1
「で、これはどうするんだい? 流石にこれは予想していなかったんじゃないかい?」
「あぁ、これは流石に予想外だね」
どうするどうする、どうするよ、と内心どうしようもなく焦っているのを黒猫に悟られないよに黒猫の言葉に俺は平生と答える。内心では冷や汗たらたらだが、そんなことを悟られるわけにはいかない。
俺と黒猫の前には灰色の機械が一つ。日本でもよくお世話になったお金を下ろすための機械、automated [automatic] teller machine。通称ATMがある。
「どうすんだい? 流石に現金が落とせないとは困ったんじゃないの?」
俺が困っている原因は単純明快。ATMで現金が落とせないからだ。
理由は単純でも現状は困難を極める。現金がなければ何もできない。財布を見れば、手持ちは日本で変えた4000円分のウォンと日本円が5000円。心持がなさすぎる。
「どうかなるでしょ」
そう笑ってごまかしておく。一応、電車に乗るくらいの金はどうにかある。ここではない別のATMなら下ろせるかもしれので、とりあえず電車でどこか別のところにいって金を下ろすか?
「うふふふふ、そうなればいいけどね。原因は分からないし、それにこのATMって二台目の挑戦だよ」
黒猫はまるで俺が窮地に落ち込んでいるこが面白いと言わんかのように笑う。どこまでも他人事なのは黒猫らしい。まぁ、文字通り黒猫と俺は他人事では片づけられないような浅い関係ではないのだが、黒猫にとっては俺と黒猫の関係なんてあずかり知らないことらしい。
「うーん、四五回挑戦しているんだけど、うんともすんとも言わないな」
ピピー、と甲高い電子音を立ててカードが吐き出される。ちなみに今日二ケタ目の吐き出しである。流石にこうも吐き出されると俺もいい加減諦めたくなる。
「いい加減諦めたらどうだい?」
「あぁ、俺も出来れば諦めたいところなんだけど、そうはいかないだろ?」
手に持つキャッシュカードと目の前にあるATMを見比べる。
「そうだね、ここで下ろせないならどこでも落とせない可能性があるね」
黒猫のいうとおりだ。ここで諦めるわけにはいかない。俺が持っているキャッシュカードは今目の前にあるATMのものだ。ここで使えなければどこでも使えない可能性が高くなってくる。
「あぁ、そうだな。後一回挑戦してみて駄目なら別の銀行探すか」
原因がわかるならどうにかなるかもしれないが、今の俺にはどうしようもできない。Wi-Fiがなければネットを使うことができない。
試しに駅のインフォメーション施設で色々と聞いてみたのだが、俺の拙い英語が悪いのか、それとも向こうも英語ができないのか分からないのが、四苦八苦して数十分使った挙句、結論は分からないというものだった。
「うん、やっぱり駄目だったね」
黒猫のその言葉と共に聞きなれた電子音を鳴らしながら本日十と一回目になる回数のキャッシュカードが吐き出される。これが反抗期というやつかもしれない。
「そうだな、よし別のところにいくか」
「それでどうするの?」
「そうだな、とりあえず宿を探しにいくか」
手持ちは33000ウォンと円が5000円。最悪5000円をウォンに変えれば一泊分くらいの金にはなるだろう。それで、どうしようもなければ――――まぁ、どうにかする。どうしようもなければその時はそのときさ。
――――面白い。
思わず笑みがこぼれる。
「どうしたの気持ち悪い笑みを浮かべて」
「あぁ面白いんだ」
面白い。いきなり壁にぶち当たり、いきなり路頭に迷う可能性がある。これが、こうじゃないといけない。初めでここまでつまづくとは思っていなかったが、これでこそ放浪している意味があるってものってもんだ。韓国語も英語も話せない、文字も読めない、頼りの携帯もWi-Fiがなければ使い物にならない。ないない尽くしは覚悟の上だが、さすがにキャッシュカードが使えないとまでは思ってもみなかった。
それが面白い。この逆境を乗り越えてこそ、見えるものがある。
苦労した体験が話のネタになる、酒の肴になる。
だからこそ、こうでなくてはいけないんだ。
「相変わらず、キミは分からないないよ。――で、そうするの? 宿って言ってもどこでとるんだい?」
黒猫は軽くジャンプすると俺の手を伝ってスルスルと俺の方へ飛び乗った。少し肩が重くなった気がするがこちとりゃすでに何十キロもある荷物を背負っているんだ。今更、猫一匹増えたところで何も変わることはあるまい。
「とりあえずは地下鉄でチュンアン駅まで行くぞ。繁華街になってるらしいから、そこで情報を集めよう」
地下鉄の乗り方もいまいち分からないがどうにかなるだろう。それに繁華街なら銀行もあるだろう。目下の一番問題は路銀なのだ。とりあえず、銀行にいけばどうにかなるだろう。どうにかならなければその時はその時だ。