ていますか? 母の姉に」

「あの子の方が派手で気が強そうな顔ね。こうして会えば、貴女は雰囲気も性格も似ていないってわかったけど。紗央ちゃん似だという貴女の事を結構、心配していたのよ。紗央ちゃん駈け落ちしてから、消息不明でね。その彼女の代わりに貴女が、周りから恨みのはけ口になっていないかって」

「え?」

「だって、親戚の集まりに貴女だけが呼ばれないのよね? 私の娘が佐奈ちゃんと話していても、貴女の話題になると嫌そうな顔して一切貴女の事を口にしないって。佐奈ちゃんは人一倍姉の事を憎んでいたようだし」

「……」


 何で、知りたくなかった事をこの人から聞かされるのだろう。

 原因知って、胸が痛い。

 顔が似ているだけで、嫌われていた。

 そんな理由で実の娘を?

 だったら、私の実母が伯母だったら、養母だから嫌われても仕方がないからってまだ納得したのに。

 実母にそんなに恨まれているなんて、最悪で痛過ぎるよ。

 実母なら私を愛してくれるって、そんな希望も持てないじゃない。

 紗央という女性への恨みを私がずっと受けていた。

 だから、私と似ていない弟と妹は可愛がられていたのね。


 私をそんな理由で愛してくれなかったのか、と雪音は心の中で静かに泣き叫びます。

「親から優しい言葉を当たり前のように受け入れている弟妹が羨ましくって妬ましい」とも。


「それに貴女を身ごもっていた時、旦那さんが自分の姉と関係を持っていたなんてね。それ以後、貴女のお父さんは佐奈ちゃんに頭が上がらないって話を聞いたんだけれど。あら、やだ私ったら、ペラペラ話してて。話し相手がいるとついお喋りしたくなるの。ごめんなさいねぇ」

「いいえ。あの、そろそろ昼食の準備をしたいのですが、何か食べたいのありますか?」


 これ以上、家族の話を聞けば大泣きしちゃう。

 一度、落着きたい。

 それにこの人、私との会話や態度を誰かに話すだろうから、醜態を見せないようにしないと。

 失礼な態度をとれば、後で母の耳に入るかもしれない。


「この辺りのスーパーのチラシ、ありますか?」

 笑顔を向けつつ、心の中で泣き喚く事に慣れている雪音の声に震えはありません。

「冷蔵庫にあまり入ってないから、多目に買い物して来てくれる? 私は膝が悪いから家にいるよ」

「明日の昼食までの食材を買って来た方が良いですね」


 静かで優しい口調の彼女を気に入ったらしく、老女は食費以外にもお小遣いを手渡します。

 その時の老女の優しい笑みは、彼女にとって感動的なものでした。

 ここ数年、雪音に笑顔を向けてくれる人はいなかったから、とても嬉しくって思わず彼女も心からの笑顔を浮かべます。

 

 それから数日間。

 面白い話や、料理を教えてもらったりと老女と彼女は楽しく過ごしました。

 雪音の心を癒してくれたそのひと時は、彼女にとって素晴らしい思い出の日々。

 だから、旅行から帰って来た家族からのお土産一つなくっても、雪音は全く気にしませんでした。

 

-♢-♢-


 自然の光、風、音、匂い、温度を全身で堪能しながら、雪音は歩き続けます。


 ここの空気はとても気持ち良いものだわ。

 吸う度に体が軽くなっていくよう。

 あっ、人が歩いている。


 野原から川沿いを歩き、ようやく発見した人はとても小柄な老女で、大きな荷物を背負っています。

 老女は雪音の姿を見てギョッと目を見開いていましたが、「何て恰好してんだい」と荷物から市場で買ったばかりのハギレを貸してくれました。

 大判型のスカーフのようなハギレを腰に巻いた雪音は、誘われるまま老女の家へついて行きます。


「貴女、どこから来たの? この国の人じゃないよね。貴女程の高い身長は、この国近辺でも珍しいもの」

「この国? ここ、日本ですよね?」


 外国の田舎にいるような姿の老女だ、と雪音は違和感を感じてはいました。

 頭に三角布、木綿のロングワンピースに革のブーツにエプロンという、日本ではあまりお目にかからない老女の姿。

 老女の薄い水色の目も、荷物から覗く見た事がない本の文字が何故か読めてしまう事も、あえて気にしないようにしていたのです。


「知らないねぇ。もしかして大海を超えた先にある国? 向こう側の国は遠過ぎてね、詳しくないんだよ。地図に載らない小さな島々や国があるらしけど。そっちから来たのかい?」


 日本を知らないなら、日本に住んでいないって事よね?

 言葉通じているけど?


 考えれば考える程、雪音の背筋が冷えて行きます。

 返事に困っている彼女の様子に老女は気遣うような声で言いました。


「やはり貴女、記憶失ったようだね」

「はい?」


 予想もしない心配を老女にされてしましました。


「隣国で観光客が眠らされ、身ぐるみ剥がれてどこかに置き去りにされるという事件が多いんだよ。その時の眠り薬が体に合わなくって、一時的に記憶を失う者もいるって。貴女も、そうかもしれないね、どこか痛くないかい? 同じ女なんだから、気にしないで言ってごらん」

「え、え? そんな哀れむような眼差しされても。キャミソールの下にちゃんと下着履いてますって。そういった事はされていませんっ。ほら、どこも怪我していないし。違いますっ。お酒飲んで眠ったら野原にいただけ、ですって」


 「野原にいた」だけっていうのもおかしいよね。

 いつの間にか知らない国にいるって充分、奇妙な事なのだけれど。


「そう? わかったよ。嫌な記憶なら、覚えていない方が…」

 老女の最後の呟きは、雪音までには届きません。

 身ぐるみ剥がされた可哀そうな観光客として、すっかり老女に認識されてしまった雪音です。


「隣国よりも安全な我が国、『カランコロロ』でのんびりしていきなさい」


 国名を聞いた途端、雪音は目覚める時に聞こえた鐘の音を思い出します。

 カランコロ…って、途中まで聞こえていたあの音は、カランコロロンって鳴っていたの?


「その国名は、もしかして鐘の音からきているのですか?」

「そうだよ。建国した際、初代王の故郷に昔からあった塔の鐘の音色からとったらしい。何でも、鐘が自然とそう鳴った時は、その地にとって良い事が起こる前触れ。でも、悪い事が起こる時はひどく耳障りな音が鳴る。当時、国中を巻き込んだ戦いが起こる前にひどい音が鳴り響いたらしい。ただ事ではないと、予め戦の準備をしていた青年が、勝利して王になったんだよ」

「鐘はもう鳴らないのですか?」

「自然に鳴ったとは聞かないねぇ。今じゃ、新王が即位した時に人が鳴らすだけ。塔がある地は王都となって、観光名所になっているよ」


 私が耳にしたのは、その鐘の音ではないの?


「この国の売りは豊かな自然と歴史的建造物。王都までここから二日はかかるけど、塔は一見の価値ありだよ。その前に役所へ行くのが先だがね」


 老女の家は町外れにありました。

 レンガの外壁に白ペンキで塗られた木枠窓。

 黄色の鶏と黒い羊がじゃれ合う間を通って、洋風な家の中へ入ります。 


「素敵なお家ですね。落ち着いた調度品で居心地良さそう」

 外の井戸で足を洗ってきた雪音は、室内を眺めます。

「好きな物を少しずつ買い集めた物ばかりで、私も気に入っているよ。荷物持ってくれてありがとう。そこに置いておくれ。まずは、貴女のその恰好を何とかしないと。私の服は小さいだろうから、布団のシーツでも巻いてみるかい?」


 シーツを渡された雪音は、昔見たテレビ番組を思い出しました。


 あの国の女性が着ていた民族衣装の着方って、確かこうだったはず。


「おお。上手に巻いたね。服としても見られるよ。…体に傷はないようだね」

「ですから、傷はないって言いましたよね。何故ここにいたのか、がわからないのであって。この国の事も一切知らないくって」

「そうそう記憶だね。まず、この地図を見てごらん? 『カランコロロ』はここ。何か思い出す?」

「いいえ…」

 

 雪音の容姿も服装も他国の者だからと理解をみせた老女は、この国の世情を知らない雪音にわかりやすく説明します。

 そこで雪音に知らされる真実。


 大雑把な世界地図で知る地形。地球にはない国名。

 やっぱり、世界が違う?

 異世界に来ちゃったの?

 何で私が?


 不思議な出来事に困惑している彼女の背中を老女は優しく撫でます。


「貴女、今日はここに泊まりなさい。しばらくここで過ごしてもいい。役所へ行く前に少し落ち着こう?」

「ありがとうございます。正直、一体、何をしたらいいのか。頭がまとまらなくて。色々、教えて下されば嬉しいです」

「うんうん。まずは服を何とかしようか。村の服屋で貴女に合う大きさはないと思う。ちょうど今日は市場が開かれているから、生地の種類は豊富だ。そこで選んで、服屋に仕立てて貰おう」

「お金が…」

「気にする事はない。私は昔、王都に店を持っていてね、結構お金を持っているつもりだよ。服数着仕立てる分なんて、ちっとも痛くない。むしろ、貴女にどんな服を着せようか楽しみなんだ。買ってあげる楽しみを私から奪う気かい?」

「いいえ。今更ですが、私は雪音といいます。御世話になります」

「テエ婆。私の事はそう呼んでくれ。こうして会ったのも、何か縁があるんだろうね」


 雪音は老女の強引さに救われる気分でした。

 自分を助けてくれる老女の優しさが全身を包んで、温かいのです。


 さすがに往復歩くのはキツイとテエ婆は自分の荷馬車を用意しました。

 馬二頭に運ばれ、二人は村の中心街へ。

 周りの人々を見て、雪音は実感します。


 確かにテエ婆が言うように168cmの私は、この国では目立つ。

 成人女性の平均身長が140cm台で、150cmあればかなり大きいと言われるらしい。

 成人男性の平均身長は160cmぐらいって。

 仕立てるより、男性用の服を買った方が早いかも。

 顔立ちは洋風寄りね。

 アニメみたいにピンクや水色や緑色の髪の人は見当たらない。

 黒髪に金髪に赤毛もいるけれど茶髪の人が多いのかな。


 二人は服屋へ寄る前に靴屋へ寄る事にしました。

 雪音はテエ婆から借りたサンダルを履いていますが、小さいので足がはみ出ています。

 雪音が靴を選んでいる間、テエ婆は服屋へ行ってサイズが合う服があるか確認して来ると出て行きました。

 靴を眺めていた雪音の視線が、鏡の前で止まります。


 私…。

 若い?!

 後ろに結っていて気付かなかったけど髪が長くなっている?!

 緩く波立ってて毛先はクリンクリンって巻きが入っている私の髪が、真っ直ぐになっているし。

 縮毛矯正した時の状態。それにこの長さの時って、あの年齢の時だけだわ。

 三十代半ばから出始めた白髪やシミにシワもないもの!

 ほうれい線も消えて、確かに若返っている。

 本来の年齢、半分の二十四歳に戻っている?!

 嘘。嘘。嘘でしょ…。


 「異世界で若返りってありなの?」と、さすがに取り乱してしまった雪音はフラフラと身体を揺らしながら、ウロウロと店内を歩き出しました。

 その不気味な行動に靴屋の新人店員は恐怖を抱きます。

 頼りになる店長は不在。不審な動きの女性は青ざめた顔。

 店員は、近所の医者を呼ぶか、警備兵を呼ぶか、悩みます。

 この店員の選択で、雪音の未来が変わるとは誰が想像したでしょう。


「ああっ、待って下さい。そこの警備の方! この人をっ」


 その時に呼ばれた警備兵は、付き合っていた女性に昨夜裏切られたばかりの強面の大男。

 絶賛女性不信中の彼は、店員の話も聞かずに勝手に罪を犯した者として雪音を床に押さえつけ、縄で捕えてしまいました。


 突然の出来事に雪音も店員も茫然。

 ズルズルと雪音を店外へ引っ張る警備兵を遮ったのはテエ婆でした。


「お前、私の客に何してる! 手を離せ!」


 この町でテエ婆を知らない者はいません。

 先々代の町長の娘で、王都で有名な大店を営み、貴族と結婚した者。

 夫が亡くなった後はこの町に戻り、今の町長の御意見番として活躍しています。

 彼女の人脈と寄付金がどれ程この町に役立った事でしょう。

 ここの町長よりも重要人物が、テエ婆。

 そのテエ婆が激怒しているのです。

 警備兵、靴屋店員、周囲に集まった見物人達も顔面蒼白。

 そんな中、不機嫌そうな顔の男性がやって来ました。

 その男性は町役所の副所長で、窓からこの騒ぎを見ていたのです。

 テエ婆から怒鳴られた警備兵と店員は、床に頭をつける程の謝罪を雪音にしてきました。

 そこで片付けばいいのですが、役人が雪音の容姿を見て、彼女の存在に興味を持ったようなのです。

 役所へは行く予定でしたので、テエ婆と雪音は役人とともに役所へ向かいました。

 テエ婆は雪音の事を役人にコッソリ伝えます。

 隣国で最近有名な追いはぎに遭い、記憶を失って下着姿のままこの国に運ばれた哀れな者だと。

 役人は半信半疑のまま雪音に様々な質問をしますが、ほとんどが「わかりません」と返ってきて、苛立ったようです。

 役人の雪音に対する態度は少々乱暴なものとなりました。


 雪音との続かない会話を切り上げ、役人はテエ婆と話す事にします。

「隣国の観光者だったら、観光者証明書を取ったはず。その照会も王都なら出来ます。無一文となった人には隣国からの救済金が与えられますが、身分がはっきりしない事には、ね」

「私が彼女の保護者になるよ」

「テエ様が? では、この書類に記入して下さい。これを持って、王都へ行きますから。ところで、彼女、雪音さんはその恰好で王都へ行くのですか? もう少し改まった格好は出来ませんかね?」

「これから服を仕立てるつもりだったからねぇ。急ぎでも、せめて二、三日待ってくれないかい?」

「私の方も王都へ行く予定が五日後にありましたので、その日に王都へ行きましょう。いいですね、雪音さん」


 王都まで二日かかるのよね。

 この人と行くのかぁ。


「はい。お手間を取らせてしまい、申し訳ございません。副所長さん」

「アーネストです」


 副所長の名前を知っても、多分、呼ぶ事ないと思うのだけれど。

 この人何歳ぐらいなのかな。

 三十は超えていないのかも。

 今の私って、四十代なのか二十代なのか…。

 見た目で、決めても良いよね?

 元の年齢のままだったら、髪の長さが変わる理由がつかないもの。

 二十四歳の姿に戻ったのだから、その年齢に戻っても良いって事よね? 


「雪音。王都へ行ったら、私の甥に会いなさい。城で侍従見習いとして働いているから。あの子は、貴女の力になってくれるはず。これは何かあった時に。それと私の連絡先も」


 テエ婆は雪音に小さな巾着を渡しました。

 巾着には、日本円に換算すると一万円程度のお金と甥らしき人物の似顔絵と名前、そしてテエ婆の住所が書かれている紙が入っています。


 テエ婆はまるで、私を癒してくれたあの時の老女のよう。

 私、この人、好きだわ。

 そういえば、あのいかつい警備兵の怒鳴り声も気にならなかった。

 役人の失礼な言い方も気にならなかった。

 普段なら不愉快になるような彼等の態度を思い出しても、何も悔しくない。

 むしろ、彼等に会えて良かったと思えているなんて。


 自分の感情に戸惑いつつ、雪音はこの世界に来てからある事に気づきました。


 これまでの私は、家族に遠慮して自分の好きなように動けなかった。

 この世界には彼等がいないから、あの視線を気にする事もない。

 自由に動いても、家族から今より嫌われる事もない。

 

 何て、身体も気持ちも軽いの!!


-♢-♢-♢-


 いかがでしたでしょう?

 今回は、雪音が異世界に来る前のお話と来てすぐのお話をしてみました。


 さて、お話に出てきた靴屋の新人店員の選択についてですが。

 警備兵を呼べば、融通が効かない役人と雪音は王都へ行き、王子と結ばれる可能性が発生します。

 店員は、こちらの道へ雪音を導きましたね。

 もし医者を呼んだなら、テエ婆が後に連れて来た融通が効く役人のおかげで王都へ行く必要もなく、そのまま町で暮らしていた雪音とテエ婆の甥が結ばれる可能性が発生したのです。

 テエ婆の甥とは、次代の王の侍従長のこと。

 いずれ、彼の妻に一目惚れした次代の王がどんなに悔しがり、彼女を略奪する非道な計画を立てた事でしょう。

 王と侍従長の間の亀裂が、いずれ国民を巻き込むはずでした。

 靴屋の新人店員、まずは良い選択をしたと褒めるべきでしょうか?



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