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イン・ワンダーランド  作者: 止流うず
『イン・ワンダーランド』第0章-ファーストクライシス-
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イン・ワンダーランド03

 願い。願いがある。

 誰にだって大小は願いはあり、それを叶える為に努力をし続けている。

 健康、夢、金、名声、職、物や土地や恋人や財産。得るために努力をし続けている。その欲深くも前進し続ける行為が為に人は世界で最も繁栄するに至った。

 その中で、誰かを傷付けてでも進むことでしか得られない物は多々ある。

 俺はそれを悪いとは思わない。得ることは正しい。己のみを考えずとも勝利することは最上であり、何があろうとも敗北してはならないと思う。願いを叶えられないことはイコール破滅だ。究極的に考えれば、敗北する人生に意味はない。

 途中で負けようが最終的に勝てばいい。だから負け続けて願いが叶わないことだけは耐えられない。

 だが情理を無視し、条理を覆し、定理に背く願いを叶える方法は限られていた。

 特に、それが既に滅びに向かっている世界を救うことだったり、覆せない祖国の滅びを止めることだったり、煉獄に落ちた死者の蘇生だったりする場合は方法すら存在しないだろう。

 しかし俺達は、探索者は願い続けた。狂的に、病的に。ただそれだけを願い。そのためだけに生き、それしか考えていなかった。それを叶える為ならどんな外道な行為にだって手を染めるだろうし、そのためならばどれだけ手を尽くしても構わないと信仰している。

 だから、ここにいる。

 我が身を犠牲にした。肉体を改造し、何があろうと止まらないことを自らに誓った。

 目的は願いの成就。方法は、多数のダンジョンが寄り集まり、数多の探索者が挑み続ける巨大迷宮ゼーレを攻略すること。

 俺達を召喚したダンジョンマスターたちの目的はゼーレに眠る資源の回収だ。彼らは俺達探索者が最下層まで到達し、そこにある【資源】を回収することを望んでいる。

 だから、願いの成就を対価として、俺達は異界より召喚された。

 だから、俺は、今日も迷宮に潜るのだ。



 目が覚める。備え付けのベッドから起き上がり、小さく呟いた。

「身体いてぇ。家具は寝心地の良いベッドをまず買うべきだよなぁ」

 スプリングすら存在しない板を組み合わせただけの寝床から起き上がる。中古品のような様相のベッドはぎしぎしと軋むような音を立てている。

 それでも今までの場所よりマシだった。安心して眠れるだけでも俺にとっては、この部屋を買った価値がある。

(いっそのこと布団でも良いかもしれないな。まずはそれを最優先にEXPを稼ごう。しかし……)

 机に並べた地図を眺める。それらは数十枚にも及ぶ一階層の地図だ。

 《ゼーレ金貨》の第一層《巨神の廃坑》は洞窟型のダンジョンの為、明確な階段というものは存在しない。それでもビルの七階分相当の上下幅があり、平面の広さは上下幅とは比較できないほどに広大だ。

 未探索地域を見ながら考える。敵を避けながら探索を行っているとはいえ、あらかた調べ尽くしている。いい加減二階層への通路が見つかっても良いとは思うのだが。

「やっぱ、鉱晶蟲を倒す必要があるのか? しかしそれだと何年かかるか……」

 敵を避けながら今の地図を作るだけでも三年以上の月日がかかっている。これで鉱晶蟲を倒すとなると、身体の改造や武器の用意など、それぞれその何倍かかることか。

 それに勝てる保証がない。誰も勝てなかった。そういうモンスターだった。あれは。

「それとも隠し通路か? この蟻の巣みたいなダンジョンで隠し通路の発見となると探索以上に運の絡む話になるぞ」

 更にぞっとしないのはそちらの可能性だ。これは努力以前に運しかない。本格的な探索技能のない俺には百年の時間を掛ける必要すらある。

 想像をする。俺の願いにはそれだけの時間をかけるわけにはいかなかった。いや、と思い直す。ここの時間は元の世界の時間と同期しているわけではない。存分に時間をかけても構わないとも言われていた。

 それでも心が折れそうになる予感は消えないが、考え続けているとそれに囚われてしまいそうだった。

「考えても仕方ない、か」

 悪寒を振り払いながら朝食の準備を始める。無料で食べられる食堂があるにはあるのだが、あそこには極力関りたくなかった。

 地助、と呼びかければきゅーという鳴き声と共にベッドの下から蜥蜴型の精霊がのそのそと這いだしてくる。

 俺と魔力的なつながりで存在を保持しているために地助にも俺のコンディションの影響が出る。やはり寝心地が悪かったのか機嫌はよくなさそうだ。

 自分のこともあるが、大事な戦力である地助の為にもベッドの確保は優先するべきだろう。

 機嫌をとるようにずしりと重い身体を腕に抱え、顎を撫でながらキッチンに向かい、途中で気付く。

 地助の土色の体色の一部が少しだけ青く変色していた。

「病気ってわけでもなさそうだが。アナライズ!」

 地助に指を向け、魔法を発動する。《アナライズ》、対象のステータスを見る魔法だ。モンスター相手には相手の魔法抵抗を突破する必要があるが仲間や召喚した精霊に対しては特に抵抗もなく発動できる。

 瞬時に目の前に現れたウィンドウに現れる地助のステータスに異常はない。多少耐久力や筋力が上がっているぐらいだろうか。

 特に何かした覚えはない。強いて言えばミスリルを昨日食べさせたぐらいだが。

「んん、ファーストに聞いてみるか」

 顎を撫でればくるるるる、と鳴き声をあげる地助は機嫌が悪いぐらいで体調不良というわけでもなさそうだ。

「さて、飯でも……」

 備え付けのキッチンを見て額に手を当てた。調味料もなく、調理器具も探索道具の中にあるフライパンぐらいのものだが肝心の食材の用意を忘れていた。

「まいったな。そうか、そうだったな」

 ファーストから調達するつもりだったのだが、あの時からかってしまったせいで購入できなかったのだ。

 きゅー、と地助がどうしたのかというように声を上げる。その口に餌用に確保してあるEXPにもならないクズ鉱石を詰め込み、なんでもないというように手を振った。

 がじがじと地助が鉱石を囓る様子を眺めながらその身体を床に置く。

「地助、俺が戻ってくるまで自由にしてろ。ちょっと飯食ってくるわ」

 仕方がない。せっかくキッチン付きの部屋を手に入れたのにとぼやきながら地助のえさ箱から鉱石を取り出し、餌用の木製の皿にガラガラと落とす。

 きゅー、と餌に夢中な地助が了承の意を伝えてくるのに意志だけで応え、ギルド内の食堂へと向かうのだった。


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