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主と召使と人間と特級モンスターと 3

 「これじゃあ仕事がしづらいね…」

 増え続ける野次馬は、人集りとなって巨大なモンスターをぐるりと囲む形になっている。

 「でも、このまま放置っていうのも問題ありますよね?」

 ミカエラが僕に囁く。

 

 「ちょいと失礼…」

 僕とミカエラの後頭部辺りから急に聞こえきたのは、なんともか細い可愛らしい声だった。

 驚いた僕らは声のする方を慌てて振り向くが、そこには何もいない。

 「…聞こえたか?ミカエラ」

 「はい、どこか聞き覚えのある声でしたね」

 そして僕とミカエラが、向かい合った姿勢からモンスターの方へと視線を戻すと、そこには光る鱗粉を撒き散らす人の掌程の大きさの輝く人型の物体がふわふわ浮いていた。

 

 「イル様?」

 ミカエラが光る物体に話しかける。

 「おう、ミカエラ。久々だな」

 ミカエラの声に振り向くこともなく、妖精イルは死骸を確認するように左右に飛び回る。

 「お前らがやったんだな?フィス、こいつは一体何だ?」

 妖精は相変わらずモンスターの方を向いたままだ。

 「さあ、それは僕にもわからないね、明らかに不自然な生物だよ。それに、召喚術で現れたにしても不可解なこともある」

 そう言って僕はユニコンヘルムの一部を指差す。

 「これがなんだっつーんだ?」

 「召喚…仮にだけど。その召喚者の側にいた者の装備の一部だよ」

 「なっ、マジかよ。対象外の奴のもんが皮膚下にあるわけがねえ、それはお前もわかってるだろ?」

 「もちろん。それでもそれはそこにある、というのが事実だ」

 そこまで聞いたところでイルは黙り込んだ。


 少しの間考えるような仕草をしていたかと思うと、イルはモンスターの身体に近づき、指で一つの図形を描いた。

 「とりあえずこいつは管理局で預かる。お前らは家に帰っちまえ、後はあたしたちがやっとく」

 イルがそう言うと、モンスターは何の前触れも無く消えてしまった。

 「ほれっ!さっさと行っちまえって。さっさとしないと他の奴らが来ちまうぜ」

 イルは急かすようにそう言うと、ミカエラの鼻先を蹴飛ばした。

 「悪いね、イル。じゃあ後はよろしく頼むよ」

 僕はイルに別れを告げてその場を去ることにした。


 僕らが人の輪を抜けると、まだ出歩く者がほとんどいないがらんとした大通りの隅に長身の騎士が立ち尽くしているのが目に入る。

 長身の騎士は口を半開きにして、人集りのある方を瞬きもせず凝視している。

 いかにも呆然としているといった様子だ。

 それが気になって、通り過ぎざまに男を目で追う。

 「…レイス・アイザック?」

 僕の声が聞こえたのか、レイス・アイザックと思われる長身の男が我に返ったように動き出し、僕を見ている。

 しかし、彼は何を言うでもなく、視線を逸らすとそのまま何処かへ歩き出して行った。

 「主様、あの男に見覚えでも?」

 「…レイス・アイザックだよ。お前が酔っ払ってぶっ飛ばした」

 「え…?」

 呆然として肩を落とすミカエラは、申し訳無さそうに「すみません」と呟いた。

 

 「それにしてもイル様、久しぶりでしたね。可愛らしさも相変わらずでした」

 そう言うミカエラは、なんだか照れたように頬を赤らめてくねくねしている。

 「可愛い、ねえ。確かに妖精はマスコット的人気はあるけど、その実は中年の親父みたいなものなんだけどなあ」

 「それでも可愛いものは可愛いのです。キラキラの羽につやつやの髪、ぷっくりして柔らかそうな肌にくりくりの青い瞳と鳥のさえずりのようなあの声ですよ?可愛らしさそのものじゃないですか」

 そう言いながらミカエラの表情はころころ変わる。

 「そんなに妖精が好きなら契約なり、印を付けるなりすればいいじゃないか。そうすればいつでも一緒にいられるぞ?」

 「いえ、それはしません。護るものが増えれば選択しなければならなくなりますから…。わたしは主様を護りたいんです。主様以外は気にしたくないんですよ」

 「わたしは不器用ですから」と続けてミカエラは頭を掻いて笑う。

 「…よろしく頼むよ」

 そう言って微笑むと、ミカエラの笑顔は自信に満ちたものに変わった。


 「そういえば、ミカエラ」

 「何でしょう?」

 「腕は平気なのか?」

 「えっ?…あっ!ぐあーっ!!」

 今まで忘れていたのは信じられないが、ひん曲がった自分の腕を確認すると急にミカエラは腕の痛みを感じ始めたようだった。

 「家までもう少しだけど、その腕じゃちょっとひどそうだね…。まずは治療しようか」


 天界都市ルテ・アマは天界でも一、二位を争う大きな都市だ。

 それ故、世界の管理を行う機関の一つである天界管理局の各施設もここに紛れ込んでいる。

 僕のボスがいる魔道具研究所もその一つだ。

 そんな大都市は巨大な峡谷を埋めるように造られていて、峡谷の一番高い所を繋ぎ盛り上がった部分を上層、そこから下が中層、谷の一番深い所を下層とする階段上の造りになっている。

 僕とミカエラが住んでいる家は下層から街を出て、その先にある森の奥にある。

 谷底の川は水量が多く流れも激しいため、その飛沫で下層から外は特に湿度が高い。

 そのおかげで、僕らの住む森は日に露出している森よりもずっと鬱蒼としていて、自然豊かだ。

 

 メインストリートである大通りを真っ直ぐ進むと、フィールドと街を区切るアーチとそこから下の層へと降りるための大階段に枝分かれしている。

 そこから一直線に下層まで降りることもできるのだが、僕らは一旦中層に入ることにした。

 理由は当然、ミカエラのひしゃげた腕を治すためだ。

 「着いたよミカエラ。すぐに治してもらおう」

 中層には、特殊アイテムを扱う店が多く存在する。

 その中でも僕が特に世話になっているのが、目の前にある植物モンスターアルボ・スティルプの身体を組み上げて作られた蔓だらけでごつごつした印象の出来の悪いかまくらみたいな建物、『ピューサスの胃袋』だ。

 

 ミカエラは体をぴくりと反応させると、突然歩くのを止めた。

 「さあ、行くよミカエラ。嫌がってもダメだぞ?」

 「…あ、主様。こ、ここ怖いです!」

 「はいはい、わかってるよ。でも、早く治したいだろ?だったら入るんだ」

 小さく悲鳴を上げる彼女をよそに後ろから胃袋の中へ押し込む。

 入り口を入った瞬間から様々な薬草の香り鼻を刺激する。

 甘かったり、酸っぱかったり、鼻通りがよくなるような刺激的な香りだったり、それら全てが嗅覚を刺激するので僕の鼻も目もその反射で大忙しだ。

 

 「エウリス、僕だよ。フィスだ」

 カウンター脇の椅子の上で丸まっている白い毛玉のような生物に声を掛ける。

 白い毛玉は僕の声に気づいて顔を上げ、眠たそうにあくびをすると、椅子からぴょんと飛び降り「いらっしゃいフィス」とそれも眠たそうに言った。

 「久しぶりだね、エウリス。相変わらずお前は小さいな」

 そういって僕が笑うと、エウリスは憤慨したようにその短い手足をばたばたさせる。

 「あ!小さいってなんですか!小さいってなんですか!!久々なのにご挨拶な方です。朕は小さいことよりも素晴らしい毛並みを評価して欲しいものです」

 素晴らしい毛並みのエウリスはその小さな体と比べると全く可愛げのない毛の生えていない猿のような長い指で僕を指差す。

 「で、無礼なものフィス様。朕に何のようです」

 「彼女が骨折してしまってね、治してやって欲しいんだ」

 そう言ってミカエラをエウリスの前に押し出す。

 エウリスは、ミカエラを足元から頭まで舐めるように眺めると、それまで透き通るような緑色だった瞳が赤く変わり、嬉しそうに飛び跳ねだした。

 「エルフのものっ!やっと怪我をしたのですね!?やった!やった!どこです?患部を見せなさい」

 ミカエラが折れた左腕をエウリスから庇うように体をねじってそれを拒否する。

 「治しますよ!治しますよ!?大丈夫です。安心して?ほら、患部を見せなさい」

 「あ、主様~」

 ミカエラが僕にすがりつく。

 「大丈夫だよミカエラ。エウリスはエーテリアボディに詳しいんだ。お前の装備を作る時だって彼に助言をもらいながら作ったんだ、お前だって知ってるだろ?」

 「わかってます、わかってますけど…。この子はわたしの体に興味を持ちすぎなんです!あの時だってわたしが珍しい種族だからと言ってベタベタと…!ヤですよ~、主様~。そうだ!主様が治してくださいよ!できますよね?ねっ」

 「とはいっても痛いんだろ?それに帰る途中に何があるとも限らないし、なにより結局お前を治療するための材料が足りないよ。だから、我慢してエウリスに任せるんだ」

 そう言って僕はミカエラをエウリスに預ける。

 「さあ!さあ!治療しますよ!」

 ミカエラは哀しげな声で僕を呼びながら店の奥に連れて行かれた。

 ミカエラがエウリスから治療を受けている間に僕は、店内の商品を物色する。

 至ってポピュラーな薬草から、ライブズキャニオンの深くまで取りに行かなければ得られないような珍しい植物や鉱石、それに特殊な魔道具や書物など様々なものが区別なく並べられている。

 僕が店内を物色していると、時々悶えるようなミカエラの艶っぽい声が聞こえてきたり、エウリスの治療にはふさわしくないような荒い息遣いが聞こえてきたり、それに笑い声がしてきたりする。

 「ち、治療してるんだよな…」

 僕がそんな怪しげなミカエラの悲鳴やエウリスのいやらしい息遣いを無視して幾つかの材料や道具をかき集めていると、「ああエルフのもの」という声の後に、「こんのやろおおお」というミカエラの怒号が店の奥から響き、エウリスが吹っ飛んできた。

 

 「そ、そんなに怒るようなことでは…」

 半壊したカウンターから埃で薄汚れたエウリスが這い出しながら言う。

 「こんのくそカーバンクルがっ!調子に乗りやがって!!」

 どうやらブチ切れている様子のミカエラが右手を赤く輝かせながら店の奥から出てくる。

 「…ミ、ミカエラ止めなさい」

 慌てて僕が止めに入ると、ミカエラは凶暴な目つきで僕を一瞥して店から出て行った。


 「エ、エウリス何をしたんだい?」

 「ち、治療です。それ以外には、な…なに、も」

 そう言うとエウリスはうつ伏せに倒れて動かなくなった。

 「料金はここに置いておくよ。多い分はお前の治療費にあててくれ…」

 そう言い残して僕もミカエラに続いて店を出る。

 

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