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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
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イン・ワンダーランド07


 《神威の書》を片手に少年剣士に祈りを捧げるファースト。

 導師服のその姿で捧げる祈りはまさに敬虔な僧侶といったところか。ファンタジーで想像される僧侶や賢者のテンプレートのような見目だが、今では当初見た時に感じた感動はない。

「……――《神威の書》を通じエリシア・I・キリクテクリが創造主オード・0《ゼロ》・キリクテクリに祈りを捧げます。アレス・レクシアをここに。魂を絶望よりすくい上げ、傷無き器へと戻すよう」

 それなりに長く唱えられた真言の後に少年剣士の名前が告げられた。アレス。国を亡国にしない為に戦い続けていた少年。

 金髪碧眼、西洋風の美形、その身長はそれなりに高く、腰には彼の祖国に伝わる聖剣、ヴァリウスが下げられている。

 俺の鶴嘴と同じように、蟲に探知されないように鎧や盾、剣に魔導処理を施していたようだが、戦闘があったのだろう、それぞれに施された魔導処理特有の薄い皮膜は剥げかかっていた。

「あ……ぅ……しん、でたのか」

 うめき声と共にアレスの視線が宙をさまよう。仰向けに寝ていた彼はようやく開いた瞳で椅子に座り手を振る俺と、目の前で《神威の書》を広げているファーストの姿を見て、薄く笑みを浮かべた。

「貴方たち、いたんですか」

「いたよ。死亡おめでとう」

 冗談めいた軽口にどういたしまして、とアレスは気軽に答える。その淡白な反応に肩を竦め、腰に下げていた水筒を差し出せば少年剣士は礼も言わずに受け取り無言で飲み干していく。

 何故か無言のファーストを見れば、どこか所在なげに佇んでいた。その視線は彷徨うようにアレスと俺を行き来し、手はふらふらと彷徨っている。暫くして俺達が見ていることに気付いたのか、すぐに申し訳なさそうな顔をして顔を背ける。

 俺とアレスが同時に顔を歪めた。

「ちッ、あいつ変わらないな。ああ、変わらない。100年経とうとずっとそのままだろうよ」

「でしょうねぇ。俺もそう思いますよ」

「なんで死んだ人間をあんな目で見るんだアイツは。死ぬのは、俺達の責任だ。蘇生の苦痛も俺達が望んだものだ。それを、あんな、全部ファースト自身が悪いみたいな目で見やがって。だから俺はあいつを嫌いなんだよ」

 呟く俺をアレスが見ていた。どこか呆れたような、馬鹿にしたような視線に戸惑いを覚える。

「そ、そういえば、お前、諦めたんじゃなかったんだな。鴻ノ巣に聞いたんだが、ガセみたいでよかったよ」

「いえ、諦めましたよ(・・・・・・)

 は? と思わず理解が及ばなくなる。

「今、死んでいたよな? 諦めた昨日の今日で経験値稼ぎってわけでもないだろう? 何をしてたんだ?」

「いろいろあるんですよ。それに説明しても貴方にはわかりません。ただ鉱石を掘っていただけの炭鉱夫には、ね」

 炭鉱夫。その言葉が切っ掛けか。それとも徴候はあったのか。俺と少年剣士アレスの間に冷たい空気が流れる。

 自然、次に出るのは敵意の混ざった言葉だ。

「なぁ、俺は喧嘩を売られてると思って良いのか?」

「ちょっと軽口を叩いただけだったんですが。ええ、買うんですか? 貴方が? ただ無意味に死に続けていたとはいえ、蟲相手に戦ってきた俺に? 貴方が? ふ、ふくくくく」

 奇妙なほどに精神の歯車がずれたようなアレスの様子に警戒心が出る。

 そして奴が先ほどから浮かべていた薄い笑み。その意味に今更気付く。

 あれは己への自嘲と他人への嘲笑が同量に混ざった嗤いだ。何もかも滅茶苦茶になって良い、どうにでもなってしまえと投げ捨ててしまった者の目だ。

 そして、腰を落としたアレスが聖剣の柄に手を伸ばしたのと同時。俺も何か武器を握ろうとして、無手であることに今更気付く。唯一の武器と言ってもいい鶴嘴は《転移門》の前だ。

 仕方なしに拳を握る。喧嘩をしたこともない。何かを本気で殴ったこともない俺だが、それでも警戒心を形にすることはできる。

「やりましょうか。俺もたまには勝ってみたいですし、ね」

 鞘から聖剣の冷たい刃が見えた瞬間に冷や汗が浮かぶ。直感で確信する。俺ではこいつには勝てない。

 それでも逃げれば負ける。握っていた拳に力を込め、剣が振られた瞬間、いつでも飛び込めるようにアレスに立ち向かおうと構えた途端、奴は鼻で俺をあざ笑った。

 見えていた聖剣の刃が鞘に収められる。

「冗談ですよ。可哀想なので殺さないで上げます。

 それにね。俺は、俺達を哀れむダンジョンマスターも、そんなマスターに頼るしかない癖に彼女を馬鹿にしている貴方もどちらも嫌いですよ。

 なんにせよ今日も死んで気は済みました。ダンジョンに背中も押して貰えましたしね」

 言葉を意味を問おうとする前に、空になった水筒が俺に投げつけられる。

 それを見て、言葉が喉奧で止まる。確かに、そうなのだ。

 水筒に入っていた水はファーストが用意した物だ。それは俺がファーストに任せている事前準備の賜物たまものだ。

 ファーストがいなければ水一つ用意することのできない俺。見て見ぬ振りをしてきた事実。己の無力を思い知らされる。

 指摘に唇を噛みしめる。

 そうして、そんな俺と、俺達のやりとりを気まずそうな表情で見ていたファーストを尻目に、アレスは神殿を去っていく。

 やはり、その背中にかけられる言葉はない。

「……全部、わかってて目を逸らしてたのは認めるけどな」

 それでも俺は逸らすしかなかった。俺は、俺の願いを叶える為に動いているのだから。

 余計なことに時間を割きたくなかった。任せられることは任せたかった。

 それに今更そんなことを認めて何になるというのだろうか。

 俺がファーストを嫌っている事実はそれでも揺るがないというのに。

「吉原庸介」

「なんだよ。喧嘩すら売られなかった俺を笑うのか?」

 振り返った先では険しい顔ながらも手を差し出してくるファーストがいる。

「そのように嫌わないでください。やりにくいですから。それより、水筒を出してください。水を補充します」

 その言葉に、俺は呆然と言葉を失う。そんな俺へ無言のファーストは手を強く突きつけてくる。あくまでも仕事と割り切っているファーストに、俺はやりきれない気分で水筒を差し出していた。

(なんで、俺はこんなにも無力なんだ……)

 言いながらも、問題の解決策はすぐに脳裏に浮かんでいる。

 一つはファーストを受け入れればすぐに解決する問題で。

 もう一つは武器を手に入れ、技術を覚えれば済む話だ。

 だがそのどちらも勇気や努力といったものが必要な話で、今の俺にはそのどちらをも用意することすらできなかった。

「どうしようも、ねぇんだよ。俺だって、真面目にやってんだ。そんなことに時間を使う必要はねぇんだ」

 ぶつぶつ呟く俺を、くぁ~、と地助が今更のように目覚め、見上げていた。

 唯一俺が心から信頼している精霊の目は驚くほどに無垢で、俺の心情の全てを見透かしているようだった。



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