7/チキン・ザ・ヒーローの諦めない
3月20日をもってこの作品も一周年となっておりました!
今までご愛読していただいた皆さん、どうもありがとうございました! 毎日少しずつ上がる閲覧数を気力に今まで頑張ってこれたわけですので、この作品は僕と読者の皆様で作り上げてきたものだと思っております。これからも、よろしくお願いいたします。
それと、随時番外編のリクエストは募集しておりますので、もらえたら嬉しいかなぁ……なんて……。
月曜、朝、SHR。
「おはようございます。昨夜ジェームズ先生が不慮の事故で入院してしまったため、臨時で担任を受け持つこととなりました。藤宮すみれです。以後、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるすみれさん。クラスの連中は拍手なんかしているが、もちろん俺にそんなことをする余裕は無い。というか、何? 不慮の事故? お前がやったんじゃないのか!? いや、いくらなんでもそんなことはしないよな。いくらすみれさんが意味不明で不可解だからって、犯罪を犯すことは…………。考えるのはやめよう。今は、それより問題があるじゃないか。
「もしかしてジェームズ先生、すみれさんに?」
俺と同じ疑問を持ったシュナが、小声で聞いてくる。しかし、俺は別の問題で頭が一杯だ。
「可能性は否定しない。というか、なんなんだよこれ」
俺は馴染みの無い教室を見渡した。そこはいつもの教室では無く――
「私のクラスですが……なにか?」
しれっと言うシュナだが、ここは俺がいるべき場所では無いわけだ。
「俺は俺のクラスで授業を受けたいんだが」
そう。朝、登校してみたら、俺の机が無かった。呆然と立ち尽くす俺を迎えに来てくれたのは、学級委員長であるシュナ。何が何だかわかっていない俺の首根っこを引きずり、ここまで連れてきたのだ。
「好都合じゃないですか。普通クラスにはまず日本語を話せる人物は居ませんし」
「いや、迷惑なだけなんだが。というか、すみれさんに俺のクラス変えるよう言ったろ?」
「私は知りませんよ。朝登校したらあなたを連れてくるように言われただけですので」
「本当かよ」
すみれさんを見ると、淡々と連絡を続けている。どこまで違和感無く溶け込めるんだあんたは。話し終わったと同時にチャイムが鳴り響いた。
「俺、ちょっと文句言ってくる」
そういい残して、すみれさんが教室を出たところを捕まえる。
「戻せ」
「お断りします」
「……」
断られる場合ってのを考えていなかったな。繋げる言葉を捜している俺に、すみれさんはスイッチが入ったように畳み掛けてくる。
「シュナ様から話を聞きました。これからは、英会話をマスターすることに専念してください。それと、夕方には私が家庭教師として英語をお教えすることになっておりますので、そのつもりで。では、私は授業があるので失礼します」
俺は一言も口を挟むことが出来ずに、すみれさんは行ってしまった。
「家庭教師って……」
まさか、俺のプライベートな時間まで犠牲になるとは……。この展開、強引すぎだろう。
***
「そもそも、英会話をマスターしたところで日本に帰れるかどうかから尋ねたいんだが」
早速放課後となり、夕事を済ませ部屋でくつろいでいた丁度その時、すみれさんはやってきた。
「つべこべ言わずに、机に向かってください。あぁ、必要な参考資料とワークはこちらで用意させていただきました」
「何を勝手に」
「勝手ではありません。敦様とシェリー様の了解は得ていますし、もう1人講師も頼んでいます。出来るだけ本場の英語の方がいいですからね」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「それとも、このまま一生アメリカで朽ち果てますか」
朽ち果てるって……。というかそういうことじゃないと思うんだが。どうしてこう俺は自分の主張が無視されるんだ。なんだかだんだん腹が立ってきたぞ。
「そうじゃなくてだな、あぁ、もう! やればいいんだろやれば!」
こうなったらもうやけだ! なんでもやってやるさ。
「で、もう1人の講師ってのは誰だ?」
「今、足りない参考資料を買いに行ってくれています。すぐに到着しますよ。では早速、とりあえずこのワークから始めましょう」
そうして差し出されたのは『英語の基礎、これが出来れば……』と書かれている冊子。
「これができれば……なんだよ」
「そんなことは問題ではありません!」
パァン!
「痛っ! …………ムチ!?」
いつのまにかすみれさんはムチを持っていて、それで俺は叩かれた模様。しかしその真意は不明な上、かなり理不尽。
「シュナ様から頂きました。これで存分にしごくように……と」
いやいやなんでそんなもん持ってるんだよ? 確実に今日のために用意してただろ。待てよ? ということは……もう1人の講師って――
階段を上る規則正しい音が聞こえて、俺の部屋の前で一瞬止まった。ノックの後に、我が姉が姿を現す。
「お待たせしました。進んでいますか?」
「今からやるところだ」
間髪居れずに答える。シュナが溜息を漏らすが、それは俺の方だ。そんな言葉は飲み込んだ。
「とりあえずすみれさんがムチを捨ててくれたら始めるとするよ」
すみれさんが名残惜しそうにムチをシュナに手渡した。確実に叩くのを愉しんでやがったな。一度すみれさんを睨んでから俺は机に向かい、ペンを握るが、最後の確認のために口を開いた。
「なぁ、本当に英語をマスターしたら日本に帰れるのか?」
「帰れますよ。私がなんとしても帰国させてみせます」
帰れるというよりは、すみれさんが帰らせるように手配すると言った感じだな。まぁ、そんなことは俺にとっちゃどっちでもいい。
「それなら……」
手に握っていたペンを親指の上に数回転させ、ひとしきり回すと、ワークを広げた。
「いっちょやってみようか」
すみれさんは、満足げに少しだけ微笑んだ。まぁ、多分だけど。シュナは自分の部屋から椅子を持ってきて俺の隣に並べ、そこに座った。勉強を見てくれるようだ。シュナとすみれさん。間違いなく、良い講師だと思う。後は、俺のやる気しだい。
頭の中の靄は……取れたわけじゃない。今だって、俺は迷ってる。けど、やることがあるというのは、悪くない。悪くないけど……。
「まだ、逃げていると考えてるんですか?」
俺のペンが動かないので、シュナが心配そうな顔を覗かせた。
「そうだな……。俺は今まで逃げっぱなしだ……。今までの人生、逃げまくってる……」
最近自覚し始めたんだけど……俺は多分怖いんだと思う。だから逃げる。これ以上嫌われたくないから、逃げた。本当の臆病者だ。
「どうせ逃げるんなら、どっちも同じこと……なんて本当は考えてないんだ」
どっちも逃げなら、自分の正しいと思う方を。なんて俺は前向きになれないし、そういう人間でもない。そうでもしなきゃ前に進めないってわかってても、俺は後ろ向きに進んでしまうかもしれない。変わることも怖いんだ。
「でも、誰かのために何かをする……。そういうの、俺は初めてだから。俺が帰国することが結衣のためになってるかなんて俺には分からないし、それが迷惑っていうのならずっとアメリカで住んでいるつもりだ」
不思議とすみれさんとシュナは口を挟むことは無かった。思えば、俺がこんなに自分の気持ちを話すののなんて初めての事かもしれない。
「俺には、迷わないなんてことできない。だから、俺は自信が欲しいんだと思うんだ」
俺は結衣のためにここまでやった。それが、もしかしたら俺の自信になってくれるかもしれない。俺に道を示してくれるかもしれない。
「俺は、本当に自分に自信が無いから。あの涼ってやつだって……正直あいつの方が結衣に相応しいんじゃないかと思ってる。でも、なんだろうな……」
シュナが俺の手を握る。それで、俺は自分の手が震えていたことに気が付いた。シュナの暖かい手は、まるで俺に力を分けてくれているようで、心強く、優しかった。俺は、その手をそっと握り返す。
「結衣のことだけは……諦めたくないんだ」
これは、俺の本心からの言葉。