19/喧嘩上等
未だに言いにくそうにもごもごしている環さんを横目に見ながら、俺は屋上からの景色を眺めていた。
今日はお日様の機嫌が妙にいい。基本年中無休の太陽だが、有給休暇をやりたいくらいだ。
とかなんとかどうでもいいことを考えていると、意を決したように環さんが口を開いた。
「実は……」
「実は?」
「…」
さっさと言えよコノヤロー!
と、俺は心の中で突っ込んだ。口にはしてない。
「実はさ、頼みって言うより、相談なんだけど…。今の彼氏が浮気してるみたいなんだよね…」
「あそう」
「あそうって…」
だってさ、そんなことどうでもいいんだよ!
「どうしたらいいと思う?」
「ん〜とね、どうでもいいと思…痛ッ!」
環さんが俺のすねをキックしてきた。それが人に頼みごとをしている態度ですか?
しょうがないじゃん、どうでもいいんだから!
っていうか恋愛経験値0の、それどころかマイナスかもしれない俺にそんなことを聞いてどうする。
「環さんはどうしたいんだ?」
「どうって…やっぱり分かれたい…かな?」
なんで最後疑問系なん?
「じゃあ、ほいさっとでかけてって、ぱぱぱっと分かれてくれば?」
「いやそういうわけにも…もしかしたら逆切れするかもしれないし」
「大丈夫だろ?用件だけ言えば」
環さんは少し考えたあと、決心したように言う。
「…そうだな!今から行ってくるよ!」
何か悩んでたみたいだが、決心がついたようだ。
なんてことはない、ただ誰かに聞いて欲しかっただけなんだろう。そういうときってあるよね。具体的にはちょっと思い浮かばないですけど!
「じゃあ、行こうか、蓮」
「はぁ?」
「ほら、さっさと行くよ!」
環さんは強引に俺の腕をつかんで歩き出した。
この人は一度決めると頑として曲げない人なので、諦めて引っ張られていく。
俺に多大なる迷惑をかけている代償は、いずれ請求してやろうと心に決めた。
この時、なんだろうな…俺のシックスセンスというか…悪い予感がしてならなかったんだ。
こういうときの悪い予感っていうのは、大体当たる。
ほいさっと学校をでて、ほいさっとバスに乗り、ほいさっと隣町で降りて、ほいさっとたどり着いてしまったそこは…………私立のちょっとした有名学校。らしい。運動系の世界で強豪として有名らしいが、少々ガラの悪いやつもいる学校。らしい。
はぁ…そんなとこに俺が乗り込んだらさ、俺、まずいんじゃね?
「蓮はここにいてよ。流石に一緒だとややこしいことになるかもだから」
と言い残した環さんは、待ち合わせしているという校門に向かっていった。
ちなみに俺は学校から少し離れたファーストフード店で待っている訳なのだが……。
っていうか、わざわざ来ることあったのか?
電話かメールでよかったんじゃないの?
とか今更思いついてもしょうがないんだよな。
あ、ちなみに彼氏の名前は芹沢らしい。
あ〜暇。
しばらくして、入店してきた、多分私立の奴だと思うけど、男子生徒が隣に座った。
3人いるが、見た目はさわやかなスポーツ少年だ。
もしかしたら、ガラが悪いのは少数の奴らだけかもしれないなぁ。
「そういえば、さっきの他校の子、大丈夫かな?」
3人の中の一人…ここではAとしておこう。Aが言った。別にき聞き耳を立てるつもりはないのだが、聞こえてくるもんはしょうがない。
「どうだろうな。芹沢、結構怒ってたし…」
あ〜なんだろう、この話。もしかして俺に間接的に関係してしまっている話?
いや、でもまだ決まった訳じゃない。きっと、同じタイミングで同じ人に他校の生徒が尋ねてきただけだろう。うん、そうに違いない。紛らわしいこと言うなよ、B!
「あの制服からして、俳桜学園だよな?」
はい、でました!Cの一言で確定しました!
確実に俺の連れですね。
はぁ…………。
「それ、どこ?」
俺はくるっと後ろ向きになり、Aに訪ねた。
「え?」
不意に話かけられたAがどぎまぎしている。
「今の話。そいつ、俺の連れなんだよね。どこ?」
「あ、玄関の前ですけど」
「了解」
あ〜行きたくね。
でも行かないとやばいのかもしれないってんなら行くしかない。
「あの、ちょっと気をつけた方がいいかもです。結構嫌な雰囲気だったんで」
そう思うならさ、一緒に来て場を和ませてよ。
一発芸的なものでさ。
とかなんとか思っていると、A・B・Cの三人が凄い眼差しで俺を見てくる。
具体的に言うと、死地に行く兵士を見送る感じ。
俺はその場で大きく溜め息をついてから、ファーストフード店を後にした。
さて、私立校の正面玄関に芹沢とか言う奴がいるらしい。
俺はダッシュで―実際は早歩き―で正面玄関を目指した。
話が嫌な方向に進んでいる気がする。
こんなことなら彼方でも連れてくればよかった。あいつがいれば不良なんて余裕だろう。
大体みんな色々と問題起こしすぎだろ!
ちょっとは俺のことも考えろ!
取り越し苦労なことを期待して校門をくぐったのだが…。
目の前の光景に唖然とした。
環さんに、金髪の芹沢と思われる男が怒鳴り散らしている。
おいおい怒鳴られんのはお前だろーが。
とは思ったものの第三者がいきなり出て行ったって、話がややこしくなるだけだろうと踏みとどまった。
それに、出て行ったら怒りの矛先が俺になりそうだ。
俺が影から心の中で環さんを応援していると、環さんが俺に気付き、こっちに走ってきた。
もちろん俺は逃げた。何も考えず、反射的に逃げた。
しかし、何故か怒りの矛先が俺に変わった環さんに難なく捕まる。
まさかの仲間割れだよ!
「ちょっ、環さん!放して!」
「女の子が困ってんだから助けろよ!それでも男か!お前!」
そんな男口調で言われてもね。
俺の背中にしがみついてプルプル震えてくれたらやる気もでるってもんなんだけど。
…………………あれ?
「環さん…顔……」
「あ…ちょっと……な。さっき、殴られちゃった」
環さんの左の頬は真っ赤に腫れていて、かなりの強さでぶたれたことがすぐに分かった。
「芹沢に?」
「…うん」
俺の中で、何かが弾けた。
「………蓮?」
「殺してやるよ」
俺の目はすでに芹沢を見据えていた。
「蓮!?」
環さんの呼びかけを無視して、芹沢の所へ走った。
芹沢は、環さんが俺と話しているにも関わらず、余裕の笑みでタバコを吹かしている。
「芹沢ぁぁ!!!」
俺は芹沢を力一杯殴りつけた。
芹沢も殴られると気持ち悪い笑みが消え、反撃をしてくる。
芹沢の右フックをかがんで避け、腹を膝蹴りして、もう一度力一杯殴った。
芹沢は少しフラついたあと、タックルをしかけてくる。
そのまま押され、校舎に激突したが、俺は芹沢の頭を掴むと校舎の壁に打ちつけ、蹴り飛ばした。
「わ、悪かった…悪かったから!」
「うるせーよ」
俺は膝をついている芹沢の顔面を蹴飛ばし、マウントポジションをとると、また殴った。
「も…う、やめ…てっ…」
気は晴れない。
また殴る。
まだまだ俺の気は晴れない。
また殴った。
「お兄ちゃん!」
「え……?」
不意に誰かに呼び止められた。
誰か?そんなわけ無い。
俺をお兄ちゃんと呼ぶ奴は、この地球上でただ1人。
泣き顔の結衣が、そこにいた。