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紙折り屋

作者: 藤姫空

ガタガタと電車が揺れる。


 平日の夜八時。電車の中は会社帰りのビジネスマンとOLさんで溢れていて、疲れているのか眠っている人も多く話し声は殆どしない。


 なんとなくグレーな雰囲気の漂う中に、私、小崎美和子も例に漏れず疲れた顔をして自宅までの40分間を眠って過ごしていた。


(今日はちょっと残業だったけど、明日はどうかなぁ~……)


 目を瞑ってはいても意識はぼんやりと起きていて、眠りの浅い位置をふらふらしていると何時の間にか最寄駅の名前が連呼されている。降りなきゃ。


「すいません、降ります!」


 満員の人並みを掻き分けて、何とか出口にたどり着いてホームに降りると、私に続いて何人かの人も降りて来た。


 珍しい。あまり人の降りない駅なのに。


 遅くも無いが早くも無い時間。けれど体は疲れていて家に帰って料理をする気にはなれない日。


「お弁当でも買って帰ろ」


 駅前のコンビにに入って飲み物とお弁当と、小さめの猫缶を買った。


 自炊が面倒な私に、けれど外食と言う選択肢は頭に無かった。


 家では愛しい愛娘が待っているのだ。


「ブランシュ~。ただいまー」


 玄関に入って声をかけると、部屋の奥からミャアと鳴いて尻尾を立てながら走ってくる真っ白な猫。


 【白雪姫ブランシュ】と名付けたこの子と私の二人暮し。


 もちろんペットOKのアパートだけど、その条件と立地で選んだせいか若干ボロイのに高いと言う難点があった。


 それでも一人暮らしをすると決めた時から猫を飼うのが私の夢で、譲れない点だった。


 三階の角部屋と言う好条件もあって、このアパートに決めた訳だけど、出迎えてくれるブランシュの可愛さに毎日ペットOKのところにして良かったと実感する。


「今日はブランシュにちょっと高めの猫缶買ってきたよー」


 キッチンへと向かう私の足元に擦り寄りながら一緒に歩くブランシュは、ペットショップで売れ残っていた成猫の女の子。


 真っ白で青と金のオッドアイと言う超美猫なのに売れ残っていたのは、血統書が付いていない雑種だと言う理由だけ。


 店に入って即効一目惚れした私はこの子を家へと招き、この子も私にとても懐いてくれて、毎日一緒に寝るほどの親密ぶりだった。


「ブランシュ、おいしい?」

「にゃぁ!」


 目を細めて嬉しそうに鳴く愛娘の頭を撫でると、ご飯も途中なのにぐるぐると喉を鳴らして擦り寄って来る。


 猫といえどこの子は私の大切な同居人なのだ。


「でも、やっぱり昼間はお外出れた方が良いのかな? ねぇ? ブランシュ?」

「にゃ?」


 食事の後で猫じゃらし相手に夢中になっているブランシュに、問いかけてみても答えは分からない。


 ペットOKとは言え専用の出入り口がある訳じゃないからブランシュは完全に家猫だ。


 ここに来る前だってペットショップの狭いケージの中に居たのだから、少しは外の世界を見せてあげた方が良いのかもしれない。


「よし。今度のお休みの時は一緒に公園に行こうねブランシュ」

「にゃぁ」


 膝の上にブランシュを乗せて撫でながら、そんな約束をした。


 それが


 ブランシュとの最後の会話になるなんて思ってもみなかった……。


「小崎さん、貴方の部屋に泥棒が入ったみたいで……」

「えっ!?」


 会社で受けた大家さんからの電話で、私が何より不安に思ったのはブランシュの安否だった。


 盗られる物なんて大してない。

 だけど知らない人がいきなり入って来て驚いたブランシュはどんなに怖かっただろうか? そう思ったのをきっかけに、考えがどんどん嫌な方に向いていく。


 急いで会社から帰ると待っていたのは管理人さんと警察。


 現場検証とその立会いという事で警察官と共に戻った我が家は、思ったよりも荒らされていなかった。


「ブランシュ!」


 いつもなら扉を開けると走ってくる、あの白い姿が見えない。


 不安に思って名前を呼んでも鳴き声すらしない。

 しんとした部屋の雰囲気がドンドン不安を煽っていって、嫌な予感を感じながら入ったのはリビング。


 この部屋の出窓の上で眠るのが好きだったブランシュは、その下の床で眠るように蹲っていた。


「ブランシュ……?」


 さらっと撫でる感触はいつもどおりの手触りなのに、その体がとても冷たい。


 呼んでもピクリとも動かないその体には、僅かな血痕が残されていた。


「きっと泥棒に飛び掛ったんだなぁ……」


 可哀相に、と冷たくなったブランシュの頭を撫でながら言う警察官は、ブランシュが引っ掻いたであろう犯人の血痕を採取して、盗まれた物の確認を取ってから盗難の他に『器物破損』で捜査を進めると言った。


「すまないけど、ペットが殺されても殺人罪には問えない。器物破損扱いで裁くのが精一杯なんだ」


 申し訳なさそうに言う警察官の、心使いはありがたかった。


 器物破損なんて訴え方をするのは凄く嫌だったけど、この子の命を奪った罪は負って欲しい。それにはこうするしかないのだと自分を言い聞かせて、犯人探しを警察にお願いした。


 それから数日


 誰も迎えてくれない家に帰るのが辛くて、最近ではあまりしていなかったウィンドウショッピングや知らない道や駅で降りてふらりと散歩をする事が多くなった。


 裏路地や細い道を歩くのは危険かもしれなかったが、その方が野良猫と会える確立が高かった。


 最初のうちは猫の姿を見るのさえ辛かったけれど、今は動き回る猫達にブランシュの影を重ねて楽しかった時を思い出すようにしている。


「公園、連れて行ってあげられなかったな……」


 本当なら今日。

 公園で散歩をする筈だったのにと思いながら、宛てもなくふらふらと街の中をさ迷い歩くと、ふと、目に留まる物があった。


「猫……」


 それはとても小さなお店で、ショーウィンドウと呼ぶにはカタカナが似合わなさ過ぎる和風な作りで、ガラスの向こうに居た猫はブランシュそっくりの、折り紙だった。


「ここ、和小物屋さんなんだ」


 折り紙の猫から目を離してお店の方を見てみれば、扇や小物入れ、巾着などが並ぶ純和風のお店だった。


 開きっぱなしの入り口から中を覗いて見れば、赤が敷き詰められているのに全く華美じゃない店構えだった。


 小さな商品棚があるだけの店内はすぐに一段高い座敷に繋がっていて、座敷の中には衝立が置かれている。


 その衝立も年代物なのか黒っぽい木の作りで、見事な彫り物と和柄の模様が描かれた和紙がその真ん中にはめ込まれて障子の様になっていた。


「おや、お客さんでしたか」


 奥から穏やかな声がしたと思ったら、すっと衝立の陰から一人の少女が姿を現して店の方まで歩いてくると座敷の上で正座をした。


「いらっしゃいませ。紙折り屋にようこそ」

「紙折り屋? 小物屋さんじゃないの?」

「いかにも、小物屋ですよ。けれどうちの小物は全て和紙のみで作られていまして、切り目や継ぎ目は一切無い、一枚の紙を折っただけで作られる、いわば『折り紙』でございます」


 にこりと微笑んで話す少女の口調はその可愛らしい姿に反して古めかしく、男の子のようなものだったけれど、黒地で赤い花の刺繍がされた渋めの着物を着こなしている姿勢正しい風体には似合っていた。


 まっすぐな黒髪を胸の辺りまで流している容姿は美人と言って過言ではなく、軽やかな話し口調と高すぎず低すぎない、耳に心地よいその声が不思議な空間を作り上げていた。


「お客様は、何かに呼ばれるようにここへいらした様ですが、なにに呼ばれたのか検討は付きなさいますか?」

「呼ばれた……?」

「えぇ。目的はなく、けれど何かに惹かれてこの店にいらしたのでしょう?」


 それはなんです? と視線だけで問われて私は直ぐに思い当たった。


 外に飾ってあったあの猫の折り紙が目に飛び込んで来たのだ。


「……それで、このお店に気が付いて」

「そうでございましたか」


 正座していた膝をぽんと一つ打って、少女はすっと立ち上がると座敷から降りて店の中を進む。


 近くに立って分かったが、少女の身長は低く、幼さの残る顔ともあいまってこの店の娘さんなのかと思ったけれど、見た目に反する喋り口調のせいで年齢不詳だ。


「こちらの白猫で宜しいですか?」

「あ、はい。あの、それって売り物なんですか? だったら……」

「いいえ。この子は売り物ではございません。私の気まぐれで折った店の飾りです。ですから、差し上げますよ」

「え?」


 はい、と指の長い綺麗な手の上に折り紙の猫を乗せて差し出す少女の顔を、私はマジマジと見てしまった。


 飾りとは言えこんなに簡単に物をくれるなんて。


「いいんですか?」

「ええ。あまりにお客が来なくて暇だったんで、暇つぶしついでに招き猫でもと思って折りあげた物です。この子のお陰で貴女が来てくれたんです。お役目は果たしたって事ですからね」


 遠慮なくどうぞ、と言う少女の言葉に、素直に頷けたのはきっとこの心地よい声のせいだろうと思う。


「じゃあ、貰います。ありがとうございます!」

「いいえ、構いませんよ。他には何かご入用ですか?」

「あ、じゃあ……この巾着を」

「おありがとうございます。ただいまお包みしますね」


 店の中にあった巾着はタバコが入るくらいの小さな物だったけど、ブランシュの首輪を形見として持ち歩くのに欲しいと思っていた所だったからちょうど良い。


 紙折り屋と言う名前に相応しく、少女は巾着を和紙の包装紙で包むと紐で簡単に閉じて渡してくれた。巾着が巾着に入っているような感じで面白い。


「またご贔屓にどうぞ」


 にこりと微笑んでから店先まで送ってくれた少女に、こっちもちょっとだけお辞儀をして駅への道を辿っていった。


 不思議なお店だったけれど嫌な雰囲気はなく、また今度来てみようと思って帰り道はしっかりと覚えながら帰った。


「ただいま」


 返事がないのはわかっていたけど、いつもの習慣で言ってしまった言葉に、にゃあとブランシュが鳴いた気がした。


 貰ってきた折り紙のせいかと思って包みから出してみるが、もちろん折り紙が鳴く訳はなく、その顔を巾着から覗かせていた。


 巾着から折り紙を取り出して、代わりにブランシュがしていた首輪を入れた。


 その上に取り出した折り紙を乗せてブランシュが好きだった出窓に置く。


 月明かりを受けて白い毛並みが銀色っぽく見えたブランシュそのままに、折り紙の猫も出窓で淡く光っているように見えた。


「お店もだけど、あの店員さんも不思議な感じだったな」


 不思議なお店の雰囲気には似合いだが、よくよく思い出すとあの少女もまた独特の雰囲気をまとっていた。


 嫌いではない、むしろ心地よさを感じた店と少女はとても印象に残り、そして落ち込んでいた気分を僅かに上昇させてくれていた。


「ブランシュがいるみたい……」


 出窓に鎮座させた折り紙猫を眺めながらポツリと呟いた。


 鳴く事もなく、触っても平面の折り紙ではあったが、その存在が本物のブランシュの様に思えて、その日はあの事件以来久しぶりにゆっくりと寝られた気がした。


 その翌日。


「なんで……? だって確か……」


 月明かりの中に置いた時は確かに真っ白の紙で、模様なんて何もなかったのに、朝起きてみたら折り紙の猫に首輪がついていたのだ。


 持ち上げて良く見てみればそれはブランシュの首輪と同じデザインで、だけど素材は和紙だった。


「今日も、行ってみようかな。あのお店……」


 どんな仕掛けなのか、そもそもこれは仕掛けなのか、気にはなるのに別に怖いと思う事はなかった。


 むしろブランシュが本当にここに居るみたいで嬉しくて、私は折り紙猫を一撫でしてから会社に出かけた。


 一日の仕事をつつがなく終らせて、残業を願う上司の言葉を断って私があの紙折り屋さんに急いだ。閉店時間を知らなかったからだ。


 前回はふらっと入ったので時計を見ていなかった為に、何時までやっているのかわからない焦りが、私の移動速度を上げていた。


「確か、この路地の奥……」


 覚えて帰った道を逆走して、何とか見つけた紙折り屋さん。


 今日も開けっ放しの玄関から店の中に入ってみると、昨日と同じ少女が座敷からひょっこり顔を覗かせた。


「おや、昨日のお姉さんじゃありませんか。ご贔屓にどうも」

「あの、聞きたい事があって」

「何でございましょう?」


 立ち話もなんですからと少女は座敷へと上がる縁に座布団を用意してくれて、私はそこに腰をかけてから昨日貰って行った猫の折り紙について聞き出した。


「それで、首輪がなぜ突然出たのかを知りたいとおっしゃる?」

「はい、どんな仕掛けになっているのかなと」

「残念ですがそのご質問には答えられませんねぇ」


 すみません、と謝る少女が続けるには、仕掛けも何もなくただ本当に一枚の紙を折っているだけなのだと言う。


「折り紙は折り神。一線一線折るたびに祈りを折り込めて、線の重なった点に力が集まり境界を作る。折り紙とは一種のお守りなんですよ」

「お守り、なんだ」

「ええ。紙は木から出来ているでしょう? 自然の力が宿っているので誰にでも簡単に作れるお守りなんですよ」


 小さい頃に遊んだ折り紙に、そんな逸話があったなんてはじめて知って驚いたけど、それがどうして首輪が出てきたかという答えにはなってない。答えられないとは言っていたけど、どういう事なんだろう?


「お客さんは仕掛けを知りたいと仰ったでしょう? 仕掛けのない物を話そうったってできやしません。だからお答えできないと言ったんですよ」

「仕掛けが無いって、じゃあ自然に出来たって事?」

「そうでしょうね。または飼い猫の想いが宿ったか」


 生前に良く使っていた物などと一緒にしておくと折り紙に想いが宿る事があるのだと話してくれる少女の、表情はずっと笑みを湛えたままでウソや冗談を言っている様には見えなかった。


 本当は怪談話とか苦手なんだけど、ブランシュなら良い。むしろ嬉しいと思っていた。


「気味が悪いと仰るなら、こちらでお引取りしますが如何なさいます?」

「いえ、いいです。大事にします」

「それは良かった。その猫がお客様にとって良い“降り神”でありますように」


 そしてその夜、私は不思議な体験をした。


 夜眠っていると何かが気になってふと目を覚ました。


 誰もいない筈の部屋の中に何故か気配がして、けれど知っている者の気配ではなかった。


 気になって起き上がり気配の方へと探り足で近付いていくと、ごそごそとうごめいている見知らぬ影を発見した。


「ちっ!」


 私に見つかった事を悟ると、影は舌打ちをしてからいきなりその腕を伸ばして私の顔を掴むといきなり腕を振るって私の後頭部を覆いきり良く床に叩き付けた。


 ごっ! と言う鈍い音がして目の中に火花が散り、鼻にツンとした感覚が登ってくる。


 痛いと思ったのは一瞬で、直ぐに痛くなくなった。と言うより、感覚が無くなっただけなのだろう。私の体は動かなくなり、意識を失う寸前に逃げ出す犯人がこちらに向いてぼそりと漏らした言葉に、私は戦慄を覚えた。


「また来るか……」


 呟いた男の言葉を教えなくちゃ! 守らなきゃ!


 そう、思ったところで目が醒めた。


 ベッドに起き上がった体がうっすらと汗をかいている。その汗が気持ち悪かったのもあるが、私は酷く嫌な気分だった。


 あれは、私じゃない。


 たぶんブランシュの最後を、想像した夢だ。


(だけど、あの言葉は……?)


 引っかかるのはそこだった。

 また来ると、言っていた男の言葉が嫌に残っている。


 それがどうしてか強く印象に残って、不安に駆られて友達にでも電話をして気分転換を図ろうと思ったところでベッドサイドに携帯がない事に気がついた


「リビングだ……」


 そう言えばテーブルの上に置いて来てしまったのだと思い出して、リビングに向かう。


 ついでに窓辺に置いてあるブランシュの首輪と猫の折り紙もベッドサイドに持って来ようと思い立った。


 お守りだと言うのなら、気休めかもしれないけれど持っていたらあんな夢も見なくて済むかもしれない。


 そんな事を思いながらリビングのドアを開けようとして、中から物音がするのに気が付いた。明らかにこれは、人の歩く足音だ。


(まさか……っ!)


 本当にもう一度来たの?! そう思った時には遅かった。


 ガラス戸越しに見えた影が、こちらに気が付いて勢い良く向かって来た。


「ひっ……!」


 帽子のせいで顔が良く見えないが、男だと分かるその体躯が私を捕まえようと腕を伸ばして来るのに、恐怖心と混乱とで私は悲鳴すらまともに上げられなかった。


 喉に引っかかる悲鳴にならない声を発した時、男が私の腕を掴んでニタリと気味の悪い笑みを浮かべたのが分かった。


(ごめんブランシュ)


 せっかく守ってくれたのに、せっかく教えてくれようとしたのに、私はまんまとこの男に捕まってしまった。この後なにをされるのか大体予想は付くが、殺されるのならブランシュに直接謝れるかもしれない。


 そんな現実逃避的な事を考えていた私の耳に、聞き慣れた、けれど珍しい声が聞こえてきた。


「フーッ!」

「ブラン、シュ……?」


 ありえないけれど、でも聞き間違えるはずの無いその声に視線を向けてみれば確かにそこにはブランシュが居た。


 どうして? と思うのと嬉しいと思うのとで感情が色々と追いつかない。


「シャァ!」

「うわぁあぁ!」


 呆然とする私の腕を掴んだままの男にブランシュが襲い掛かる。


 ぶわりと飛んで襲い掛かるブランシュの体が、記憶の中にあるよりずっと大きかった。記憶の、と言うより普通の猫より大きいと言う方が正しい。


 男が悲鳴を上げると同時に私を放し、腕を押さえて床に転げる。


 見た目はどうもなっていないのに、男は物凄い痛がり様で床に突っ伏してもがいている。


「そ、うだ……誰か呼ばなきゃ!」


 はっとして私は電話の元に走り警察と大家さんに連絡をして、駆けつけてくれるまでの5分間が以上に長く感じられた。


「く、そぉ!」

「きゃぁ!」


 腕を押さえたままの男が、何とか立ち上がって逃走しようと私を突き飛ばす。


 けれどその先にはブランシュが居て、警戒の声を上げながら出入り口を塞いでいた。


 そのブランシュを男が払いのけようと走り出した途端にブランシュの体が大きく膨れ上がり、まるで白いトラの様に大きくなって男を覆い、包み込み、閉じ込めた時にその白い体は毛皮から和紙へと変わっていた。


「和紙……って言う事は……」


 ばっと折り紙の猫を見てみると、確かに乗せたはずの巾着の上にはなかった。


 閉じ込められて暫くもがいていた男が、大人しくなり動かなくなったところで和紙がふわりと浮いて風を巻き起こしながら元の折り紙へと戻る。


「あなたは……」


 ブランシュなの? と聞こうとした所で警察がやってきて、気絶している男を不思議そうに首を傾げながら連行していった。


 静かになった我が家で、何事も無かったように窓辺に鎮座する白い猫の折り紙は、それ以来動いたり変化する事は無かったけれど、私の大事なお守りになったのは言うまでもない。



「気は済んだのかい?」


 少女が空にある白猫に微笑みかけると、猫はにゃあと目を細めて満足げに鳴くと天へと消えていった。


「折り紙は降り神。線は境界、境界が重なれば点となって天になる。大切な貴女にと想って祈って折れば、天には想いが力となって溜り持ち主を守る」


 不思議な呪文のように呟きながら、少女は丁寧に紙を折る。


 少女の扱う折り紙は、動物や花といった物からただ四角いだけの物や人の形をしたものまでさまざまで、今回の様に人を守る物を作る事だってしばしばあった。



「この折り紙があなたにとって良い降り神でありますように」



 にこりと笑って少女が折り上げた折り紙が、今日もどこかで誰かを守っている。


 かもしれない。






終わり

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