17/勝負の行方
「負けて……もらえませんか?」
香奈ちゃんは俺にそういった後、「ごめんなさい」とつぶやいて走り去ってしまった。
香奈ちゃんは…泣いていた。
俺に寄せている体が…微かに震えていた。
桜ちゃんを思う心と、結衣を思う心。
その両方がぶつかって、弾けて、そうやって出てきた答えなんだろうけど、きっと、一番つらいのは香奈ちゃんだ。
結果的に結衣を裏切ってしまっている訳だから。
俺は…どうすればいいのだろう?
香奈ちゃんの思いを組んでやるべきなのか………。
結衣との約束をはたすべきなのか………。
***
『これから、決勝戦を始めます』
「よろしくな、蓮!」
「あぁ」
俺は上の空な返事をした。
なんで結衣と桜ちゃんはあんなに兄の勝負に本気、というか真剣なんだろうな。
結衣はともかく桜ちゃんは異常なまでに真剣だ。
っていうか本人達より盛り上がってどうするよ。
香奈ちゃんが頼み込んでくるほど桜ちゃんは真剣で、彼方もさっきから真剣な表情で構えている。
はぁ……なんでいつもこう、懸案事項が俺にはあるんだ。
普通に球技大会をさせてくれてもいいだろうに。
腑に落ちない点はいくつもある。
普通に考えて、ただの意地の張り合いなってやることになったしょうもない勝負に、負けろと言われることがあり得ないし、涙を流すほど悩むこともないだろうと思う。
俺にどうしろって言うんだよ…。
俺は腹の決まらないまま、サーブを打った。
集中していない状態で打ったサーブは彼方に軽く返され、それからの俺の試合は後手に後手回るような苦しいものだった。
ダメだ………。気が散って集中できない。
『ゲーム、一ノ瀬。コートチェンジ』
彼方に4つめのゲームをブレイクされても、俺の頭のモヤモヤは取れない。
真面目にやっていないつもりはないけど、集中できないんだから結果的には同じことだ。
「蓮、お前やる気あんのかよ?」
すれ違いざまに彼方が言った。
振り向いても俺の方は見ていなかったが、きっと怒っていると思う。
彼方だけじゃない。きっと、会場のすべての人が俺に対して落胆しているかもしれない。
こんな試合をしてるんだもんな。
そう思った瞬間、怖いくらいの孤独を感じた。
俺は無意識に会場を見渡した。
すみれさんは無表情で眉間にしわを寄せたひどいものだし、瀬戸は顔を俯かせている。神谷は軽く切れそうだし、香奈ちゃんは………。
あれ?仲良し3人組が見当たらない。
っと思ったら、なにやら全力疾走でこちらに向かってくる。
一体どこに行ってたんだか。
「蓮さん、頑張ってください!」
走ってくるなり、フェンスに手を付いて応援してくれる。
おいおい、さっきのはどうなったんだ?
「そうだよ!お兄ちゃん、頑張って〜!」
会場に、結衣と香奈ちゃんの声援が響き渡る。
それに乗じて、しらけつつあった会場が盛り上がりを取り戻す。
香奈ちゃんは、さっきのはなんだったんだろうってくらいに俺を応援してくれる。
これ、いいんだよな?本気でやっても。
俺は、なんともいえない開放感というか、安心感というか、そういうものを味わった。
重い足枷が取れたような感じ。
「は、ははは」
自然と笑いがこみ上げた。
一気に気が楽になった。仲良し3人組の笑顔を見れば分かる。
俺は、気負う必要なんてないんだって。
自然にいつものように楽しんでテニスをしていいんだ。
「なんだよ、いきなり笑いはじめやがって」
俺の心境の変化を知ってか知らずか、彼方も笑っていた。
「ここからが本番だよ。覚悟しな」
「やってみろよ。その前に俺がゲームセットにしてやっから」
互いに牽制してから、俺はサーブの構えをとり、天高くボールを放り投げた。
俺は、さっきとは打って変わって有り得ないくらいに集中していた。
***
6ゲーム先取のこの試合で、すでに4ゲーム落としていた俺は、かなりぎりぎりの状態だった。
それでもなんとかボールにくらいつき、かつ少しでも余裕があれば、魅せるような派手なプレイをした。
それは、俺からのみんなへの侘びってのもあったが、その度に会場が沸くのがとても心地よかったからだ。
俺と彼方の激しい攻防の末、勝負に決着が付こうとしていた。
勝負はタイブレークという7ポイント先取のファイナルゲームに持ち越され、現在6対5という俺のマッチポイントでもある。
彼方がサーブの体制に入ると、自然と会場が静かになった。
その静寂を切り裂いたのは、彼方の渾身の力を込めたサーブ。
俺はそれをなんとか返し、激しいラリーが始まった。
お互いテニス初心者とは思えないようなラリーが続いたあと、試合が動いた。
彼方をボールが少し浮いたのを見逃さず、俺は大きくテイクバックをし、渾身の力を込めてこの試合最速と思われる球を繰り出した。
ものの見事にいいコースへ入り、彼方は取るのがやっとで、打ち上げたのは大きな山なりのロブ。
絶好のスマッシュボール。ボールの真下へ走りこむ。
大きく跳ぼうとした瞬間、すみれさんとの練習の最終日の記憶がフラッシュバックした。
あの日、すみれさんに何度もやられたスライス回転のロブ。
俺はそのロブだと確信して飛ぶのをやめ、代わりに数歩下がり、しっかりとタイミングを計って、もう一度跳び、渾身のスマッシュを打った。
バコォン!
そのボールはコートの端に吸い込まれていく。
俺の体制も崩れていたし、ボールの速さもあって、ボールが入ったのかどうか分からない。
俺は審判を見たが、あの野郎俺の意図することが分かっていないらしく、ただなんかわけ分からんジェスチャーをしている。
全く、使えない審判だ。
なので、すみれさんの方を向いた。
すみれさんは軽く微笑んでガッツポーズを取っている。
それを見た俺は、天高く手を振り上げる。
「よっしゃああ!」
それと同時に、会場がこの日一番の盛り上がりを見せた。
そう、俺は勝ったのだ。
まぁ、色々と波乱はあったし、途中まではそれはそれはつまらない試合をしていたのも事実だが、終わりよければ全てよしという言葉をかみ締めておこう。
俺と彼方はネット前に整列すると、審判が勝者を告げて、球技大会テニス部門が幕を下ろした。
あれ?表彰式は?っと思った皆さん、説明しよう、表彰式は明日中・高一気に行われるのだ。
「まさかあそこからひっくり返されるとはね。蓮はやっぱ強えーは」
コートからでると、彼方が残念そうに言った。
「まぁな」
ここは謙遜しないでいこう!なんか今気分いいから。
「ごめんな、桜。負けちった」
いつのまにか仲良し3人組とその他大勢が横にいた。
っていうか、忘れてたけど、香奈ちゃんに負けてってお願いされてたんだよね、一応。
なんか途中で俺のこと応援し始めたけど…なんなん?
「彼方兄、蓮兄、そのに並んで!」
あ、記念写真?気が利くじゃないか。できれば明日の表彰式で賞状とかもってやりたかったけど、そこはまぁ、我慢するよ。
はいっピース!
「や、写真じゃないから!」
え?違うの?それなら並んでとか言うなよ。
並んでって言われたら10人中9人は写真だと思うって!…多分ね。
「せーのっ!」
「「「ごめんなさい!」」」
「「はぁ?」」
それだけ言うと、仲良し3人組は笑顔でどっかに消えてしまった。
まぁ、俺は状況が理解できないか……というと、そうでもない。
なんとかあの子達で仲直りできたんだろ。
ソッコーでどこかに行った所を見ると、そこらへんには触れられたくないみたいだから、ま!触れないでいてやるか。
あの子たちとしては、俺たちに随分迷惑をかけてしまったと思ってるんだろうが。
俺は、
「彼方」
「ん?」
「なんかややこしくなってたけど、楽しかったな」
「あぁ、楽しかった」
いや、俺たちとしては楽しかったので、結果オーライだ。
人生、楽しんだモン勝ちってことで!
その後、すみれさんや、神谷、瀬戸、もちろん彼方にも最初のやる気の無さはなんだったんだとかで愚痴を言われたが、もちろんあのことは誰にも話していない。
「腹の調子が…」
とか言ってごまかしておいた。
まぁ、真実では無いけど腹の調子が悪かったのは事実だしね。
読んでいただいてありがとうございました!
これで、球技大会編が終了した訳ですが、みなさん読んでいて「あれ?」「何これ?」みたいになったんではないでしょうか?
仲良し3人組に何があったのか?まぁ、色々とあったんですが、それはいずれ番外編ということで書かせていただきます。
次回は、新キャラ登場です。
ではでは、アバウトでしたっ!