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16/彼女と俺と

 一年と半年前、僕はこの藤宮家へとやってきた。不本意としか言いようのない連れ去られ方をして、不本意ながらこの家の住民となった僕。妹とは学校の校門で会うという素敵でもドラマ的でもなんでもない出会い方をし、年が近かったせいか、極々自然に仲良くなった。

 タマとハルを拾った時は、結衣の優しさや無邪気さを知った。体育祭では、結衣の意外なテニスの才能に驚きながら、結衣と日が暮れるまでラリーを楽しんだ。俺が家出をした時は、結衣の暖かさと、温もりを知った。結衣とのデートでは、結衣の弱さと儚さを知り、守りたいと強く願った。そう、願ったんだ。けど、僕は結衣を守れない。そう、思ってしまった。


 そして僕は、この街を去った。


 色々、考えてたんだ。自分への戒めとして俳桜を出た筈なのに、それを簡単に戻ってきてしまったこととか。僕の覚悟していた戒めは、そんな程度のものだったのかとか。母さんのこととか、姉ちゃんのこととか、結衣のこととか、自分のこととか。本当に、色々考えたんだ。

 それは僕にとって重要なことだったような気がしたんだけど、今は……。そうだな、うん。今でもそれは重要だけど。


「ただいま、結衣」


 僕の心の奥にある、この気持ちの方が、もっとずっと、大きいんだ。そう、結衣を抱きしめた時、昔に、遠い昔に、諦めていたもの。それが手に入ったんじゃないかと、そんな気がした。


「遅いよ……。蓮さん」


 僕の呼び名。そんなところからも、月日が経っていることが伺えた。それが少し寂しくて……。でも、戻ってこられたこと。結衣が僕を、兄ではなく一人の男として待っていてくれたこと。それが、何よりも嬉しかった。


「……ごめんな」


 そう言って、一層腕に力を込める。結衣が、少し苦しそうな声を上げる。きゅっと、結衣が僕の背中のシャツを掴んだ。弱々しく、結衣が口を開く。


「私……待ってたんだよ?」


「うん」


「ずっと……待ってたんだよ?」


「うん」


「あ……あんまり遅いから、ひくっ、自分から様子見に言っちゃったし……」


「うん」


「紙飛行機の……手紙くれた後も、またッ、しばらく待たされたし……」


「うん」


「ひくッ……それから……」


「わかってる。わかってるから」


 そう言って、結衣を更に一層強く抱きしめた。もう二度と、離してしまわないように。もう二度と、迷ってしまわないように。


「蓮さん……苦しい……」


「うん。それもわかってる。でも……離したくないんだ」


 結衣が顔を染めるのが、手に取るようわかった。そのくらいに、結衣を身近に感じた。それすら、僕には当たり前のような気がした。


「……ありがとう」


 結衣のかすれるようなありがとうの中に、僕がここを去った時、結衣がどれだけ傷ついたのか、同じように、僕がどれだけ傷ついたのか、なんとなく分かったような気がした。その傷をなかったことにすることはできないけれど、少しづつ、少しづつなら、癒せるような気がするんだ。それは、きっと僕にしかできないことなんだと思う。というより、僕が結衣にしてあげたいことなんだと思う。

 しばらくの時間が経って、結衣はは僕から少し体を離すと、頬を赤らめながら、静かに目を閉じた。落ち着き払っていた僕の心臓が、急に心拍数を上げる。とかなんとか解説しているが、そんな余裕は全く無い。

 キス……しようってことだよな……? そういうことだよな? よし。OK、落ち着け蓮。深呼吸、深呼吸、深呼吸。よし、いくぞ――


「え?」


 不意に、僕の唇が塞がれた。目の前には、アップの結衣の顔。綺麗に整った眉毛。閉じたままの目。

 動けなかった――

 よく小説なんかで、『まるで時間が止まったかのような』なんて表現をするけど、本当に、ほんの数秒が、僕には永遠のように感じられ、次の瞬間、嬉しさとか高揚感とか、そういうものがこみ上げてきた。僕の心臓の音が、結衣に聞こえているんじゃないかと。そのくらいに、ドキドキした。


「遅いから、自分からしちゃった……」


 と結衣が僕の耳元で言った。言った後に、結衣は恥ずかしそうに僕の胸に顔をうずめる。やばい、可愛すぎる……!


「反則だろ……」


「え?」


「いや……なんでもないよ」


 本当に結衣は可愛くて、可愛くて。きっと、目に入れても痛くないっていうのは、こういうことなんだろうなぁ。いや、結衣が反則的に可愛いのは、何も今に始まったことじゃない。そう思った。だから僕も、結衣の背中に手を回して、強く強く抱きしめた。不意に、結衣が口を開く。


「蓮さん……。もう、いなくなったりしない?」


「うん。しないよ」


「ずっと……傍にいてくれる?」


「もちろん」


「ずっと……私のこと守ってくれる?」


 結衣は、きっと不安なんだと思った。大切な人が、自分の傍からいなくなっていしまうことを、結衣は経験してしまっているから。それはとても辛いことで、悲しいことで、もう二度と、結衣にはそんな思いをさせたくないと思った。だから、僕はそれを言葉と行動に乗せて結衣に贈る。


「結衣、僕の目を見て」


 結衣の手を取り、結衣の目を正面から見つめた。結衣の目は、少しだけ赤かった。


「僕は、ここにいるよ」


「ここ……?」


「うん、ここ」


 結衣の手を取り、自分の胸に当てる。きっと、結衣には僕の警鐘のように早く鳴り響いている心臓の音を感じていることだろう。


「ほら、ここにいるだろ?」


「うん……うん……」


 結衣は、僕の胸をさすりながら、何度も頷いていた。何度も、何度も。僕は、そんな結衣の背中を摩りながら、腕の中にある、僕だけの大切な温もりを、大事に大事に、かみ締めていた―― 



***



 結衣?


 なに?


 落ち着いた?


 うん。


 ……よかった。


 何がよかったの?


 僕でも、結衣の役に立てた。


 あは……そんなこと。


 僕にとっては、大事なことなんだけどな。

 

 …………だよ。


 え?


 蓮さんは、いてくれるだけでいいの。それが、私にとって一番嬉しいの。


 ……結衣。


 なに?


 大好きだよ。もう、絶対に離さない。結衣が嫌がったって、絶対に離してやらない。


 それは私もだよ。


 いつになるか、わからないけど……。結婚しよう。絶対に幸せにする。


今までも分も、これからの分も、結衣と一緒に幸せになりたいんだ。


 はい。

  

 

 喜んで――――


 

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