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12/優しいだけが恋愛じゃない……らしい

大変遅れてしまって申し訳ないです。前話の内容を忘れてしまっている方も多いのではないのでしょうか。なかなか時間が取れないものです。ではではっ、お楽しみください。

「あの……」


「え?」


 突然話しかけられたことに、驚いたように振り向いた結衣さん。そもそも、私と彼女は面識が無いうえ、こっちは外人。驚くなという方が無理だろう。


「シュナ……さん?」


 と思っていたのは私だけのようです。


「私を、知っているのですか?」


「もちろんですよ」


 笑顔で答える結衣さん。そんな笑顔作られてもですね、こちらとしてはもうなにがなんだか。こっちが勝手に手一杯になっていると、結衣さんが先に話しだした。


「そっか……シュナさんも日本に来てたんですね」


「も? ということは、弟が日本に来てるというのは?」


「知ってますよ。昨日、無事到着したのも、昨晩に母から電話で聞きした」


 この一言で、自分の聞いた会話の内容が推測通りのものだったと確認できた。すぐさま、頭をかすめた疑問を口にする。……その前に、ここだと込み入った話をしている間に弟が戻ってくる可能性がある。これからする話を考えると、あまり蓮本人を交えるというのはよろしくない。


「立ち話もなんですし、少し……。場所を変えましょうか」


「……いいですよ」



***



 場所が変わって、ここはトイレから少し離れた場所にある休憩所。具体的に言うと、トイレ横のジェットコースターを横切って、暫く行った後右手に見える小川の橋を渡った後にあるラウンジ。


「で、話ってなんです? 少し人を待たせてるので、あまり話しこむ訳にはいかないんですが」


 腕を組み、時間があまりないことを報せてくる結衣さん。話をどう展開させてよいのか、早速本題に入ってよいものだろうかと思案していたけど、その心配はなさそう。なので、単刀直入に話しを進める。


「なぜ弟と会おうとしないんですか?」


 彼女は、やはりという顔で溜息をつく。ま、私が結衣さんと話さなければいけないことなんて少し考えればわかること。しかし、当の彼女からは。


「なぜって……なぜ、でしょうね」


 少し困ったように俯く結衣さん。質問を予想はしていたものの、回答はできそうにない。そんな情けない姿に少しだけ苛立ちを覚える。


「面倒な言い回しは避けて、言いたいことだけ言わせていただきますと、あの愚弟は、あなたの為に返帰って来たんですよ」


 いつのまにか、そんなことを口走っていた。


「いろいろ悩んで、傷ついて、泣いて……。それでもあなたに会いたくて、いっぱい勉強して、いっぱい努力して、やっと少しだけの自信をつけてあなたに会いに来たんです。わかりますよね?」


 周りの人も、ここがどこなのかも気にせずに、声を張る。自分でも、そんなことが自然に出来たことに驚いた。


「だから、あなたも逃げないで下さい。ちゃんと向き合って、ちゃんと話してあげてください。そうじゃなかったら私……」


 言いかけて、やめた。そうじゃなかったらって? 自分は何を言おうとしたのだろう? わからない。私は何を――

 そんな思考に囚われていると、結衣さんが話しだしていた。


「もう、遅いんですよ。一年と半年ですよ? 高校生を一年半も待たせて、ずっと思い続けろなんて、無理じゃないですか」


 首を横に振り、やれやれと言った表情でため息を吐く結衣さん。言葉が、出なかった。想定していた展開と違いすぎる結衣の態度と思いに、近くに蓮がいないことをすばやくチェックした。もちろん、蓮はいるはずもない。今頃トイレで鳴り止まない腹の音と抑えきれない衝動に苛まれている筈だから。そう納得して、もう一度結衣さんを見る。


「それに私、好きな人が出来たんです。だからそんな、あなたの気持ちを押し付けられても困るんですよ。それに……兄妹……ですから」


 この時、この瞬間、結衣さんは告白した。が、結衣さん、詰めが甘いですね。私は、結衣さんの唇がかすかに震えているのと、笑顔に陰りが見えた。それは単なる気のせいなのかもしれないし、単に都合の良いように見えただけかもしれない。しかしなんとなく、口からでまかせなんだと確信していた。もし、本当に兄を好きになってしまって、1人の男として認識したい時。その人を自分の兄とする言葉を発するのは、きっと辛い。だから、結衣さんはこんなにも暗い表情をしているんだと思うんです。しかし、それでもわからないのは、そんな嘘をつく必要があるのか? ということ。ま、何か理由がなきゃそんなこと言う訳ないでしょうね。


「うん、それは初耳ですね。まぁ、その方がよほど健全的でしょう。弟は随分と困惑するでしょうが

、あなたと蓮は一応、兄妹だったのですから。」


 『弟』の部分と『兄妹』の部分を強調していって見せた。途端に、結衣が少しだけ顔を歪める。それだけで十分、彼女の気持ちが理解できた。


「で、その好きな人とは、こっちを睨んでいるあの少年ですか?」


 私は右後方を見ずにその少年を指差した。その少年は気付かれていないと思って立っていたんでしょうが、バレバレです。その質問に対して、結衣さんはただ俯くばかりで、何も言おうとしません。ふぅ……好きだ。というのは、もしかしたらあながち間違いでもないのかもしれませんね。特別な存在。という意味では。質問が返ってこないのを確認した私は、思い溜息をついた。もう、習慣のようなものですね。


「では、私はこの辺で失礼します。私も、人を待たせていますので」


 それだけ言い残すと、私は席を立ち、愚弟が待っている筈の公衆トイレの前まで戻ることにした。できれば、もっと言いたいことがたくさんあった。けどそれでも、大事なことがわかったから。今日のところはここまでにしておくことにしましょう。



***



 え~、っと。それで、なんでこんなことになってるんだ? よしよし、状況を整理しよう。自分自身との終わりなき戦いに終止符を打つことに成功した俺は、意気揚々とトイレから出てきた。そしてシュナがいないことに気付いた俺は、シュナを探して目の前にあったショップに入った。うん、OK。そうしたら、後ろから肩をトントンされ? 振り向こうとしたら首根っこを掴まれ? ショップから引きずり出されたと。襟が首を絞める形になっており、しばらく咳き込んだあと、涙目になって抗議した。


「ゲホ……お……お前なぁ、なんの恨みがあって俺の首を絞める!?」


「いや、これはまぁ、なんとなく腹が立ったもので。それより、結衣さんと会ってきました」


 さらっと重要なことを言うシュナ。あまりにもさらっとしすぎて、驚くタイミングを失ってしまった。


「……レアリー?」


「レアリー」


 真顔が……怖いですよシュナさん。


「……」


「あれ? どうしたんですか? 会いたいとか、急に走り出すとか、そういう反応だと思ってたんですが」


「まぁ、そうしたくないわけじゃないが……どうも……」


 俺の歯切れの悪い態度に、シュナもいささか痺れを切らしたようだ。


「あー、もう! どうしたんですか? アメリカから旅立つ時のあの勢いはどうしたんですか?」


「いや、なんだろうな。俺ってさぁ、もしかして……いやもしかしなくても今避けられてるわけじゃん?」


「ええ……まぁ」


「それってさ、うん。どうしたもんかなぁ……と思ってさ」


「……」


 シュナの大きな溜息が聞こえた。溜息付きたいのはこっちだっての。って、そんなこと言ったって状況は変わらない。ちらっとシュナの方を見てみたが、どうも同じことを考えていたようで、俺と同じようにこっちを見ていて、目が合ったと同時に頷いた。そうして空を見上げると、また随分を晴れていた。快晴までとはいかないが、十分にいい天気と呼べる部類に入るだろう。そんな空を翔るカモメが数匹。旋回し、飛び回っていた。こんなにも落ち着いて辺りを見回す余裕があるのは、きっとシュナのお陰。間違いなく、シュナは俺の姉兼精神安定剤になっている。というより、落ち着くのだ。シュナがこんなにも穏やかに俺を見守ってくれているから、俺は安心して前に踏み出せるのだ。


「とまぁ、色々考えてたんだけどな。もう、いいや」


「……どういう意味です?」


「いや、だから……。もういいんだよ」


「……」


 少しだけ怪訝そうな顔をしたシュナだったが、すぐにいつもの微笑に移り変わった。俺が何を言おうとしているのか、手に取るようにわかったのかもしれない。それでも、俺は口にした。そうすることで、行動に移せそうな気がしたから。


「結衣の都合なんて知るか。俺が会いたいから会うんだ」


 今ままでの俺に無かった強引な思考。しかしシュナは――


「いいんじゃありません? あなたには、そういうところも必要だと思いますよ」


 笑って応援してくれた。


「女の子って、強引なところに弱かったりするものですよ? 優しいだけじゃダメなのです」


 人差し指を立ててシュナが言う。シュナから恋愛のご教授をされるとは思ってもみなかった。


「本当かよ?」


「本当ですよ」


 シュナに言われれば、本当にそうだと思えるのが不思議だ。

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