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間違えた旦那さま  作者: 兼田深瑜
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お客様

20代後半のお姫様となったわたしたちは、末永さんと共に本宅への飛び石を歩いていた。

石から外れてはならない。

それは、この家に来て最初に末永さんに言われたことだと思い出す。

大きな庭などなかった、今はなきわたしの実家。

飛び石の歩き方など、教えてくれる人はいなかった。

この鬱蒼とした森のような庭を縦横に貫く飛び石。

これはある意味、現実世界と夢の世界を結ぶ、黄色い煉瓦の道のようだ。


本宅は、祖父母と使用人たちが住まう、豪邸とも言うべき白亜の建物だ。

応接室だけでも数ヶ所あるし、それ以外にも大広間や会食にも使えるダイニングルームなど、普通の家にはない部屋がある。

どの部屋へ行くのかと思っていると、玄関から入らず、広いウッドデッキのバルコニーへ直接進んだ。

白い木のベンチとデッキチェアに、祖父と両親、そして初めて見るお客様がふたり。

一人はダークネイビーのスーツに色黒の目がパッチリした男性。

30歳前後か。

もう一人は黒のスーツに白シャツ、細い黒のネクタイを結んだ、葬式帰りのような服装の男性。

色素が薄く、白人との混血かな?と思わせる髪と肌の色だ。

ダークネイビーの少し後ろに立ったまま控えているところを見ると、秘書か運転手だろうか。


わたしたち姉妹の姿を認めると、祖父は手招きをした。

「ようやく来たか。お待たせしたね。孫の乃莉恵と莉理亜だ」

祖父の声はわたしたち家族への声とも使用人への声とも違う、営業用の声に聞こえた。

このお客様は、文字通りお客様なのかもしれない。

無礼があってはいけないと、新入社員研修以来の最敬礼をした。

「竹本莉理亜と申します。こちらは姉の乃莉恵です」

乃莉ちゃんも、見様見真似で深く礼をする。

人見知り発動で、ひと言も発することもない。

「準備に手間取りまして、お待たせして申し訳ありません」

すると、ダークネイビーが営業スマイルで応えてくれた。

「こちらこそ、お呼びだてして申し訳ない。先日近くを通りがかった時にお見かけしまして。ぜひお会いしたいと竹本会長にお願いしてしまいました」

ん?

通りがかって見かけた?

誰に?わたしたち姉妹に?

…こんなヒラヒラのワンピースを着てもいない、いつものわたしたちを見かけたということだ。

こんな格好で出てきて、きっと驚いたことだろう。

恥ずかしいったらない。


「乃莉恵、莉理亜。こちらは FOOTING STARの姫島航太郎社長だよ」

フッティングスター?

聞いたことあるようなないような?

「昨年、合併に伴って会社名が変わったのです。以前はスター製靴という会社でした。」

あぁ!スター製靴。

国内の靴メーカーの中でもトップの企業だ。

特にスニーカーなどの運動靴を得意としている。

小中高校の通学靴や、体育館シューズなど、わたしも使っていた。

「よく存じています。今はこんなにお若い社長が率いていらっしゃったのですね。」

固まっている乃莉ちゃんの分まで、にこやかに話す。

「合併と同時に父が代表を退きましてね。まだまだ手探りですが、父が会長として在籍してくれていますので、相談しながら経営しております」

相変わらず姫島社長は営業スマイルを崩さない。


しばらくわたしたち姉妹は立ったままで、わたしと姫島社長は当たり障りない世間話などをしていた。

祖父はにこやかにこちらを見ているようだけど、挨拶だけならもう十分ではないだろうか?

両親は笑顔を貼り付けたままで、ひと言も発しないでいる。

父はともかく母はまだまだ一般人の生活が身にしみているのだ。

こんな大会社のトップとどういう会話をしたらいいかなんてわかるはずもない。

乃莉ちゃんなんて、笑顔どころか無表情だ。眉間にシワが寄ってないだけましだろうか…

この針の筵のような状況は、いつまで続くのか…

その時、談笑していた姫島社長が、少し声色を低くして「実は…」と言い出した。

「実は…今日はご相談があって参りました。竹本会長には先日お電話で予め概要はお話しましたが」

祖父を見ていた姫島社長が今度はわたしを見て目を細めた。

「あなたと結婚を前提にお付き合いしたいと思っています」

…………は?

反射的に祖父と両親を見る。

3人とも同じ笑顔。

乃莉ちゃんは目を見開いて固まった。

わたしもそこで脳の機能が停止した。

「莉理亜さん?大丈夫ですか?」

姫島社長は首を傾げてわたしを見上げる。

わたし?わたしと?結婚を前提に、

お付き合い?

「…急なお話で驚きました。失礼致しました」

脳に血流が戻って、わたしはこっそり深呼吸をした。

いけない。現実逃避している場合じゃない。

「相談、とおっしゃるからには、まだ決定したわけではありませんね?」

姫島社長と祖父を見比べる。

祖父は少し真顔に戻った。結婚を進めたいみたい。

両親は笑顔で固まった表情のままで、少し目を見張った。

「その通りです。まだご相談の段階ですよ」

姫島社長は爽やかに笑っていた。

「でしたら、そのお話はお断りいたします。お祖父様、そういうお話が事前にあったのでしたら、わたしにひと言教えて頂きたかったです。知らずにこの場に立って、姫島社長に失礼なことをしてしまいましたわ」

わたしは祖父に嫌味を言って、蒼白になった両親には悪いと思いつつ、小さく礼をして離れに向かって歩き出した。

乃莉ちゃんの手を引いて、歩かせる。

とんだ茶番だった。さっさと私服に着替えて、胡座で麦茶一気飲みしてやる。

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