暗雲
しばらく泣き続けたアインは、泣き止んだ後も未だ俺の胸に顔を埋めている。
「あっあの~、アインさん。そろそろ離れてくれませんかね?」
「レイ。どういうこと?」
話の流れ的に意味不明な言葉を発するアイン。
「どういうことってどういうこと?」
普通に不思議に思ったレイは頭に?マークを浮かべている状態、そしてようやく顔を上げたアインは悲しい顔をしていた。
「レイ・・なんで女の臭いがするの?」
「・・・」
そうだった~。アインは自分以外の女の臭いに敏感なんだった~。
そして昨日ラムに抱きつかれたのを思い出した。だが昨日とは、柄は同じでも違うワイシャツを着て来たはずだが・・・ということは、体に染み付いた僅かな臭いを嗅ぎわけたということになる。
・・お前の嗅覚どんだけぶっこわれ性能なんだよ!
「いや・・あの」
「女なの?」
「ちが・・」
「女なの?」
「・・・女なんだが、生徒だから・・大丈夫だと思う」
「ふえぇ~」
今度は違う意味で泣き出した。
「ひどいよレイ。アタシだけ愛してるって言ってたのに~」
「言っとらん言っとらん」
なんとか宥めて落ち着かせたところで話を本題に戻す・・・。
「ヒゲポンからの挨拶回りようやく一人目かよ」
「レイ本当なんだよね。本当に何もないんだよね?」
「ほ、本当だから。うん」
まださっきの件を聞いてくるアインの顔を苦笑いしながら応対するレイ。
「さてそろそろ行きますかね」
「待ってレイ!」
ソファーから立ち上がって扉の方に向かうレイを引き留めるアイン。
「レイ、実は最近帝国内で人が消える事件が続出してるのよ。それの調査を私たちに頼みたいって学院長から依頼があったんだけど」
「ヒゲポンが?そういう事件なら治安部隊が普通やるもんだろ。なんで俺らが」
「それがなんか悪魔が関わってるっぽいんだよねその事件」
「確かに悪魔が関わってるなら普通の治安組織なら無理だろうが、そういうときのために帝国治安部隊がいるんじゃねーのかよ。ジンテツは何してんだよ」
帝国治安部隊とは普通の民間の治安組織とは違い、悪魔に対抗するために構成員を全て契約者で組織された機関である。
「ジンテツは別の事件に手が一杯で放せないらしくって」
「ん~、分かった。いずれヒゲポンに召集されるだろうからそのときにまたな。私たちってことはあいつらも来るんだよな?」
「うん。明日あたりに連絡くるからそのときに全員まとめて挨拶したら?」
「それが一番早く済ませられるから良いか。んじゃな」
───図書館を出た後俺は理事長室にテレポートした。
他の奴らはまとめて挨拶するが、理事長様には早めに挨拶しておかないと不味いということで、というか挨拶せんと殺される・・・。
階段を上へ上へと上っていく。
───学院の最上階、大きな扉の前。
「来ましたね~、ははは・・はぁ~面倒くさすぎんだろ」
「なにがだ?」
「・・・・・・・・おっ、おう。久しぶりだなリリス」
その一言が聞こえたのは俺の背後。その声にビクッとしつつも俺はなんとか平静を装って振り返り、返事を返す。紫髪で独特の雰囲気を纏うその女はジト目で俺の目を見つめ返してくる。
「何をつっ立っている?早く開けろ。両手が塞がっているのが見えないのか?」
「はいはい、失礼しました。そちら重そうなんでお持ちしま~す」
何やら重そうに書類の山を抱えていたリリスを労りつつ書類の山を持ってやり、扉を開けてさしあげる。
「お前が来ることはずっと以前から知っていた。大戦から5年か・・久しいなレイ」
「そうだな・・」
理事長室の内装は全体的に洋風で、アンティークなども凝っている。大理石のテーブルにオーダーメイドだといういかにもな装飾が施された椅子に腰かけて向かい合って座るレイとリリス。
とりあえず目を反らして出されたコーヒーをすする。
「そんなに警戒するな。久しぶりの再開なのだからゆっくり語り合おう」
「んなこと言ってもよ・・、お前の魅力は危ないんだよ」
目を合わせているつもりで耳についているピアスを見ながら話すが、リリスの方はしっかり目を見つめてくるのでやりづらい・・。
「お前が行方を眩ましてから私は寂しかったぞ~レイ」
テーブルに乗りだし目を合わせようとしてくるリリス。
外見だけでなく声まで色っぽい彼女は俺の顎に手を添えてきて誘惑気味な仕草を仕掛けてくる。
「あっあっ、あふ~・・やめてくださいリリスさん」
「ふっ」と微笑を浮かべるとリリスは椅子に座り直して少し真面目な顔になった。
「ところでアインからはここ6年間の出来事は聞いたか?」
「ん~、最後にちょっと最近起こっているって言う事件の話を聞いたぐらいで、あとは特に聞いてないな」
事件のことも気になるが確かに俺がいなかった6年間の出来事は話してくれなかったな。こっちから話を振れば話してくれたかもしれんが。
俺が何も聞いてないようなことを言うとリリスはまっすぐ俺を見つめてくる。極めて真剣な顔で。
「良いかレイ、ここ6年間で起きた大きな出来事を二つ覚えておけ。一つ、皇帝陛下が急病で倒れられて寝込んでいるそうだ」
「アイツが?それって本当に病気なんだろうな?側近たちとかに話しは聞いたんだろ?」
「それが何か隠しているような雰囲気で詳しいことは誰も話してくれないのだ」
「宮廷内に陛下の暗殺を目論む奴がいるとか?」
「案外いるかもしれん」
俺は半分冗談のつもりで言ったんだが、リリスの真面目な返答にしばらく沈黙する。
「本当にいるならまた俺たちが直属の護衛として守護してやる必要が出てくるか・・」
「そして二つ目が先ほどの事件に関することだが、実は何やら不審者も出ているらしい。覆面をして身長は170センチほどで痩せ気味、緑色のパーカーを羽織っていて下は黒いジーンズの体つきからして男らしいと、地方の治安部隊の一構成員が証言している」
2ヶ月ほど前に地方の治安部隊の一構成員が夜間の市内の見回りをしていたときに怪しい男を見つけて声をかけようと思ったところで人間とは思えないような早さで逃げていったんだそうだ。
「いかにもなカッコしてんな~、そんな特徴ばっかりのやつならすぐに見つかりそうだけどな」
「それが奴は契約者らしいのだ。そう考えると例の事件との関係性が深まる」
「いや、契約者というだけだと関係性までは断定できんだろ。今の世の中契約者なんて腐るほどいるんだからよ」
「だが、怪しい男ということは確かだ。それだけでも捕まえて情報を聞き出せるかもしれん」
「分かった。ヒゲポンが明日の夕方に召集かけるらしいからそのときにな。コーヒーご馳走さん」
「ではな」。
理事長室を出た後ずっと緊張していた胸の鼓動を撫で下ろして、廊下の天井をというよりは虚空を見つめているような感じで上を向くレイ。
「シャドウか・・はっ、バカバカしい。あんな殺しを楽しんでいるようなイカれた当時の俺を崇拝するような連中がいるとはね」
本当にバカしかいねーな─────。
長めの独り言を呟きながらシャルルたちの教室に向かう。
「あ~ワリ~遅れた、・・・何してんだお前ら」
「あ!先生。ラムがまたシャルルをいじくってるのよ」
「シャルル恨めしやこの胸~」
「ラムちゃんやめて。あっ!そこは」
目の前にはシャルルのほどよい胸をラムが揉みしだいて、そのラムを必死で引き剥がそうとしているリンの姿が。まあ、この光景は比較的このクラスではいつもの日常だ。レイはあきれ顔でため息をついて教室に入る。
「実は今回先生方が揃って、ある事件の調査に乗り出すことになった。だから授業はしばらく自習になると思う」
みんな少しは驚いたような顔をしたが契約者の先生というものは時に、こういった事件に協力することも少なくないので、慣れているような感じのリアクションではあった。
「何日くらいかかりそうですか?」
「ん?そうだな2週間くらいかな。それでも早く終わることもあるかもしれないし、さらに長引くかもしれないし、なんとも言えないな」
「先生。私もいく!」
すると唐突にラムが立ち上がって、そんな提案をしてくる。
「は?生徒が首を突っ込んで良い案件じゃねーんだよ。何かあったら責任問題だからな」
「俺は行くぜ」
「ダメだ。今回は先生たちだけでの任務だ」
「いいや、ここは譲れねーぜ。俺だって部隊のメンバーだ、人々のために精一杯尽くすのは当たり前だろ」
「・・はぁ~、お前は一度言い出したら曲げないからな~」
俺は少し強めに拒否したが、リンネの正義感の強さに負けて渋々承諾した。
「私も行きます先生!」
「ユイ。ダメですよ」
「私も行きます!」
「リン、ダメだよ先生が困っちゃうでしょ」
張り切ってついてこようとするユイをユアが、リンをシャルルが止める。
「そんじゃいろいろ準備することがあるから、今日はここまで~」
レイが教室を出ていった後に、誰もいなくなった教室の片隅でリンとユイは二人でなにやらコソコソと話している。
「私たちだってできるってところを見せてやれば先生だって納得してくれるはずだよ」
「それじゃ先生たちの任務にこっそりついていきましょ。そこで力を見せつければ良いでしょ」
「それじゃ明日はそういうことでいきましょう」
「「えいえい、おー!」」と小声で小さく拳を作った。
だが、この二人の計画が後に最悪の事態を招くことになる。
学院の学院長室に先生方全員が召集されていた。といっても、職員は理事長と学院長合わせても、5人しかいないんだが。
「よう、久しぶりだなレイ。5年ぶりか」
「そうだな、お前も変わりないなチカゲ。相変わらず忍者みたいなカッコだな」
「ふっふっふ、俺のスタンスは崩れんよ」
この、もし忍者がこの時代に存在したらこんな感じ的な、青いジャケットに動きやすそうな長ズボン。口元を隠す黒いマスクがすでに忍者らしさを演出してるが、確かにこの科学と魔術が調和した世界に忍者がいたらこんな感じかもしれない。
黒髪で髪の一本一本がギザギザしている煮えたぎるような赤い色のその少年は俺より少し若く、16歳の少年なのだが英雄の一人として〈大戦〉を共に戦い抜いた仲間の一人だ。
「相変わらずヘラヘラしおって、シャキッとせんか!」
隣にいたもう一人の英雄、三川ユレイ。藍色の上下スーツに身を包んでいる男。サングラスを常にかけていて外見はモテそうだが、その真面目すぎる性格で女の子から好意を向けられはするものの、最後は毎回ふられるという悲しい男。
「二人とも変わりないようで・・まぁ、よかった・・よ」
「なんだよ!」
「なんだ、その微妙なリアクションは!」
「うるさいぞお前たち」
[[[・・・・・・]]]
その一言で瞬時に黙る男三人。
「ほっほっほ、まあそんなに怒らんでも良いではないかリリス。久しぶりの再会で少し舞い上がっているだけだろ?」
「黙れハゲ!私は今日機嫌が悪いんだ。舐めた態度とってると消しズミにするぞ」
比較的やわこいヒゲポンの頬を片手でくい込むほどの勢いで掴んで威嚇している。
「な、なんでそんなに機嫌が悪いんですかね。リリスさん」
「知れたことだろ。アインが召集早々にレイに抱きついて私にアピールしてきたんだよ」
「ひっ!」
目が血走っていてレイは思わず目を反らす。
「あらあらリリスさん、そんなに怖い顔をなさるとシワが増えますよ」
「ちぃ~、アインウェスタリス、いずれ出し抜いて泣かせてやる。覚えておけ」
「上等ですわ、リリスさん」などと、睨みあって火花を散らせている。
「そんじゃ、とっとと行きますか。主な不審者の発生地域はこのウィンテルンから北に二つほど隣の町、レサイムか」
いろいろ絡みはあったものの、俺たち英雄様一行は電磁路をジープのような電磁式の武装車で高速で目的地に向かう。
「そう言えば、リンネはもう現地に行ってるのか?」
それとなくヒゲポンに尋ねる。
「そのようじゃな、朝早くにジンテツが率いた部隊と一緒にいち早く行ったようだ」
「そうか。ん?」
そのときにコンテナに積んである食料などが入っているであろう木箱が動いたような気がしたが、車のわずかな揺れで動いただけだと思い。レイは特に気にしなかった。
帝国の首都より北におよそ200キロ。レサイムの町が見えてきたのは夜中の1時ほど、遠目に見ると何となく町の明かりが温かい感じに思える。
「お~い。みんな起きろ~、見えてきたぞ」
俺が一声かけるとみんなモゾモゾ動いて起き上がってくる。
「なんだ~もっと町の景観が乏しい感じかと思ったらそうでもないじゃん」
「油断するなチカゲ。町の中に入れば雰囲気は一変するぞ」
チカゲと同じ感想を持っていた俺は、ユレイの言葉を聞いて心を引き締める。
「ふぁ?着いたのか?」
「あっれー、リリスおばさんもう少し眠っていてもよかったのに」。「できれば永遠に眠ってほしい」と最後の一言だけ小さめの声で呟くアイン。
「最後の一言が聞き取れなかったんだが、なにか言ったか?泥棒猫」
睨んでくるリリスの顔を笑顔で受け流すアイン。
日に何回争ってるんですかね、あなたたち。
ゆっくりと町に入っていく俺たちを乗せた武装車。
「着いたな。なるほど、確かにどことなく町全体に沈んだ空気がたちこめてんな」
「それに悪魔の気配もなくはないな」
「とりあえず予約した宿屋に向かいましょう」
アインの提案でひとまず宿屋に荷物を置いてから夜間巡回をするということで、町の一角にあるホテルにチェックインした。
「それじゃ345号室が俺とチカゲとユレイだな。346号室がアインとリリスで良いな」
レイが提案すると女子二人は当然反論したのだが、ユレイが正論を述べて黙らせなんとか部屋割りは解決。
それぞれの部屋で装備を整えてから廊下に集合することになる。
「よし!夜間巡回行きますか」
装備を整えたレイがそれとなく言うと、同じ部屋になったチカゲとユレイはこくりと頷いた。
装備と言っても身に付けるのは緊急用の位置確認ができるレーダーと眠くなった時用の缶コーヒーくらいなのだが。
女子たちも廊下に出てきたところで早速外にでて、辺りを見回す。
「リーダーは誰にするよ?」
レイが当たり前のように聞いてくるので、みんな呆れたようにレイの方を見てくる。
「え?・・俺?」
[[どう考えてもそうだろ]]
[[どう考えてもそうでしょ]]
今までの道中、リリスたちを率いて指示を出したり主に動いていたのは明らかにレイなのだが、彼にはその自覚がないらしい。
「それじゃ出発」────。




