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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
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イン・ワンダーランド04

 ギルドの食堂はすえた匂いが立ちこめるわけでも、ゴミが落ちているわけでもない。当然ながらガラの悪い人間がたむろしているわけでもなく、俺が誰かに絡まれるわけでもない。

 面倒事に巻き込まれたなら一言ファーストに言えばいいだけだ。そうすればあいつがそいつに直接適当な罰を与える。

 ファーストは《ゼーレ金貨》に所属する探索者に対して絶対的な権限を持っている。俺達が不死となり、無限の時間を手に入れたとはいえ、あいつからペナルティを受ければそれだけ願いから遠のくことになるのだ。

 俺はそれだけは嫌だし、誰だってそれは勘弁願いたいと考えている。

「あら、昨日はどこで寝たんですか? 庸介さん」

 食堂へと入った途端に掛けられた声に、俺はうへぇ、と上げたくなる声を押さえ、なんとか平静に声を返す。

「よぉ、アルファ。いや、昨日やっと目標額が溜まってマイルーム生成できたからよ。そっちで寝たんだわ」

 振り返った先にはエプロンをつけた美女がいる。西洋風の彫りの深い顔、解けば長い髪は帽子の中で纏めている。かなりの長身ではあるが優しげな雰囲気があるため威圧的には見えない。彼女は俺の言葉で青い目に驚きを浮かべた。

 だが驚きからはすぐに復帰し、目に怪しげな色を浮かべる。悪戯娘が浮かべるような表情だ。にやりと俺を見る。

 外見二十代、精神年齢うん百歳の女のするべき仕草ではないが、不思議と似合っていると思わせる、そんな雰囲気を持っている女だがその本質は違う。

 この女の性根は腐っている。それを表には出さず、アルファはただの親しげな女を思わせるように振る舞っていた。

 しかし俺にだってわかる。アルファの目は濁っている。クズの目だった。如何に外見を取り繕っても、内に秘めている妖しさを消すことは出来ない。

 俺がマイルームを買った理由の一部は、こいつに関わる時間を減らしたいと思ったからでもあった。

「やっと買えたんですね! おめでとうございます庸介さん。いやぁめでたいですね。私もすっごく嬉しいです! 前から言ってましたもんね」

 お前に話した覚えはないけどな、と内心の呟きは伝えずにここに来た目的を話す。

「はいはい。ありがとさん。それより飯を食いたいんだが」

 しかし俺の言葉を無視し、しな垂れかかるようにもたれかかり、耳元に口を寄せたミヤマ・α《アルファ》・キリクテクリ――ギルド所属のファーストの部下――は楽しそうに俺に囁く。

「私、庸介さんのマイルームのアクセスコード欲しいなー。欲しいなー。くれたら一緒に寝たり、お部屋にご飯作りに行っちゃいますよー」

「やらん。アクセスコードってのはつまり合い鍵作って侵入したいってことだろ? どうしてお前にそこまでしなくちゃいけないんだ」

 鼻先付き合わせる距離で目を見る。アルファの青い目には俺が映っているが、その実何も映っていない。ただどろりとした光を放つだけだ。

「えへへー、マイルーム持ってるのって今のギルドだと庸介さんで二人目じゃないですか。だから私、そういう優秀な人の役に立ちたくてですね」

「そうかい。だったら俺に早く飯を食わせてくれよ。ファーストの部下(アルファ)

「庸介さん、私のこと嫌ってません? というか今までと態度が違うんですがー?」

 内心で思わず舌打ちをしてしまう。念願のマイルームを手に入れて気が大きくなっていた。安全な拠点が手に入ったとはいえ、アルファにどうしても頼らなくてはならない時がある。ファーストの部下の纏め役がこいつだからだ。

 それに他の探索者からも評価は高く、信頼を得ている。いくら気にくわなくとも表だって敵対するわけにはいかなかった。

 ファーストが俺とこいつのどちらかを信用するかわからない面もある。

 思考の海に溺れすぎていた。まずいと思った時にはアルファは俺から離れ、ぺこりと頭を下げていた。

「ちょっと馴れ馴れしすぎましたか? それとも、私が何か悪いことしました? そうだったならごめんなさい。でもですね。それは庸介さんがマイルーム手に入れたことがとても嬉しかったからです。アクセスコードも私、庸介さんのお手伝いがしたくて」

 女狐め、と悪態を吐く暇もない。がたり、と音がなる。周囲を見れば食堂で飯を食っていた他の探索者連中が立ち上がっていた。その中に嫌な顔を見つけ、俺は口にはしたくなかったが慌ててアルファに謝罪する。

 このギルドにおいて俺は新参だ。俺はアルファが反吐が出るほどに嫌いだが、他の奴らからすればそうではない。

「いや、俺も悪かった。ちょっと腹減りすぎてて気が立っててな。いや、ほんとすまなかった」

「そうですか。それならよかったです。私が何か悪いことしちゃったかと思っちゃったじゃないですかー」

 途端にっこりと俺に笑顔を見せるアルファ。えへへー、と戯けながらもその目の奧にあるどろりと濁った光は薄れていない。俺は辟易としながらも無理矢理笑顔を作り、朝食を催促する。

 アルファは周囲の不穏な空気に気付いたのか俺へ敵意を向けかけていた探索者連中に笑顔を見せると手を振った。

「皆ー。ご飯美味しいですかー! 今日も元気いっぱい愛情いっぱい作ったから、残さず食べてねー!」

 老若男女入り交じる探索者連中が景気の良い声を上げながらそれに応える。アルファが俺を視線だけで追いかける感覚を覚えつつ、俺は奴らがアルファに注意を取られている間に、開いている机へと向かうのだった。



「よぉ、炭鉱夫。さっきのは何だったんだ? 昨日はタコ部屋にも戻らなかったようだが」

 席に着いた俺の隣に遠慮無く座った人物。そいつを見て俺は少し緊張する。会いたくなかった人物のもう一人だ。直接的な危険度で言えばアルファよりも高い。

 名は鴻ノ巣亘理(コウノス・ワタリ)、探索者レベルはこのギルドで最大の45レベル。通常の人類が到達できる限界レベルへ元の世界で既に辿り着いていた人間だ。ジョブは刀系職種《侍》からランクアップで到達できる最強職《剣聖》。また腰に下げているのは伝説級大業物戦骸(イクサムクロ)

 俺のレベルはこちらに来てから上げた分の4しかなく、ジョブも探索職の炭鉱夫であるのに比べ、鴻ノ巣はレベルもジョブも装備も圧倒的だった。

 鴻ノ巣は隠さない声でアナライズと呟くとウィンドウ越しに俺を見る。

 誰だって隠したい情報の一つや二つはある。しかし鴻ノ巣は圧倒的なレベル差に加え、ファーストに次ぐ権力者だった。探索者の纏め役でギルドのサブマスター。ギルド員である俺の抵抗など持っている権限で紙のように突破できるし、魔力自体も高すぎるからアナライズを魔力抵抗で防ぐことも敵わない。

「ほぅ、なるほどな」

 でかい図体に酒の匂いを漂わせ、傷だらけで髭だらけの顔を俺に近づけた壮年の男性である鴻ノ巣は俺の肩に腕を回し、酒臭い息を吐きかけてくる。

 はね除けようにも戦闘力は先ほども説明した通り隔絶した差がある。如何に俺が鉱石掘りの為にEXPを筋力のステータスいっぱいに振っているとは言え、地力が違いすぎた。それに人間に対して用いる技術にも差がある。敵対や抵抗しようと思う方が馬鹿な相手だった。

「アホみてぇに溜めてたEXPが全部吹っ飛んでるが死亡数は増えてない。で、昨日はタコ部屋には来てなかった、と。マイルームでも買ったか」

 正確に予測され、冷や汗が浮かぶ。ギルドマスターですらなければ侵入できないアクセスコードの譲渡でも強制されるのだろうか。それなら脅される前にこの万力のような腕を引き剥がしてファーストのいる場所に駆け込む必要がある。

 恐怖で心臓がばくばくと鳴る。鴻ノ巣の腕をはね除ける力はない。がっちりと拘束されているために抵抗は無駄だ。

 鴻ノ巣が部下のように扱っている探索者にEXPを集めさせ、嗜好品などを購入していることは知っている。

 俺のマイルームも奪われるのか。嫌だ。渡したくない。部屋の生成にどれだけの時間と労力を掛けたと思っているんだ。冗談じゃないぞ。

 抵抗の気力を取り戻し、鴻ノ巣を見上げた瞬間、奴は口を開き、意外なことを宣った。

「おめでとう。炭鉱夫は卒業か。吉原」

「あ、あ?」

「さっきの騒ぎはミヤマにアクセスコードを強請ネダられたか。っておい、意外そうな顔してるな。なんだなんだ、俺が強制的にお前からマイルームを奪うとでも思ったか。がっははは」

 鴻ノ巣はげらげらと嗤い、手に持っていた酒瓶に口をつけ煽る。酒臭い息が漏れる。顔が近い為に酒精を含んだ息が顔にかかる。嫌な気分だがそれ以上にこいつの反応が俺には意外だった。

 食堂に来たくなかったのはこいつが俺からマイルームを奪う可能性があったからで、そもそもEXPを必要以上に溜めるという行為が博打だと思ったのもこいつやその直接的な部下がいたからだ。

 鴻ノ巣はそんな俺の様子を見ながらなんでもないように言う。

「別に俺はお前からは奪わねぇよ。他の連中からは奪うがな」

「何故だ。俺は、言っちゃ悪いがアンタにとっちゃそんな気に掛けるものでもないだろう?」

「だろうな。だが、お前は諦めてねぇ。そういう奴から奪うのは俺の主義に反する。お前にとっちゃ1EXPすら願いに近づく為に必要なものだろう。だが他の連中にとっちゃあってもなくても一緒だ。だから奪う。それに、今更マイルームを奪ってもな」

 口ごもる鴻ノ巣。しかしそれに対して突っ込もうとは思わなかった。酒瓶に口をつけた鴻ノ巣は俺を見ると嗤って言う。

「まぁ頑張れ。もう残ってるのはお前だけだからな」

「どういうことだ? あと一人いた筈だろう。あの子供のような」

「諦めたとさ」

 返答は簡潔だった。子供のような、言いかけていた台詞を口の中で反芻する。子供のような剣士。俺とも鴻ノ巣とも違う世界から来た少年。自分の世界を救うのだと言っていた。滅び掛けた国の王子だと言った。一年も経っていなかった。しかし少年は日に三度以上死に、レベルアップの肉体改造のステータス構成ビルドにしくじっていた。だがそれでも突き進むことを止めなかった筈だった。

「昨日のことだよ。吉原、お前が戻ってくる前にあいつは鉱晶蟲に食われた。そして文字通り万回死んで思い知った。この迷宮の理不尽さをな。鉱晶蟲には永遠に勝てない、そして一層を突破することは叶わない。そのことを思い知った。俺達と同じだ。剣士の肉体構成に特化した小僧じゃもう突き進めない。戦闘系技能に大半のEXPをつぎ込み、一層で得られるEXPでの肉体の拡張限界に到達しちまった。下の階層に進めばまだ望みもあっただろうが、俺達は結局二層へは進めなかった。そういうことだよ」

 ギルドの誰もが辿った道だった。召喚される人間は元の世界で武や智を納めた人間が多い。だから得たEXPをそれらのステータスや技術の上昇に費やす。そして洩れなく全員が鉱晶蟲に敗北する。そして一層でのEXP取得は俺がやっていたように雀の涙をかき集める作業だ。だから成長は止まる。そして諦めるしかならなくなる。

 かつては複数の探索者で強力して進むことやギルド全員が結集して探索に励んだこともあった。それでもダメだった。それが、今現在、食堂で派手に朝食を食い散らかし馬鹿みたいに笑っている連中が辿った道だった。

 俺の横で酒を飲む男も、その一人なのだろう。人間の限界に一度は到達した男すら諦めた道。

「お前も諦めるか?」

 問われ、首を振る。諦める理由がなかった。俺は、俺だけは諦めてはならなかった。

 諦めるという選択肢を思い浮かべる。鈍く重い痛みが胸を襲う。肉体的なものではない。精神的な物だ。これがあるかぎり俺は諦めることができない。全てを諦めて楽になることはできない。

 そんな俺を鴻ノ巣は眩しそうに見つめてくる。そして腰袋から紙の束を取り出し俺に押しつけてきた。

「やるよ。二層への扉も書いてある地図だ。俺には……いや、俺達にはもう不要なものだ」

 その言葉の意味がわからず問いかけようとするものの、鴻ノ巣は立ち上がり「ミヤマに釘を刺しておかないとな。あいつも余計な事を考えていそうだ」そう呟いて、それきり俺には興味がないように去っていく。。

 加入が二番目に若いメンバーである俺と鴻ノ巣の間に接点はほとんどなかった。そんな鴻ノ巣が俺に親切をする理由がわからない。

 渡された地図に視線を向ける。

 地図の枚数は俺の物よりも多く、探索範囲は格段に広く、正確にあらゆる場所を探索してある。俺には発見が不可能だった隠し部屋や隠し通路がいくつも見える。これを見ただけで、ギルドメンバー達の願いに対する姿勢が本物であることがわかってしまう。

(なんで、ここまでわかっていて諦める……)

 理不尽さに知らず拳を握っていた。爪が手のひらを傷付けている。血が地図に零れかけ、慌てて衣服で拭う。

 改めて目を落とした地図は二層に至る道までも暴かれていた。ギルドメンバーが決死の覚悟で突き進んだのだろう。鉱晶蟲の出現頻度が高すぎる為に俺が避けていたエリアの奧にそれはあった。

 BOSSエリア、とだけ注釈の書かれた場所。

 そこに一文が書かれていた。乱雑な、書き殴るような、血を吐くように書き込まれた文字。

 "願いは叶わない"

 どういう思いでそれを書いたのか。未だ諦めていない俺にはわからない文字。

 それでもそれが彼らの結論だったのだ。譲られた地図がその証だった。

 俺はどうだろうか。願いは叶わないと思っているのだろうか。

 いいや、と願いに想いをはせる。原動力はそれだけでいい。それだけで俺には叶えなければならないという意志が湧きあがる。

 人間では叶えられない全て。それがここでは叶う。このダンジョンを突破するだけでいい。

 数多の世界の王族でも人類の頂点でも英雄でも武を極めた者でも突破できない迷宮。

 それがどうしたというのだろうか。

 願いを叶える手段があって、願いが叶う方法がある。俺にはそれだけで十分だった。



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