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6/どっちも逃げてるみたいです。

「はぁ……」


 日曜、午前11時26分。蓮こと俺は、ソファーにうつ伏せになりながら今日何度目か知れない溜息を付いた。


「さっきからなんなんですか。こっちまで陰気になるんですけど」


「陰気ってさぁ、いいことじゃね?」


「……は?」


「分かってるよ。意味不明なことくらい」


「……」


「はぁ……」


 あー、やだやだ。どうしてこういう日に限って外は快晴なんだ。俺に対するあてつけか何かか? お天道様も随分正確が悪くなったもんだ。これがうつかそうなのか。


「ちょっと、どうしたんですか? 加奈子さんが来てからずっとその調子じゃないですか」


「まぁなぁ」


「まぁなって……」


 俺の意味不明な回答に、シュナは困ったような顔をした。てっきり今シュナが手に持っているテレビのリモートコントローラーが飛んでくると思っていた俺は、ガードのために握ったクッションを静かに置いた。そして、シュナにさりげない提案を試みる。


「なぁ、シュナ」


「何ですか?」


「日本行かないか?」


「……なんで?」


「ですます忘れてるよ。キャラ設定通せよ」


「そういうの決めた覚え無いんですけど」


「俺の中では決定してるんだ」


 シュナから敬語とったら生真面目しか残らないんだよ。どっちも似たようなことか。


「で、なんで日本に行きたいんですか?」


「そこはまぁ、スルーの方向で」


「まぁ、なんとなく想像出来ますけど」


 瞬間、俺の体が硬直した。数十秒送れて俺の思考が再会する。


「…………マジで?」


「マジです」


 え、即答? 確信してる?


「ちょ、まじで? それはつまり、どういうこと?」


「あなたこそ、そんな焦るキャラでしたっけ?」


「内心はな、相当アグレッシブなんだ。って、問題そこじゃないんだよ。つまりだな、俺の考えてることとお前の考えてることとで一致してるかどうかが問題なんだ」


 仮にね、違ったらまぁいいよ。しかし一致した場合、ロリコンという不名誉なレッテルを貼られるのはまず間違いない。


「妹さんのこ――」


「誰が口に出していいと言った!?」


「ご、ごめんなさい」


 俺の剣幕が余程凄かったのか、素直に謝られてしまった。これじゃこっちが悪いみたいじゃあないですか。っていうか、一致していることは間違いないな。


「なら、行けばいいじゃないですか」


 当たり前だといわんばかりに口を開いたシュナ。しかし、行けばいいと言う訳じゃないんだ。やっぱり溜息しかでねぇ。


「理由が……無い」


「合いたい人に合うのに、理由は要るんですか?」


「…………まぁなぁ」


 確かに、会いたきゃ会えばいい。しかし、それはまた俺の逃げなんじゃないだろうか? また、そうやって言い訳してることにならないだろうか? 突っ伏している顔をずらしてシュナの顔を見ると、以外にも真剣だった。俺は、ソファーから起き上がって答える。


「それって逃げてることになるんじゃないかと思うわけよ」


「私から言わせれば、アメリカにいつまでも隠れてる方がよっぽど逃げてるように思うんですけどね」


 鼻をハンッ! と鳴らして毒づくシュナだが、俺が言いたいのはそんなことじゃない。


「…………ん?」


「な、何ですか?」


「んん!?」


「どうしたんですか?」


「そうだよ! そんなのどっちにしたって同じことじゃないか!」


 突然立ち上がって大声を上げた俺に、シュナは驚いたように狼狽した。でも、俺のテンションはそんなことを理由に落ちることはまず無いだろう。


「そ、そうですね」


「とは言っても、やっぱり理由が無い」


「あぁ、周囲を納得させられる理由が無い……と?」


 いやぁ、我が姉は物分りが早くて助かりますね。


「そうですね例えば、一応英語留学ということなので、英会話をマスターしてみるとか。っていうか、あなたいい加減話せるようになってもおかしくないと思うんですけど」


 それに関しては俺も同感だね。っていうか、俺って留学扱いだったのか。


「それか、私が日本にホームステイして、同行とか」


「それは敦が色々とうるさそうだな。俺と違ってシュナは愛娘だしな」


「あなただってそうじゃないですか」


「そうだけど、言いたいことは分かるだろ?」


「否定はしませんけど……。そういう言い方はどうかと」


 7年も離れて暮らしてたんだ。今更一緒に暮らしたって、俺が敦を頼ることもなければ、敦が父親のように見えることも無い。これはもう仕方の無いことだった。


「なら、あなたは一応留学生ですからね。日本に帰国する理由にしては、英会話マスターでいいんじゃありません?」


 簡単に言うけどね、一年間も毎日英語を耳にしてきて、なんで話せないんだと思う? 苦手なんだよ!


「まず、英会話をマスターするに当たり、身振り手振りのアクションは禁止します。アメリカじゃそれだけで話しが通じてしまうことも多いですからね」


「まじでか……」


「まじです。それと、日本語の活用も禁止します。日本語は捨て、英語以外の言葉は今後一切禁じます。いいですね?」


「よくねーよ」


「あぁ、もう喋った」


 すでに始まっているのかよ。いくらなんでも無茶だよ。っていうか、お前が日本語話す分にはいいのか?


「無言突き通したって意味無いじゃないですか」


 ごもっともな意見だが、俺と英語の会話しようってんなら予め英文を用意してきてくれ。


「とりあえず、これから街に出かけて見ましょうか」


「Why?」


「嫌、ですか?」


 いや、まぁ、いいんだけどね。別に。


「NO」




***




 最近流されっぱなしだなぁ。と思いつつ、よく考えたら流されなかったことなんて無いような気がしてきたのでそこがまた俺なんだなぁっていう結論に至った俺は、現在シュナとショッピングに来ている。日本語を封じられた俺は、残念ながら言葉を発する機会が無く、シュナの質問に相槌しか打てない。


「これとこれ、どっちが可愛いと思います?」


 シュナが右手にうさぎ、左手になんだかよくわからない鹿の角を取って可愛い翼を付けた『何か』を持っていた。『何か』ってのは非常に気になったけど、『何か』を形容する英語なんて俺が知ってる訳も無く、無難にラビット。と答えるしかなかった。

 そういや、結衣ともこんな感じで買い物をしたことがあったっけ。確か、楽しそうじゃないとか言われて慌てた記憶が――


「もう少し楽しそうにしてたらどうです? いくらなんでも失礼です」


 シュナが、眉間に皺を寄せて睨みつけてきた。しかし、まさかの偶然に俺は思わずふきだした。


「ふ……くく……はは」


「何が可笑しいんですかッ!」


 意外にもふてくされかけていたシュナは、突然笑い出した俺に怒鳴る。まぁ、当然だな。でも、なんだろうな。凄く、シュナが可愛く見えた。


「くく……悪い悪い。ちょっと思い出しただけだ。お詫びにそれ、買ってやるよ」


 俺は上機嫌のままシュナの両手に持っているうさぎと『何か』を掴むと、シュナの顔色を伺った。


「……」


「な?」


「……仕方の無い人ですね。それで許してあげます」


 どうやら、なんとかシュナの機嫌も直ったみたいなので、さっさと購入のためにレジへ持っていくか。買ったら、どっちをシュナにあげよ――――


「いらっしゃいませ」


 待て待て。どういうことだ? 俺は自分の目が疲れているようなので、目を閉じ少し擦ってから目を開ける。しかし、風景は変わることは無い。っつか、ある訳無い。俺目いいんだから。


「……どうしてそう神出鬼没なんだ、すみれさん」


 まぁ、今更この人がどこにいようと驚く訳でもないけど。


「今回、加奈子さんから蓮様に仕えるようにと、しばらくアメリカにいることとなりました。以後、よろしくお願いいたします」


「加奈子さんが? どうして?」


「それは、私には分かりかねます」


「だよなぁ」


 大体、どうしてこう加奈子さんはいつもいつも突然なんだ。それに、加奈子さんの突然に合わせられるすみれさんも凄い。というか、いい加減巻き込まれるって俺のスタイルをどうにかしたくなってきた。そう考えていると、すみれさんが入り口側を見ていることに気が付いた。


「それはそうと、シュナ様がお待ちかねです」


「おっと、そうだった。それじゃ、これから世話になる」


 右手を上げて、少し馴れ馴れしい挨拶を済ます。おそらく、俺がやれをやられたら怒っているに違いない。


「相変わらず図々しいですね」


「今更だろ。そんなの」


「そうですね。では、こちらこそよろしくお願いいたします」


 そう言って、深々と頭を下げるすみれさん。俺みたいな奴にこんなに丁寧な大人は、世界ですみれさんだけだろうな。俺は踵を返してキーホルダーをポケットに突っ込こむと、シュナのところに戻った。


「あの店員、先日加奈子さんと一緒にいらしたすみれさんですか?」


「あぁ、そうそう。なんかこっちにいるらしいけどな」


 しかし、シュナの目から疑問の色が消えない。


「どうしたんだ?」


「なぜ、店員に?」


「あぁ、そういうことか。あの人のやることにいちいち口を挟んでたらキリが無い。そういうもんだと思ってくれ」


「はあ……」


 シュナの疑問を解決してやる(納得はしていないようだ)と、俺は握った両拳をシュナの目の前に持っていった。もちろん、握られているのはキーホルダーだ。


「さて、どっちがいい?」


「ん? どういうつもりですか?」


「どういうって……いいから。どっちがいい?」


 シュナは顎に手を当てて考えるような仕草をした後、右の拳を指差した。俺は、左手をポケットにしまって右手を開く。


「お。よかったな、うさぎだ。好きだろ? うさぎ」


 シュナの顔が少し綻んだように見えたが、すぐに眉間に皺が集まる。


「なんで私がうさぎが好きなこと知ってるんですか?」


「なんでって……この前お前の後を――」


 俺はハッとして自分の手で口を覆った。このまま続けてたら、俺はストーカー判定だ。しかし、時すでに遅し。更に、シュナの勘は冴え渡っている。


「……それであの時、すぐにこれたってことですね」


 ジト目で睨んでくるシュナの瞳を見つめ返せない。明日の学校では、俺はストーカーというあだ名がついてるに違いない。そして、教室の机は外に放り投げられ、時代遅れのあの一言を言われるに決まってる。


「まぁ、これに免じて許してあげます」


 顔の目の前にキーホルダーをぶら下げながら、シュナが呟いた。これは、噂は流さないということでいいんだろうか? なんとか首の皮一枚繋がったようだ。


「ほら、行きますよ」


 買い物の続きを、シュナが急かす。俺は、慌てて返事をした。


「あ、あぁ」


 まぁ何はともあれ――


「ありがとう」


「は?」


「なんでもありません。ほら、邪魔だから早く行ってください」


 聞こえてるのに、聞き返してしまうってこと、あるよな。まぁ、何はともあれ、シュナとの距離がぐっと縮まった中身の濃い一日だった。





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