主と召使と戦場と
アストゥスはあっという間に空高くまで舞い上がった。
さっきまで見上げていたヒガンテフォレの大小様々な木々が立体感を失くし、色の濃い草原のように見える。
「青年よ、お前は私の主によく似ている…、私に風を、光を与えてくれた彼の人に」
アストゥスが僕に話し掛ける。
背中からではわからないが、アストゥスは再び微笑んだように感じた。
「主だって?それは…」
「さあ、二人共しっかり掴まっておれよ!」
僕の言葉を遮るようにアストゥスがそう言うと、大きく羽ばたき、一気に加速した。
「主様!気持ちいいですね!すっごいですね!」
ミカエラが興奮した様子で僕に笑顔を向ける。
これだけ高速で移動しているにも関わらず、アストゥスの背中の上ではそよ風程度しか感じない。
大きな鳥類の背に乗るのは初めてではないが、こんなにいい香りがする背中は初めてだ。
柔らかな羽毛の上で僕は仰向けに寝転ぶ。
「ミカエラ、アインはなぜこんなことをするんだと思う?」
「…わかりません」
「……僕もだ」
だから、聞かなくてはいけない。
異界を覆う半球の地上界が空を通過し、天上の灯を隠していく。
少しずつ陰に入っていくのは自分だというのに、遠くに見える明るさがまるで遠ざかっていくように感じる。
一時の暗闇。
アストゥスが風を裂く澄んだ風音が周囲の音を遮り、ミカエラの唸るような歓声がよく聞こえる。
進行方向に去っていった明るさが後方から追いかけてくる。
遮られ、窮屈になっていた空気が一気に開放される。
アストゥスの風を裂く音にごおごおという濁音が混じって、辺りが急に騒がしくなっていく。
僕は目を閉じた。
「見えたぞ子らよ、すぐそこだ」
異界最大都市アルス・チカ。
この街は全体を壁で覆った筒状の塔のような形状をしていて、外壁に取り付けられた外階段は植物の蔓のように絡み付き、それが壁にいくつも空いた出入口である穴を繋いでいる。
したがって、遠くから見ただけでは街の様子がわからない。
少しずつアルス・チカが大きくなっていく。
それが巨大な塔だとわかる程近くに来たところで異変に気付いた。
塔のてっぺん、煙突の口にように空に向かって空いた大穴からもくもくと煙が立ち上っている。
「クソっ!もう…!!」
すると、その煙の中から何かが上空に飛び出してくるのが見えた。
飛び出したそれは真っ直ぐ僕らの方へ向かってくる。
極彩色の三日月くちばし。
「ボルドラっ!!」
ミカエラが叫ぶ。
ボルドラは、僕らと確認することも無く、一直線に火球を連続で三発吐き出した。
「振り落とされるなよ!」
アストゥスはそう言うと大きな翼をひとはばたきさせ、急停止した。
体が垂直に立つ。
僕とミカエラは振り落とされないように羽にしがみつく。
アストゥスのは体内から魔力が練り上げられるキンとした高音が聞こえる。
次の瞬間、アストゥスは飛んでくる火球目掛けてうねる風の筒を吐き出した。
鞭のようにしならせながら風の筒を振り回すアストゥス。
風の筒は火の玉を飲み込み、その向こう側にいるボルドラをも巻き込んだ。
ボルドラが羽を散らし、金切り声を上げながら滝壺に巻き込まれた葉っぱのようになって筒の中をぐるぐる回っている。
アストゥスが風を止めると、そのまま真っ逆さまにボルドラが落ちていく。
「今のうちだ、行くぞ子らよ」
アストゥスはそう言うと真っ直ぐに塔の頂上を目指す。
「アストゥス!追ってきてる!」
ミカエラが後ろを振り向いて叫ぶ。
「このまま頂上まで飛ぶ。頂上で私が速度を緩める内にお前たちは飛び降りなさい」
「了解!オウムめっ、叩き落としてやる!!」
ミカエラはそう言うと、体を後方へ向け、拳を上に突き上げ人差し指と小指を伸ばす。
「連発だああ!」
空気の破裂するパンという音とともにボルドラ目掛けて稲妻の雨が降り注ぐ。
ボルドラがそれを蛇行して回避する。
雷撃の止んだ一瞬の隙にボルドラから再び火球が吐き出された。
僕は僕らを追って飛んでくる火球を包むように氷の壁を形成させる。
速度を殺された火球は氷の塊となって落下していく。
「ピンポイント!さすがです主様!」
「頂上まであと少しだ!備えろミカエラ!」
後方からボルドラが追って来ている。
しかし、アストゥスは速度を落とす。
「行け!子らよ!!」
ミカエラがアストゥスの掛け声と同時に背から飛び降りる。
アストゥスの背から足が離れた瞬間、足元から閃光が立ち上がった。
「主様っ!!」
垂直に体を投げ出した僕のすぐ下で巨人化したミカエラが手を伸ばす。
伸ばされた手が僕の体を掴む。
ミカエラに抱かれながら塔の中へと落ちていく。
落下の最中、頭上を見上げると、速度を落としたアストゥスの背に爪を立てるボルドラの姿があった。
「アストゥス!!」
空中でもみ合いながらアストゥスとボルドラが落下していく。
落ちていく二匹の巨鳥を最後まで見届けること無く、僕の視界は湾曲した壁面と鳥の巣のように配置された様々な建物群の風景へと変わっていった。
ドゴン!!
地響きを鳴らしながらミカエラの足が平らな地面に着地する。
衝撃で体が浮き上がった。
「到着!主様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ大丈夫だ。ありがとうミカエラ」
ミカエラが抱きかかえていた僕を地面に下ろす。
最上層はまだ無事なようだ。
建物から出てきた住人達がおろおろしながら辺りをうろついている。
僕は塔の中央を下から上まで貫く吹き抜けから視界の悪い穴の底を見下ろす。
中層から下の被害が甚大ではない様子だ。
黒や白、それに赤や緑の煙が吹き抜けを通って外へ逃げようと渦を巻きながらすごい勢いで立ち上ってきている。
「ミカエラ、下へ行くぞ」
僕とミカエラは壁に沿うように続く螺旋状の広い道を下っていく。
道の脇に立ち並ぶ建物から続々と飛び出した住人たちが最上部へ向かって行くのに逆行し、僕らは中層へ入る。
最上層、上層にいる内は聞こえなかった悲鳴やら爆発音やらが徐々に耳につくようになってきた。
「主様!あれ!!」
足を止めたミカエラが前方を指差す。
「まさか…、あんな奴が!!」
下層部から十匹程度の群れをなして中層部へと登ってくるのは、手に剣や杖、槍や盾など様々な武器を構えた、大人の胸位までの大きさで一つ目に三角形の頭を持ち上半身は人型、下半身はエレメント種のように脚が無い異様なモンスターだった。
モンスターの群れは下半身を引きずるようにして移動しながら逃げる住人達を襲い始める。
「行くぞっ!」
僕とミカエラは襲撃を受けている場所へと駆けつける。
三角頭のモンスターの一匹が僕らに気付いて杖を振り上げた。
それが振り下ろされた瞬間、杖先から雷撃がほとばしる。
僕とミカエラは並走してモンスター目掛けて突っ走る。
ミカエラに雷撃が直撃するが、ミカエラは動じない。
ミカエラは、その三角頭のモンスターを蹴り上げると打ち上がったそれを巨人の拳で殴りつけた。
僕はミカエラを追い抜き、逃げ惑う獣人に無骨な湾曲した剣で襲いかかるモンスターに向かって走る。
左手で小指、親指、人差し指の順に印を結ぶ。
獣人を斬りつけんとするモンスターの一つ目の瞳に直接光の魔法を出現させる。
閃光がモンスターを直撃、怯んだ瞬間に腰に巻きつけた鞭でモンスターを捕えると、そのまま別のモンスターに向けて投げ飛ばした。
吹き抜けの側をうろついていたモンスターに投げ飛ばしたモンスターが命中し、そのまま二匹とも下層へと落ちていく。
目の前を影が通りすぎる。
見上げると、ミカエラがその長い脚で僕を飛び越えて行くところだった。
ミカエラは、前方で逃げ遅れた人間を襲っているモンスターを踏み潰す。
「ミカエラ!残りは!」
「六匹です!!」
そう言われて遠目をきかせると、建物に向けて炎を起こしているものが一匹、倒れた住人を貪るものが二匹、逃げ遅れた住人を殴りつけるものが一匹とこちらへ上がってくるものが二匹目に入った。
僕はポケットから銀貨を一枚取り出すと、それを残りのモンスターの中央辺りに向けて投げた。
すぐさま両手で光の印を結び、掌を合わせる。
すると、投げられ宙に浮いている銀貨から六匹全てのモンスター目掛けて光線が放射される。
光線は六匹のモンスター全ての頭部を貫き、燃やした。
「くそっ!なぜ住人まで襲う必要があるんだ!!」
握りしめる拳に力が入る。
「主様!まだ来ます!!」
叫ぶミカエラの視線の先には今倒したものとは違う様々な大きさや形のモンスターが駆け上がってくる様子が伺える。
「全部倒しますか?」
ミカエラが言う。
僕はもう一度吹き抜けの下を覗き見た。
止まない黒煙、吹き上がる炎、そして蠢く異形のモンスター達。
イルの言っていた通りだった。
管理局すらも落とす程の兵力。
下方から魔法攻撃が飛んでくる。
「主様!どうしますか!」
ミカエラが飛んできた氷の矢をいなしながら叫ぶ。
ここから飛び降りれば一気に下層部まで行くことはできる、だがそうすれば、敵に囲まれる形になってしまう。それにアインを止めることができたとしてもモンスター達が大人しくなるかもわからない。
「他に方法はない!行くぞ、ミカエラ!全員倒す…!!」
「承知しました!!」
ミカエラが大きく頷いた。




