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3 江ノ島電鉄

三話です。

お楽しみ頂ければ幸いです。

翌日の午後1時に長谷駅で優姫と待ち合わせしており、私は改札を出ると切符売場の前に立つ優姫を見つける。

藍色の薄手のロングスカートにワイシャツと水色のカーディガンを羽織った出で立ちをしていた。

「こんにちは、加奈子さん」と言い会釈する。

前に優姫が言っていた分離礼というものだろう。

確かに同時礼より丁寧に見えるから不思議だと思う。

「こんにちは」と私も倣って言う。

いつもは、「やぁ」や「おっす」と返すのだが緊張しているためだろう。

「それでは参りましょう」と言い歩き始める。

県道32号線に出ると長谷観音方面に歩いていく。

収玄寺の前を通り過ぎ路地に入ると手前の路地を左折する。

けっこう遠いなと思いつつも、優姫についていく。

道中は取り留めのない会話をしていた。

優姫は気を遣ってか相談内容については何も聞いてこず、ただ夏休みの過ごし方を話した。

駅から歩いて15分ほど経った頃に優姫が「着きましたよ」の声を聞き暑さで俯いていた顔を上げる。

歴史のある鎌倉に似合う喫茶店といえば伝わるのだろうか、洋風な佇まいなのだが古いというよりクラシックな雰囲気の喫茶店だ。

『喫茶店 穂花』と書かれてるプレートは所々錆びていたりするのだが、しっかりと掃除をしているのか汚れているとは感じられなかった。

優姫はドアを開け私に入るように促す。

私は入店すると心地よい冷気が身体に染み込んでいく。

店内にはピアノソナタが流れており、優しく私の耳に入り込む。

木製でニスの塗られたテーブルは焦げ茶色をしているが差し込む太陽光が明るく陽気な色へと変化させ幻想的な雰囲気を醸し出し店内の景色を彩っている。

カウンターには幾つかのサイフォンが並びカウンター内部の棚には瓶詰めされた珈琲豆や紅茶であろうリーフの絵の描かれた缶が並び

食器棚には純白のカップや花の彩られたカップが置かれている。

私はこの穂花に惚れてしまった。

優姫は「大丈夫ですか?」と私の顔を覗き込む。

私は笑顔で頷いてみせると優姫も微笑み「案内します」と歩き始めた。

窓際に設置された四つのテーブルの四つ目に男性が煙草の紫煙を燻らせながら読書をしていた。

私たちは男性の向かい側に立ち見下ろす。

「コウスケさん」と優姫は男性に声をかけるとコウスケと呼ばれた男性は本から顔を上げ私達に視線を向ける。

若い男性で恐らく二十代だろうと予測する。

「そちらが?」とコウスケは優姫に言う。

「はい、依頼者の田岡加奈子さんです」

若干、優姫の声音が普段より明るく聞こえる。

笑顔も普段より質が違うようにも見えた。

「どうぞ、お掛けください」と優姫が言い私はコウスケの向かいに座り優姫は私の隣の椅子に腰を下ろす。

「煙草の煙は平気かい?」とコウスケが言う。

気分を害さないかを心配しているのだろう。

しかし、私の父は煙草を吸う人なので不快感を感じることはない。

「大丈夫です」と言うとコウスケは煙を横に向けて吐く。

煙を当てないよう配慮しているとわかった。

コウスケは一度咳払いをする。

「俺は寺岡孝助と申します」と頭を下げる。

私も慌てて倣うように自己紹介をする。

「田岡加奈子です。優姫さんの友達をしています」

「相談をしたいと聞いたのだけれど内容を伺ってもいいかな?」

「はい」と少し気合いを入れる「友達の由香里という子が襲われたんです」

「襲われた?」

寺岡はちらりと優姫に視線を向け直ぐに私に戻す。

「なので、事件を解決してもらいたくて御相談に…」

寺岡は手のひらをこちらに向け待ったをかけた。

そして、優姫に視線を向ける。

「優姫、話していないのか?」

「えっと」と困惑気味に優姫は私を見る「加奈子さん、喫茶店相談所は解決は致しません」と言った。

「事件を解決してくれないんですか?」と少し砕けた口調になって寺岡さんに言う。

「厳密には解決でなく解答を出すだけだね」

寺岡は煙草を灰皿で揉み消してから続ける

「俺のするのは、君から受けた謎に対して推理して解答するのみだ。解決は君自身がする」

「私が・・・・ですか?」

寺岡は頷いて言う

「そうとも、今回は由香里さんが襲われた原因と襲った犯人を知りたいという相談だと聞いている」

「はい」首肯して応えた。

「俺は推理して答えを渡す。犯人が誰で、何が原因かの答えだ。それを使って謎解きを披露するも犯人を警察に突き出すのも君次第だよ。だから解答なんだ」

孝助はそう言うとお冷やを口にする。

私は、これが喫茶店「相談所」の由来がわかった。

相談だから解答者は問題を解決しない問題に対して一番良い解答をくれるのみだ。

解決する行動を取るかは相談者次第になる。

寺岡は、新しい煙草に火をつけて言う

「それと、俺は推理をするのみだよ。加奈子さんや優姫が持ってくる情報のみしか推理に扱わない」

つまり、寺岡孝助は推理するが細かく丁寧に推理して欲しくば私が動いて情報を集めろと言外にした。

それは、私がどれほど謎解きを望んでいるか由香里を思っているかを試しているのだ。

「わかりました」と私は応える。

「それと」と寺岡は続ける「推理して解答を渡すが真実であるという責任は取らない。これは相談であって捜査でない。また、解答であって解決でないからね」と言う。

相談というスタンスをとっているのはそのためなのだろうと思った。

相談による解答は必ずしも正解ではないのだ。

それが謎解きでなく恋愛でも進路でも人生の相談でもそうだ。

『こうしなさい』でなく『こうしてみれば』が相談だ。

また、納得できないのなら相談相手を変えるのも一手であり、納得しても自発的に行動を取る。

そこに強制力はなく、自己責任によるもの。

仮に私が解答者でもそうだろう。

真剣に私の考えた最高の案を出す。

それに対して相手が、どのような行動を取るかは相手次第なのだ。

それについて、失敗した時のリスクは普通は負わない。

決断し行動をするのは相手なのだから。

しかし、それでも負い目は感じるだろう。

解答により相手の人生感も変わってしまうかもしれないのだから。

けれども、失敗し相談相手を糾弾してしまうのは責任転嫁になってしまう。

信頼や尊敬もあるだろうが全部を信用するのも自分がない。

損得勘定や性分を関係なく相手の言われるがまま行動をするのは傀儡とかわりない。

決断し決行をするのは『自分』であって『相手』でないのだ。

寺岡は、そう言いたいのだろう。

俺は推理して解答するのみ…それはどこの相談所もそうだ。

結婚したいと相談し相手を見つけ婚姻届を出してくれる相談所もないし、借金を負ったからといって全額返済してくれる相談所もない。育児相談をして代わりに育ててくれる相談所もないのだ。

相談所は相談にのり解答をくれるのみ。

解答をどう扱うかは相談者次第である。

私が黙っていると怪訝な顔をして孝助と優姫が私を見る。

私はもう、決心していた。

「大丈夫です」と言い頭を下げ「よろしくお願いします」と言った。



寺岡孝助がマスターに向けて「珈琲三つ」と言うとマスターは会釈で返した。

寺岡は私に向き直り言う。

「それでは、相談内容を聞きたいと思う」

「はい」と返事して私は続ける。

「私が相談したいのは、友達の由香里が隠している事と由香里に何が起きたのかを知りたいです。」

「もし・・・」と寺岡は口を開きかけるがやめ「いや、受けよう」と応えた。

マスターがテーブルに珈琲を三つ置き会釈をして去ると寺岡が言う。

「野山由香里さんについて幾つか教えてほしい」

孝助は珈琲を一口啜る。

「まず、性格や趣味、学校生活だ」

「由香里は積極的で何でも挑戦する人です」

「趣味は?」

「買い物と・・・写真ですかね」

「写真?」

「写真部に所属しているんです。私も一緒に」

「写真か・・・」寺岡は額に指を当てぐりぐりと押す「写真はいつも撮るような子か?」

「いつもとは?」

「出掛け先や食事先とかだ」

「食べログとかの写真は携帯でとってますけど、出掛けた時は撮らないですね」

「例えば、山とかは?」

「そういうのであらば撮ります。買い物の時は撮りませんが・・・・」

「そうか・・・」と呟いて「被写体は決まっていたか?風景とか人とか」

「由香里は風景写真を主に撮っていました。最近知ったのですが、江ノ電にも興味があるようで撮っていると聞きました」

「ほう」と感心したように言う「最近というのはいつ?」

「昨日、お見舞いに行ったときです」

「お見舞いに行ったとき?」と寺岡は訝しむように繰り返した。

「はい」

「江ノ電の写真を最近撮っていたのはいつだ?」

「・・・事件のあった日です」

そう言うと寺岡は目を細め私を見る。

ぞくりと私の背筋を『何か』が走る。

悪寒とも違う『何か』が・・・

「事件が起きたのは朝だと聞いたが・・・」

「朝・・・・事件のあった教室で撮っていたそうです。」

「教室と聞いたけれど、その教室は何年何組なんだ」

「空き教室です」

「そこから、江ノ電は見えるのか?」

「江ノ電が見えるかはわからないです」

「それを調べて欲しい、入れなければ別の教室からでもいい」

「はい」

「それと買い物が趣味と聞いたけれど、由香里さんは買い物をよくするのか?」

「買い物よくしていますね」と思い出しながら応える「前はブランドバッグを買ったみたいですし」

「ブランド?」

寺岡はまた目を細める。

「ヴィトンやシャネルのポーチを買ってました」

「模造品か?」

「銀座のヴィトンのショップなので・・・偽物ではないですね」

「幾らするんだ、ポーチ」

「確か・・・七万くらいと言ってました」

「七万っ」と寺岡は驚いていた。

「高額すぎるだろ・・・中学生の買い物にしては」

「中学生でなくても高いですよ孝助さん」と優姫が苦笑して応える。

「何かなかったか由香里さんに変わったこと」

その言葉に私と優姫が考え込む。

優姫がはいっと挙手をして言う

「宝くじが当たったとかはどうですか?」

「ないだろうな」と寺岡は瞬時に言う。

「どうしてですか?」

「もし、宝くじが当たったとしたならあからさますぎる」

「でも、宝くじですよ?」

納得いかないのか優姫は不満気に言う

「宝くじの当選の場合は家族が使うだろう」

「高額な当選の場合は?」

「高額当選の場合は、あからさまな行動をしないよう自粛するんだ。そういう風に忠告も受ける」

寺岡は私と優姫をそれぞれ見て言う。

「そうなると、家族全員がその行動をするように約束をするだろう」

「由香里が破ったとかはないですかね」と私が言うと寺岡は首を横に振る。

「そうだとしても、複数を買う前に止められるだろう」

「そうですね」

「つまり宝くじはないな・・・アルバイトしていたとかは」

「いいえ、それはないと思います」と優姫が応える。

「どうしてだ、学生ならするだろう」

「校則で禁止されてますし・・・それに私達は中学生です」

「そうか・・・優姫は中学生だったな」

寺岡は項垂れる。

私から見ても、優姫は中学生よりも大学生でも通じるほど大人びており身体つきも胸部や臀部を見る限り大人だろうと思う。

「何でそういうこと仰るのかわかりません」

と拗ねたように優姫は言う。

「お年玉はどうですかね」と私は言う。

「それもないな・・・お年玉を貯めてもさすがにブランド品を買い漁るほどの金額になるかも怪しい。しかも本物だ」

「確かに・・・そうですね」

「それに親が止めるだろう」

寺岡は、そう言うと壁時計を見る。

ゼンマイ式の振り子時計だ。

時計の針は三時二十分をさしていた。

「今日はここまでにしよう」と言って冷めた珈琲を啜る「明日もここにいるから来たければ来るといい」

私と優姫も倣い珈琲を啜る

「加奈子さん、できれば明日来るなら空き教室の風景を撮影してきてくれないか?」

申し訳なさそうに寺岡が言う。

「わかりました」

私と優姫は珈琲を飲み干し、支払いは寺岡がすると言って送り出してくれたのだった。

私と優姫は長谷駅で解散することになった。

私は優姫に「ありがとう」と頭を下げ礼を言うと微笑みを浮かべて頭を上げるよう言う。

頭を上げると優姫は「事件の解答が出てから孝助さんに仰って下さい」と言った。

優しい笑みだった。


翌日の朝、私は七里ヶ浜付属学院に行き空き教室に入るため一棟の職員室に行き、先生にお願いをして教室に入れてもらえるように頼むことにした。

最初は由香里の事件からか難しい顔をしていたが、私が由香里から落し物があるかもしれないのでそれだけ確認したいと言うと数分で戻るならと応じてくれた。

私は空き教室のある三棟の二階にある空き教室に到着する。

私は鍵を解錠しドアを開ける。

私はカメラを用意して窓に近づき閉まっているカーテンを開け目の前に広がる景色を見てその場にへたり込んでしまう。

由香里は言った海岸と江ノ電を撮っていた・・・と。

確かに私は疑わなかった。

学校の側に江ノ電は実際に走っており、海岸も校舎からすぐ側にあるのだから。

気がつけば私は泣いていた。

実際には江ノ島電鉄は撮れないのを知ってしまったのだから。

それは、江ノ電が走るレールの手前校舎の側に生えている松の木達が邪魔をして。

もし、ここから撮影すれば海岸は撮れたとしても江ノ電は絶対に撮れない。

他の三階や屋上なら可能かもしれない。

けれど、この教室で江ノ電と海岸を撮ることは不可能なのだ。

私は由香里に嘘をつかれた・・・

信頼をされていなかった・・・

そして同時に由香里が嘘を吐く理由がわからないと由香里を更に疑うようになった。


新しい謎が絡んできます。

次回もよろしくお願いします。

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