16/香奈ちゃんのお願い
こんにちは、蓮です。
途中の説明は省き、とんとん拍子でトーナメントを進んできた俺と彼方。
決勝という最高の舞台で、妹たちが用意した俺たちによる妹たちのための自分達には全くもって利益の無い戦いをするはめになったわけなのだが、ここまで来たら優勝してみたいと俺自身思ってしまっているわけで、多分彼方も同じ思いだろう。
正真正銘の真剣勝負になるわけだ。
実際、俺には全く持って似合わねー!と思われる言葉なのだが、これは全くフィクションを含まないノーフィクションなのだから仕方がない。
さて、今現在俺はテニスコートから後方25メートルほどの男子トイレの1番端の洋室製の個室に閉じこもっているのだが、何故俺がここにいるかと言うと、一時間ほど過去にさかのぼらなければならない。
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一時間前
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今はお昼時、テラスは異常な混み具合だったので、木の下にシートをひき、すみれさんと結衣の手製の弁当を俺と結衣とすみれさんで囲んでいる。
「じゃじゃーん!」などと漫画のヒロインが口にしそうなセリフと共に姿を表した重箱の中身は、これが中々立派なものだった。
見た目では文句のつけようがない。
まぁすみれさんの手料理は美味しいと一週間の地獄で実証済みだし、いくら結衣と言えど料理くらい作れるんじゃないかと思う。
「早く食べてみて」
急かす結衣。
俺のタイミングで食べさせてほしい。
俺はとりあえずおにぎりに手を伸ばした。
うん、美味しい。
おにぎりって言ってもやっぱり握り具合とか塩加減で味は変わるもんだと思う。
「美味しい?」
この心配のしようからして、なるほどこのおにぎりは結衣が握ったんだな。
「美味しい」
俺がそういうと、太陽のような笑顔で結衣は喜んだ。
調子に乗った俺は、まぁ一人では食えない量の弁当だった訳なのだが、ほとんどを俺が食べた。
「お兄ちゃんそんなに食べて大丈夫?」
「大丈夫………うぷ」
正直かなり苦しい上になぜだろう?腹の調子が良くない気がする・・・。
沢山食べたって腹の調子は関係ないような気がするし・・・なんなんだろう?
ギュルギュルギュル〜
まずい!本格的にやばくなってきた。
「ほんとに大丈夫?」
「…ちょ、トイレ行ってくる」
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で、現在に至るわけなのだが…。
俺は今だ原因不明の腹痛、もとい便意に悩まされ続けている。
試合開始まではもう少し時間があるだろうから、もう少しこもっていられるだろうが、さっきトイレにダッシュしているときに、香奈ちゃんに呼び止められた。
なんだか深刻そうな顔をしながら、話があるなどと言って来たのだが、いかんせんトイレの方が一大事だったため、その辺で待ってもらっている訳である。
そう、ちゃんとした時間を設定したかったのだが、待つって言うんだもんしょうがない。っていうかかれこれ10分はこもっているからな。今頃香奈ちゃんは俺がトイレでどんな状態になっているか大方の予想は付いているだろう。
………はぁ。
俺は大きな溜息とともに水洗レバーをひねり、トイレを出た。
もうちょっとこもっていたいところだが、これ以上のイメージダウンは避けたいところだ。
外に出ると、少し離れた木に香奈ちゃんは寄りかかっていた。
相変わらず難しそうな顔をしている。
「で、話しって?」
「ここじゃちょっと…」
その一言で笑える話ではなく、真面目で深刻な話しだということを理解する。
「じゃあ、校舎裏に行こうか。あそこにはいつも人がいないし」
「わかりました」
踵を返し、校舎裏に向かう俺の後ろをとぼとぼついてくる香奈ちゃん。
何を聞かされるんだろう?
校舎裏につくまでそれただただ思案し続けたが、まぁ無意味な結果に終わった。
結局思い当たりはなく、香奈ちゃんから話してもらうほかないのだ。
校舎裏につくと、まぁなんだ…話しにくいというか、かなり重い雰囲気の中、香奈ちゃんは口を開いた。
「話っていうのは、桜のことなんです」
あぁ、あの憎たらしい小娘のことか。
「桜のこと…勘違いしてほしくなくて」
はぁ?勘違いも何も俺はあの小娘に怒涛の攻撃を受けてるんだよ?
しかも初対面の時から。
どっちかっていうとそういう話小娘にしてくれない?
「そういう話なら、桜ちゃんにしてくれない?」
「そうじゃないんです!桜はわざとあんな態度とってて、いつもはあんなんじゃなくて、それで……」
必死で何かを訴えてくる香奈ちゃん。
ちょっ、顔近い!離れて!
それと、1つ聞き逃すわけにはいかない単語があった。
「わざと?どういう意味?」
「少し長くなるかもしれないんですけど………聞いてもらえますか?」
あーもーダメだって!
上目使って後輩に懇願されたら断れないでしょうよ。
「いいよ」
「ありがとうございます」
一呼吸置いてから香奈ちゃんが語り始めた。
「……実は桜、凄く体が弱いんです。一年生の頃なんかほとんど学校来れなかったし、ずっと入退院を繰り返してました。それが二年生になってから、体調が良くなって、学校に来られるようになったんです。桜は…人生の半分は病院で過ごしてたって言ってました。体調がいつまた崩れるか分からないって。だから、今やりたいことを精一杯やるんだって言ってました」
不覚にも俺は呆気にとられてしまった。
奥でめっちゃ小さな女の子が男の子と腕を組んで歩いている。しかも楽しげに。
…どういうこと?そんなこと俺でさえやったことねーよ!
まさかあんな小学生低学年くらいの子に先を越されるとはね。
「蓮さん聞いてます?」
おっと、いけない。
「ん?あぁ、続けて」
「で、彼方さんが蓮さんに憧れてるって話を桜にしたらしくて、嫉妬っていうか、なんていうか、どうしても彼方さんに勝ってもらいたいみたいなんです。きっと、自分の兄が一番って信じてるからなんだと思います」
おいおい、なんかさっきに比べて香奈ちゃん投げやりになってない?
それにしてもあの子が病弱ねぇ。
あんなに元気で活発で、みんなを笑顔にさせるような眩しいくらいの笑顔を持った子なのに。
しかも、人生の半分病院ってことは、相当悪いはずだ。
にわかには信じられない。
「それ、本当なのか?だって、彼方は俺にそんなこと一言も……結衣だって」
「信じられないかもしれませんけど…本当のことなんです。蓮さんには、知っておいてほしくて……。本当は、桜に口止めされてるんですけど」
なんだか…ややこしい話になってきちゃったな。
「今日だって、本当は熱があるのに…無理してきてるんです……」
桜ちゃんも桜ちゃんで、色々考えてるんだな。
さっきからなんだか香奈ちゃんの様子がおかしい。口調が妙に感傷的だし、桜ちゃんをかばう言葉ばかりが出てくる。
何を考えているのやら。
いや、香奈ちゃんが何を考えてるかなんてもう分かってるんだ。
「蓮さん…」
香奈ちゃんが俺に抱きついてくる。
まるで、赤ん坊のようにすがりついてくる。
もしかしたら、一番悩んでいたのは結衣でもなく、桜ちゃんでもなく、この子なのかもしれない。
「何?」
俺は香奈ちゃんの一言を待った。
何を言われるのかは…なんとなく分かってたんだけど。
それでも、待った。
香奈ちゃんは俺に何を求めているのか…なんでこんな話を俺にしたのか…すべてはこの一言のため。
きっと、考えて考えて…悩んで悩んで……やっと出した答え。
「蓮さん、お願いです…。負けて…もらえませんか……?」
読んでくださってありがとうございます!
次回はついに蓮と彼方が対決します。
なんだかややこしい話になってしまいました。