11/動き出した時間
さて、シュナの突発的な要望に答えるべく、電車に乗って来た遊園地。俳桜駅から数駅に位置するここマリンランドは、以前来た時よりも少しだけ目新しくなって、それでも以前とほぼ変わらない雰囲気で迎え入れてくれた。最初に来た時を思い出す。帰りは、結衣をおぶって帰ったっけな。
「ここが……遊園地ですか」
と漏らすシュナ。行ったことあると思っていた俺は、ほぼ反射的に質問をした。
「正確には、テーマパークマリンランドだけどな。シュナは行ったこと無いのか?」
「無いですね。初めてがあなただってことは不満ですが……まぁいいでしょう」
ほ〜うほう。こっちだってお前と一緒なのは不満だよ。
「で、どうして急に遊園地なんだ?」
歩きながら何気ない質問をする。しかし、返ってきたのは思いもよらない答えだった。
「おそらく……ここにいるからです」
「誰が?」
「結衣さんです」
「へ?」
一瞬俺のヘボイ脳味噌が停止しそうになったけど、そこまでオーバーなリアクションを取る必要もないだろう。そりゃあ、結衣だって遊園地に行きたいことだってあるさ。…………や、ごめんやっぱり意味わからない。
「それは……結衣がこっそりシュナに会って、遊園地に行くって言ったってことか?」
「違います。もしそうなら、せっかく日本に来てるのにあなたと結衣さんを探すような真似しませんよ」
確認のためにした質問が、大きな溜息と共に、見下すような視線が返ってきた。このお嬢様、相変わらずキャラ設定が定まって無いね。そろそろ固定してくれないと対応に困る。
「で、それなら誰に聞いたんだよ?」
「朝、家を出る前に加奈子さんに結衣さんなら電話がかかってきたのを聞いたんです。内容はよく聞き取れなかったんですが……。遊園地、と聞こえたような」
「聞こえたような……って。どうしてさっさと言わなかった?」
「検査入院中の桜さんを郊外まで連れ出す訳には行かないでしょう。あなたは嘘が顔に出ますから、言わなかったんです」
「まぁ……そうかもしれないけど。でも」
「それに、私としても町の色々なところを見れて楽しかったですし」
「でも――」
「でもでもうるさいですね。いいじゃないですか。教えてあげただけ感謝してください」
どうやらシュナは俺に反撃のチャンスを与えてくれる気は無いらしい。それに気付いた俺は、反撃をやめた。多分、シュナだって言いにくかったんだろう。桜ちゃんが聞いたら、一緒に来るって聞かなかっただろうし。最悪激昂だって考えられる。だって、普通遊園地に、1人で来るはずも無いから。まして、相手が桜ちゃんでも香奈ちゃんでもないなら――
「じゃ、とりあえず遊ぶか。折角来たんだし」
「いいんですか?」
シュナは驚いたように目を見開いた。
「なんだよ? 何か不満か?」
「いえ、そんな風に言ってくれるとは思わなかったので。すぐに探しに走るかと思いました」
まぁ、探したくないって言ったら嘘だけど。会ったところで何を言ったらいいかわからないし、それが誰かと一緒にいたなんてことになったらと思うとショックだし。でも一番の理由が、シュナに笑顔で居て欲しいから。
「まぁ、たまにはお姉さまの娯楽に付き合うのも悪くないってね」
「なんですかその言い方」
半目に見てくるシュナに俺はパンフレットを差し出した。
「さて、どれから乗りたい?」
そう聞くや否や、シュナの手は迷うことなく一点を指差した。どれどれ……とその一点を覗く。
「メリー……ゴーランド」
一言だけ言おう、凄く恥ずかしい。
***
笑いと歓喜、それにはしゃぐような幼児的な声。その中に、対象年齢から確実に外れる人物が2名ほど混ざっていた。
「……蓮さん、どうして馬に乗らないんですか?」
シュナが後ろのかぼちゃに話しかける。言うまでもないことだけど、そのかぼちゃにはもちろん俺が乗っているわけ。
「恥ずかしくて乗れるか」
そう言ってやろうとしてけど、どうもシュナは楽しんでいるらしいので、小さく呟くだけに止めた。
それにしても、後何週したら下りられるんだ? もうしばらく回っているような気がするんだけどな。それにどんどんスピードが上がってきて無いか? というか、なんでこのメリーゴーランドはシートベルト着用なんだ? そんな疑問を抱いた後、アナウンスが流れた。
『これより、最大速度で旋回します。手すりにお捕まりください』
と、スピードが徐々に上がっていく。そうか、だからシートベルトか。とはいっても、所詮は幼児向けのアトラクション。最大速度といっても、大して軽快するようなことではないだろう。…………あれ?
「ちょッ、速ッ!」
スピードはどうしたって幼児向けのものではなく、体感速度は半端じゃな――
「い゛ッ!?」
舌、舌噛んだ! 痛ッ! おもっくそ噛んだ! つーかなんだこれ、目が、目が回る。…………気持ち悪い。
『お疲れ様でした! 嘔吐のさいは目の前の公衆トイレにてお願いします」
コノ野郎。そうアナウンスに呟いて、リバースをこらえながらかぼちゃから下りた。足元はおぼつかない。なんなんだよこれ。どこが幼児向けだよ。明らかに遊園地常連の玄人向けじゃねーか。ふらっふらになりながら係員を睨みつけたが、爽やかな笑顔が返ってきた。スマイルは満点だよ。
とりあえずアトラクション入り口付近にあったベンチに腰掛ける。前かがみになっても空を見上げても気持ち悪い。相変わらず舐めた遊園地だな。
「大丈夫ですか?」
「……うぷッ」
質問に答えようとして、こみ上げてきたものを慌てて飲み込んだ。
「吐くならトイレでお願いします。嫌ですよ、後処理とか」
俺だって、公衆の面前に嘔吐事件なんて起こしたくねぇよ。ただね、どうも……。衝動的に感じるものを覚えた俺は、アトラクション入り口横に設置してあるトイレットへと駆け込んだ。後ろからシュナのわざとらしい大きな溜息が聞こえた。
***
「で、どうして戻ってきたらいないんだ?」
トイレで罪悪感共々全て流し終えてきた俺は、待たせているであろうシュナの元へ急いだ。といっても、トイレとベンチは目と鼻の先。トイレを出れば当然視認できるはずの場所に居る筈のシュナ。まぁ、こんな長いくだりとセリフを言うわけだから、言うまでもなく居なかった訳だ。
とりあえず、適当なショップに入ってみるとする。マリンランドと名付けられただけあり、へんてこな魚のグッズやらなにやらがずらりと並んでいる。しかし、どうやら俺の予想ははずれたらしく、シュナの姿は見つからない。
さっきのお返しに大きな溜息をついた後、店を出ようとした俺の肩を、誰かが叩いた。
***
数分前
***
「全く、相変わらず節度の無い人ですね」
トイレに向かって全力でダッシュしている愚弟の背中を見つめながら大きな溜息を付く。そもそも、あの弟は相変わらずよくわからない。子供っぽかったり大人っぽかったり。無口だったりお喋りだったり。もっとも、お喋りな時は決まって愚痴をこぼす時だろうけど。
と、そこまで考えて、陰気な方に思考が傾いていることを自覚した。初めての遊園地ななんだから、もっと楽しまなきゃ損。そう考え直し、静かに周りを見渡す。すると、メリーゴーランドの反対側にあるショップを見つけた。入ろう、そう思ってショップの中を見ていると、見覚えのあるような顔を見つけた。藤宮家に見つけた写真に写っていた人物。
結衣さん――
きっと間違いない。でも、見つけた瞬間、正直どうしたものかと悩んだ。会って何を言おう? そもそも、会いたいのは蓮さんであって、私じゃない。でも、私も何か言いたい気がする。でも、それは何?
それが何かもわからないまま、私の足は進んでいく。迷い無く、真っ直ぐにその人へと進んでいく。
「あの――」
気付けば、声を掛けていた。