1/あれから一年
お待たせ?しました!
ついに?第2部が始まります!
舞台は、一年後のアメリカです。
ではでは。
俺がアメリカに来てから、もう一年が過ぎた。
俺は、簡単に言うと留学生などが集まる日本語で教えてくれる学校に通っているのだが……、相変わらず英語はカタコトの下手くそな中国人みたいな、ま、言ってしまうとほとんど話せない。
相変わらずチンプンカンプンな英語は置いといて、俺としては英語の次くらいに頭を悩ませることがある。
「ただいま帰りました」
このクソ生真面目な挨拶で帰ってきたのが俺の姉に当たることとなった人物、シュナだ。
アメリカ人の基準がどこにあるのかはよく分からないが、俺の目線から見ても美人だと思う。それは認めよう。だがしかし、問題はこいつ性格にある。
俺に一回も目線をくれることなく、2階に上がっていってしまったシュナ。はたしてこれは姉が弟にとる態度だろうか? はたしてこれは姉弟の関係だろうか? 否、これではただの同居人、いやそれ以下だ。マンションに一緒に住んでるような感覚。
っていうか、俺は特に何かをしたというわけでもないのに、どうしてか最初から嫌われているという、まさかの事態。これを打開する策は俺には思いつかない。っていうか、理由がないだろうに、打開もくそもあるか。
ここで少しだけシュナの紹介をしておくと、金髪のクリンクリンな髪の毛が腰の辺りまで伸びていて、切れ目の二重をしている見た目はまるでお姫様だ。身に着けている服も、白が多いような気がする。父親は5年前に他界。3年前から敦と一緒に住んでいるはずだ。英語も日本語も話せるのは、一時期日本にいたからだとか。
話を戻すと、今現在の両親は共働きで、夜まではシュナと2人きり。それなら良い。シュナは無口だし、大体自分の部屋に閉じこもっている。俺がいようといまいとそれは変わらないらしい。しかしだ、今日は両親とも仕事から手が離せないらしく、晩飯は2人。母親のシェリーが言うには、今日はシュナが晩飯を用意してくれるという。
「俺の分…あるのかな?」
という疑問が、嫌でも頭から離れない。おいおいおい、流石に晩飯抜きはまじでカンベンしてくれよ。本当、頼むからさ。と、天井のシュナの部屋があるであろう部分を見つめながらそう思うが、大体未だにまともに話したのが最初の自己紹介だけなんだ。自己紹介といっても、シュナのことは名前と年齢しかわからなかった。
その辺から考えると、嫌われていることは多分確かで、俺の分は自分で作ってなんていわれる可能性も無くは無い。ような気がする。
その時、階段を下りてくる足音が聞こえ、目をやると、私服に着替えたシュナが出かけていくのが見える。
俺は興味本位と晩飯の心配でストーカー行為に走る自分を特に止めようとはせず、急いでサイフと携帯をポケットに押し込むと、家を出た。
***
え〜、現在シュナは買い物をする気配はなく、ただウィンドーショッピングとか言うなんの利益も得られない俺としては時間の浪費としか思えない行為をしているのだけど、やっぱりシュナも今時の普通の女の子なんだと思うと少しだけ親しみを覚えられた。
その後も一時間ほどウィンドーショッピングを楽しんだシュナ。俺は、この一時間でシュナの服の趣味や、好きな動物など、色々と収穫があった。俺もそれなりに楽しんでいたってことかな。
そんな時だった。建物と建物間、裏路地と呼ばれる所から急に出てきた大きな手がシュナを捉えた。一瞬の出来事。シュナは路地裏に引きずり込まれていった。
俺は無我夢中でその裏路地へダッシュする。裏路地は、かなり奥まで続いているようで、シュナの名前を叫びながら奥へと進んでいった。
「シュナ!!!」
急いだはずなのに、それなのに…。捕らえたシュナは、大柄の黒人の後ろから口を押さえつつ羽交い絞めにされ、もう一人の黒人が上着を無理矢理脱がそうとしていたんだろう、胸元からはピンクのブラジャーが見えていた。
昔にもあったようなこの感覚。あの時と同じだった。俺の中で何かが切れる。完全に頭に血が上り、すぐに殴りかかった。
「SIT!」
わけのわからない言葉を発しながら、応戦してくる黒人。瞬間、俺は地面に這いつくばっていた。少しだけ遅れて、顔に激痛がこみ上げる。
なんだ? 何をされた? とりあえずこんなことろに這いつくばっているわけにもいかない。俺はすぐに立ち上がり、見よう見真似の適当な構えを取る。
「くそ…いってぇな」
多分黒人は俺が起きるとは思わなかったんだろう、少しだけ驚いたような顔をのぞかせた。しかしそれも一瞬で、俺をもう一度地面に静めようと構えを取り、また殴られた。今度は腹だ。そしてもう一度顔…と思ったら、腹だった。
俺はまるでサンドバックのように、いいだけ殴られ続ける。
今、わかった。こいつ、絶対ボクシング経験者だ。一定に刻まれるステップ。フェイントをまぜてくる攻撃。それに加えてこの黒人はもう一人に比べると小さいが、俺と比べると大柄で、一発が結構効く。
こんなやつに、勝てるわけないじゃん。
もう、何回殴られたのかもわからない。実際痛みはあまり感じなく、意識だけ飛ばないように必死になって考え事をしている。
黒人も、何回殴っても倒れない俺に異変を感じたのか、それとも自分の拳が痛くなったのか、一度殴るのを止め、呼吸を整えている。
俺はいつのまにか地面を転がっている体に少しだけ驚きつつ、立ち上がろうと足に力を込めた。
力が……入らない。ガクガクと意味不明なほど揺れる膝。それでもお構いなしで立とうとすると、転倒してしまった。
おいおい、まじかよ。何しろこんな体験は初めてなので、どうしたら立てるのか分からない。今まで立とうとして立てなかったことがあっただろうか。そう思いつつ、壁に手をつき、なんとか体を持ち上げる。
そして、近くにあったブロックを持ち上げると、黒人に向かって振り回した。しかし、そんなものボクサーには通じなかったんだろう、軽く避けられると、俺の右頬に衝撃をくれた。
辺りがスローモーションになっていくなかで、俺の体は宙を舞っていた。俺の目が捕らえたのは、多分今ので折れてしまったであろう俺の歯。綺麗に空を舞っている、俺の歯。俺が口から発したのは、痛みを訴える言葉ではなく。
「歯ぁ…!」
と、なんとも情け無いものだった。俺は歯へと、手を伸ばした。俺の手の中へ帰っておいで! と願いを込めて。しかし、なかなかその手は上がらない。なんでだよ!? …ブロック持ってる方の手だった! ブロックを持っているなら、上がらないのも無理は無い。
俺はそんな自分にイラッとして、思いっきり手を振り上げた。
ドサッ! と俺の体が地面に着地。凄く痛い。
そして、不可抗力によりどんどん高く上がっていくブロック。空中でピタッと止まったかと思うと、凄い勢いで落ちてきた。
「UNNOO〜〜〜〜〜!!!」
言葉にならない声を上げるボクサー。エコーのように断末魔のような悲痛の叫びが響く。
そして次の瞬間、……ゴンッ!!!
うん、頭蓋骨の割れる響きの良い音が当たりに広がった。その音はなかなかにすばらしく、オーケストラのそれに匹敵するんではないだろうか。
……そんなわけもなく、正直言って今のはやばいと思う。死んだか? 死んだのか? もしかして、死んでないよな?
そして、異界の言葉(英語)をペチャクチャ話しながら、デカブツはボクサーを担いでどっかへ行ってしまった。南無阿弥陀仏。
兎にも角にも俺は黒人2人の撃退に成功したってことだな。それにしても、アメリカは強い。日本なんて本当にカスなのかもな。
っていうか、結局デカブツは何のためにいたんだろう?
なんて、取り留めの無い想像をしていると、俺に駆け寄ってくるシュナの足音が聞こえた。そして、俺の体を起こし、心配そうな目で俺の顔を覗く。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫に見えたなら、お前は眼科に行くか精神科に診てもらった方がいいな」
「……それだけ言えるのなら、大丈夫ですね」
そう言って、もっていた俺の体を離してしまった。
「痛ッ…」
「あ! 申し訳ありません!」
ドン!と音を立てて俺が倒れたのが、予想外だったのか、シュナは目を見開いて驚いき、あわててもう一度起こしてくれる。
「それより、その素敵な服を直した方がいいな」
俺の一言にシュナは少しだけ眉間にシワを寄せ、片方の腕で乱れた服を直した。
「口の減らない人ですね」
「まぁな。とりあえず、立たせてくれ。自分じゃ立てそうも無い」
助けたつもりで、助けられてる俺。我ながら笑える…。っていうか泣ける。くそっ、視界がぁ…。って嘘泣きするガラじゃない。
「わかりました。では、いきます」
せーの! とシュナはなんとか頑張って俺を立たせてくれると、俺の肩を担ぎ上げ、俺はもう片方の手を壁伝いにしてなんとか裏路地を出た。
ちょうどよく目の前を通ったタクシーを捕まえ、乗り込む。
「どこまで?」
少しだけ俺の姿を見て呆然としていた運転手が、仕事モードに切り替える。っていうか、思考停止しただけだと思うけど、笑顔で対応してきた。ここで一応言っておくと、俺は英語なんて未だにほとんど分からない。だから、「どこまで?」っと聞かれた予想して答えた。
「家まで」
もちろん、俺が話したのは日本語だ。俺の発言に、運転手とシュナの目が点になったのは言うまでもないだろう。そして、シュナが大きなわざとらしいせきをしたあと、しっかりと伝えなおす。
それにしても、ボコボコにやられたもんだと思う。喧嘩には少し自信があったんだけどな、アメリカは広いってことか。っていうか、広すぎて勝てそうな奴が見つからない。今度からは話し合いか金で解決することにしよう。……あ、金無い。
「シュナ、俺金もってない」
「私が払うので気にしないでください」
お言葉に甘えるしかなく、シュナにタクシー代を払ってもらった。
あー……痛ぇ……。心が。