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5/再開は開戦の合図、燃えろ俺


 更新が随分遅れてしまってすいません!

 

 さて、加奈子さんに頼まれたように、敦を探しに繁華街に向かっている俺だけど、何しろ結構な広さがある。そう簡単に見つかるかねぇ。

 くそっ、何を買い忘れたのか聞いてくれればよかったのにな。買い忘れたってのは多分、生活用品かな? そう思い、俺はとりあえずそれらしきところへ向かうことにした。


 しかし、探すまでも無く簡単に敦は見つかった。繁華街前の大きな公園に、誰かとベンチに座っている。ブランコでは小さな子供達が奪い合いをして遊んでいる。その近くの砂場のそばで、母親たちが微笑みながら我が子を見守っていた。

 そんな中に、そぐわない風景。若い女性と2人でベンチに腰を下ろしている、中年親父。端から見たら間違いなく援助交際のように見えてしまうのは、現在の社会の悲しいところだろう。

 まさか……いやまさか……不倫!?

 いや、待て。そんなことあるのか? あんなにシェリーラブだったのに……。今日だって、仲良く旅行じゃないか。いや、旅行に出かけるから暫しのお別れという名目であっているのか?

 って待て待て待て。そもそも不倫と決まったわけじゃないだろう。っていうか、若すぎないか? 俺と同年代か、いくつか下くらいに見えるが? おいおいおい、本当に援助交際なのか? それは、この場で敦を殺しとく必要が出てきたな。 

 オーケー。まずは、相手方のお顔を拝見してから決めるべきだろう。

 そう思った俺は、とりあえず木の陰に隠れながら顔の見える位置に移動する。


 日本人……だな。アジア系のアメリカ人とかもいるけど、なんとなく雰囲気というか、そういうもので日本人だと確認できた。次いで、その女性の可愛らしい笑顔も視認できる。


 今回の用件は、敦を家に帰すこと。

 近づいて声をかけよう。そう思った。何も難しいことじゃない。ただ、親に話しかける、それだけのこと。それを難しくしているのは、敦じゃなかった。


 一年前、あの消毒液の臭い。


 忙しく廊下を行き来する人々。


 5階の1番端から2番目の部屋。


 生暖かい風に揺れる、白いカーテンと千羽鶴。


 そこに置いてきたはずの、愛くるしい笑顔。

 

 その笑顔が、少しだけ大人の女性の雰囲気を混ぜて、そこにあった。


 足が勝手に動こうとするのを、必死で止めた。伸ばそうとする右手を、左手で無理矢理押さえつけた。

 間違いない。見間違えるはずがない。


 ――結衣――


 有頂天になった。笑い声が、仕草が、俺の体を麻痺させ、思考を奪い取った。それでも、出て行きたい気持ちだけは必死で抑える。それはとても歯がゆくて、苦しくて、それでいて幸せだった。

 別に俺と話してるわけじゃない。俺はただ、ストーカーみたいに木の陰から盗み見ているだえけだ。

 ……ストーカー? え、ストーカー? いや、それはまずい! 

 って、誰に言い訳してんだよ俺。大丈夫だ、落ち着け。よしよし。お、なんか、いい具合に俺の思考を取り戻せたな。そういえば加奈子さん、俺に嘘つきやがったな。

 まぁそれはいい。とりあえず今はそのことはいい。それはそうと、これじゃ俺は近づけないじゃないか。


「ほー、これまた面白い展開になってますね」


「あぁ? 面白くないし、意味わからなすぎて死にそうなん……」


 俺の呟きは途切れ、その続きは喉の奥で止まった。いつのまにか俺の隣にいた忍者モドキ、もといすみれさんは、好奇心の眼差し? で敦と結衣を眺めている。


「なんでいる?」


「あなたが携帯に出ないので、様子を見に来たんですけど。なんだか面白くなってますね」


 俺はポケットから携帯を取り出して、画面を見てみる。


「電話着信13件!?」


「なかなかでなかったもので」


 そういう問題なのか? モラルっていうか、デリカシーっていうか。まぁ気付かなかった俺も俺だけど。そこまで考えたところで、サイレントマナーを切った。


「で、結衣を連れて来たのはあんたか?」


「違います。そもそも、今回の旅行は加奈子さんが計画したもので、私だって蓮様の家に行くまで蓮様が旅行の目的とは知らなかったのですから」


「なるほど。加奈子さんのやりそうなことだな」


「そうですね」


 俺とすみれさんは顔を見合わせて笑う。といっても、すみれさんの表情の変化は非常に微妙な為、自信は持てないのだけれど。


「それでですね、今結衣様の前に立っている人、確か同じクラスの森田涼ではありませんか?」


「え?」


 携帯の着信履歴を消すのに手間取っていた為、俺は新たな人物の登場を目視していなかった。慌てて結衣に目をやる。


「本当だ……」


 あいつは、確かに涼だ。最後に会った時は、確か舌打ちされたんだったな。こっちもまたなかなか男前になっている。


「いいんですか?」


「ん? 何が?」


「高校に入ってから妙に仲がいいんですよね。それで、邪魔しなくていいんですか? ありとあらゆる方法を用意できますが」


 すみれさんが二ヤけるのを俺は見逃さなかった。俺はそれに少しの恐怖感を覚える。っていうか、この人はなんでも本当にやりそうだからな。


 おそらく、加奈子さんを連れてきたのはすみれさん。そのすみれさんが知らないっていうんだから、結衣は個人的に来たってことだろう。


 多分、涼と一緒に。


「そもそも、なんで敦には会ってるのに俺の所には来ないんだ。ここまで来たんなら会いに来てくれたっていいだろう。一応元兄妹だろうよ、ちくしょー」


「辛そうかと思いきや、急に不機嫌になりましたね」


「最近は情緒不安定なんだ」


「それは大変ですね。早急に涼様の問題を解決するとしましょうか」


 そう言って木陰から出ようとするすみれさんを、俺は慌てて止めた。


「そんな恥ずかしい真似できるか!」


 何が悲しくて妹とその友達の関係に割って入らなきゃならないんだ!


「ですから、私1人で」


「そうじゃなくてな、なんていうの? タイミング的にダメじゃない?」


「ならいつならいいんですか?」


「3年後?」


「行きます」


「待てって!」


 今出て行くのはさ、ちょっと違うだろ。いや、大きく違うだろ。


「そもそも、片付けるってどうするつもりだ?」

 

「消す……」


「け……何?」


 消す? それって涼を? いやいやいや、ダメだろ!


「勘違いしないでください。涼様と結衣様の関係を消すという意味です」


 さいですか。




***




 しばらくして、話が終わったように敦がベンチから腰を上げ、軽く頭を下げて家の方向に歩いていっているのを見た。それから結衣と涼は、楽しそうに会話を続けている。

 俺は何度も出て行きそうになったし、声をかけたくなった。

 あの声に、俺の名前を呼んで欲しかった。

 あの笑顔を、俺に向けて欲しかった。


「蓮様、そろそろ」


 加奈子さんは今夜日本に戻るらしい。そろそろいかないとまずいんだよな。


「すみれさん、紙とペン持ってる?」


「持ってますけど。何に使うんですか?」


 上着の内ポケットからメモ帳とペンを取り出し、俺に差し出しながら言った。


「あんたは、紙とペンがあったら何に使うんだ? 本当は、便箋も欲しいところなんだけどな」


 そう言いながら、俺は最後の1ページにすらすらとペンを走らせた。


「手紙、ですか?」


「そういうこと」


 メモ張から最後の1ページを切り離し、メモ帳をすみれさんに手渡した。


「では、便箋で包んで渡しておきます」


「いいんだ。このままで」


 頭の上にはてなマークを浮かべるすみれさんを横目に見ながら、俺は慎重にメモ帳を折り曲げていく。


 作っているのは、紙飛行機だ。


 それを結衣のいる方向に狙いを定めて、ゆっくり飛ばした。俺の後方からまるでタイミングでも計っていたかのように風が駆け抜け、紙飛行機をより遠くへと飛ばした。

 その後も数秒飛び続け、結衣の膝元近くで地上に無事着陸した。それを見届けてから、俺は背を向け、歩き出した。


 

 ――結衣、待ってろよ。




***




 敦が去ったあと、涼と少しだけ話していた結衣。しかし、その目に涼が写ることはなく、全く別の、公園の端にある木を見ていた。

 そこに何があるのか、結衣は知っていたから。


「あんなんで隠れてるつもりなんだから、笑っちゃうよね」


「本当だな。俺のこと睨みすぎだっつの」


 そう言って、言葉とは裏腹に涼も笑う。が、それでも涼が蓮を見る視線は鋭かった。


 しばらくして、結衣の足元に紙飛行機、もとい手紙が落ちてきた。


「なんだろ?」


「読んでみろよ」


 涼に言われるがままに紙飛行機、もとい手紙を拾い上げ丁寧に広げた。そしてニッコリと笑うと、早歩きで立ち去っていく何か燃えている愛しき人の背中に悪戯っ子のような無邪気な笑

顔を添えた。


「女の子をあんまり待たせるのは、どうかと思うんだけどなぁ……」


「ん? どした?」


「なんでもなーい」


 手紙の内容を、もう一度自分の頭の中で再生させる。


 結衣、待ってろ。必ず迎えに行くからな。それまで待ってろ。蓮――


「仕方ないなぁ」


 まだ待たなくちゃならないの? と思いながらも、また2人で一緒に暮らせる日を思い描くと、口の端が釣りあがり、微笑を抑えられなくなる。


 と同時に、今まで自分を支えてくれた横に居る人物に視線を向けた。それは彼と同じくらい大切で、失いたくないものである。彼を失ったことで相当病んでいた彼女をここまで立ち直らせたのは、今横に立っている人物に他ならない。


 結衣の中では、いろいろなものが混ざり、ぐちゃぐちゃになってしまっていた。




***




「あら蓮ちゃんお帰り。遅かったわね。敦さん帰って来ちゃってるわよ」


「お前さぁ、俺のこと探してたんじゃないの? 無駄な労力ご苦労さん」


 家に帰ると、まぁ当たり前だけど素っ頓狂なおかえりなさいが待っていた。若干1名殴り飛ばしたくなるようなナマを言った人物がいるが、今はそれどころではない。


「んー、まずい」


「何が?」


 当然のように聞いてくる加奈子さんに、結衣がもしかして涼のことを好きになってしまったんじゃないか? なんて言えない。だって親だもん。結果として、まずいもんはまずいと返してしまった。

 俺のそんな様子を見て、唯一事態の深刻さ、俺の立場の危うさを知っているすみれさんだけがクスクスをリビングで背を向けて肩を震わせているのが見えた。


 悪いがこっちには突っ込んでいる余裕すら無いってもんだ。そもそも、何を考えて俺はあの野郎に結衣を任せちまったんだ? 人選誤ったな。俺の落ち度だ。


 っていうか俺、アメリカに居る場合じゃなくね?





 




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