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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
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イン・ワンダーランド05


 アルファが作った食事で朝食を済ませ、ファーストのいる教会へと向かう。

 腕に抱えているのは一度マイルームに戻って連れてきた地助だ。ずっしりとした重さの鉱石精霊はくぁー、と欠伸のような声を上げ、きょろきょろと顔を動かしている。

「ファースト、いるか?」

 《ゼーレ金貨》では今更ダンジョンに挑む者はいない。ダンジョンへの侵入口になっている教会へ向かう途中で誰ともすれ違わないことに小さな寂しさを感じつつ扉を開けば、ファーストは神像の前で祈りを捧げていた。

 いつもの導師服を身に纏っているファースト。床にまで達する白髪はステンドグラスから降り注ぐ陽光を一身に受け光輝き、敬虔な信徒のように祈る姿は一枚の絵画のようだ。

 素直に美しいと感じる。しかし、その心の内はヨウとして知れない。

 俺が抱くのは不信感だ。心の内で感情をこねくり回しながら考える。

 俺はファーストに嫌悪を感じている。こいつは自分以外のことには無頓着だ。自分だけを大事にしている。こいつが表だってそれを現すことはないが、節々の態度から俺は散々思い知らされている。

 本当に、こいつが自分以外の者に対して祈っているかなど怪しいものだ。

 こいつがもう少しまともならギルドの崩壊を押しとどめられただろうに……。

 俺が来たことに気付いたのかファーストが立ち上がり、こちらへと向かってきた。

「来ましたか。いつもの探索準備はできていますよ。それと持っていく物があるなら言ってください。用意しますので」

 頭を切り換える。今から探索に出るのだ。意識が散漫になればそれだけ死亡率が上がる。

(ファーストのことは置いといて、しっかりしねぇとな……)

 ファーストに軽く頷いて《転移門》へと足を向ける。それは門という名前がついているだけで、それ自体は柱と柱の間に置かれた人一人が入れる大きさの魔法陣だ。ついでに言えば《帰還門》も同じく魔法陣で、《転移門》とはちょうど逆側の地点に設置されている。

 柱の間にずらりと並ぶ《転移門》と《帰還門》を見れば、かつてどれだけの探索者が希望を持って《ゼーレ金貨》を探索していたのか想像に難くない。

 そして今は俺だけが使っているダンジョン《ゼーレ金貨》一層直通の《転移門》の前には鉱晶蟲の嗅覚に対して感知されないように魔導加工の施された鶴嘴の他、ランタンなどの整備と修繕が終わっている道具類、中身の入った水筒や食料が置いてあった。

「ちゃんと用意してあるのな」

「お前ができないからやってあげてるのでしょう。それと、私の仕事はいつだって完璧ですが、一応の確認をお願いします」

「わかってるよ。ありがとさん」

 元々の世界ではただの学生であった俺には種々の道具類に関しての知識がない。一応学んではいるが、本格的な修繕などになるとお手上げ状態だった。

 そして道具類は俺が望めばファーストにも魔力で紐付けすることができる。

 《紐付け》、これは物品と所有者のリンクを繋ぐことで、ダンジョン死亡時の物品の喪失を防いだり、拠点内での召喚を可能とする行為だ。

 だから俺の道具の紐付けを許可されているファーストは俺が寝た後に道具類を回収し、整備などを行ってくれていた。

 これはファーストの好意ではあるが、元々整備などを不得意とする探索者に対するダンジョンマスターからのサービスだ。感謝はすれど特別な行為でもない。

 片膝をつき、道具を軽く確認した俺はとりあえずの目的を果たすために、地助について問うた。

「ファースト。地助について聞きたいんだが、ステータスに何か異常はないか? 体色に変化があるようなんだが」

 きゅー、となんでもなさそうに鳴く地助をファーストに差し出せば、ファーストは驚いたような表情を作った後にああ、と頷いた。

「そういえばそういう種族でしたかこの子は」

「何か問題でもあったか?」

「吉原庸介、お前はこの子の生成に地龍の卵の化石を使ったことを覚えていますか?」

「ああ、地層から偶然発掘できたものだったな。莫大なEXPに変換できるそれをファースト、お前が鉱石精霊の作成には強い地属性の力を持つアイテムが必要だと言うから変換せずに使った」

「ええ、覚えているようで安心しました。それで、地龍由来の素材を使った為かこの子は地龍の特性の一つを受け継いでいるようですね」

「特性ね。それはどういう物なんだ? 害はあるのか?」

 いえ、とファーストは首を振る。そうして俺を安心させるような優しげな笑みを見せ、地助の顎を撫でた。

「体色の変化やステータスの上昇は食べた鉱石の性質を多少なりとも取り込む地龍の特性です。何も問題ありません。他に鉱石を食べさせれば体色も混ざり、いずれ様々な鉱石を食べて成長する成体の地龍と同じ色へと変わっていくでしょう」

「そうか、よかった」

 《管理者の目》とも呼ばれる上位アナライズを常時発動しているファーストの診断は的確だ。俺は安心し、腕の中の地助を床に降ろす。

 そうしてようやくマイルームに足りない食料や今回の探索に持って行くアイテムなどをファーストに要求する。

 俺の要求を聞いたファーストは即座に《神威の書》を展開した。今回はギルド内の地形生成や俺の身体改造でもないので祈りも必要としない簡易操作だ。滑らかな動きで要求した物品が生成され、マイルームや俺の足下に転送されていく。

 ファーストが書を閉じると同時にマイルーム購入の後に微かに残っていたEXPが最低値を残して完全に枯渇する。

 EXPの残量は《神威の書》のウィンドウで確認しなくとも、感覚としてわかる。

「はは、これでいつ死んでも大丈夫ってことか」

 このダンジョンの創造者と契約し、不死となった俺は迷宮内で死んでも完全に息絶えることはない。ギルドと、というよりファーストと紐付けされているために死ねばその瞬間に五体満足でここに――正確にはファーストのいる地点だが――戻ってこられる。また道具類も俺に紐付けされているから死ねば俺と一緒に転移される。地助も同様だ。召喚された精霊であるため死んでしまっても俺が生きている限りは何度でも復活することができる。

 不穏な台詞を呟いた俺をファーストが不穏な目で見ていた。

「如何に不死とはいえそれは肉体だけです。無用な死を経験すれば心が折れますよ」

 わかってる、と言葉を返す。生き返ることができるとはいえ死を恐れずに気楽に探索することはできない。《ゼーレ金貨》は今まで数多の英雄達ですら心を折ってきた場所だ。油断と慢心を抱きながら探索した者を待つのは栄光ではなく死の顎だけだろう。

 心を引き締める。

「それで今日も鉱石掘りですか?」

 俺の様子を感じ取ったのかそれ以上の小言は言わずにファーストは無表情に問いかけてくる。

 体内のEXPは枯渇している。このままでは道具の補充もできないだろう。稼ぐのがいいかと思いつつも頭に浮かぶのは受け取った地図だ。

「いや、今日は。……進もうと思う。ちょうどEXPも無くなっているしな。失う物もないし、いつ死んでも大丈夫だろう」

「何か考えでも? ゆっくりと地盤を固めながら進む予定ではなかったのですか?」

 ファーストの紅玉のような瞳に小さな焦りのようなものを見るも問うことはしない。この機械のような少女に探索と無関係の事柄を問いかけても無駄なことはわかっていた。多少人間的な何かが見えてもそれは俺の願望でしかない。こうであればいいという推測はできても、真実こいつは自分自身の為だけにしか動いたことはない。

 俺の道具の調整すら、その故のことだ。利用している俺が言うのもなんだと思いそれを口にはしないが、俺はファーストのその行為に多少の嫌悪を感じている。

 これも俺を心配してのことではないだろう。どうせ、俺が進むことで何かファーストの利益が犯されるのだろう。

 それが何かはわからない。そもそも、ファーストの異常だけでは俺が探索を止める理由にはならない。気にするだけ無駄だ

「言わなくてもいずれわかるだろうから言っておくが、鴻ノ巣が俺に地図を渡してきた。二層への道が書いてあった。様子を見てこようと思う」

「地図を渡した? 鴻ノ巣亘理が諦めた、のですか?」

 純粋に驚いているファースト。今までの様子を見ても諦めていなかったと思っていたのか?

「諦めてたんじゃないのか? あいつもかなりの時間迷宮を探索していた筈だ。とうの昔に正攻法が通じないと悟ったんだろう? 現に今までずっと何もしてこなかった」

「あの男が諦める筈がありません。地図を貸してください」

 俺自身はそこまで知りたいわけではないが、ファーストですら鴻ノ巣の行動の真意はわからないようだった。腰袋から俺が取り出した地図を見ながらファーストはしばらく考える素振りをした後、小さく首を振る。

「あの男にはけして諦められない理由があるのです。いえ、そもそもここにいる全ての人間は諦めてはならない願いを抱いて召喚されてきました。お前もわかっている筈です」

「ああ、それは。わかっている」

「そうです。それに、あの男は私が連れてきました。だから資質を全て知っています。だからあの男に限っては諦めない。諦める筈はないのです」

(だけど、それは平時なら、だろう? 一度死んでみればいいんだこいつも……)

 思考に耽るようにぶつぶつと呟くファーストを見ながら思う。この女は死の感触を知っているのだろうか、と。

 俺は知っている。一度ならず何度も何度も死んできた。

 その度に刻まれる心の苦痛を思い出す。

 それはけして言葉にできない苦しみだ。死んだ瞬間に全てを投げ捨てたくなるような苦痛と絶望。そして何もかも委ねたくなるような漆黒の海に心が叩き込まれる。

 そこで与えられるのは死の瞬間に肉体に与えられた苦痛以上の苦痛だ。一瞬とも永遠ともつかない時間俺達はその激痛を味わわされる。

 蘇生とは、そんな絶望の沼から魂を引きずり出されるようにして行われるのだ。

 死から蘇生して初めて吸う空気は喉にへばりつくヘドロのようで、身体はブリキの人形みたいにぎこちなく、心は願い以外の全てが破砕されている。

 常人ならばそこで心が折れている。だが、それでも、俺達は願いの為に、祈りの為に、立ち上がるしかなかった。

 鴻ノ巣亘理も同じ苦痛を知っている筈だった。それに、聞けば奴はかなり古くから、それこそ半世紀以上前からここにいる筈だ。だから、何度も何度も、それこそ数えるのも忘れるぐらい蘇生の苦痛を心に刻み込まれた筈だった。

 それが、諦めきれない願いを、穢してはならない想いを、折れることのない信念を砕き、汚し、折っていたならば。

 俺はそれを否定できなかった。俺は早々に鉱晶蟲に挑むのをやめていた。だから十も死んでいない。それでも時に心が折れそうになる時がある。

 朝に聞いたことを思い出す。俺よりも後から入ってきた少年の話。心が折れてしまった少年。俺よりも才能豊かで心が強かった彼でもそうだったのだ。

「俺達の心だって、砕けることがある。絶対などあり得ない」

 そんな俺の言葉をファーストは黙って聞き、そうして首を振る。

「鴻ノ巣の心の深淵は、今のお前には理解できないでしょう」

 どうして、とは問わなかった。

 だが、それはお前にもけしてわからない。

 例え鴻ノ巣が諦めていなくとも、ファースト、お前が理解することは永遠にないだろうな。




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