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3/母親ってのはヒーローのようなもの

 距離が縮んだってのは、俺の思い過ごしだったみたいで、翌日からのシュナはいつも通りの同居人に戻っていた。

 あ、ちなみに歯はもういれたよ。

 まぁそれはともかくとして、俺が言いたいのは現在同居人的位置に属している俺の立場のこと。

 シュナと一日に交わす会話は、

「おはよう」

「いってきます」

「ただいま」

「おやすみ」の4択。それ以上でもそれ以下でも無い。っていうか、それ以上の選択肢なんて無い。 あの事件からすでに一週間ほど経っているが、もうここまでくるとあの事件の存在すら怪しくなっている。あれは夢だったのか? そうに違いない。そうとしか考えられない。


だってほら、今だって。


「おはようございます」


 リビングから出てきたシュナと俺が出くわした。


「あぁ、おはよ」


 それだけ言うとスタスタと歩いて行ってしまった。さて、これでシュナと交わす会話の一日のノルマが1つ消えたわけだ。 暇なやつは計算してくれ。


 俺はリビングに入り、テーブルにつく。敦の好みで、和食の朝ごはんが並んでいる。


「グッモーニン、蓮」


 朝から親指を立ててきた我が父親、敦。なぜかしらテンションがハイになってやがる。


「うん……」


「なんだなんだ? どうした?」


「敦さ、なんかテンション高くない?」


「分かる?」


「うん。正直うざい」


 俺は、はっきりと聞こえるように呟いた。


「今晩からシェリーと旅行だから!」


 って聞いてねぇ! 

 この独走状態、訓さんと加奈子さんに匹敵するかもしれないくらいの破壊力をもっている。

 俺はさっさとこの空間から抜け出そうと、朝飯を腹の中に流し込むように食べた。


「あ、そうだ蓮。今日、帰ってきたら大事な話しがあるから。寄り道しないようにな」


 またこのパターン? なんか一年前に加奈子さんとこんな感じの話しをしたような気がしたんだけど? どんだけ俺の人生に出てくるパターン少ないの? それともパターンAを多用しているだけ? どっちにしても新しいの考えたりしないの?


「聞いてる?」


「ん?あぁ、わかった」


 どうでもいいことに気を回していたせいで、条件反射で答えてしまったけど、別にいいだろう。俺はまた始まった敦のハイテンショントークから逃げるように部屋に戻った。





 部屋に戻ると、制服に着替え、携帯とサイフをポケットに突っ込んだ。え、鞄? そんなものいらないさ。なぜ? もちろん全て学校にある鞄の中だから!

 まさかの全教科置き弁というのは多分校内では俺だけだろう。しかも机の中はティーチャーが調べるから鞄を持っていってるという周到さ。


 俺が自慢話のような思考でフフフと笑っていると、部屋のドアが開いた。


「何笑ってるんですか? 気持ち悪い」


 これだけで分かるだろうか、その人はシュナ。ノックも無しにいきなりドアを開けておいて、一言目に気持ち悪い。

 そう、気持ち悪い。一応家族、又は同居人に対して気持ち悪い。

 いくら同居人とはいえ、かなりの大ダメージだ。むしろ、親しくない人に言われる方がよほど辛い。


「気持ち悪いって……」


 ショック……。


「別にショックじゃないのに悲しがる必要ないです」


「そう?」


 多少なりともショックだったけれど、もう面倒くさいのでそういうことで話を進めることにする。


「なんの用だ?」


 俺がそういうとシュナは、少しモジモジするような悩殺的な仕草を取り、俺の心を揺さぶった! …………というのは冗談で、ごくごく普通の真顔でこう言った。


「たまには一緒に学校へ行きませんか?」


「……はぁ?」


 シュナの口から出てきたのは全く予想のしていなかった言葉。狼狽した俺は、素っ頓狂な言葉を発してしまう。

 一緒に学校? どうしたんだ急に。確かに、俺の学校とシュナの学校は同じ敷地内にある特殊な学校なので、できないこともないけど。

 シュナが俺にそんなことを? とりあえず……はぁ!?


「嫌ですか? それならば今のは無かったことにしてください」


 それだけ言うとさっさと退散しようとするシュナ。俺はその背中を静かに見送った……っておい!


「いやいやいやいや! 嫌じゃ、嫌じゃないよ!」


 急いでシュナの背中に弁解の言葉を投げかけた。


「……そうですか。それならば、5分後に出ましょう」


 今度こそ、シュナは部屋を出て行った。

 シュナと一緒に登校か。なにがどうなってどういう経緯でこんなことになったのか。とりあえずはスキンシップってことなのか? 考えても分からないとわかりながら、考えてしまうのは仕方の無いことだろう。

 

 それにしても、なんだか懐かしい。でもそれなシュナとの思い出ではなく、少しだけ昔の思いでの話。その中では俺は自分の宿命も義務すらも忘れ、人との繋がりが嬉しくて、人から貰える優しさが嬉しくて、浮かれていた。

 浮かれて、とても大切なことを忘れてしまっていた。



 だから俺は今、ここにいる。




***




 5分が経過し、俺はシュナの部屋を訪れたのだが、中にはすでにシュナの姿は無かった。外にいるのかな?

 俺は急いで階段を下り、玄関を見ると、シュナの靴が無い。それを確認した俺は、自分も靴を履くと、勢いをつけて玄関を開けた。

 シュナは道路側を見つけながら、ただ立っている。俺が玄関から出てきたのにこっちを見ることは無く、こう呟いた。


「では、行きましょうか」


「あぁ」


 会話は無く、なんとなくの距離感を保ったままの登校。初めて一緒にする登校。でも、シュナと居る時はこれが丁度良い。無理してする会話よりは、こっちの方がずっと落ち着く。

 

 しかし、歩いての登校だと30ほどの道のりだが、どうにも会話無しで半分が過ぎてしまった。もちろん距離だって保ったままだ。

 はっきり言ってここまで会話が無いのは気まずい。最初のうちは大丈夫だったが、今の俺たちはまるで破局寸前のカップルか、はたまた解散寸前のバンドグループに見えていることだろう。

 ここは1つ、俺が話題を振ってみるべきじゃないのか? でもどんな話題が良い? シチューの話? 一週間前の話しをするのはどうかなぁ……。しかもそんな話をしたらあの黒人のことを思い出してしまうかもしれない。それはダメだ。しかし、それ以外で接点なんかほとんどない。


 そういえば、俺はシュナのことを何も知らないんだな。年齢と名前と、あとは先日のことだが好みの服やキーホルダーくらいしか知らない。一応、血は繋がっていないとはいえ、家族なのに、何も知らない。これって不自然じゃね? みたいな。そう思った、俺はそのことについて当たり障りの無い程度に聞いてみることにした。


「シュナのお父さんさ、どんな人だった?」


「……何か漠然とした質問ですね。答えにくいです」


 シュナは少しだけ嫌そうな顔をする。そこは触れて欲しくないのか、それとも思い出したくないのか。でも、俺は引き下がらない。だって、シュナのことにが知りたくなったから。


「悪い。でもさ、できたら教えてくれよ。俺たち、家族だろ? なのに、お互いのことは何も知らない。これって変だよ」


「変……ですか。確かにそうかもしれませんね。でも、一年前にいきなり家族になり、姉弟になった。こっちの方が変だと思いませんか?」


 返す言葉が見つからない。確かに、家族ってのはなれと言われてなるものじゃない。それは分かってる。

 でも、シュナのその言葉は俺を家族と認めてくれていないという風にもとれる。シュナにその気が無いのは分かってる。


 でも、胸が…心が痛かった。


 凄く……痛かったんだ……。




***




 学校を終え、シュナと会うことも無く家に帰った俺は、現在敦と向かい合う形でテーブルについている。

 いつになく真剣な表情の敦に、少しだけ自分も真面目な表情を作る。


「今日話しことは、お母さんのことなんだ」


 お母さん。敦は自分の奥さんのことをシェリーと名前で呼ぶ。だから、シェリーや、まして加奈子さんのことでは無いだろう。

 俺の生みの親。

 今までうやむやになっていた存在。”死んだ”ということしか知らされてなかった不確かな事実。なぜ? どこで? 自殺? それとも病気? 色々と考えたことはあったが、俺は何も聞かなかったし、敦も何も語ることは無かった。それが今、明かされようというのだ。


「お前のお母さんな、千里が死んで、精神的な病気になったんだ。精神が不安定になって、おかしくなった。泣いて怒って喚いて……。お前にも相当酷いこと言ってたの覚えてるか? 見かねた俺が、遠い孤児院にお前を預けることにした」


 敦の口から淡々と出てくる真実。敦は感情を高ぶらせないよう、その事実をまるで他人事のように語った。俺は驚きこそするが、悲しくは無かった。お姉ちゃんが、母にとってどれだけ大きな存在だったのか、よく分かったから。

 母には悪いが、母の精神病はお姉ちゃんが”ここ”にいた証。


「お前が居なくなった後のほうが酷かったよ。毎日暴れて傷をこさえた。俺も相当精神的に参っていたし、仕事もあってあまり看病できなくなった。だから、病院に入院させた。それ以外どうしようもなかった……。いや、どうしようともしなかった…の方が正しいかもしれない」


 お姉ちゃん、聞こえてる? あなたはこんなにも愛されてたんだ。いなくなるとおかしくなってしまうくらい愛されてたんだ。


「これだけ聞いたら、ただのどうしようも無い廃人に聞こえるよな」


 敦が、少しだけ悲しい笑顔で言う。無理矢理作っているのがバレバレだけど。


「まぁ…ね」


「でも、俺がお前に聞かせてやりたいのはここからなんだけど……少し休むか?」


 俺を気遣ってくれる敦。しかし、俺は首を横に振ってそれを拒んだ。


「わかった」


 そう呟いて、深呼吸。俺は、敦の言葉を待つ。


「病院の、目の前の公園。そこで小さな子供たちとサッカーをしていた少年がいたんだ。小さな子がボールを見当違いなところに蹴ってしまって、少年は急いで取りに行った。そこは道路だから、もちろんお約束のように車が来た。それを助けたのが、お前のお母さんなんだ」


「?」


 いまいち言いたいことがわからないというか、なんだか話が飛躍したような気がした。精神病の廃人が助ける? どうも違和感が残る。


「衰弱して、まともに歩けなかったはずなのに、必死で走って、少年を救った!」


 敦は感情の高ぶりを抑えられず、身振り手振りを付けて誇らしげな顔で力説する。


「でも、助けたはいいけど自分が撥ねられて……帰らない人になった…」


 それを聞いてる俺の顔がどんな風になっているのか、俺にはわからない。


「助ける時に、その少年に向かって叫んだらしい……」


 お姉ちゃん。


「蓮! 危ない! ってね」


 俺は、どうしたらいいんだろう……?


「それが、俺の言いたかったこと。お前はしっかり愛されていたんだって、伝えたかった」


 ……もう、限界だよ。虚勢も本音も…。どっちが俺かわからない……。


「蓮?」


 過去を捨て去って幸せを求めたいと願っているのが俺?


 過去に従って自分に課せられた運命を呪って死んでいこう思っているのが俺?


 もう、わからない……。


「どうした、蓮!」


 俺はもう俺じゃない。


 いつからだろう、自分を”俺”と呼ぶようになったのは。


 いつからだろう、自分が分からなくなったのは。


 

 俺は……誰?



「蓮!!!」


 誰かが、俺の名前を叫んだ。俺は、その声に呼び戻される。敦ではない。じゃあ、誰? 俺は確認するために振り向く。


「シュナ?」


 そこには、目に涙を溜めて、苦しそうな顔で駆け寄ってくるシュナが居た。


 ――泣かないで――


 そんな気持ちを口にすることはできず、無情にも俺の意識は現実から引き剥がされていった。

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