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「ふぅ助かった助かった。金が下ろせなかったからどうしようと思ったが、どうにかなったな」


「本当によかったね。たまたま訪れた銀行に日本語ができる銀行員さんがいてくれて……。つくづく、キミの悪運にはびっくりさ」


黒猫はそいつも通りの純白の声色で暢気に話しながら俺の背負っているカバンから顔だけを覗かした。全く、猫なんだから歩くのは俺より得意だろうから歩けばいいのに、とは思うが、猫一匹増えたところで俺のリュックの重さに比べたらないに等しいので口にはださない。それに子供のわがままを黙って聞くのが大人ってものだ。ここは一つ大人の余裕を見せておこうと思う。


「しっかし、なんで国際ターミナルとプサン銀行ではお金下ろせなかったんだろうな」


先ほど訪れた銀行では思いのほか簡単に現金が落とせた。いや、ほんと先ほどまでの苦労はなんだったんだって思う。あんな簡単に現金落とせるなら俺はあそこまで焦ってはいなかった。


「さぁ、キミが分からないことをボクが分かるわけないじゃないか。キミが忘れていることならボクは分かるかもしれないけどね……」


「確かにね。まぁ、とりあえず、現金も落とせたんだ。飯でも食うか」


安心したら腹が減ってきた。一応日本からおにぎりを持って来ているとはいえ、ここで食べるよりか後で夜にでも食べようと思う。せっかく海外に来たのだ。海外のものを食べなくてどうする。日本をプラプラしてた時はほとんど名物料理を食べてないからな。


基本的に食べたものと言えば、カップ麺、携帯食料、コンビニ弁当だ。いや、あれだ。寂しい食事とは理解はしていたんだが、どうにも名物料理は高いイメージがあるし、どうにもあの観光客狙いの店の雰囲気が好きではなかった。


「うん、そうしようか。で、どこに行くの? 宿も決めないいけないから繁華街からそう遠くにはいけないんじゃない?」


「まぁ、そうだな。だけど、ここはプサン、観光都市だ。なら適当に歩いても宿はみつかるでしょ。とりあえず、今は飯だね。さぁ行こうか」


とりあえず、駅や電車、建物を見る限り、プサンは日本でいう大都市の並みに発展をしている。だから、そうそうのことがない限り、宿に泊まれないといったことはないだろう。まぁ、泊まれなかったら泊まれなかったときだ。俺のこのクソ重いバックパックの中には食を除く、衣と住の最低限度がある。

最悪の場合は食さえあれば一か月程度は耐えしのげる準備はバッチしだ。


プサンの治安がどうかは分からないが、見た感じそこまで悪いようなことはないように見える。それに日本だって野宿していると不良に絡まれることもあるのだ。青森県の蟹田市で実際に襲われかけた経験が俺にはある。まぁ青森は田舎だったからあれだったが、ここプサンの都心部に至っては襲われる心配はすくないだろう。


もちろん、野宿は最終手段である。出来ることなら安価なホテルかゲストハウス、もしくはドミトリーあたりに泊まりたいところだ。


「行くってどこにいくのさ?」

「さぁ、わかんね。とりあえず歩けばどこかにつくでしょ?」


人生行き当たりばったりが大事。成せば成る、いや、どれだけ策をめぐらせても、どれだけ計画を練っても成るようにしかならないのだ。だったら心配するだけ無駄だ。案ずるより産むが易し、ってやつだ。


「はぁ、呆れた……。そんなのだから普通に来ればここまで一時間程度の道のりだったはずなのに四時間も五時間もかかるんだよ」


ぐ、痛いところをついてくるやつだ。腕時計を確認すれば、こちらについてすでに五時間ちかく立っている。空は明るみ夕日が見える。そりゃ、腹もすくはずだ。朝から何も食ってないしな。


「まぁまぁ、それは置いといてよし、飯行くぞー!」


そう気を取り直して明るく右手を上げてみる。周りの人から見ればいきなりよく分からん言語でぶつぶつと呟いた後、急に右手を上げて叫ぶ奇人にしか見えないだろう。いや、これは奇人そのままだ。その証拠に周囲の人の目が少しばかり冷たい。ガラスのハートよりももろい卵のハートの持ち主である俺にとってはヒビがはいるどころか中身の白身が少し漏れそうなくらいだ。


「あっ、ボクは高級キャットフードね」


そそくさと逃げ出すように歩き出した俺の背中からは暢気な声。


しかし、今回ばかりはその暢気な声に助けられたような気もした。






「で、何を注文するよ?」


それから歩いて十数分俺たちは釜山の中央区に位置する国際市場に来ていた。アクセスとしては地下鉄プサン駅から二駅行った場所にある南浦ナンポ駅で降りて七番出口から地上に出て光復道をまっす行くと見えてくる。


非常に大きな生活型市場であり、平日の午後である今日は多くの買い物客であふれていた。


ちなみに歴史を振り返れば1953年の朝鮮戦争後の闇市から始まった市場であり、狭い路地が何本も交差する迷路のような古い大型市場である。見た感じ、服屋、メガネ屋、八百屋、魚屋、靴屋、そして雑貨屋など数多くの多種多様な店が立ち並ぶ。非人情の旅という名目で来たが、その国の営みを感じれる場所というのは捨てきれまい。旅に出てそれがなければなんだというのだ。


「うーん、ボクに聞かれても困るよ。だってキミが読めない文字をボクが読めるわけないだろ?」


そんな国際市場の中にある屋台に俺はコンビニで買ったよくわからない緑色の炭酸ジュースを飲みながら壁に張られたメニューを見て悩んでいた。もちろん、ここは国際という二文字こそつけど、生活市場だ。来る客は99パーセント韓国人。メニューはもちろんハングル表記で、日本語はもちろん、英語も存在しない。いや、英語が存在しても俺は関係ないと言えば関係ないけど。俺英語読めないし。


とりあえず、大型のカバンを下ろし、壁に張られたメニューを眺める。黒猫は俺のカバンから飛び出すと俺の横のイスに行儀よく座った。


しかし、見れば見るほど分からん。俺の書いた字もたまに自分自身でも解読不能な文字なっていたりするが、それでもこれよりかはまだ俺のミミズの這ったような文字のほうが解析も簡単だ。


幸運なのか不幸なのかは分からないが、店内に5つほどあるイスには誰も座っていない。いるのは俺だけだ。忙しくもなさそうなため、ゆっくり選ぶ時間はあるが、何分じっくりメニューをみたとこで読めないものは読めない。そもそも、急に読めるようになる品物ではないのだ。いきなり、見たこともない文字が読めるよになれば、俺はわざわざこの世界で旅をしなくてもいつの間にか異世界に召喚されて異世界で魔王を倒す旅でもしていたことだろう。


「うーん、とりあえず一番右のメニューを頼むか」


壁に張られているメニューは四種類。とりあえず、俺はその一番左を頼んでみることにした。


屋台のおばちゃんに笑顔で一番左のメニューを指さす。注文をするのに言語は必要ない。警戒されないような爽やかな笑みと、指が一本あったらこと足りる。


「ねぇ、その気持ち悪い笑みやめたほうがいいと思うよ、ボクは。そうだ、どうせなら整形大国のこの国で整形したら? 少しはその陰湿な顔もましになるとおもうよ」


どうやらお子ちゃま(黒猫)には俺の大人の笑みは少しばかり早すぎたようだ。


それにしても全くもって黒猫は相棒の俺に対して容赦ない。少しは半分はやさしさで出来ているバファリンを見習ってほしいところだ。


屋台のおばちゃんは俺の意思が伝わったのか笑顔で頷き、韓国語で何かを言うと、後ろにあった大きな鍋の中に麺を入れ始めた。


――あぁ、俺が注文したのは麺類なんだと人知れず俺は思ったのだった。






「ふぅ、うまかったし、量もあったな」


腹をさすりながら俺は再び国際市場内を探索する。黒猫は再び俺のリュックから顔をだけをだすスタイルだ。聞いてみたところ、人が多いところだと踏まれそうになるから歩くのは嫌だということらしい。


「うん、美味しそうだったよ。でも、あれってなんなわけ?」


「さぁ、結局名前も分からなかったからな。とりあえず、麺類だ。キムチを中に入れて食べるタイプの」


なんとも投げやりだが許してくれ。現在進行形でこれを書いている今でもあれがなんて名前の料理なのかも、あの麺がなんのかも分からないんだ。分かったことと言ったらあれが麺類で間違いないというところと、韓国の食堂でメニューの一番上のもの頼むと高確率であれにあたることくらいだ。そのおかげで今現時点で俺はあれを5回ほど食べている。もう、ほとんど毎食あれと言っても過言ではない。


「呆れたわ、それでいいの?」


「まぁ、食えたんだし、いいんじゃないの?」


なんとも投げやりで適当な返事だが、俺らしさとはここだ。ここに俺らしさがある。


人間食えて腹に溜まるものなら何でもいいのだ。


「ふーん、まぁキミがいいならいいんじゃないかな」


黒猫はさしも興味なさそうにいうと、それはそうとと切り替えた。


「キミのご飯はどうでもいいとして、早く宿につかないとやばいんじゃないの? もう空は暗くなってきているし」


確かに西の空に日が沈み、夜の帳が降りようとしている。少し肌寒くなってきた。


そろそろ、宿を探すかね。


と、言ってもWi-Fi使えないと天下のアイフォーン様もただのiPodだ。今の手札できれるのは俺の足くらいなものだ。とりあえず、宿を探すのは足が頼りになりそうだ。


国際市場の人ごみに流れるようにしてゆっくりと足を進める。人の暮らしを密接なこの空気はとても心地よいものだった。








「さてと、何か申し開きはあるかい」


黒猫の少し低い声。いつもなら、真っ白なイメージを抱かせる声なのだが、この声に至っては体の通り黒いイメージを俺に与えた。


「いえ、全く申し開きがありません。何も返す言葉がないです」


思わず敬語になってしまった俺の手には日本から持ってきたたこ足配線が一つ。


今回俺が怒られる原因になったものだ。


「全く……ボルト数を確認しないなんて馬鹿じゃないのか? キミは?」


「いやおっしゃるとおりで」


手にもつたこ足配線は見るも無残に黒く焦げていた。たこ足配線のボルト数を確認せずに突っ込んだせいだった。突っ込んだ瞬間青い光を放ち思いっきりショートした。いや、本当に家事にならなくて良かったよ。


「下手したら火事が起きていたんだよ。本当に気をつけなよ」


ようやく取れた宿の中でまさかこんな初歩的なミスするとは。


なんだか馬鹿らしいというより自分自身に呆れてくる。


こうして、海外生活初日は幕を閉じていった。



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